T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1719話 [ 「ノーサイド・ゲーム」を読み終えて 24/24 ] 9/1・日曜(曇・雨)

2019-08-31 13:08:03 | 読書

[第三部 セカンド・ハーフ]

 「ノーサイド」

 君嶋が、2年数か月に及ぶ横浜工場から、経営戦略室長のポストに移動したのは、アストロズが優勝を果たした12月の激戦から4か月後のことであった。

 これに伴い、トキワ自動車内でささやかな組織改編が行られた。

 それまでは横浜工場長がアストロズの部長職を兼務するのが慣例であったが、その年の3月末、新堂工場長退職とともに、その重責を君嶋が引き継ぐことになった。

 それだけではない。前年の"クーデター"で抜本的な改革に乗り出した日本蹴球協会専務理事の木戸から理事就任打診があったのもこの頃で、君嶋はそのオファーを受けた。

「ぜひ経営のプロに入って欲しい」

 そう誘った木戸の言葉が本物だと思ったからだ。危機感さえあれば、変われない組織はない。

 君嶋に代わってGMになったのは、昨シーズン限りでの引退を表明した浜畑である。

 アナリストとしてデータでチームを支える佐倉多英は係長に昇格させた。

 アストロズには、柴門琢磨という名将にあこがれ、また、実力と人気を兼ね備えたチームカラーに惹かれ、多くの若い才能が集結しつつある。浜畑をはじめベテラン勢の抜けた穴を埋める逸材もそこから生まれてくるに違いない。

 5月、「練習しないか」、とアストロズに申し入れてきたのは、サイクロンズの津田だった。

 それをトキワスタジアムで開くファン感謝デーのメインイベントに据えてはどうかと提案したのは多英である。

 その5月の爽やかに晴れ上がった日の午後、1万人を超えるファンが集まったスタジアムのメインスタンド側で君嶋は声をかけられた。

 振り向くとそこに滝川が立っていた。

 滝川は今、金融子会社の社長として大車輪の活躍を見せていた。その実績を携え、いずれ近いうちにトキワ自動車に戻るだろう。そのときは、島本の後任として社長の椅子に座るのではないかと君嶋は読んでいる。

 一方、脇坂は役職を解かれ、一連の動きを裏で牽引していた事実を重く見、特別背任で告訴すべきか顧問弁護士との調整に入っているところだ。

 

     

 

 

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1718話 [ 「ノーサイド・ゲーム」を読み終えて 23/? ] 8/31・土曜(雨・曇)

2019-08-30 13:25:12 | 読書

 「第五章 ラストゲーム」 ―4~7――

(プレーオフ優勝決定戦、前半はアアストロズ10対21の劣勢)

 12月第三週の土曜日。

 雲ひとつない快晴の空が、秩父宮ラグビー場の上空に広がっている。

 アストロズはサイクロンズとの優勝決定戦の日を迎えていた。

 スタンドを埋め尽くす観衆の熱気は、ピッチサイドに立つだけで呑み込まれそうな迫力がある。

 指定席は1週間前に全席売り切れ、自由席も3日前に販売を打ち切って、わずかな当日券を求めて長蛇の列ができたほどだ。

 全勝同士の激突に、スポーツ紙の一面を飾るなど、大きな盛り上がりを見せていた。

 

 キックオフは午後2時。

 電光掲示板にスタメンが発表され始めた。

 ベストの布陣といっていいだろう。フォワード第一列の友部裕規、ナンバーエイトでキャプテンの岸和田徹、超攻撃的と称されるハーフ団はスクラムハーフ佐々一とスタンドオフ七尾圭太、その背後に控えるのは運動量と俊足を兼ね備えたバックス陣だ。怪我もなく、最高の陣容をこの一戦に当てられたのは大きい。

 一方のサイクロンズは、15人中7人を日本代表経験者で固めた布陣であった。注目は今年アストロズから移籍したスクラムハーフの里村亮太。その里村と組むスタンドオフ富野賢作は日本代表でも組んでいるハーフ団だ。

 試合開始の笛が鳴って、選手たちが一斉に動き始めた。

 

 君嶋は今まで経験したことがない、息詰まる攻防を目の当たりにしている。

 数多くの試合を観てきたが、この試合は特別だった。

 まだ5分も経っていないのに、内容の濃密さと重厚感はケタ違いだ。

 サイクロンズは得意とする多彩な連続攻撃を仕掛けてくる。

 お互い譲らない展開が続いていたそのとき、サイクロンズのスクラムハーフの里村が意表を突くキックで、ボールをふわりと上げた。

 楕円のラグビーボールの予測不可能な動きは、サイクロンズに味方する。

 サイクロンズのウイング11番の胸にすっぽりと収まったかと思うと、ディフェンスの隙をつき、あっという間にに先制トライを決めた。

 しかし、アストロズの選手たちは冷静そのもの。

 落ち込んだり悲壮感を浮かべる者もなく、普段通りの表情の彼らがそこにいた。

 ミスを突き相手陣内に入って行くアストロズ。

 佐々から七尾にボールが渡る。

 相手ディフェンスを鋭いステップでかわし、トップスピードで走り込んできたフルバックの岬に絶妙なタイミングでパスを通した。

 岬はゴールポスト右側に走り込み、見事トライを決める。

 君嶋は右の拳を握りしめた。

 そのあと、里村にトライを決められスコアは7対14と、サイクロンズ優位で試合は進む。

 アストロズは、七尾が徹底的にマークされ、思うように攻撃につながらない。

 そして、ハーフタイムを告げる笛が鳴った。

 結局、前半はペースを掴めないまま10対21と、スコア以上にアストロズ劣勢のまま終わった。

 

 「第五章 ラストゲーム」 ―8~10――

(最後のトライで逆転優勝。スコアは31対28)

 ハーフタイムを終えた選手たちがグラウンドに現れた。

 アストロズはフォワードの三人が交替し、戦力がリフレッシュされる。

 と、そのときスタンドが大きく沸いた。

 選手交代で浜畑譲の名前がアナウンスされたからだ。

 七尾と交替でなく、同時にピッチに立つ。浜畑は12番と交替であった。

 アストロズは後半に勝負をかけてきた。

 後半が始まり5分が過ぎたころ、ようやくアストロズに攻撃のチャンスがやってくる。

 七尾から、クロスして走り込んできた浜畑へ、相手ディフェンスの乱れを衝く絶妙なバスが通った。

 パスを受け取った浜畑は、華麗なステップでディフェンスを一人抜き、サポートに来ていた岬へパスを出す。

 もはや突進を阻むものは誰もおらず、ゴール左側にトライが決まった。

 17対21。4点差。これで試合は一気に分からなくなった。

 しかし、アストロズに思わぬ事態が起きる。

 七尾が相手ディフェンスに倒され、七尾は動かない。脳震盪の検査のための一時的な退場を余儀なくされたのだ。

 アストロズは徐々に劣勢を跳ね返し、試合の主導権を握ろうとしていた。

 だが、どこか頼りなげに見える。七尾という司令塔を突如欠き、その喪失感を埋められていないようだった。

 案の定、マイボールをスチールされ、痛恨のトライを決められてしまう。コンバージョンキックの2点も追加され、17対28となった。

「七尾がいれば」

 後半30分を過ぎたころ、どこかで歓声が沸き上がった。

 タッチライン近くに立つ、10番を背負った真紅のジャージー姿。

 七尾コールが沸き起こる。

 七尾は相手ディフェンスをほんろうしながら右足を一閃。ゴールラインの向こう側に落とす絶妙なキックだった。

 猛然とそれに飛び込んだ岸和田が、抑え込んだ瞬間、大歓声が上がる。

 ゴールほぼ正面のコンバージョンキックを、七尾が慎重に決め、スコアは24対28。再び4点差に詰め寄った。

 アストロズがマイボールを保持する中、後半40分を告げるホーンが鳴った。ラストワンプレーとなり、攻撃が途切れたとき試合が終わる。

 七尾はパスを受けけたときプレッシャーを受けないように後方に位置取りしていた。裏に蹴り込む積りだ。

 その七尾にパスが渡る。そのとき、七尾が蹴ったボールはとんでもない方向へ向かって低い放物線を描いた。ほぼ真横に蹴られたパスだった。これにはサイクロンズも2万人の観客全員が度肝を抜かれた。

 裏へのキックを警戒していたサイクロンズの想像を絶する左サイトへのキックパス。そのパスに一人の男が飛び込んできた。フルバックの岬である。

 パスを受け取った岬が走り込む。しかし、サイクロンズの選手たちが岬に突進する。今にもタックルされそうになった岬のフォローに回ったのは、キックと同時に猛ダッシュした七尾だった。

 その七尾にパスが出た。掴んだ七尾は走る。

 ゴールライン直前、サイクロンズ選手のタックルをハンドオフで一瞬にして地面に叩き付けたとき、勝負は決まった。逆転のトライだ。

 そのとき、君嶋は不思議なものを見た。

 フルタイムを迎えたグランドでは、アストロンズの選手たちが、力尽きグランドに膝衝くサイクロンズの選手たちの手を取って立ち上がらせ、握手し、お互いの肩を叩いて言葉をかけあっている。

「これがラグビーか」

 そのとき君嶋は思った。これこそ、ノーサイドの精神そのものだった。

 

 [第三部 セカンド・ハーフ] 「ノーサイド」に続く

 

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1717話 [ 「ノーサイド・ゲーム」を読み終えて 22/? ] 8/29・木曜(雨・曇)

2019-08-29 13:23:56 | 読書

 「第五章 ラストゲーム」 ―1――

(取締役会でのアストロズ廃部意見に君嶋は負けないと宣言する)

 12月初旬の土曜日。プレーオフ初戦の会場は、東大阪市花園ラグビー場であった。

 ホワイトカンファレンス1位のアストロズ対レッドカンファレンス2位東京電鉄ブレイブスの戦いだ。

 ブレイブスの成績は6勝1敗。唯一の敗北は、サイクロンズ戦で喫したもので、しかもそれはかなりの接戦であった。拮抗した好ゲームが予想された。

 だが、誰もが信じた試合展開は、前半であっさり覆された。

 満を持してスタメン出場した佐々と七尾のハーフ団が次々と繰り出すプレーが相手がディフェンスを圧倒したのだ。

 後半になってそのハーフ団を下げ、先週まで2週連続でスタメン出場していた浜畑らが出ても攻撃のリズムは変わらなかった。

 最終スコアは、45対7。 戦前予想を完全に覆し、実力の差をこれでもかと知らしめた会心の勝利であった。

 快勝に沸く選手たちの中に入り、君嶋が、真っ先に握手を求めたのは柴門だ。ところが、

来週、取締役会に呼ばれてるんだってな」

 そのひと言に、君嶋は思わず返答に窮した。

ついに、アストロズの存廃が判断されるそうじゃないか」

 お互いに握手をして試合の健闘をたたえ合っていた選手たちが、柴門のそのひと言を待っていたかのように全員が君嶋を囲むように集まってきた。

 アストロズの強化費削減を議論するため、取締役会に召集されたことを、君嶋は黙っていた。

 選手たちの集中力を削ぎたくないという思いからだ。そのために、多英や岸和田といった身近な部下にも話さなかった。

「今度は君嶋さんの番です」

 そう応じたのは岸和田だ。「俺たちは社会人チームです。だから会社の方針に左右されることもあるでしょう。でも、以前君嶋さんが言ったように、安穏とした環境なんかどこにもない。その中で戦うことが俺たちのラグビーだ。そうみんなで話し合いました。勝つことで、自分たちの存在をアピールしようって。今度の取締役会、俺たちのために、君嶋さんも全力で戦ってきてください。

 君嶋は渾身の力を込めて言い放った。「ラグビーと違って、俺の戦いにはルールはない。結果が全てだと思っている。お前らのラグビー人生を預かってるんだ。そのために俺は、命を懸ける。お前ら一人一人のために、応援してくれるファン全員のために、俺も絶対に勝つ」

 固く右の拳を握りしめた君嶋を、選手とスタッフ全員が挙げる雄叫びが包み込んだ。

 

 「第五章 ラストゲーム」 ―2――

(アストロズの存在価値を熱弁し、取締役会で君嶋の意見が通る)

 君嶋が、取締役会に呼ばれ本社に向かったのは、翌週木曜日の朝だった。

 アストロズの予算縮小案が提出される運命の一日である。

 入口脇の壁に並べられた椅子の一つにかけた君嶋。

 脇坂が立ち上がり、アストロズ予算縮小案の必要性について説明が始まった。

 ――昨シーズンのプラチナリーグの平均観客動員数は3千数百人程度で、プラチナリーグ規約によると、集客によって分配金が支払われるとなっているが、リーグ創設以来、過去16年間一度も支払われたことはない。我々は、たった3千数百人の観客のために年間16億円もの貴重なコストを投入しているがこんなことを見過ごしていいだろうか。

 ――日本蹴球協会は長い間、一部の既得権益にしがみつく理事によって私物化され、いまなおその支配下にあり、改革案を出しても、断行する力も意思もない。ラグビー人口が減少する中、プラチナリーグ16、2部リーグ8の24もあるチームを維持できるわけがない。プラチナリーグの数を削るリストラが必要だ。

 ――アストロズはリストラの対象になって、ラグビー部は2部リーグに残り、アマチュアらしい生き方を探せばいい。

 コストの減少だけに目を向けての予算減少案。

 脇坂が発言を終ると重苦しい雰囲気が会場を包み込んだ。

 事態の危機を察した君嶋は、発言の許可を求めた。

 許可をもらった君嶋は、アストロズがファン獲得のためにしてきたことや成果が出てきていることなどを取締役たちに説明する。

 ――アストロズのホームともいえるトキワスタジアムに関して言えば、今季2戦、満員のファンをスタジアムに迎え、今季ここまで8戦全勝で、さらに来週には宿敵サイクロンズとの優勝決定戦に挑むところで必ずや勝利し、日本一の報告ができるよう、選手スタッフ一丸で戦う。

 ――昨年創設したジュニア・アストロズの参加者は150名になり、毎週日曜、アストロズの選手が指導し、ラグビーの普及に努めている。子供たちは心強いファンでもある。

 ――アストロズのファンクラブの加入者数は現在2万5千人をゆうに超える大所帯になり、このファン層の裾野の広がりを背景にスタジアムのチケットの販売に大いに尽力している。そして様々な声を寄せられている。

 ――アストロズをコストという一面で切り取り、協会の問題を指摘されればまさにその通り、だが、アストロズは今多くのファンに支えられ、地元で愛されるチームになった。アストロズは数字の集まりではなく、人の集まりです。今や地元のファンにとってアストロズは勇気と元気を与えるチームに成長している。

 君嶋が説明しているのは、アストロズの存在証明に他ならない。

 コストでは測ることができない、プライスレスの価値だ。もちろん、それが企業にとっていかほどの意味があるのか、受け取る側の考え方に大きく左右されることもわかっている。

 君嶋の発言が終わると、島本がついに口を開いた。

君嶋くん、ありがとう。君のおかげでアストロズが愛され、広く支持されるチームになった。そしてトキワ自動車という名前を冠しながら、同時に地域に密着したチームになるという難しい挑戦が実を結びつつある」

 島本は改めて、テーブルを囲む取締役に問いかける。

脇坂君の意見もわからんではない。だが、私はあえて、君嶋くんの挑戦を、いやアストロズの挑戦を応援してやりたいと思う。組織を憎んでラグビーを憎まず。ラグビーは一度失ったら二度と手にできないだろう。だが、組織などいくらでも変えられる。変えていくよう、私もプラチナリーグに参加している経営者仲間とともに働きかけていくつもりだ」

 脇坂は、「16億円ですよ、それを稼ぐのがどれだけ大変か、わかってるじゃないですかか」、そう吐き捨てる。

「アストロズの維持費が高いのは誰もが承知だ、脇坂君」

 島本は言った。「だが、少なくとも我々は間違った方向には進んでいない。我々は営利目的の組織であると同時に、社会的存在でもある。世の中の皆さんと繋がり、共に喜び合える何かが必要だ。そのためにアストロズが受け皿になってくれるのなら、こんな嬉しいことはないじゃないか。皆さん、どうだろう」

 島本の問いかけに拍手が起きた。

 脇坂は顔を真っ赤に染め、唇を噛んでいる。脇坂の案を支持する声は最後まで上がらなかった。

 脇坂が出した議案は、かくして退けられたのである。

「さて、そういうことで、本日最後の議案に移ろうと思う」

 島本は、なおも厳しい表情のまま宣言した。

 議題を記載したペーパーには「コンプライアンス問題に関する報告」という漠然としたタイトルがついている。

 議案が変わっても、君嶋が退出せずにそこにいたので、脇坂は、「君嶋、もう終わったんだよ。さっさと出てけ」、と不機嫌に言い放った。

「いや、君嶋くんにはまだここにいてもらう用事があるんだ」

 思いかけないひと言だったのだろう、脇坂はキョトンした顔で島本を見た。

最終議案は、実は彼から私に提案されたものだ。君嶋くん、引き続き頼む」

 新たな資料が取締役全員に配布された。

 どよめきが起きる。脇坂は、さっきまで真っ赤だった顔を青ざめさせている。

 君嶋は続けた。

「本年2月、この取締役会で否決されましたカザマ商事買収事案について、新たにコンプライアンス上の問題が惹起されましたので、ご報告させていただきます」

 君嶋が説明したのは、東京キャピタル社長の峰岸からの情報提供によって明らかになった事実であった。脇坂とカザマ商事社長風間有也との関係。ブレーンとしてバンカーオイル品質の隠蔽工作を教唆し、価格の引き下げによる再売却を提案した経緯である。結果的に脇坂に利用されただけと知った風間の、いわゆる意趣返しだ。

 10数分に及ぶ発言で全ての経緯を語り終えた君嶋は、ようやく間を置き、一人の男を凝視した。

「脇坂さん、これがあなたの真実です。なにか間違っていますか」

「冗談じゃない。こんな報告をする前に、なんで私に聞いて確かめないんだ」

「君がそれを言える立場かね」

 島本の皮肉が割って入った。「意見があるなら今、ここで聞こうじゃないか。実はこのあと、風間社長と面談することになっている。時間はたっぷりある。さあどうぞ」

 

「第五章 ラストゲーム」 ―3――

(日本蹴球協会会長の解任動議が通り、プラチナリーグ改革案も通る)

 トキワ自動車の取締役会が開かれていた同じころ、飯田橋にあるホテルの一室でも、一つの会議が開かれていた。日本蹴球協会理事会である。

 2か月に1度開かれる定例会議は、この日もおおかたの予想通り議事は淡々と進み、議題を一つ残すのみとなった。

「プラチナリーグ改革案」と題された最後の議題は、木戸専務理事から提案されたものだった。

 改革案は、プラチナリーグのチーム数を減らした上で、ホームアンドアウェーのリーグ戦にし、チケットと販売の一元化によるマーケティングの強化、地域密着型チームとしての再生を目指すというもの。

 これは、君嶋の提出した改革案をベースにしたものだったのだ。

 専務理事の立場上、理事会の意向とおり対応せざるを得なかったが、木戸個人は君嶋の意見に同感だった。

 会長の富永は、この改革案に反対するが、木戸は怯まない。

「皆さん、私はここに新たな動議を提案したいと思いますが、いかがでしょうか」

 その木戸のひと言は、その場に出席していた理事たちに向けられて、富永の「会長解任」を提案する。一人の理事がさっと立ち上がると、たちまち出席者が次々と起立していく。そして、富永の会長解任は承認されたのだった。


 「第五章 ラストゲーム」-4以降―― に続く

 

 

 

 

 

 

 

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1716話 [ 「ノーサイド・ゲーム」を読み終えて 21/? ] 8/28・水曜(雨)

2019-08-27 16:38:48 | 読書

 「第四章 セカンドシーズン」 ―6――

(観客動員数に責任を持たない協会の木戸専務理事)

 9月第三週の土曜日、アストロズは神戸のポートスタジアムでアサヒ電気サンウォリアーズと対戦し、43対13と撃破。無傷の三連覇を上げた。

 しかし、君嶋が我慢ならなかったのは、この試合の観客動員数だ。収容人員2万5千人に対して、入場者はわずか2千8百人。スタンドはガラガラであった。

 実はその前週の試合も観客動員数は4千人を少し上回る程度だった。

「いったいどういう集客をしているんですか」

 君嶋が噛みついたのは、その翌週開かれたプラチナリーグ連絡会議でのことだ。しかし、専務理事の木戸は、「試合の運営は地域協会に委託しておりますので、そちらの都合であると認識しております」、とまともに答える気がなく相手にしていないし、「本日は、後半戦の試合運営についての連絡会議ですから」、と答える。

 無反省な男に、もはや何を言っても無駄である。

 それを悟った君嶋は淡々と流れていく議事を呆然とやり過ごすしかなかった。

 

 「第四章 セカンドシーズン」 ―7ーー

(第六戦も勝利の全勝)

 10月第3週。

 快進撃を続けたたアストロズは、第六節の大一番を迎えようとしていた。

 アストロズがトキワスタジアムに迎えたその相手は、成績上位の常連、中央電力サン

ダースだ。

 全勝同士の一戦で、第七節の相手がお互い格下のチームであることを考えると、この試合での勝者が実質、ホワイトカンファレンス1位となることはほぼ確実であった。

 そのためには、この一戦を勝利し、カンファレンスを一位通過するしかないのだが、アストロズには不安要因があった。

 第六節とあって、中心選手が疲労、あるいは怪我に見舞われ、ベストの布陣が組めないことだ。

 柴門の決断は、思い切って今まで戦ってきた中心選手をスタメンから外すことだった。ほぼ出ずっぱりだった佐々と七尾、さらにプロップ友部までもリザーブに回したのである。

 変わりに、スタメンに浜畑を投入、若手中心だったそれまでのチーム構成を変え、暑い季節には温存してきたベテラン勢を多く起用する布陣だ。

 試合前の予想とおり厳しい試合展開となったアストロズ。前半からリードされる状況が続き、君嶋たちも重たい雰囲気を感じていた。

 しかし、ベテラン勢の活躍もあり、後半に反撃開始、見事、逆転勝ちを収めたのだった。

 その2週間後、アストロズと君嶋にとっての、" 事件 "が起きた。

 

 「第四章 セカンドシーズン」 ―8、9――

(脇坂は廃部だと広言する。君嶋も脇坂を潰す決心をする)

 総務、経理および広報部による連絡会議は毎週月曜日に開かれるのが恒例であったた。

 この日、思いがけない人物がふらりと、この三部を統括する役員の脇坂が現れた。

 脇坂は、「実は次の取締役会で、来期のラグビー部の在り方について提案したいと思っている。予算を少なくとも今の半分に圧縮したい。プラチナリーグを離脱するかどうかは考えずに、役会に提案するたたき台を頼みたい」、と総務部の副部長の三原に指示した。

 この件が君嶋の耳に入ったのは、9月第四週に開催されたプラチナリーグ連絡会議の終了直後のことである。

 君嶋はすぐに、脇坂との面談のアポを入れた。

 脇坂から、明日の午後3時でよかったら会おうとの回答だった。

 

「実は、脇坂さんが次の取締役会でラグビー部の強化費削減を提案されると聞きました。それで、改めてアストロズの活動内容について説明に上がった次第です」

「これはまた耳が早いな」

 と言い、脇坂は君嶋の目を覗き込み、「担当役員として、これ以上、ラグビー部に資金を投ずるのはいかがなものかと思ってね。いくらなんでも16億円は高すぎる。相当の額まで縮小したい」、と言う。

「16億円が高いかどうかという問題ではありません」

 君嶋は静かに反論する。「問題はコストにあるのでなく、リーグの運営方法にあると考えます。そのために、日本蹴球協会には新たな改革案を提案しています」

「それで? 日本蹴球協会は重い腰を上げたのか」

「残念ながらそこまで至っていません」

「それに何年かかるんだよ」

 脇坂は短い笑いを吐き出して聞いた。「10年か、20年か? そもそも日本蹴球協会位はどう思ってるんだ。彼らはこのままではいいという考えなんじゃないのか。そんなのに付き合ってカネを出し続けろというのか。いいか、君嶋」

 脇坂は冷たい表情で君嶋を見据える。「ラグビー界に将来はない。私が見たところ、10年経っても人気回復しないし、日本のレベルも上がりはしない。今のラグビー界は余りにも無策であるだけでなく、協会の幹部たちは自らの地位に固執し、おかれた状況を顧みようともしていない。こんな腐ったスポーツに金は出せない。出せるはずがない」

 ………。

最終的に、ラグビー部は廃部だ」

 容赦ない口調だ。「私は気に入らないものは、すべて切り捨ててきた。それが私のやり方だ」

「考え直していただけませんか」

「断る」

「わかりました」

 君嶋は静かに立ち上がった。「ならば私も、自分の流儀でやらせていただきます。そして必ず、アストロズを守る。どんな手を使っても(峰岸が届けてくれた「証拠」の使い道を君嶋は決めた)」

 

 「第五章 ラストゲーム」-1-- に続く

 

 

 

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1715話 [ 「ノーサイド・ゲーム」を読み終えて 20/? ] 8/27・火曜(雨・曇)

2019-08-27 11:11:02 | 読書

 「第四章 セカンドシーズン」 -4ーー

(悪人・脇坂の裏をばらすM&A代理人・峰岸)

 インパルス戦があった週末が明け、月曜日の朝だった。

 いま君嶋は不機嫌な表情でデスクの固定電話を睨みつけている。その横には朝からずっと読みふけっていた書類が置いてあった。

 その書類は今年の2月、カザマ商事買収が流れることになった取締役会の議事録で、この日の朝、経営戦略室の元部下から内々で送らせたものだった。

 どうかされましたかと、多英が尋ねた

 君嶋は、土曜日の試合で滝川さんと会って、そのとき、どうも引っかかることを聞いたのだと、滝川とのやり取りを話しはじめた。

「脇坂さんがカザマ商事の不正を暴露した報告書には、資金が引き出された銀行口座の明細まで添付されている。ところが俺の調査は横浜マリンカントリーの青野さんの証言が中心で、唯一の物証は、3億円の受領書のコピーだった。脇坂さんは、俺の報告書になかった証拠を入手していたんだ。こいつを一体どこで手に入れたのか、全く分からない」

「今の電話、もしかして脇坂さん、ですか」

 察した多英に、「ああ。本人に聞いてみた。しかし、役員でもない君には関係ないだとさ」、と答えて続けた。

「通帳のコピーがどういう経緯で脇坂さんの手に渡ったのか。風間社長本人と近いところに情報源がない限り、こんなものを入手するのは不可能だ」

 通帳の名義人はカザマ商事社長・風間有也社長だった。

 定期を解約して集めた資金3億円が現金で引き出されている。その経緯が明らかにされていた。

 

 君嶋は青野さんに電話をした。

「風間社長の通帳のコピーが ? 」

 電話に出た青野の声は、怪訝なものを含んでいた。そして、「最初にカザマ商事が買収を持ちかけたとき、風間社長が脇坂さんに挨拶くらいはしたと思いますが、その後のやり取りは代理人を通していましたし」

 青野の言う通りで、M&Aの場合、代理人が行う。

 当案件に当たっては、トキワ自動車が代理人として指名していたのは、中堅のM&A専門業者の東京キャピタルだった。

 東京キャピタルは、君嶋も経営戦略室時代に何度か使ったことのある会社で、社長とも面識があった。

 青野との電話を終え、次に電話をかけた相手は、東京キャピタル社長の峰岸飛呂彦であった。

「カザマ商事の件で聞きたいことがあるんだが、脇坂と風間社長が直接やり取りしたことはあったか」

「例の取締役会での一件ですね。風間社長の個人的な情報まで把握していたという」

 峰岸は商売人らしく察しのいいところを見せた。

「何か聞いているか」

私も後で知って不審に思いまして。それで、風間社長に直接問い合わせてみたところ、少々意外な話を聞いたんですよ」

「意外な話 ? 」

 電話ではお話はできないとのこと、その日の午後7時に東京キャピタルの本社で会うことにした。

 

「第四章 セカンドシーズン」 -5--

(根岸が脇坂の悪の物証を届けることを約束する)

「意外な話って何だ」

「脇坂さんの学歴ってご存知ですか。――明成学園大学付属高校なんですよ。滝川さんが明成に入ったのは大学からですが、脇坂さんは高校時代にだけ明成に在籍していて、風間社長と同級生だったんです。大学は家庭の事情で国立に進んだということです」

 峰岸は続けた。

「ここからが重要なところですが、高校時代の同窓会に出た風間社長に、滝川さんの情報を教えたのは、他ならぬ脇坂さんだったそうです。酔った勢いで会社を売却したいと言ったところ、それなら滝川に話を持ちこんでみろと」

 その事実は少なからず君嶋を驚かせた。カザマ商事買収に関して、当時君嶋は高すぎることを理由に否定的な見解を示していたが、それについて脇坂はどっちつかずの態度であった。そもそも事の発端をつくったのが脇坂なら、そのあいまいな態度にも合点がいく。

脇坂と風間社長に面識があることを滝川は知っているのか」

「いえ、脇坂さんからは黙っていてくれと言われたそうです」

 峰岸は意味ありげに答えた。「話せば社内で面倒なことになる、自分たちが判断する立場だからと」

 風間と親交があるのなら社内で明らかにするのが本来の姿で、脇坂には他意である。

「最初から、裏で脇坂さんが風間社長にいろいろアドバイスをしていたらしいですが、風間社長が欲張って1千億円を提示したのは誤算だったようです。脇坂から価格を下げろと言われたそうなんですが、欲の皮が突っ張ってしまって聞き入れなかったと風間社長はおっしゃいました」

 実際、それがネックとなり、最初の時は、話がまとまらなかった。

「風間社長によると、森下教授の買収や、結局、会社の売値をトキワ自動車の許容範囲まで下げたものも脇坂さんのアドバイスだそうです。でも、脇坂さんは最初から風間社長を利用する目的だったんじゃないですか」

 峰岸にそう言わせるのは、商売人の収穫だろう。「脇坂さんがそこまでして風間社長を助けると思えないんですよね。脇坂さんは風間社長を救おうとしたわけではない。単に、自分の道具として使っただけなんじゃないですか。滝川さんを陥れる罠として。最初から買収を成功させるつもりなんかなかったんです。ただそのためには、買収に反対するだろうあなたが居ては邪魔だった。だから、あなたを横浜工場に飛ばしたんでしょう」

 君嶋の異動後、再び、カザマ商事の買収案が持ち上がり、今度は正式な買収方針が決まった。脇坂の計画が成就する見込みがついたのだ。そうなってしまうと今度は、経営戦略室の力不足が気になったというわけだ。だから、一旦は切り捨てた君嶋に、戻って来ないかと声をかけたのだろう。都合の良い話である

 重苦しい沈黙のあと、峰岸は言った。「ここだけの話、脇坂さんは本当の悪人ですよ」

「その悪人とあんたは仕事しているじゃないか」

「今は脇坂さんからトキワ自動車への出入りを禁止されましたから、動いていません」

 君嶋は決意した。

「脇坂の悪にきっちりとカタを付ける。ただ、伝聞だけでは弱い。証拠が必要だ。頼まれてくれるよな」

「見返りは、トキワ自動車さんと取引復活でよろしくお願いします」

 案の定、峰岸は乗ってきた。

 峰岸からひと通りの「証拠」が君嶋のもとに届けられれたのは、その翌々週のことであった。

 

 「第四章 セカンドシーズン」 -6-- に続く

 

 

 

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