T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1681話 [ 「そして、バトンは渡された」を読み終えて 6/? ] 7/1・月曜(雨・曇)

2019-06-30 14:03:30 | 読書

                  

 「作品の文章を抜粋してのあらすじ」

 「第1章の 12 」

 (苦になっていない貧困)

「あー、今月あと800円しかない。給料日まで5日もあるのに」

 小銭を探しているのだろう。梨花さんはカバンや財布の中を探りながら言った。

「梨花さん、無駄遣いしすぎだよ。いつもこうなるの分ってるのに」

 私もクローゼットにかけられた梨花さんのスカートのポケットを探してみる。

「私、何か無駄遣いしたっけ ? 」

「先週、鞄買ったでしょう。同じようなの持ってるのに。それに私にもカーディガン買ってくれたでしょう 。 背も伸びてないのに」

 梨花さんは毎月のように私に服を買ってくれた。もう5年生の私はそんなに急成長もしないから、持っているもので十分だ。

「優子ちゃん、本気で言ってる ? 女の子なのに止めてよね。服は身体が大きくなって着られなくなったから買うんじゃないよ。今年の流行とかがあるじゃない。おしゃれにけちっちゃいけないって、昔から言うでしょう」

「食べないと死ぬんだよ。とにかく、来月は洋服買うのは禁止」

 私は力を込めて言うと、梨花さんは、「ハイハイ分りました」とテレビを見始めた。

 あと100円でも出てきてほしい。私はクローゼットに突っこまれた梨花さんのカバンを一つ一つ覗いて見た。

「あ、また入れっぱなしにしている。梨花さん、早く出してよね」

 奥にあった鞄に押し込まれていたお父さん宛の手紙を見つけて、私は梨花さんに見せた。

「あ、ああ、それね、ごめんごめん。明日出すから」

 

 小学5年生になる前の春休みにお父さんがいなくなって、7か月が経つ。お父さんが出て行ってから、私は1週間にい一度は手紙を書いた。ただ、ブラジルへの手紙の送り方が分からなかったから、出すのは梨花さんに頼んでいた。それだのに、お父さんから返事が来たことは一度ももなかった。

 

 お父さんが出て行って2か月ほどで、梨花さんは「養育費だけではとても生きていけない」と働きはじめ、その1か月後に、「家賃が払えないし、二人にはこの家は大き過ぎる」と、私たちは小さなアパートに引っ越した。家賃は半分になったようだが、梨花さんは、お金が余れば余った分だけ、使ってしまう。そのおかげで、梨花さんと二人の暮らしが始まって最初の夏が終わるころには、貯金はきれいに無くなり、秋になってからは、今月は苦しいと嘆く暮らしが続いていた。

 

「あ、あった ! 50円」

 梨花さんは私から50円を受け取ると、「ああ、リッチになった」とホットカーペットのスイッチを入れた。

「50円増えたところで、1日、170円しか使えないよ」

 しかし、梨花さんは「170円か。大変なのかな」とあまり気にしていない。

「そう大変だよ。米はまだあるからご飯は食べられるとして、おかずは……、大家さんに野菜もらえるか聞いてみよう。あとはタマゴと鶏肉くらい買ってしのぐしかないかな」

「私、朝はパンがいいな」と梨花さんはこんな状況でも、我が儘なことを言う。

 

 「第1章の 13 ・14 」

 (大家さんからのプレゼント)

 アパートの裏にある古い大きな平屋建てが大家さんの住まいだ。おばあちゃんの一人暮らしで、家賃を払うときなど私はたびたび顔を出した。

 大家さんは一人で暮らしているからか、私が行くと本当に喜んで、「耳が遠くって駄目だわ」と言っているのに、いつもピンポンを鳴らす前に出てきてくれた。そして、毎回、畑で採れた野菜だとか知り合いに貰ったものだとかをたくさん持たせてくれた。

 梨花さんに野菜をもらいに行くと約束をした翌日、学校から帰ると私は早速大家さんの家へ向かった。大家さんは喜んで野菜を揃えてくれて、その他に白菜と厚揚げの煮物も大根の漬物も作ったからと渡してくれた。

 

 私は終業式に貰った通知表を見せようと、学校からそのまま大家さんの家に向かった。

「へえ、優子ちゃん、賢いんだね」

 大家さんは通知表に目を通すと、そう褒めてくれた。

 ………。

 大家さんは、私にリンゴを剥いてくれた。そして、冬に炬燵で果物食べるって贅沢だよねと言いながら、大家さんもリンゴをかじった。

「そうそう。私さ、来年になったら施設に入ることになったんだ」

 と思い出したように言った。

 施設に入るという意味が、いまいちわからなかった私は、どういうことと聞いた。

「施設って、ほら、老人ホーム。あそこには介護してくれる人もいるし、ご飯も出るんで、ここで一人で暮らすよりずっと楽なんだ」

「そんなところに行かなくたって、時々おばさんが来てくれてるのに。それに、買物とかなら私に言ってくれたらいつでもするよ」

 私が提案すると、大家さんは、「本当の親子より、施設の人に面倒見てもらうほうが気が楽なんだよね」と言った。

 そんなの本当と聞くと、「本当だよ。老人ホームにはお年寄りのお世話するプロがいっぱいいるんだから。それに、親子だといらいらすることも、他人となら上手にやっていけたりするんだよね」

 親子より他人とのほうがいいことがあるなんて。私にはぴんとこなかった。

「でさ」と大家さんは立ち上がると、タンスの引き出しを開いて、「これ、優子ちゃんに渡さなくちゃいけないんだ」と私にずいぶん分厚い封筒を差しだした。

 20万円入っていると言う。

 お母さんに怒られると言うと、母さんには秘密だ。優子ちゃんにやるんだよとおばあちゃんは言う。私が絶対ダメと断っても引かなかった。

「これはもう優子ちゃんのものだよ。困ったとき役に立つかもしれないし、どうしょうもないとき助けてくれるかもしれない。何とかしたいことが起きたとき、このお金を使えばいい。まあ、お守りだと思って持っときな」と私に押しつけ、「冬休みのことなんだけどさ」と別の話を始めてしまった。

 冬休みに大家さんの家の片づけを手伝い、年が明けてすぐに、老人ホームに向かう大家さんを私は見送った。

 

 「第1章の 15,16 」

 略

 

  「第1章の 17 」に続く

 

 

 

 

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1680話 [ 「そして、バトンは渡された」を読み終えて 5/? ] 6/30・日曜(雨・曇)

2019-06-29 15:10:40 | 読書

                                   

 「作品の文章を抜粋してのあらすじ」

 「第1章の 9 」

 (高校の友達の取り持ち)

 球技大会から一週間後、萌絵に誘われ、史奈の提案でみんなで駅近くの喫茶店へ行くことにした。

 萌絵から「浜坂とどうなった」と言われ、私は「浜坂君 ? 特に何もないけど」と正直に答えた。

 私と浜坂君に対するみんなの関心も無くなった頃なのに、と思いながら氷を食べていると、私に向かって、

萌絵さ、浜坂君のこと気になっているみたいなんだよ

 と史奈がにゃっと笑った。

「球技大会で同じチームだったでしょ。けなげに頑張っている姿に惹かれたっていうか」

 萌絵は顔を赤くしながら言った。

「そうなんだ」と答えると、

でさ、優子に取り持ってもらえないかなって

「とりもって ? 」

 萌絵が発したあまり聞きなれない言葉を、私は訊き返した。

「まあ、話だけでもしてあげなよ。気持ち伝えてあげるだけでいいんじゃない ? 」

 氷を食べ終えた史奈は痛くなったのか頭を抑えながら言った。

頼むよ、優子。私ちょっと、本気なんだよね

「うん」

「やった。恩にきる」

 萌絵の嬉しそうな笑顔に、私は不安になった。うまくいかなかったら、萌絵をがっかりさせることになったら、どうしょう。

 

「呼び出ししといたよ」

 翌日、私が登校するや否や、萌絵がそう言った。

「史奈の彼氏に頼んで、浜坂、放課後に美術館前に来てもらうようにしたんだ」

 昨日今日でもう話が進んでいるんだ。私は展開の早さに驚いた。

 ………。

萌絵が浜坂君のこと好きなんだって。付き合えないかな』

 そういうだけだ。だけど、すごくひどい話をするような気がした。もしも、私が好きだと打ち明けた男子の人から、他の男子と付き合うことを勧められたら、落ち込むに決まっている。それなのに、こんな話をするなんて浜坂君に失礼だ。

 私は誤魔化して、「2学期になったらいろいろな係を決めるでしょ。図書委員とかどうかな ? 」と別の話をした。

 浜坂君は困惑して怪訝な顔のままだった。

 ………。

「どう、だった ? 」

 私が教室に入ると、すぐさま萌絵が近づいてきた。

 私は胸が苦しくなるのを感じながら、「なんか、その、うまく言えなかった」と告げ、「ごめんね……」と小さく頭を下げた。

 それで許されると思っていたが、それ以後クラスの者からも、友達がいがないと長く批判された。

 私はそんなひどいことをしたのだろうか。友達の言うことは何としても聞かなくてはいけないのだろうか。そんなわけない。

 

 「第1章の 10 」

 (実の父親との別れ)

 小学校4年生3学期の終業式。私は大急ぎで家へと向かった。通知表は今までで一番よく、よくできましたが8個もあったし、先生のコメント欄には「お友達にも優しく、みんなと協力して頑張りました。積極的にいろいろなことに取り組んでいました」などと良いことばかり書かれている。

 その足は勝手に早くなった。

「優子ちゃん、賢いんだね」

 通知表を開けた梨花さんは、想像通り、うわあと声をあげてくれた。

「こんなすごい通知表見たら、しゅうちゃんも喜ぶよ」

 梨花さんはそう言って、大事そうに通知表を机に置いた。

「そうだ。今日の夕飯は手巻き寿司にしょう。しゅうちゃん早く帰ってくるって言ってたし」

 私は本当にうれしくて、ぱちぱちと拍手をした。

 ………。

 この2か月ほど、梨花さんとお父さんは、何だかあまりうまくいっていないようだった。夜、私が自分の部屋に戻ったあと、二人が言い合いになっている声が聞こえることがある。内容までは分からないけれど、梨花さんの高い声は怒っているみたいにとげとげしている。それに、最近はお父さんは帰りが遅いことが多い。

 それが、今日はお父さんが早く帰って来てくれる上に、喜んでくれるんだ。通知表ってすごい。がんばって勉強してよかったと心の底から思った。

 

 友達の家から帰ってくると、お父さんはもう帰っていた。

 お父さんに通知表を見せると、まじまじと眺めてから、「おお、すごいね」と、お父さんの反応は私の想像よりは静かだけれど、喜んではくれているようだ。

「さ、ご飯にしょう」

 私とお父さんに向かって梨花さんが言った。

「イカと胡瓜を巻こうかな」と私が海苔を手に取ると、

「ごめん、大事な話だから、やっぱり、その前に言っておいたほうがいいかな」

 と言って、お父さんがブラジルに行くことになったので、5年生になる優ちゃんにも、意見を聞かないとなと思っていると告げられた。

 お父さんは詳しく話しはじめた。

「お父さんは会社の転勤で、ブラジルにある支社で、4,5年働くことになった。そして、梨花はブラジルには一緒に行かなく、別れることになった。つまり夫婦じゃなくなるのだ。だから、優ちゃんに、お父さんとブラジルに行って暮らすことにするか、梨花さんと日本で暮らすのか選んでほしいのだ」と。

 お父さんはブラジルに行かないといけないのに、梨花さんは日本にいるってどういうことだろうか。

「私は、どうすればいいのか分からない」と首を横に振る。

「難しいよな。もちろんお父さんはずっと優ちゃんと一緒にいたいと思っているよ。優ちゃんとお父さんは本当の親子だし、ブラジルは遠いけどお父さんと行くのが一番だと思う」

 お父さんがそう言うのに、梨花さんが声を荒げた。

「本当の親子って何 ? そりずるい言い回しやめてよ。私だって優子ちゃんのことすごく大事に思っているんだから。優子ちゃん、ブラジルなんか行ったら大変だよ。どう考えたって、ここにいた方がいい」

 お父さんと梨花さんか。そんなの決められるわけがなかった。けれど、ブラジルか日本かを選ぶのは、まだ簡単だった。

友達と離れたくない。学校や今の家が変わるのは嫌だ

(私も中2の時の疎開では友達と別れるが一番つらく、一時はどうしたら一緒に生活できるかを考えた)

 私はお父さんに言った。

「分かった。分かったよ。優ちゃん。ごめんね」

 お父さんはそう言って、私を抱きしめ、「どこへ行っても、お父さんは優ちゃんのお父さんだよ」

 と当たり前のことを何度も言った。私は今はつらいけど3年間離れるだけだ。梨花さんとお父さんが離婚するというのはわかりながらも。それでも、また三人のこの暮らしが戻ってくるのだと、信じていた。

 

 4月5日。ブラジルに向かうお父さんを空港まで梨花さんと見送りに行った。

 次の日からは、お父さんと一緒にご飯を食べることがなくなった。どんなに話したいことがあっても、お父さんは帰ってくることはなかった。

 梨花さんはいろいろ慰めてくれたけれど、どの提案にも惹かれなかった。ただ、お父さんに帰ってきてほしい。それだけしか私の願いはなかった。

 

「第一章の11」

 略

 

 「第一章の 12 」に続く

 

 

 

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1679話 [ 「そして、バトンは渡された」を読み終えて 4/? ] 6/29・土曜(晴・曇)

2019-06-28 15:23:02 | 読書

              

 「作品の文章を抜粋してのあらすじ」

 「第一章の 4 」

 (高校3年生への進級にホールケーキをプレゼントする森宮お父さん)

 かつカレーの夕飯を食べ終わった後、私が冷蔵庫からチョコケーキを出してくると、森宮さんは目を輝かせた。

 新学期の1日目、帰りに萌絵と史奈と食べたケーキが美味しかったので、きっと森宮さんも好きだろうと、買ってきたのだ。

「やったね。……って、俺も買ってきたんだけど」

 森宮さんは冷蔵庫の野菜室の中から大きなケーキの箱を出してきた。そして、テーブルの上でホール(大きな丸型)のケーキを取り出した。しかも、上には『優ちゃん 進級おめでとう』とプレートまで載っている。

 高校3年生になるだけで、祝うようなことは何もないのに。いや、それよりも6人分もある大きなケーキに2人家族の私は眉を寄せた。

「そうだけど、ホールのケーキなんて、なにかイベントがないと食べないだろう ? 始業式だから、きっとあちこちの家で今日はお祝いしているよ」と森宮さんは言う。

 森宮さんは他の家族がすることは自分もやらなくてはと思ってくれているようだけど、どこかずれている。食べる機会は他にあるはずだ。

 私は濃い目の日本茶を淹れると、学校で配られたいろいろのプリントを森宮さんの前においた。

 森宮さんはプリントを読むのに必死で、チョコケーキに見向きもしない。

 私が、「食べながらで良いよ」と言うと、はじめて「ああそうだな」と森宮さんはチョコを食べて、ようやく「このチョコ美味しい」と喜んでくれた。

 

 「第一章の 5」

 (クラスの男子から球技大会の実行委員を二人でやろうと誘われる)

 5月最終週のホームルームで、先生が来月に行われるルドッジボールとバレーボールの球技大会について説明している。

 そんな最中に、私は後ろの林さんから背中をつつかれ、メモが回ってきた。メモには「一緒に球技大会実行委員をやろう」と書いてあった。

 球技の説明が終わり、先生が「実行委員をやろうという人いない ? 」とみんなに聞いた。

「じゃあ、俺やります。森宮さんと一緒にやろうと今さっき誘いました」と浜坂君が手を挙げた。

 先生から「森宮さんはいいの ? 」と聞かれ、「はあ……まあ」と私は小さく首を縦に振った。

 6時間目が終わると、浜坂君から「本当はさ、球技大会でいいところみせて、そのあと告白しようっていうプランだったんだけどさ。ちょっと強引だったかな。ごめんな、森宮。実は昼休みに1組の関本に告白されているところを見たので、急がないとと思ったのだ」と告げられた。

 私は訳の分からない段取りに乗せられ不愉快で、「実行委員にはなったけど、付き合うってことではないよね ? 」と、恋人にまでされたんじゃ困るので念を押した。

 不思議なことに、私は、小学校高学年の頃から告白されることが多かった。際立って目立つわけでもなく、勉強もスポーツもごく普通の私がもてるのは、2番目の母親である梨花の影響だ。

 

 「第一章の 6 」

 (男の人にもてる素敵な第二の母親・梨花)

「女の子なんだから、好かれなくちゃだめだよ。お年寄りだろうと子供だろうと、女だろうと男だろうと、人に好かれるかどうかで女は幸せになれるかどうかが決まる」

 梨花さんはそう豪語していて、女の人やお年寄りはさておき、男の人には言葉どおりよくもてていた。整った顔立ちというわけではないけれど、くっきりとした目に大きな口は華やかで、化粧や髪形を最も似合うように施していて、自分を見せるのがうまい人だった。そんな梨花さんが、最初に現れたのは、私が小学2年生の夏休みだ。

 

 7月最後の日曜日。近くのショッピングモールに買い物に出かける途中、お父さんは知らないマンションの前で車を停めた。

「今日はお父さんのお友達のお姉ちゃんも一緒に行こうと思って……。いいかな ? 」

 私は『お姉ちゃん』が大好きだったので、「いいよ」と答えていると、マンションの中から女の人が出てくるのが見えた。高学年のお姉ちゃんでなく、すらりとした大人の人だった。

「梨花です。優子ちゃん、こんにちは」

 大人のお姉ちゃんはそう言って、私の隣に乗り込んできた。

「こんにちは」

 ぺこりとお辞儀をしながら、私は大急ぎでお姉ちゃんの頭の先から足の先まで観察した。

「お姉ちゃんの髪の毛、かわいいね」

 車が動き出すのと同時に、髪を見つめながら私は言った。

「そう ? 優子ちゃんもやってあげようか」

「できるの ? 」

「できるよ。これでくくってあげる」

 梨花さんは黄色い布で覆われたゴムを出して私に見せた。

 ………。

 梨花さんは「よし、出来上がり」と言って、小さな鏡を出してきて、私を映してくれた。

「うわあ、すごい」

 髪の毛は上のほうに纏められ、ゴムがつけられている。こんな髪形、一度だってしたことがない。

 梨花さんがどういう人なのか。お父さんとどういう友達なのか。聞かなくちゃいけないことは他にありそうなのに、かわいくなった髪にそんなことはどうでもよくなって、私は梨花さんのの服や髪の毛のことばかりを聞いた。梨花さんはどんな質問にも、にこにこ笑いながら答えてくれる。

 なんて素敵な人なのだろう。こんなお姉ちゃんと一緒に車に乗ってるなんて夢みたい。私はすぐに梨花さんが好きになっていた。

 ショッピングモールに着くと、私の筆箱を探しに文具売り場に向かった。

 筆箱を見るなんて梨花さんは退屈しないかな、と心配したが、梨花さんはが先頭に立ち、これ、かわいいと声をあげた。そして筆箱と同じキャラクターの消しゴムと鉛筆を見つけてくれて、セットで買えばいいじゃないと言ってくれた。

 買い物が終わると、昼ご飯にハンバーガーを食べ、梨花さんとソフトクリームを食べた。楽しいことばかりの一日。私のそばにはなかったきらきらしたものを持って来てくれたのが梨花さんだった。

 その後、何度か会ううちに、梨花さんの苗字は田中ということと、お父さんより8歳年下の27歳で、お父さんが働く会社に派遣としてやってきたことを知った。

 3年生になる前の春休み、お父さんが、「梨花さんが優ちゃんのお母さんになるけどいい ? 」と私に聞いた。

 凄く重大なことを尋ねられている気もしたけれど、毎日、梨花さんが家にいるなんて、楽しいに決まっている。私は「うんうん。もちろん」とすぐ返事をした。

 3年生が始まると同時に、梨花さんが私たちの家にやってきて、3人での生活がスタートした。

 煮物や焼き魚ばかりだった夕飯は、オムライスやカレーやハヤシライスになり、掃除も洗濯も梨花さんがやってくれ、家に帰るといつも梨花さんがいて、休みの日は3人でいろんな場所へ出かけた。

 毎朝学校に行く前には梨花さんが髪の毛を可愛く括ってくれた。

 でも、梨花さんは、いつまでたっても梨花さんで、お母さんといった感じではなかった。

「お母さんって呼んだほうがいいかな ? 」

 一緒に暮らし出して3か月ほど経ったときに、私は聞いた。

「どうして ? 」と梨花さんは首を傾げた。

「どうしてって……。梨花さん、お母さんになってくれたのに。梨花さんって言うの、なんか変かなって」

「呼び方なんてどっちでもいいよ。優子ちゃんの好きなように呼んで」

 梨花さんはそう笑った後、

「私すごくラッキーなんだよね。秀ちゃんと結婚しただけなのに、優ちゃんの母親にまでなれてさ」

「それがラッキーなの ? 」

「うん。だって子供産むのってすごく痛いんだって。スイカを鼻の穴から出しながら、金づちで殴られるくらい苦しいらしいよ。それに、子育ても3歳くらいまでは、泣かれるし、しょっちゅう抱っこしなきゃいけないし絶対大変。そういうの全部すっ飛ばして、もう大きくなってる優ちゃんのお母さんになれるって、かなりお得だよね」

 ………。

「女の子は笑ってれば三割増し可愛く見えるし、どんな相手にでも微笑んでいれば好かれる。人に好かれるのは大事なことだよ。楽しいときは思いっきり、しんどいときもそれなりに笑っておかなきゃ」

 梨花さんはそう言って、にっこり笑った。その顔を見ると、私も嬉しくなる。

 私も誰にでもにこにこしよう。私はそう心に決めた。

 きっと、こんなふうに楽しいことだけの毎日なんて続かない。笑っていないと駄目なことがいつかやってくる。どこかでそんな予感がしていた。

 

 「第一章の 7・8 」

 略

 

   「第一章の 9 」に続く

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1678話 [ 「そして、バトンは渡された」を読み終えて 3/? ] 6/28・金曜(曇)

2019-06-27 12:21:54 | 読書

                   

 「作品の文章を抜粋してのあらすじ」

※ 「心に留った文章」を薄黄色の蛍光ペンで彩色した。

※ 「私が補足した文章など」を薄青色の蛍光ペンで彩色した。

※ 「作品のポイントと思えた文章」を薄緑色の蛍光ペンで彩色した。

 「第一章の 1 」

 (3人の父親と2人の母親、そして7回も家族が変わって育った主人公・優子)

 私は高校2年生で、いま、血の繋がりのない父親の森宮壮介さんと二人で生活している。

 しかし、全然、不幸ではないのだ。少しも厄介なことや困難なことはない。

 

  担任の向井先生は、2年生最後の進路面談で、

「その明るさは悪くないとは思うけど、困ったことや辛いことは話さないと伝わらないわよ。」と言った。

 そんなものはない私がどう答えるべきか迷っていると、先生が続けて、

「言いたくないことは言わなくてもいいけど、家庭での様子も把握しておきたいから。ね、森宮さん」と言った。

「森宮……そう森宮です」

 私は3度、苗字が変わっていて、いつも友達や周りの人は、私のことを優子と呼ぶので、苗字はぴんとこない。

 生まれたとき、私は水戸優子だった。その後、田中(母親の姓)優子となり、泉ヶ原(父親の姓)優子を経て、現在、森宮(父親の姓)優子を名乗っている。

「いろいろ経験してきた分、名前どおり、森宮さんは優しいところはあるものねえ。でも、どこか森宮さんには物足りなさを感じるのよね。腹を割っていないというか、一歩引いている部分があるというか」

 (と思われるの、だから)何でも話すようにと、昔から何度も私は先生たちに言われてきた。

 向井先生から、「で、園田短大だっけ ? 」と言われ、「近くで栄養士の資格を取れる学校が、園田短大の生活科学科だったからです」と答えて、教室をあとにした。

 

 私には父親が3人、母親が2人いる。家族形態は、17年間で7回も変わった。これだけ状況が変化していれば、しんどい思いをしたこともある。新しい父親や母親に緊張したり、その家のルールに順応するのに混乱したり、せっかくなじんだ人と別れるのに切なくなったりと。けれど、どれも耐えられる範囲のもので、周りが期待するような悲しみや苦しみとは、どこか違う気がしている。

 周囲からすれば、優子の過去は悲劇であり、あまり触れてはいけないことのように思えますが、当の優子は何も気にしていません。

 というのも、優子の父親と母親は、皆タイプこそ違うけど、彼女にしっかりと愛情を注いでくれていたからです。

 それは、今の父親である森宮も森宮なりの父親を真面目に努めている。優子は今までの経験(親子関係)から何の不満もなく日々を過ごしている。

 

 「第1章の 2 」

 (3番目の父親・森宮さんが作った朝食。一生懸命な育ての親)

 昨日まで春休みのせいで、少しぼやけた頭で私はダイニングへ向かうと、朝食は、2年生がスタートした日と同様に、かつ丼だ。朝食をしっかりとる私でも、朝から揚げ物はきつい。

 森宮さんは、「今年は受験もあるし、高校最後の体育祭に文化祭に、勝負の機会も多いだろう。母親は子供のスタートにカツを揚げるって、よく聞くもんな。さ、熱いうちに食べて。早起きして作ったんだから」と言う。

「うん。そうだね、ありがとう。いただきます」

 森宮さんが実の親だったら、「朝からかつ丼はきつい」と主張できただろうか。主張する者もいるかもしれないが、相手が誰であっても、朝早くから、わざわざ作ってくれたものを拒否するのは難しい。

「森宮さんは食べないの ? 」と前に座る森宮さんに聞いた。

「俺、朝からカレーでも餃子でもいけるんだけど、さすがに揚げ物はなぁ。昨日、メロンパン買ったからそれ食べるよ」

 私はメロンパンをほお張る森宮さんを恨めしく見ながら、かつ丼を口に入れた。

 泉ヶ原家で過ごしていたときは、私も和食の整った朝ご飯を食べていた。夕飯は大差ないけれど、朝はそれぞれの家庭で決まったバターンがある。田中優子の時はパンだけで済ませていたし、水戸優子の時は前の日の残り物とご飯だった。森宮さんの子供時代の反動か、森宮さんが作る、いまの朝食は最もバラエティに富んでいる。

 

 いま、私が住んでいるのは、8階建ての6階だ。ここではそれぞれの家が密閉されているように独立した空気が漂っている。37歳と17歳の私がどのような関係にあるのかと聞いてくる人はいなく、この自由な気軽さはいい。

 アパートに一軒家にマンション。朝ご飯と同じように、いろんなタイプの家を味わってきたけど、「住めば都」ということわざ通りだ。どんな住まいにも良いところも悪いところもあって、でも、住んでいいるうちしっくりきて、家なんてどこでもいいと思ってしまえる。

 

 3学年の最初の時間に、担任の向井先生が、「この中には、来年度から一人暮らしを始める人はいるでしょう」と言うと、多くの生徒は、「早く一人暮らししてみたいよね。親にうるさく言われなくて済むなんて天国ジャン」と言う。しかし、私は一人で暮らしたいと思ったことはなかった。

 実の親と暮らした日々は短くて、親を煩わしいと感じる前に、他人の梨花さんと暮らし始めた。その後、私の親となったのは、泉ヶ原さんに森宮さん。血が繋がっていないからか、父親とはそういうものなのか、うるさく言われることは今までなかった。それに、他人だからよけいに、みんないい親であろうと一生懸命、私と接してくれた。実の家族にはないきれいな距離感がいつも私のそばにはある。

 一人になりたいという気持ちを抱いたことがないのは、幸せなことなのだろうか、それとも不幸なことなのだろうか。そんなことをぼんやり考えていた。

 

 3学年新学期の一日目は終わり、校舎から出ると、友達の萌絵と史奈が、「優子は羨ましい。進路に反対されることなんてないでしょう」と言う。

「それはどうかな ? 」

 森宮さんがとやかく言っている姿は想像でないけれど、歌手になるだなんて言ったら相当驚くはずだ。

「反対してきたら、本当の親でもない癖にって言えばいいだけだもんね。優子にはすごい切り札があるんだから」

 心底恨ましそうに目を細める萌絵を、「そんなセリフ、いままで一度も言ったことないよ」と私はなだめた。

「本当に ? 一度も ? 」と二人とも信じがたいようだけど、そんな言葉言ってみようと思ったことさえない。

「本当の親じゃない」という言葉が、相手にどれだけダメージを与えるものかは、幼い頃から分かっていた。みんながいい親であろうとしてくれたように、私もやっぱりいい娘でいたいと思っている。家族になっていくのだから、そういうことが当然のような気がする。

 萌絵は、「私だったら言いまくるな。言いまくって、自分を押し通しまくる」と言う。

 

 「第一章の 3 」

 (記憶皆無の亡き実の母親)

 母親についての記憶は皆無に等しい。

 父親の話では、私が3歳になる前に、事故で亡くなったらしいのだ。母の写真を見て、どこか知っているような感じがする程度で、はっきりとした思い出は一つもない。

 

 夕ご飯を食べ終わった後、私は、またランドセルを背負いながら部屋の中をあちこちと歩いた。明日から一年生だ。

「入学式、パパが来てくれるんだよね ? 」

「もちろん、だいぶ前から会社に休みを申し出ているからね」

「やったね」

 年長組の運動会にはパパが来てくれたけど、保育園の参観も卒園式も来てくれるのはおばあちゃんだった。おばあちゃんでも嬉しいけれど、やっぱりパパが来てれるとものすごく特別な感じがする。小学校の入学式。新しいものが始まるんだ。

 私はパパのあとをついて台所で布巾を取り出し、わくわくしながら食器を拭きだした。

 

「いっぱい、お母さんがいたね」

 入学式の帰り道、小学校の門を出ると、私はお父さんに聞いた。なんとなく学校の中で話しちゃいけないことのような気がしたのだ。

「優ちゃんのママはどうして来なかったの ? 」

「ああ、そうだな。ほら、遠くにいるからさ」

 お父さんはいつもと同じ答えをいつもと同じように言った。小学生になった私には分かる。その言い分は、どこか変だって。

「遠いところってどこ ? 」

「遠いところは遠いところだ ? 」

 でも、どんな不便な遠い場所にいたって、お母さんは入学式には来てくれるはずだ。ランドセルを背負った私の姿を見たいに決まっている。それなのに、来ないなんて絶対におかしい。

「どうしてお母さんは遠くに行っちゃったの ?  入学式にも来ないって、いったいどういうときに来てくれるの ? 」

 お父さんは、私の頭を撫でながら「優ちゃんが大きくなったら教えて上げるよ」、と片付けてしまった。

 

 その後、2年生になった私は、4月に母親について知ることとなった。

「優ちゃんのお母さん、遠くに行ったって言ってただろう」

「うん、言ってた」

 どうしてお父さんがこの時期突然に話し出したか、不思議な気がするけど、私はお父さんの前に坐った。

「その、遠きっていうのは天国のことなんだ」

「天国 ? 」

「そう。お母さん、死んじゃったんだ。優ちゃんが3歳になる少し前にね」

「死んじゃった…… ? 」

「トラックに轢かれちゃってね。小さな軽トラだったんだけど、頭を打っちゃって。病院に運ばれときにはもう遅かった」

 

 その後、私の家族は何度か変わり、父親や母親でいた人とも別れてきた。けれど亡くなっているのは実の母親だけだ。血が繋がっていようがいまいが、自分の家族を亡くすのはなにより悲しいことだ。

 

  「第一章の 4 」に続く

 

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1677話 [ 「そして、バトンは渡された」を読み終えて 2/? ] 6/27・木曜(雨)

2019-06-26 14:06:38 | 読書

               

「登場人物」

◎ 優子

 主人公。

 物語の大半を占める第一章では、大半が高校生時代。第二章は22歳時。

 優子は、父親・水戸秀平と優子が3歳のときに交通事故で亡くなった母親の間に生まれた。

 それから数奇な運命(というか、ほぼ後述する田中梨花の所為)により、父親が3回変わるという尋常でない子供時代を送っている。

 そのため、17年で7回、家族の形態が変わっている。

 →1回目の家族の変化形態は、実の父親の水戸秀平と水戸優子の二人家族。

  優子が小学生になるまで。

 →2回目は、(水戸が梨花と結婚して)家族は父親の水戸と母親(旧姓田中)梨花と

  水戸優子の三人家族。

  優子、小学3年1学期から小学4年まで。

 →3回目は、(水戸は梨花と離婚してブラジルへ行き)母親の田中梨花と

  田中優子の二人家族。

  優子は、小学5年から小学6年まで。

 →4回目は、(梨花が泉ヶ原と結婚して)父親の泉ヶ原茂雄と母親の梨花と

  泉ヶ原優子の三人家族。

  優子は、中学1年の2学期ころまで。

 →5回目は、(梨花が泉ヶ原と離婚して)父親の泉ヶ原と泉ヶ原優子の二人家族。

  優子、中学3年まで。

 →6回目は、(梨花が森宮と結婚して)父親の森宮壮介と母親の梨花と

  森宮優子の三人家族。

  優子、高校1年1学期まで。

 →7回目は、(結婚2か月後に梨花が去り)父親の森宮と森宮優子の二人家族。

  優子、高校1年1学期から短大を卒業して早瀬君との結婚までの7年間。

 優子の学校の成績は良く、中学時代、ピアノにはまる。

 環境のせいか、どこかいつも客観的で落ち着いている。

 

◎ 水戸秀平

 優子の血の繋がった父親。

 男で一つで子育てしたのち、田中梨花と結婚。

 爽やかで周りに気配りできる男性。

 でも、梨花とうまくいかず、ちょうどブラジルに転勤することになってしまい、

 単身旅立つ。

 それ以来、優子と梨花に会っていない。しかし、優子の結婚式に出席する。

 

◎ 田中梨花

 第二の母親。

 血の繋がらない優子を何より大事に思って、懸命に愛情を注いでくれる。

「本格的なピアノが欲しい……」という優子のために、泉ヶ原と結婚する。

 森宮と結婚するのも、彼が勉強できるし、一流企業の社員だし、

 真面目だから優子をちゃんと面倒見てくれそう……と思ったので森宮さんと結婚する。

 いずれにしろ、梨花は男を見る目は鋭いのである。

 明るく朗らかな性格。稼いだ金はすぐに服やバッグに使いこんでしまう。

 我慢できないタチで、気に入らないことがあると、すぐに新天地に旅立ってしまう自由人。

 病気したために、好きだった泉ヶ原と再婚する。

 

◎ 泉ヶ原茂雄

 第二の父親。49歳。

 保険の営業をしていた梨花の顧客の一人だった。

 不動産会社を経営しているお金持ち。

 お手伝いさんのいる大きな屋敷に住んでいて、

 亡き妻が使用していた風格のあるグランドピアノもあった。

 グランドピアノを優子に思う存分弾かせるために、

 優子を連れて梨花は2回目の結婚をする。

 後日、病気の梨花と再婚する。

 

◎ 森宮壮介

 第三の父親。35歳。

 梨花の元同級生。

 同窓会で再開した梨花に目を付けられ、梨花は3回目の結婚をする。

 東大卒で一流企業に勤めているので年収は高め。

 変わり者のため、梨花と別れてからは彼女もできない。

 料理が得意で、優子にも色々作ってくれる。

 誠実な人物で、優子を見守って確実に父親役を果たした。

 最終章で、第一人称の主人公になる。

 

◎ 萌絵

 優子の高校の同級生。

 恋愛トラブルで一時期優子をシカトする。

 

◎ 浜坂君

 優子の高校の同級生。

 優子が好きで、一緒に競技大会の実行委員になろうと誘い、二人で委員になる。

 素直なムードメーカー。一途なところもある。

 

◎ 早瀬君

 音大を目指している優子の高校の同級生。

 優子は、早瀬君のピアノに惚れこみ、さらに早瀬君自身も好きになる。

 後年、優子と結婚する。

 

  「あらすじ」に続く

 

 

 

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