故郷の紅葉(2013/11/21)
(第七章 リフト・オフ)
(1)
年明けの1月7日、航平と山崎は、茨城県にある帝国重工の試験場にいた。
この日、ここで、「モノトーン」の燃焼実験が行われることになっていた。佃製のバルブの一通りの品質試験をパスし、製品供給の道を拓くための最後にして最大の関門だった。財前が二人を自社の研究者たちに紹介して行く。
準備が完了し、マイクを通じて富山の声が実験開始を告げた。「エンジン、点火。」と富山の声が聞こえて150秒を経過した時、「タンク内、圧力異常!」マイクを通じた富山が叫んだ。
バルブの作動状況を示すデータの異常値がモニターに映し出された。燃焼実験は完全に失敗に終わった。
(2)
翌日、筑波の帝国重工研究所で検証が行われ、従バルブの不作動が原因だと結論付けられたが、佃製作所の意見はと、富山から問われた。
『航平は、燃焼実験後のバルブを、弊社の検証チームが分解の上調査したが、原因は特定されなかったと答えた。帝国重工の茂木という中年研究者が特定してもらわないと困ると言うので、航平は、御社の制御プログラムはどうですかと反論した。富山が、プログラムは問題ない、他人のせいにするんじゃないと言う。航平は富山の言葉に動ぜず゛、御社の他の部品を見せてくれと言う。冗談じゃないという富山との押し問答の中に、財前が入り、「スケジュールは待ってくれない、原因の特定が先だ。納得するまでやってもらいたい。」と発言した。』
帰路の車中で、耳にしたと山崎が、もし、ウチの部品が原因だった場合は実験費用とスケジュール遅延費用を補償させようという話が出てきていると、航平に告げた。航平は、数億円になるかもしれないと言いながらも、ウチの技術力を信じようと言う。
(3・4)
『予定通り、帝国重工研究所で航平と山崎たち技術開発部の技術者6人が再検証に臨んでいた。三日経っても原因が掴めず、技術者を5人増やして何度もやり直した結果、拡大鏡でも見えにくい二酸化ケイ素の粒子がバルブ内フィルタに付着していた。
そのフィルターは航平に失礼なことを言った茂木たちが作成したもので、予備フィルターのロットをランダムに調査すると、それにも付着していた。』
『佃製作所で試験した時は自社で作成したフィルターを使ったので試験はパスしたのだが、少しでも帝国重工製品を使いたいとの富山の強い希望で、取り換えての燃焼実験だったのだ。』
『結局、ウチのミスか。お粗末な話だと水原は嘆息した。』
財前の採用すべきです、本部長と言う言葉に、水原は最大の難関が残ったな、どうやって藤間社長を説得するかと、財前の顔を見る。
財前は、藤間社長もロケット打ち上げ失敗の過去があり、佃社長と結びつきますので、その線から説得しますと言う。
帝国重工の役員会で、スターダスト計画に、佃製作所のバルブ採用が議案にのぼった。財前の思い通りに、藤間社長はセイレーンの打ち上げ失敗のことをよく知っていて、その原因と担当者の佃もよく覚えていた。その佃が開発したバルブシステムの性能の高さのデータから世界的優秀さを認め、もし、他社が採用したら、圧倒的優位の下で宇宙航空戦略を推進するという藤間がぶち上げたスターダスト計画が骨抜きになると理解して、内製化方針の例外を認めた。
佃製作所の社長室には、航平と各部長が帝国重工の財前からの報告を待っていた。
『津野が、採用が決まったら「佃品質」から「ロケット品質の佃」にキャッチコピーを変えましょうと言う。また、殿村が、きっといい風が吹きますよと言う。彼らの言葉に航平は頷き、この一年を振り返った。社員の努力で、小口の売上げは増え続けていて、会社の安定性を考えると、「一度に剥げない小口売上げというのは会社の土台になる」、この一年で航平が学んだことの一つであった。』
『テーブルの上に置いていた航平の携帯が鳴った。財前からの朗報だった。津野が立ち上がり、さっきから社長室の外で待機していた社員たちに「来たぞー!」と叫ぶと、多くの社員が社長室になだれ込んできた。』
(5・6)
佃のバルブを使った"モノトーン"の最終燃焼実験に成功し、殿村の「佃品質と我々佃プライドに、万歳」の音頭で、万歳三唱が大田区の小さな本社屋に響き渡った。
数日後、「挑戦の終わりは、新たな挑戦の始まりだ。」、航平のそんなスピーチの祝賀会には、顧問弁護士になった神谷やナショナル・インペストメントの浜崎も同席していた。
それから数日して、航平のもとに一通のメールが入った。真野からだ。航平が三上教授に頼み、山崎を通じて大学の研究所の助手に推薦したのだ。その真野から、お礼の文章の後に、今、最新医療機器の開発チームに配属されているが、人工心臓の開発に携わって者との検討会で、心臓弁の動作に佃製作所のバルブシステムの技術が応用できると思いましたと、貴重な情報を知らせて来た。航平は、急ぎ山崎を呼んだ。
(エピローグ)
種子島宇宙センターの発射管制室には、打ち上げにゴーサインを出す執行管理者の財前がいる。航平もいる。
『山崎の最終チェック完了の合図に、航平は成功を信じて、山崎の心配をよそに、山崎や作業が済んだ社員たちに、会社の連中が待っている展望台に移動しようと誘って、腰を上げた。
展望台では数十人の社の幹部や若手社員にも囲まれた。航平は若手が積極的に種子島までやってきてくれたことが嬉しかった。』
旅費は全員分を会社が負担し、記念すべきイベントになった。
「モノトーン、点火。」「固体ロケットブースター、点火。」山崎が叫ぶ。
「行け! モノトーン! リフト・オン!」航平は震える声を張り上げた。
「上がれーっ!」と殿村が叫び、江原が絶叫した。
「第二エンジン、点火。」再び財前の声がスピーカーから流れた。
航平は社員たちに「必ず成功する、必ず。」と言う。その声に続くように、その報告の財前の声がスピーカーから流れた。
『航平は、打上げが成功したら、気の利いた演説をしようと思っていたが、胸にこみ上げてきた喜びと興奮で航平の脳は思考停止し、出てくるのは、ただ感謝の言葉だけだった。』
終