北原亜以子の爽太捕物帖シリーズ第2弾の長編時代小説。
第1弾を読まなくても登場人物の過去の経緯や関係は十分理解できたが、人物の感情描写が浅く、感動させる文章も少なく、読後に心に残る感動がなかった。
弥惣吉の女房
爽太は鰻屋十三川の居候から一人娘おふくの入婿になり、鰻の扱いは苦手だが、定町廻り同心の岡っ引。友達の徳松と竹次郎が、その下っ引をして爽太を助けている。
十三川の主人十兵衛が爽太を居候に引き取ったのは、店が潰れるところを昔爽太の父に助けられたからだ。
十兵衛夫婦の人柄はもちろん爽太の人柄から、町役達からも岡っ引がいる家なのに親分が居て心強いとまで言われている。女房のおふくも、人から嫌われる仕事と承知の上で十手を預かっている偉い人間だと心から惚れている。
とにかく、爽太は皆から慕われ頼りにされている。
爽太の所に、ざる屋の弥惣吉が来て、女房のおせんが、探さないでくれとの置手紙を残して消えてしまったといってきた。
文化三年の江戸の大火事で、爽太をはじめ、徳松、竹次郎、弥惣吉も親無し子になり、その時からの爽太を中心にした仲間だった。その中で弥惣吉だけは盗みなどの悪いことはしない口数の少ない真面目な子供だった。
おせんも大火事に会い、病人の父親がいたおせんは男の袖を引いていて夜鷹と喧嘩しているところを徳松に助けられ、弥惣吉が見初めて惚れたのだった。
川越
穀物問屋武蔵屋の江戸の出店で取引先と上手く行かず江戸をよく知っている入婿の若主人栄之助が自分から出かけることを申し出た。
栄之助も文化の江戸の大火事で、親を失い武蔵屋に奉公したのだ。
数日して供をしていた手代が一人で帰ってきて、取引先との話はすぐに纏まったが、あの世に旅立つことを許してくださいとの置手紙を残して栄之助が居なくなったことを告げる。
川越のある取引先に掛取りに行った手代が帰ってきて、既に若主人に支払ったと言われたとのこと。主人の半右衛門は、集金した金を懐に江戸に行ったのは初めから行方をくらます覚悟があったのだと、栄之助の持ち物を探せという。
行李の底から気にかかるものが出てきた。江戸買った本を結んでいた着物の付紐だ。おるいは紐の裏に、おせんと書いた字を見つけた。
絵姿
爽太達は弥惣吉からおせんの親戚を聞いて尋ねてみたが何も判らず、仲間におせんの似顔絵を描いて貰って、出合茶屋を訪ね歩いた。
ある店で、おせんに似た女が男と逢引していた事が判った。相手の男は大店の若旦那といった格好だったという。
竹次郎が、我々はおせんの恥ずかしがりの引っ込み思案の絵姿を見ていたのだという。絵姿には裏返しをしても何もない、生身のおせんには、後ろも裏もあったのだと思った。
二人の女
おるいは父について江戸に出てきた。おるいにとって栄之助は恋しくてならない夫なのだ。文屋を通して栄之助の付合い範囲を調べて行方を尋ねたいと思っていた。
栄之助はおせんと江戸を出奔して数日経った時に旅籠で寝込んでしまった。眠りから覚めた栄之助は、真っ先に弥惣吉の親友の爽太が追っかけてこなかったか、おせんに聞いた。しかし、おせんの心は違い、弥惣吉に殺されても恨まれてもててと思っていた。
おせんと栄之助が会ったのは、おせんが弥惣吉と所帯をもって二年目のときに、所用で江戸に出てきていた栄之助が雨宿りでおせんの家の軒下に飛び込んできたのだ。無口のおせんがどうした事か自分から話しかけていた。
おせんは弥惣吉の恩人の優しさを時おり重たく感じていた。栄之助も舅夫婦と女房からあまりにも大事にされるので、毎日が息が詰まりそうな気持でいたのだ。二人が深い仲となるのに時間はかからなかった。
元気になった栄之助は、覚悟をしての駆落ちだったのに、嬉しい、楽しいで、恩を捨ててよいわけがないと離別の話を持ち出し、おせんが帳場に茶を貰いにいった間に栄之助の姿が消えていた。
捨てられたと思ったおせんには帰るところもなく、おせんに恨まれても呪い殺されてもよいから川越に行こうと思った。そこへ爽太が尋ねてきた。おせんはまた蓋を閉じた貝の様な暮らしに戻るのだと思った。
そんな時、武蔵屋の出店に川越から早飛脚で栄之助が帰ってきたとの文が届いた。
隠れ家
爽太はおせんも直ぐには弥惣吉と住めないだろうと、江戸での落ち着き先を見つけるために、板橋宿に住んでいる爽太の昔の友達の政五郎におせんを預けて江戸に帰ってきた。
次の日に爽太を追うようにおせんが爽太の家に来た。政五郎が、おせんに栄之助が置いていった金を盗んで江戸に逃げたという。政五郎は博打の借金があり追われていたのだ。
暮春
川越に帰ってきた栄之助は元気なく、おるいには、何時までも二人の間にはおせんの面影が挟まっているような気がしていた。
おせんが爽太の家から居なくなった。爽太が工面して渡した15両の金が入ったおせんの風呂敷包みも無くなっていた。
おせんは川越に行って武蔵屋の小僧を通じて15両を栄之助に返し、江戸に帰り千住の料理屋で働いていた。
爽太はおせんの居所を知ったが、弥惣吉には教えないことにした。
驟雨
爽太に飛脚便が届いた。高崎宿栄之助からで中身は25両入っていておせんに高崎に来てくれるように伝えてくれと言う内容だった。
爽太が、武蔵屋の出店で栄之助の居場所の裏を取ったら、病気療養でおるいと上州に湯治に行っているとの話を聞いているという。爽太は栄之助からの手紙でなく、誰かが人に頼んで書いてもらったものと思った。
爽太はおせんを近くの茶屋に連れ出して栄之助の手紙を読んで聞かせた。おせんは、借金のある身で今は身動きできないから金は預かっていてくれと、料理屋に帰っていった。爽太は料理屋の主人に金を渡しておこうと後を追ったら、もうおせんの姿は無かった。
弥惣吉の姿も判らなくなっていた。爽太は友達の弥惣吉がおせんに危害を与えるかもしれない事が一番心配だった。
中山道・高崎宿
弥惣吉は大阪までの手形をもって江戸を出たようだ。爽太達は高崎に向けて後を追った。おせんは手形を取りに江戸へ帰ったところを爽太の手下が抑えて爽太の後を追ってきている。
高崎宿について栄之助を探していたら、ある宿で栄之助からのおせん宛の預け文を貰った。都合で松井田で待っているとのことだった。爽太はその手紙を見て女が男の手に似せて書いたものと見た。
松井田まで行くと追分で待つとの託し文を受け取り、おせんもようやく騙されている事を信じた。
安中にて
栄之助はおせんを置き去りにした自分を責めて、湯の宿でおるいに看取られながらあの世に旅立ったが、息を引き取るときにおせんと言って息絶えた。
憎かった。許せなかった。おるいは、まず弥惣吉に手紙を書いた。
弥惣吉は、おるいからの敵討ちをしませんかの手紙に乗って、自分を捨てた女房に思い知らせてやりたい一心から旅に出た。
しかし、今は安中宿近くの農家で腹痛の為に寝込んでいる。心の中では、何もかも放り出して江戸に帰りたくなっていた。
おるいは、まだ心を納める事ができず、弥惣吉に確りしてくれといって、自分は、次は奈良井宿へ来てくれとの手紙を書いている。
そこに、追分で待つとの手紙を旅人に頼んでいるおるいを見つけて後をつけた爽太が入ってきた。やっと、弥惣吉を探し当てた。