T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

パソコン活用の作品!

2011-01-28 13:58:41 | 日記・エッセイ・コラム

Jaketo6002

                                                                                                                                                

 NHKテレビテキストの中高年のためのらくらくパソコン塾「……デジタル生活」を参考にして、先日は、音楽入り歌詞付き(写真)スライドショーを作ったり、自分のホームページにも同様の内容を持ったページを作った。

 今回は同じテキストを参考にして、掲載写真のようなCDジャケットを作ってみた。

 Wordの「表作成」、「罫線」と「表への写真挿入」を活用して作った。写真挿入の枠はオートシェイプを試みてみたが、写真に歪みが出るので止めた。

 近々、自分のホームページの「パソコン作品」ページを、これに更新したいと思っている。

 また、両方を、職域OBのパソコン教室での教材に使ってみたいと思っている。

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ホームページの更改!!

2011-01-20 15:37:02 | 日記・エッセイ・コラム

Sinbun5003

 小学6年生の皆が自分等の卒業記念にパソコンでDVDを作成したとの記事が上掲の写真のように新聞に載っていた。

 最近の小学生には驚かされる。 

 私も負けじと、ホームページを大幅に更改した。

 10数年前から始めたホームページを、その時々の年齢に応じて変化してきた生活に対応して、これまでに何回か大幅に更改した。

 先回にも紹介したが、「一泊旅行」のページを廃止して、音楽入り写真スライドショーの「ふるさとの景色」といったページを新設した。

 初回は桜の景色、次回は梅林の景色、その次はまた桜、紅葉と次々と四季に応じて更新するページを予定している。

 音楽と写真を素材にしたページだから、すごくメモリーを使うので、今回、一挙に30MB増設した。

 全部で60MBを使用するホームページになったが、これでも十分でないような気もするので、そのときは他のページの写真を減らすかなんかしないといけないと考えている。

 私のホームページは全てが記録的な編集をしていないので、生活には何にも役立っていないが、次々に挑戦したくなる楽しみを持たせてくれる代物だ。

 

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「いっぽん桜」を読み終えて!

2011-01-11 15:45:10 | 読書

山本一力の短編人情時代小説。

 各編ともに標題の花を脇役にし、夫婦、親子、舅や姑と嫁などの間の愛情、なさけ、思いやりの人情を絡ませた小説。

 解説には、「年年歳歳相似たり、歳歳年年人同じからず」という唐の詩句があるが、各編とも、詩句の後段とは異なり、人の心も変わらないのだということが記述されていたと書かれていた。

内容

いっぽん桜

 3月5日の出替わりを無事済ませた3月7日、口入屋・井筒屋重右衛門が頭取番頭の長兵衛を料亭に呼び出して話し始めたのは、私は近いうちに隠居して、倅の仙太郎に身代を譲ろうと思っている、ついては一緒に身を引いて若い者に任してくれないかということだった。

 42年間の奉公に対しての熱意、誠意、そして主人も認める実績への自負もあり、落ち度も気力の衰えも無い50半ばの長兵衛にとって、あるじとの道連れで身を引かされるのは納得できなかった。

 仕舞いの日の昼過ぎに、重右衛門から、仙太郎の発案で、今夜、店のもの全員でお前を送り出す宴をお前の連れ合いと娘さんも同席して催したいと言われた。

 長兵衛は少し早めに帰宅して、始めて女房に辞めることと宴への出席について話すと、女房は既に知人から耳にしていたので、今朝も黙って珍しく味噌汁に卵を入れたりしていたが、驚きもせず、ほんとに長い間ご苦労様でしたと心から礼を言われた。

 長兵衛は、前年暮れに、棒手振りを30人ほど雇う魚卸の木村屋・伝兵衛から勘定掛の口入を頼まれていて、私は引退するが、確かに引継いでいると話すと、伝兵衛から長兵衛にぜひ来てくれないかと望まれた。

 長兵衛には大店の頭取番頭を勤めたものが生臭い魚屋の帳面付けとの気持もあり、いったん保留した。しかし、その後、何処からも雇い話が無いので、伝兵衛の話を受けた。

 長兵衛の仕事振りは、口入屋の頭取の遣り方そのもので、魚屋の朝の忙しさに構わず、朝の仕事始めに寄り合いを持ち、棒手振りの各人から前日の商い量を聞き、前々日と比較した話をするという仕事の仕切りをした。棒手振りは頭に血が上っていて、伝兵衛に何とかしてくれと言う。

 伝兵衛は長兵衛に何時まで口入屋の仕事の遣り方を持ち込むのだと、スルメを持ってきて、もはやイカじゃないのだよ、「魚屋」に勤めてくれという。長兵衛も解かっていたが、2日ほど休ませて貰った。

 長兵衛は7年前に庭に植えた一本の桜に目をやり、桜は枯れもせず、しっかりと根を張って、毎年のいとなみを繰り返している、それに比べて自分は植え替えられる前の土を懐かしんで、今の土に馴染もうとしていないと己の振る舞いを深く恥じていた。

 休んだ日の2日間、大雨が降り止まず、長兵衛の家も大木が当たり流される寸前になっていた。その時、10人ほどの棒手振りが助勢に来て助けられた。

 長兵衛は大店では気づかなかった正味の人の情けを知った。

萩ゆれて

 服部兵庫は妹・雪乃の勧めで海岸の湯治場に木刀での打身の湯治に来ていた。

 その湯治場で蝮にかまれた女・りくを助けた。りくは漁師の兄・弦太と同じく海で働く海女だった。

 兵庫は弦太と仲良くなり、湯治に来ている理由を話す。

 兵庫の父は勘定方祐筆をしていて、妻・志乃の病の為に必要な薬代をまかなうため、商人からまいないを受け取り、それが元で切腹させられた。兵庫は、父の切腹を嘲笑った奴の一人に木刀試合を申込まざるをえなくなり、逆に打ち込まれてしまったのだと話す。

 兵庫は湯治先でりくや弦太らと過ごすうちに、侍の人情の無さを嫌い、侍の身分を捨てて漁師になる決心をした。帰宅して、母・志乃に話すとひどく反対した。

 翌朝、本家の伯父・服部清右衛門が組屋敷を訪ねてきて、役目相続の許しをいただき組屋敷で暮らせることができたと、自分達の世間体を繕うためにだけに奔走した結果を告げにきた。兵庫が断ると、晴右衛門は絶縁だと帰っていった。

 兵庫は浜井浜へ帰り、弦太に漁師の仲間に入れてくれと頼むと、弦太は海をなめたらいかん、本気なら面倒を見ようという。

 兵庫は、りくの手ほどきで漁師の勉強をするが、一朝一夕で漁師になることは難しく、病身の母と妹と城下で暮らさざるをえないので、漁師になることを断念し、城下でりくと魚屋を始めたいと弦太に申し入れる。

 りくの家族は承諾してくれ、城下で店も見つけてくれて所帯を持った。

 兵庫の母は、一緒に暮らしながらも、兵庫とりくには一言も口を利いてくれない。それは、兵庫が父親の無念を晴らさずに武士を捨て、りくの家に力を貸してもらっていることが情けなく、切腹した夫・清志郎に申訳が立たないからだった。別の心を持ちながら、夫を思う気持がそうさせるのだった。

 数ヶ月して、晴右衛門がやってきて、兵庫の役目相続と縁談を持ってきた。しかし、志乃は、りくは服部家の立派な嫁です、今後一切お構い下されるなときっぱりと断った。

 志乃の病状が悪化して、志乃はりくの手を握り、兵庫と雪乃の力になってやってくれと頼む。

 夏が来て、浜井和の海岸に弦太と雪乃の笑い声が聞こえ、側には萩が揺れていた。

そこに、すいかずら

 立春の日、海賊橋のたもとの船着場に三台の荷車が横付けされた。荷車と呼ぶには拵えがあまりにも立派だった。

 料亭・常盤屋の紋が付いたその荷車の中身は雛飾だった。ただの雛飾ではない。常盤屋の娘・秋菜が4歳のとき、父・治左衛門は3万両という儲けを得た。その1割を投じて作らせたのが、この雛飾であった。

 その荷車の側に一挺の駕籠が来て、白無垢の振袖を着た秋菜が降り立ち、荷車の中の74個の箱を大型屋根船へ積み替えるよう指図した。深川の町に寄進しようとしているのだ。

 秋菜の誕生は常盤屋に大きな幸運を運んできた。それは、紀伊国屋文左衛門が常盤屋を贔屓にしてくれるようになったことだった。この文左衛門が大きな儲けをもたらしてくれたのである。

 常盤屋も、将軍綱吉の命による寛永寺への根本中堂の建立に加わったのだ。

 落成したばかりのその根本中堂が焼けた火事をきっかけに、治左衛門は秋菜のために注文している雛飾を火事から守る頑丈な蔵を作った。

 雛飾に三日もかかる盛大な雛祭りが10回目になる1月、神田からの大火で常盤屋も全焼した。

 だけど、雛飾はまったく無事だった。このことが治左衛門を元気付けて早速に再建にかかった。

 再建も進み、丸一年で後は屋根葺きだけとなった日に日本橋から出火して、再度全焼し、治左衛門と妻は焼け死んだ。

 一人残された秋菜は蔵にしまったままの雛飾に、縛り付けられたような暮らしで何もできなかった。

 文左衛門の、手元から雛飾を離しなさいとの言葉を聞いて、秋菜は父の気持は雛を蔵にしまってばかりいることではなく、雛飾を見て喜ぶ私の顔を見たかったのだと、深川の玄信寺に預かってもらい、その時期が来たら、檀家の皆さんに見てもらうことにした。

 雛飾が運ばれてきた玄信寺の庭にある、真冬の雪にあっても葉を萎ませないことで名が付けられた忍冬(すいかずら)が目についた。

芒種のあさがお

 伊勢屋・徳蔵のところに娘・おなつが生まれた。6月に生まれるのなら、性別にかかわらず朝顔の産着を着せようと思った。おなつは朝顔が好きな子として育った。

 そのおなつも17歳になり、友達と富岡八幡宮の祭り見物に出かけた。

 そこで、江戸でも一、二を争う朝顔職人がこの近くの町にいるという話を小耳に挟んだ。おなつは祭り見物の後そこへ寄ってみようと思った。ところが、帰り道に偶然にもその朝顔店・茗荷屋の倅の亮助に出会う。

 徳蔵の許しを得て、おなつは亮助との数回の逢瀬を重ね、両人はすっかり気に入り、一緒になることになった。

 しかし、亮助の母親のおみよは易断に凝っていて、父親や亮助の寝る方角も節気ごとに替えるといったように、茗荷屋の家はおみよの指示で回っていた。当然、おなつたちの祝言の時期、場所はおみよの言いなりで1年遅れたほどだった。

 一緒になってから、おみよから毎日叱られるだけで褒められることのない日々に、おなつから生来の明るさが一つ、又一つ失せていった。

 おなつが嫁いで4年目、おみよが永久の眠りについた。その後の茗荷屋の毎日は締りがなくなったことをおなつは強く感じた。

 茗荷屋はおみよを通して会話がなされていたので、おみよが亡くなってから、義父の要助も一言も口を利かず、洗濯も自分でする状態だった。

 ある日、要助が失禁したことから、おなつが汚れ物や部屋の掃除の世話をすることになったが、要助は依然として口は重かった。

 おみよの一周忌が近ずいた芒種の前日の5月6日までに、要助は一人で朝顔の柵を2つ拵えていた。

 おなつが翌日の朝、台所の板戸を明けて庭を見たら、高さが三尺もする柵に朝顔が巻きつけられ、その一つの柵の根元の差し札に「おなつさま 茗荷屋要助」と書かれていた。舅が嫁に朝顔で答えたのだ。

 

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音楽入りスライドショーとお江?

2011-01-09 14:02:42 | 日記・エッセイ・コラム

B4001  

ホームページのページ更改を何とか完成した。単なる更新でなく、ようやく「音楽入りスライドショー」を取り入れることが出来た。挿入ページには満足していないが、嬉しいことだ。

 「ホームページ・ビルダー」の中の一つのツール「ビデオ作成ウィザード」を使って写真のスライドショーをページに挿入することが出来た。

 それと同じようなものだが、NHKテキスト「パソコン塾」を使って、ソフト「Windows ムービー メーカー」を勉強し「Windows メディア プレイヤー」で音楽入りスライドショーを見ることもできた。

 同じ、音楽入りスライドショーを作成するソフトだが、レベルは下記のほうが内容も高度なので出来た作品も高度なものだ。

 だから、できることなられば、下記のソフトで作った作品をホームページに挿入できないかと思う。

 余談だが、素材が音楽と写真だからホームページのメモリーをとても多く使うことには吃驚した。それで、次回の更新時は「一泊旅行」を削除し、そこを「故郷の四季」と名付けてレベルアップしたスライドショーのページにしたいと思っている。

                                           

 直接的な繋がりはないが、一つの事を両面から攻めるという点では同じかもしれない。

 そんな意味から、NHKの新大河ドラマの「お江」という人間について、同じ女性である原作者の田渕久美子と永井路子がどのように描写しているか、その相違をみるのも面白いと思って、上掲の文庫本を購入してみた。

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今日は寒の入り!

2011-01-06 19:44:20 | 日記・エッセイ・コラム

Usagi3003

                                                                                                                                             

 今日は寒の入り、学校の始業式もあったようだ。

 正月も済んだので、そろそろ色々な兎の飾り物を収めようと思うと妻が言った。慌てて写真を撮ったしだいだ。

 無職なので、のんびりと充実した日を続けることをモットーにしているが、昨年暮れから自分のホームページのページ更新をもくろんで検討し勉強してきて、今日、完成した。

 しかし、容量が足らず更改までいかなかった。メモリアップを申込んだので、2日後には更改できそうだ。

 サブタイトルの「パソコン作品」に、「わたしのふるさと」という題をつけて、森山直太朗の「さくら」が入った、昨年撮った桜の写真のスライドショーを挿入してページを盛り上げることができた。

 まだまだ修正する点があるが、例えば、写真が鮮明でない、音楽と写真の流れる時間がマッチングしてないので音楽が途中で切れているなど、とにかくスタートできたので、喜ばしいことだ。

 今年はもう一度、ふるさとの梅や桜や紅葉の立派な写真撮影をめざしたい。

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