T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1272回 「 文庫本・火花を読み終えて 5/5 」 3/30・木曜(曇・晴)

2017-03-28 16:30:09 | 読書

 ―(師匠との再会)― 156p~171p

 僕は芸人を辞めて、取りあえずは2軒の居酒屋で休みなく働き、生計を立てた。

 相方は大阪の実家に帰り、携帯ショップに就職が決まったようだった。

 神谷さんとは、時々、連絡を取った。神谷さんの伝記のために書き留めたノートは、20冊を超えていた。

 11月半ば過ぎ、神谷さんの相方の大林さんから、神谷さんの居場所を知らないかと電話があった。

 大林さんの話によると、急に連絡が取れなくなり、神谷さんの借金が1千万近くまで膨らんでいるらしいとのことだった。

 僕も、すぐに電話したりアパートに行ったりして調べてみたが分からなかった。

    

 僕は知り合いに紹介してもらった下北沢の不動産屋で働くことになった。

 ある日、鈴なり横丁で2杯目の焼酎を呑み始めたとき、神谷さんから、失踪して1年振りに電話がかかってきた。

 僕は、至急、神谷さんに会った。

「大林に思い切り顔面どつかれた」と神谷は痛そうに頬を抑えた。

 大林さんは、関係者に頭を下げに回り、事務所に籍を残したまま神谷さんを待ち続けていたのだ。

「事務所に謝りに行ったが、どうにもならず解雇された。大阪に帰って走り回って金作ったが、借金がでかくなってどうにもならず、結局、自己破産した。徳永、絶対借金すんなよ」と、神谷さんはまくした。

  ―中略―

 おもむろにセーターを脱いだ神谷さんの両胸が大きく膨らんでいたのだ。

 聞くと、「Fカップです。大きいほうが面白いと思って、シリコンめっちゃ入れてん」と言う。

 この人は狂っているのだろうか。

「それで、誰が笑うねん」

なんでやねん。面白いやんけ。これで、テレビ出れると思ってん」

「出られるわけないやろ。30代の巨乳のおっさん誰が笑えんねん」

 この人は愚か者だ。畢生のあほんだらだ。

お乳入れた時な、自分でめっちゃ面白くてな、一人でずっと笑っててん。でもな、唯一仲良かった社員に会いに行ってな、これでテレビ出たいって言うたら、めっちゃ引いててな、ほんで俺も急に怖くなってきて」と、言って、神谷さんは、膝の上で拳を握り締めて俯いている。

「なにしてんねん」と、言葉が尖った。

「どえらいことしてもうたと思って、怖くなって、ほんで、徳永やったら笑ってくれると思って」

「笑うか」

「徳永どないしょう? テレビ無理やんな?」

「神谷さんは、なにも悪気ないと思います。僕はそれを知っています。でもね、世の中にはね、性の問題とか社会の中でのジェンダーの問題で悩んでいる人が沢山いてはるんです。そういう人が、その状態の神谷さん見たらどう思います?」

「……、すまん。俺な、もう何年も徳永以外の人に面白いって言われてないねん。だからな、そいつらにも面白いって言われたかってん。そのやり方が分からへんかってん。今ではほんまに後悔してる。ほんま、ごめん」

(神谷さんが心底からの漫才師だということが理解できる文章だ)

 ―中略―

 東京駅から熱海に向かう新幹線こだまに揺られていた。神谷さんの誕生日が近かったので、僕はお祝いとして温泉旅行を持ちかけたのだ。

 神谷さんは、分厚いセーターの上から、大きなサイズのパーカーを着込んで、胸のふくらみを隠していた。

 神谷さんは、浮かれてしまって、つまみを拡げて焼酎を呑みながら、「徳永、一緒に風呂入られへんけどすまんな」と言う。

「やかましいわ」と僕が答えた。

「徳永、俺、どっちの風呂入ったらいいの?」

「男風呂に決まってるでしょ」

 僕は、事前に客室に源泉かけ流しの露天風呂がついている部屋を予約していたのだ。

(師匠を思う心遣いに感心)

  ―中略―

 部屋で料理と酒を頂いて、神谷さんは上機嫌だった。

 翌日に素人参加型の「熱海お笑い大会」があるというポスターを見つけた神谷さんが、どうしても出たいと言い出した。応募の締め切りが過ぎているから無理だと言っても聞かなかった。

 神谷さんは、「漫才作る」と言って、焼酎を片手に露天風呂に浸かっている。この人は、一生、漫才師であり続けるのだろう。

 僕は、いつものように神谷ノートを開き、今日の出来事を書き込んでいる。

 神谷さんは、窓の外から僕に向かって「おい、とんでもない漫才思いついたぞ」と言って、全裸のまま、垂直に何度も飛び跳ね、美しい乳房を揺らし続けていた。

(神谷の、一生、漫才の姿に感心)                   

                    終 

 

「読後の雑感」

 純文学の部類に入る「火花」は、数十年、大衆文学だけを読んできた私にとって、難解な文章が多く、理解できない文章も多々あり、読み難い作品だった。

 読書が趣味の私にとっても、老化により読解力が少し低下したのかもわからない。

 これらのためか、今回も、今まで読んできた大衆文学作品の「読後の感想」に替えて、「心を打った部分の文章を抜粋したものを主体に粗筋を纏めるといった手法」を取って、作品を纏めてみたのだが、纏めることができたのは、全体の3分の1程度に留まってしまった。

 どうも、この手法は、純文学については、向いてなく、私の力では無理だということが分かった。

 しかし、今回から、「薄黄色の蛍光ペンで記した心を打った文章」に、何故その文章に蛍光ペンを記したかの私の感想を付加したのは、ひとつの進歩であった。

                   終了 

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1271回 「 文庫本・火花を読み終えて 4/? 」 3/29・水曜(晴・曇)

2017-03-27 13:18:45 | 読書

 ―(芸人10年、最後のライブ)― 139p~156p 

 僕達が出演していた漫才番組が一年で終わった。

 この番組のおかげで、深夜番組に呼ばれることもあったし、他のネタ番組にも幾つか出演した。また、この一年の学園祭は、地方の学校にもたくさん呼ばれた。

 僕は、家賃2万5千円のアパートから、下北沢の家賃11万円に引っ越した。

 相方は、恋人ができて恵比寿で同棲を始め、結婚するのだと息巻いていた。

 僕たちの世代が多く出演していた漫才番組に、あほんだらが呼ばれることは最後までなかった。そして、あほんだらの噂も耳にしなくなった。

 僕らも、あの漫才番組に出ていたときの華やかな生活は、長く続かなかった。僕達の仕事も徐々に減っていた。

  ―中略―

 ある平日の午後。 僕は、突然、相方に呼び出された。

 相方は、同棲した彼女と結婚し、彼女のお腹の中には双子の赤ちゃんがいるのだと言って、生まれる子供のためにも、芸人を辞めて新しい挑戦をしたいと僕に告げた。

 僕達は事務所に解散することを伝えた。

 僕達が出演する最後の事務所ライブには、普段より多くのお客さんが駆けつけてくれた。

  ―中略―

 出囃子が鳴り響き、僕達は袖から舞台に向かって一礼し、スタンドマイクに向かって走る。

「どうも、スパークスです」と挨拶すると、大きな拍手が狭い劇場に鳴り響いた。

 僕が口上として、「世界の常識を覆(クツガエ)すような漫才をやるために、この道に入りました。僕達が覆せたのは、努力は必ず報われる、という言葉だけです」と言うと、「あかんがな!」と相方が全力で突っ込み、笑いが起こった。(上手い口上に感心)

 本論に入った。

「感傷に流れ過ぎて、思ってることをうまく伝えらへんときってあるやん?」

「おう」

だから、あえてな、反対のことを言うと宣言した上で、思っていることと逆のことを全力で言うと、明確に思いが伝わるんちゃうかなと思うねん」

「お前は、最後まで何をややこしいこと言うとんねん

「まあ、やったらわかるわ。行くぜ」

「おう」

お前は、ほんまに漫才が上手いな!」

「おう。いや喜びかけたけど、これ思っていることと反対のこと言うてんねんな」

「一切噛まへんし、顔も声もいいし、実家も金持ちやし、最高やね!」

「腹立つはこいつ」

「……」

「……」

だけどな、相方! そんな天才のお前にも、いくつか大きな欠点があるぞ!」

「なんや!」

「まず、部屋が汚い」

「確かに部屋は綺麗にしてる方やけど、もっとあるやろ!」

「小食の遅食い」

「僕ね、大食いの早食いなんです。おい、俺アホみたいやんけ!」

「彼女がブス」

「いや、嬉しいけど、それ俺のことと違うやん!」

(本当は、)品があって、優しくて最高の彼女だった。

相方が素晴らしい才能の持ち主!」(僕のこと)

はあ!」

「そんな素晴らしい才能の天才的な相方に、この十年間、文句ばかり言うて、全然ついてきてくれへんかったよな!」(平凡な俺のような相方に、よくついてきてくれたな)

(僕は、天才になりたかった。人を笑わせたかった)

なに言うてんねん」

「そんな、お前とやから、この十年間、ほんまに楽しくなかったわ! 世界で俺が一番不幸やわ!」

(相方が僕を漫才師にしてくれた)

ほんで、客! お前らほんまに賢いな! こんな売れてて将来性のある芸人のライブに、一切金も払わんと連日通いやがって!」

(そして、お客さんが、僕を漫才師にしてくれた)

「……」

「……」

(神谷さんがいた。客席の一番後ろで、一番泣いている)

僕達、スパークスは今日が漫才する最後ではありません。これからも、毎日、皆さんとお会いできると思うと嬉しいです。僕は、この十年を糧に生きません。……」

(いつか、こんなふうに唾を撒き散らして大声で叫ぶ漫才がやってみたかったのだ)

「……」

「……」

「お前は、ほんまに漫才が上手いなあ」

「もうええわ」

(お笑いの中に感謝も入れて、面白い漫才と感心した)

  ―中略―

 吉祥寺ハーモニカ横丁の美舟に行くのは随分と久しぶりだった。

「スパークスの漫才めっちゃ面白かったな」

 神谷さんは、嬉しそうにそう言うと焼酎を一気に飲み干した。

「確かに泣いたけど、あんな漫才見たことないもん。あの理屈っぽさと、感情が爆発するとこと、矛盾しそうな二つの要素が同居するんがスパークスの漫才やな」

「神谷さんに褒められるのが一番嬉しいです」

 これは紛れもない僕の本心だった。

「神谷さん、僕まだ何やるかは決めてないんですけど、芸人辞めようと思ってます」

 神谷さんから僕が学んだことは、「自分らしく生きる」という、居酒屋の便所に貼ってあるような単純な言葉の、血の通った劇場の実践編だった。(心理描写、その例えに感心) 僕は、そろそろ神谷さんから離れて自分の人生を歩まなければならない。

 肉芽(ニクガと読み、珠芽(むかご)のこと。酒の肴)を吞み込んだ神谷さんが、顔を上げた。

徳永。俺な、芸人には引退なんてないと思うねん。徳永は、面白いことを十年間考え続けたわけやん。ほんで、ずっと劇場で人を笑わせてきたわけやろ。それは、とてつもない特殊能力を身につけたことやで。ボクサーのパンチと一緒やな。無名でも、あいつら簡単に人を殺せるやろ。芸人も一緒や。ただし、芸人のパンチは殴れば殴るほど人を幸せに出来るねん。だから、事務所辞めて、他の仕事で飯食うようになっても、笑いで、ど突きまくったれ。お前みたいなパンチもってる奴どっこにも居てへんねんから。だから、何をやってても、芸人には引退はないねん」(送別の言葉、生きていく上での例えを入れての師匠の言葉に感心)

                       次の章に続く

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1270回 「 文庫本・火花を読み終えて 3/? 」 3/27・月曜(雨・晴)

2017-03-25 13:35:49 | 読書

● ―(師匠の教え)― 64p~79p

 子供の頃からテレビで見ていた大師匠の訃報が報じられた。

 僕は、いてもたってもいられなくなり、高円寺り自宅近くの公園に相方の山下を呼び出した。すぐにネタ合わせがしたくて、次のオーディションでやる予定のネタを合わせてみたが、お互いのテンポがまるで合っていないのだ。

 相方は、僕の言葉を聞いていない。僕は、相方の言葉を聞いてから次の言葉を話すので、一瞬の間が空いてしまう。相方の話す速度の中では、その間が異様に際立ってしまう。

 もっと僕の言葉を聞いてから反応するように相方に要求すると、何回もやっているネタだから、その必要がないと言う。

 僕は血が上がった頭を鎮めるためトイレに行った。その帰りに、ネタ合わせを毎日やっていると言っていた神谷さんに電話した。

 相方と揉めたことを簡潔に話し、「殴ったろうかと思ってるんです」と言う。

 神谷さんは、「殴ったら解散やで。手は出したらあかん」と優しい声で言われた。続けて、

家においで。一緒に飯食おうや。一番好きな食べ物はなんや?」と訊ねた。

「焼きに気です」と、僕は正直に答えた。

「違うやん。お前一番好きな食べ物のなんや?」と、神谷さんが同じ質問を繰り返した。

「鍋です」と答えると、神谷さんの沈黙の奥から、大勢の笑い声が響いている。

「な、鍋?  あんた鍋食べんの?」

「いや、よう一緒に食べますやん」

「偉い丈夫な歯しとんねやな」

「いや、違いますやん」

「僕は歯が弱いからあかんけど、鉄の鍋と土鍋とどっちがいいの?」

「いや、鍋って、鍋そのものは食べないんですよ。鍋の中身を食べるんですよ」

「鍋の実かいな? 鍋の、どこ剥いたら実が出てくるの?」

(徳永の悩みに、神谷の対応が面白かった)

 電話で漫才が始まった。

 

    

 渋谷に向かう電車の中から街を見下ろすといたるところに桜が咲いていて、直視するには眩しすぎる。そんな春真っ盛りになっても、僕の生活は変わらなかった。

 連日ネタ合わせに明け暮れたが、収入にはならない。なんとか深夜バイトで生活費を稼ぎ、それ以外の夜は神谷さんと呑んでいた。

 月に数度の劇場での仕事だけが生き甲斐だった。それを頼りに毎日身体を引き摺った。

 渋谷の雑居ビルの中の小さい劇場で、「渋谷オールスター祭」と銘打つ伝統的なライブが定期的に開催されていた。

 僕は香盤表を確認すると、「あほんだら」という文字が見えた。

 今日は神谷さんも一緒なのだと思っていると、後ろから肩を叩かれるのと同時に、「お客様」という声がしたので、振り返ると神谷さんが立っていた。

「おはようございます。今日一緒やったんですね」と僕は言った。事務所が違うので、劇場で会うと新鮮だった。

 そのためか、「せやな」と答えた神谷さんの感情は読み取れなかった。

 神谷さんの「お客様」の言葉の裏の感情を意識したのは、帰りの電車の中吊り広告の「接客」という見出しが目に入った時だ。

「お疲れ様です。今日はありがとうございました。今日、楽屋に入られてすぐに、「お客様」と、せっかく師匠が独特の入り方をして下さったのに、現実的な返答をしてしまい申し訳ございませんでした」と、メールを送信するした。すると、神谷さんから、直後に返信がきた。

ほんまに、すいませんと、思っているなら、そのまま忘れといてくれるのが優しさやで。聞こえなかったと信じて明日から生きて行こうと思っていたのに」(忘れといてくれた方がよかったとの意味が不明。理解力が低いことが情けない)

 神谷さんが、「お客様」と言った後に、どのような流れを計算していたのか知りたいところだったが、臨場感を失くした今の段階になって真意を聞くのは野暮だろうと思った。

 僕には、神谷さんの考えそうなことは分かっても、神谷さんの考えることは分からなかった。自分の才能を超えるものは、そう簡単に想像できるものではない。

 自分の肉がえぐられた傷跡を見て、誰の太刀筋か 判別できることを得意に誇っても意味がない。僕は、誰かに対して、それと同じ傷跡をつけることは不可能なのだ。(例えの説明に感心)

 それに僕と神谷さんでは、表現の幅に大きな差があった。神谷さんは面白いことのためなら暴力的な発言も性的発言も辞さない覚悟を持っていた。一方、僕は自分の発言が誤解を招き誰かを傷つけてしまうことを恐れていた。

 神谷さんに、そんな制限はない。あくまでも、面白いことを選択する途中に猥褻な現象があっただけなのだから、それを排除する必要を微塵も感じていないのだ。そんな神谷さんとは対照的に、僕は主題が他にあり、下ネタがただの一要素に過ぎない局面でも、それを排除する傾向にあった。つまり、自分が描きたい世界があったとしても露骨な性表現が途中にある場合、そこにたどり着くことを断念してきた。

 神谷さんは、そんな僕の傾向を見抜き、不真面目だと言った。面白いかどうか以外の尺度に捉われるなというのは神谷さんの一貫した考えである。(神谷さんの、漫才の面白さを追求する信念に感心)

                          

      次の章に続く

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1269回 「 文庫本・火花を読み終えて -2/?- 」 3/24・金曜(晴)

2017-03-23 14:47:38 | 読書

「本作文章抜粋を主体にしたあらすじ」

  ※ 私の心を打った章のみについて、本作の文章を主体に、粗筋を記述した。

  ※ 薄黄色の蛍光ペン部分は、心理や情景の描写表現などに感心した文章。

  ※ 薄緑色の蛍光ペン部分は、私の読解力が低くて理解ができなかった文章。

  ※ 薄青色の蛍光ペン部分は、私が補足したところ。

 -(師匠・神谷との出会い)ー 7p~28p  

 熱海湾に面した沿道は、白昼の激しい陽射しの名残を夜気で溶かし、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながらに賑わっている。(情景描写に感心)

 その沿道の脇にある空間に、裏返ししたビールケースを並べた簡易な舞台の上で、僕達たちは花火大会の会場を目指し歩いていく人たちに向けて漫才を披露していた。

 祭りのお囃子が常軌を逸するほど激しくて、僕たちの声を正確に聞き取れるのは、おそらくマイクを中心に半径1mくらいだろうから、僕達は最低でも3秒に一度の間隔で面白いことを言い続けなければ、ただ、何か話しているだけの二人になってしまうのだけど、3秒に一度の間隔で無理に面白いことを言おうとすると、面白くない人と思われる危険性が高すぎるので(なぜ面白くない人と思われるのか? )、あえて無謀な勝負はせず、与えられた持ち時間をやり過ごそうとしていた。

 通行人は驚くほど僕達に興味がなく、たまに興味を示す人もいるにはいたが、それは眉間に皺を寄せながら、僕達に中指を立てていく(卑猥で強烈な侮辱の仕草)ような輩ばかりで、すこぶる不愉快だった。

 ようやく僕達の持ち時間である15分が終了した。汗ばかりかいて、何の充実感もなかった。

 控えのテントに引き上げると、隅で待機していた最後のコンビが気怠(けだる)そうに外へ出てきた。そして、僕とすれ違う瞬間に、そのコンビの一人が、「仇とったるわ」と憤怒の表情で呟いた。僕はその人物から目が離せなくなって、その人たちの漫才の一部始終を見届けた。

「どうも、あほんだらです」と名乗った後、大衆に喧嘩を売るかのように怒鳴りだした。

私ね霊感が強いからね、顔面見たらね、その人が天国に行くのか地獄に行くのか分かるの」などと唾を撒き散らしながら叫び、通行人一人一人に人差し指を向けて、「地獄、地獄、地獄」と繰り返し、「なんやの罪人ばかりやないの、あんたらちゃんとし」と、そう言えば何故かずっと女言葉で叫んでいた。

 相方は、舞台の自分ら二人に対して苦情や文句を言っている見物人に、「殺すぞこら、こっち来てみい」と、鬼のような形相で叫ぶと言った奇想天外な漫才をしていた。(師匠の落語と情景描写に感心)

 僕が控えのテントの隅で着替えていると、仕事を終えて帰ってきた、さっきの漫才師から、「取っ払い(芸人の言葉で、事務所を通さない仕事のこと)でギャラ貰ったから飲みに行けへんか?」と、飲みに誘わられた。

 居酒屋に入って、「スパークスの徳永です」と、あらためて挨拶すると、その人は、「アホンダラの神谷です」と名乗った。

 これが、僕と神谷さんとの出会いだった。神谷さんは、僕より4歳上の24歳。

 神谷さんは、「いつも親父が俺のことを、アホンダラ、って呼ぶからそのままつけてん」などと言ったり、「人と違うことをせなあかん」ということを繰り返していた。

 そのような話の流れの中で、神谷さんの面白さと人間性に魅力を感じた僕は、神谷さんに、「弟子にしてください」と、頭を下げていた。

「いいよ」と、神谷さんは簡単に受け入れ、居酒屋の猥絶な風景を証人として、師弟関係が結ばれたのである。

「ただな、一つだけ条件がある。お前大学出てないんやったら、記憶力も悪いやろうし、俺のことすぐ忘れるやろ、せやから、俺のこと近くで見てな、俺の言動を書き残して、俺の伝記を作って欲しいねん。それが書けたら免許皆伝や

 神谷さんはそう言ってから、続けて、

「俺の伝記を書くには、文章を書けんとあかんから本を読んだ方がいいな」と言って、自分も小学生のころ伝記本をよく読んだし、本好きなんやでと、付け加えた。(師匠の教えに感心)

 そして、「お前は喋りは達者でないけど、静かに観察する眼を持ってるから伝記を執筆する人間に向いているはずや」と言ってくれた。

 僕の夢は漫才師だと神谷さんに伝えると、「当たり前のことを言うな」と一笑された。

 僕は、その当たり前という真意を尋ねたら、神谷さんは、一言ずつ自分で確認するように次のように話ししてくれた。

「漫才師である以上、面白い漫才をすることが絶対的な使命であることは当然であって、あらゆる日常の行動はすべて漫才のためにあんねん。だから、お前の行動の全ては既に漫才の一部やねん。漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿保と自分は真っ当であると信じている阿保によってのみ実現できるもんやねん。つまりな、欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師になられへん。長い時間をかけて漫才師に近づいていく作業をしているだけであって、本物の漫才師にはなられへん。憧れてるだけやな。本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん」(師匠の教える落語に感心) (下線部分→伝記を書いてても、野菜を売ってても、本職は漫才師なんだと教えている)

 僕は、少し前から疑問に思っていたことを口にした。

「神谷さんの説明は漫才師を語っていることにならないんですか?」

 神谷さんは、「漫才師とはこうあるべきやと語ることと、漫才師を語ることとは、全然違うねん。俺がしているのは漫才師の話やねん」と言って、

「準備したものを定刻に来て発表する人間も偉いけど、自分が漫才師であることに気づかずに生まれてきて大人しく良質な野菜を売っている人間がいて、これがまず本物のボケやねん。ほんで、それに全部気づいている人間が一人で舞台に上がって、僕の相方ね自分が漫才師やいうこと忘れて生まれてきましてね、阿保やから未だに気づかんと野菜売ってまんねん。なに野菜売っとんねん。っていうのが本物のツッコミやねん」(師匠の教え)と言い終わると、同時に焼酎を一気にあおった。

   

 神谷さんは大阪の大手事務所に所属していたので、東京で活躍している僕はなかなか会う機会がなかった。それでも神谷さんは頻繁に連絡をくれた。

 神谷さんの淀みなく流れるような喋りを聞いていると、自分が早く話せないことに苛立つ時があった。それで、

頭の中には膨大なイメージが渦巻いているのに、それを取り出そうとすると言葉は液体のように崩れ落ちて捉まえることができない」(心理描写に感心)と、僕は神谷さんに言うと、

「早く話した方が、情報を沢山伝えることができんので、いいのは確かやねん。でも、お前はそれが出来へんねやろ? そんなお前やからこそ、人と違う表現ができるんやんけ。お前の家、めっちゃ貧乏と言っといたが、そんなお前にしか作られへん笑いが絶対あるんやで」と言い、続けて、

「お前が練習していた「猫ふんじゃった」の話は面白い」というのだった。それは、

姉は、家にエレクトーンがある友達に遅れを取らないように、紙の上に描いた鍵盤で必死に練習していた。

 姉は、初めてのヤマハの教室の演奏会で、エレクトーンの前の椅子に座った状態で、落ちつきなくエレクトーンの裏を手で触ってばかりで、なぜか、なかなか弾かない。

 異変に気づいた先生は、姉のそばに寄っていくと、姉が「音が出ない」と言った。

 すると、先生が当たり前のように、エレクトーンの電源を入れた。

 姉も、途中から演奏に加わったが、姉は、緊張で身体がこわばり、異常に両肩が上がっていて無様だった」(ほんとに笑わせる漫才だ)という話である。

                            

   次の章に続く

 

 

 

 

 

    

 

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1268回 「 文庫本・火花を読み終えて -1/?- 」 3/23・木曜(曇・晴)

2017-03-23 13:17:06 | 読書

                                

「概要」

 漫才師・又吉直樹氏の芥川賞受賞作品で、エッセイ形式ともいえる短編の作品。

(Amazonより)

 笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説。

 お笑い芸人二人。奇想の天才である一方で人間味溢れる神谷、

彼を師と慕う後輩徳永。

 笑いの真髄について議論しながら、それぞれの道を歩んでいる。

 神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。

 彼らの人生はどう変換していくのか。

 「文学界」(文芸春秋の月刊誌ー筆者補足ー)を史上初の大増版に導いた話題作。

「登場人物」

 「スパークス」の徳永→主人公・僕。20歳の若手漫才師。

 「スパークス」の山下→徳永の相方。

 「あほんだら」の神谷→24歳の漫才師。徳永の漫才の師匠。

 「あほんだら」の大林→神谷の相方。

                      

      「本作文章抜粋を主体にした粗筋」に続く

 

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