澤田ふじ子の京都を背景にした人情時代小説。
短編6話の公事宿事件帳書留帳シリーズ第18弾。
「人間の愛情・心情」をテーマにした短編集と感じ、そのテーマを中心に粗筋を纏め、その中の心を打った部分に下線を見いてみた。
「かたりの絵図」-憤りー
菊太郎が、二条城の堀に身投げした女を助けた。その女はお佐和といい、金物問屋の一人娘で、店が火事に遭い、父親や兄弟を失くし、今は病で臥せる母親と二人だけの長屋住まいとのこと。
鯉屋のお店さんや菊太郎の労りに、お佐和は身投げした原因を話し出した。
生活費に困り、火事の中持ち出した俵屋宗達が描いた魚籃観音図を売りに出したところ、京狩野派の高弟門人の一人の幸信に、若い娘だと甘く見て、偽物だと欺き盗られたのだ。
鯉屋源十郎は出入れ物として目安で訴えましょう、勝ち目は十分にあると言うと、菊太郎はしばし黙考の体で、大大名か豪商に売られているだろうから公事も中々進まないだろう、それよりも、それでは、儂の胸が晴れない、利き腕を折るか目を潰してやりたいと言った。
そして、数日後のならず者を伴った幸信との談合の場で、幸信の髷を宙に飛ばした。
「暗がりの糸」-妾とその子への愛憎の葛藤ー
太物問屋・十八屋の主・宗助は、女房のおまさに内緒で、自分の子を台所働きのお松に懐妊させ外で出産させた。その子・おゆうが8歳の時にお松が早死にしたので、おまさの強硬な申し出で奉公人として店に引き取った。
おゆうが15歳の時に、飯茶碗を割ったという些細なことから、おまさは、おゆうを料理屋に奉公に出した。しかし、どうしたわけか、おまさは、お松の位牌は自分で大事に祀っていた。
それから数年して、少し早めだが、息子・宗十郎夫婦が店を引き継いだ。そして、先代夫婦は別棟に閉じ込めたように冷遇した暮らしをさせた。また、番頭と手代が時期を同じくして変死した。
おゆうは、夜の時間に余裕が取れる蕎麦屋に働き口を変え、先代夫婦を養いたいと見舞い方々別棟をたびたび訪問していた。宗十郎は世間体もあり、心とは反対になかなか応じなかった。
ある時、その時期でないのに棚卸をしていて小売人の買い付けを断っていたので、故買の詮議を免れるために反物の整理をしているのではないかと、絡み合った暗がりの糸を一つ引っ張るつもりで菊太郎は奉行所に連絡した。
確かに、故買に早くから関わっていて、先代夫婦を無理に押し込め隠居をさせて、故買に反対した番頭と手代はならず者を使って殺害させたのだ。
病で臥せっていたおまさは、泊って看病していたおゆうを前に、お松が堀川で溺れかかっていた宗十郎を助けてくれたのだ、私は二人の子を産んだが、心ばえのいいおゆうみたいな子を育てられなかったと言った。愛憎二つを抱きながらお松の位牌を祀り、おゆうに接してきた、おまさの妻として母親としての痛哭な言葉が菊太郎の胸を悲しく叩いた。
「奇妙な賽銭」-親への情愛ー
博打の賽の目を読む天稟に恵まれた街道人足の多吉は、妻のお里から賭場の出入をきつく諌められていた。だが、お里の死を契機に賭場へ通い詰め、ならず者に睨まれるほどの荒稼ぎを始め、博打で儲けた金を米入れの甕とか畳の下に隠していた。
そのことを見知っている一人息子の蓑助に、多吉は、予定の金が溜まったら博打は止めて大阪でも行って小商いをすると言う。
しかし、蓑助は、これでは母親は成仏できないし、父親も人に恨まれ殺されてしまうと思い、母親の極楽往生を願う賽銭のつもりと、父親の罪滅ぼしのために、父親が夜に賭場に行った留守に隠し金を取り出して、貧乏長屋の家々に金を投げ込んで歩いた。
銕蔵配下の同心と菊太郎に、蓑助の行いを知られ、多吉の事も知れた。菊太郎は、まず、多吉の命を守ることが大事と、賭場を出た多吉がならず者に殺される寸前に助けた。
その後、多吉は菊太郎らの諭しで改心し、引き売り屋をすることに決めた。
「まんまんちゃんあん」-親への情愛ー
賭場で人に疵を負わせた罪で4年間の島送りから帰ってきた弥助は働き先を転々と変えてきた。質の悪い同心・市川平十郎が弥助の働き先で島帰りを吹聴したり、嫌がらせをしたりしたためだ。
島帰りのならず者に身内になれと誘われていたが、そのたびに、隣の部屋で一人娘の千代が死んだ母親から教えられた「まんまんちゃん(神仏への呼びかけ語)あん(祈り言葉)」(幼児語)を唱えて父の事を祈っていた。弥助はこの言葉を聞くとへこたれたらあかんと思うのだった。
弥助を助ける人によって、ならず者の誘いも止まり、平十郎の行為に奉行所の信用も無くなるとの声が高まり、菊太郎や奉行所の与力たちの意見を奉行が取り入れ、平十郎は6年の流刑になった。
「虹の末期」-純愛ー
紙問屋巴屋の一人娘・おきわは、錠前直し屋で修行している彦太郎が好きで、一緒になりたいことを母親に打ち明けていたが、理解してくれていたその母親が早くに亡くなった。
父親は番頭の言いなりで、番頭は金を使って彦太郎たちを大阪のほうに転居させた。
おきわは、生きていればいつか会えると信じて死を思いとどまった。
その後、番頭の遠縁から婿養子を貰ったが、その男には、以前から女と子供がいたことも分かり、おきわは一度も床を一緒にしなかった。
その後、店も潰れ、おきわは婿養子とも別れて長屋で独り暮らしをしていたが、癌を患い近所の人に世話になっていた。
独り身の彦太郎は、おきわに会いたくて京都に戻ってきた。ようやく、おきわの住居を探し当てた彦太郎は毎日見舞いに来ていた。
数日後、余命いくばくもないと医者から宣告されたおきわは、彦太郎の首に細い両腕を回して引き寄せ布団の中に入れた。
「彦太郎さん、うち嬉しゅうおす。いつまでも二人で一緒にいるために"旦那さま"うちを殺して死んでおくれやす。身体の痛みのうなってしもた、うちらは綺麗な虹の橋を渡ってあの世に行けるのや。」
彦太郎はおきわの首を絞めつけた。おきわの顔には苦しみはなく彼に微笑んでいた。
翌日、彦太郎は剃刀で喉を切った後、首を吊ろうとしていたところを助けられた。心中事件として奉行所の六角牢屋敷の病舎に連れ込まれた。
菊太郎は、皆を叱って、丁重に取り扱うのだと彦太郎を鯉屋の座敷牢に入れて、死を目前の彼の前で、心中ではない、やっと邂逅した愛する二人が二度と離ればなれにならぬように時期を同じくしてあの世に旅経ったのだと言った。
「転生の餅」-純心への変化ー
北野新地に島を持つ吉兵衛一家の跡取息子の吉十郎は、子分を連れて賭場の借金取りに出かけた途中で、足首の腓骨を骨折した。
近所で遊んでいた十人近い長屋の子供たちが力を合わせて、吉十郎を長屋に連れて来て、医者を呼んできたり、医者の手伝いをしたりと、にぎやかに働いた。
吉十郎は、やくざな自分に、貧しい長屋の子らがそれとも知らず優しく接してくれることに胸に熱いものを覚え目を潤ませ、悪餓鬼と勝手に決めていた自分の浅はかさを悔やみ彼らの本当の姿に接してひどく嬉しかった。
吉十郎は、子供の時から関心のあった根付師になろうと思い、快気祝いと長屋の人への恩返しに餅つきをして、その場で身分を明かし根付師になることを告げた。