「作品の文章を抜粋してのあらすじ」
「第1章の 12 」
(苦になっていない貧困)
「あー、今月あと800円しかない。給料日まで5日もあるのに」
小銭を探しているのだろう。梨花さんはカバンや財布の中を探りながら言った。
「梨花さん、無駄遣いしすぎだよ。いつもこうなるの分ってるのに」
私もクローゼットにかけられた梨花さんのスカートのポケットを探してみる。
「私、何か無駄遣いしたっけ ? 」
「先週、鞄買ったでしょう。同じようなの持ってるのに。それに私にもカーディガン買ってくれたでしょう 。 背も伸びてないのに」
梨花さんは毎月のように私に服を買ってくれた。もう5年生の私はそんなに急成長もしないから、持っているもので十分だ。
「優子ちゃん、本気で言ってる ? 女の子なのに止めてよね。服は身体が大きくなって着られなくなったから買うんじゃないよ。今年の流行とかがあるじゃない。おしゃれにけちっちゃいけないって、昔から言うでしょう」
「食べないと死ぬんだよ。とにかく、来月は洋服買うのは禁止」
私は力を込めて言うと、梨花さんは、「ハイハイ分りました」とテレビを見始めた。
あと100円でも出てきてほしい。私はクローゼットに突っこまれた梨花さんのカバンを一つ一つ覗いて見た。
「あ、また入れっぱなしにしている。梨花さん、早く出してよね」
奥にあった鞄に押し込まれていたお父さん宛の手紙を見つけて、私は梨花さんに見せた。
「あ、ああ、それね、ごめんごめん。明日出すから」
小学5年生になる前の春休みにお父さんがいなくなって、7か月が経つ。お父さんが出て行ってから、私は1週間にい一度は手紙を書いた。ただ、ブラジルへの手紙の送り方が分からなかったから、出すのは梨花さんに頼んでいた。それだのに、お父さんから返事が来たことは一度ももなかった。
お父さんが出て行って2か月ほどで、梨花さんは「養育費だけではとても生きていけない」と働きはじめ、その1か月後に、「家賃が払えないし、二人にはこの家は大き過ぎる」と、私たちは小さなアパートに引っ越した。家賃は半分になったようだが、梨花さんは、お金が余れば余った分だけ、使ってしまう。そのおかげで、梨花さんと二人の暮らしが始まって最初の夏が終わるころには、貯金はきれいに無くなり、秋になってからは、今月は苦しいと嘆く暮らしが続いていた。
「あ、あった ! 50円」
梨花さんは私から50円を受け取ると、「ああ、リッチになった」とホットカーペットのスイッチを入れた。
「50円増えたところで、1日、170円しか使えないよ」
しかし、梨花さんは「170円か。大変なのかな」とあまり気にしていない。
「そう大変だよ。米はまだあるからご飯は食べられるとして、おかずは……、大家さんに野菜もらえるか聞いてみよう。あとはタマゴと鶏肉くらい買ってしのぐしかないかな」
「私、朝はパンがいいな」と梨花さんはこんな状況でも、我が儘なことを言う。
「第1章の 13 ・14 」
(大家さんからのプレゼント)
アパートの裏にある古い大きな平屋建てが大家さんの住まいだ。おばあちゃんの一人暮らしで、家賃を払うときなど私はたびたび顔を出した。
大家さんは一人で暮らしているからか、私が行くと本当に喜んで、「耳が遠くって駄目だわ」と言っているのに、いつもピンポンを鳴らす前に出てきてくれた。そして、毎回、畑で採れた野菜だとか知り合いに貰ったものだとかをたくさん持たせてくれた。
梨花さんに野菜をもらいに行くと約束をした翌日、学校から帰ると私は早速大家さんの家へ向かった。大家さんは喜んで野菜を揃えてくれて、その他に白菜と厚揚げの煮物も大根の漬物も作ったからと渡してくれた。
私は終業式に貰った通知表を見せようと、学校からそのまま大家さんの家に向かった。
「へえ、優子ちゃん、賢いんだね」
大家さんは通知表に目を通すと、そう褒めてくれた。
………。
大家さんは、私にリンゴを剥いてくれた。そして、冬に炬燵で果物食べるって贅沢だよねと言いながら、大家さんもリンゴをかじった。
「そうそう。私さ、来年になったら施設に入ることになったんだ」
と思い出したように言った。
施設に入るという意味が、いまいちわからなかった私は、どういうことと聞いた。
「施設って、ほら、老人ホーム。あそこには介護してくれる人もいるし、ご飯も出るんで、ここで一人で暮らすよりずっと楽なんだ」
「そんなところに行かなくたって、時々おばさんが来てくれてるのに。それに、買物とかなら私に言ってくれたらいつでもするよ」
私が提案すると、大家さんは、「本当の親子より、施設の人に面倒見てもらうほうが気が楽なんだよね」と言った。
そんなの本当と聞くと、「本当だよ。老人ホームにはお年寄りのお世話するプロがいっぱいいるんだから。それに、親子だといらいらすることも、他人となら上手にやっていけたりするんだよね」
親子より他人とのほうがいいことがあるなんて。私にはぴんとこなかった。
「でさ」と大家さんは立ち上がると、タンスの引き出しを開いて、「これ、優子ちゃんに渡さなくちゃいけないんだ」と私にずいぶん分厚い封筒を差しだした。
20万円入っていると言う。
お母さんに怒られると言うと、母さんには秘密だ。優子ちゃんにやるんだよとおばあちゃんは言う。私が絶対ダメと断っても引かなかった。
「これはもう優子ちゃんのものだよ。困ったとき役に立つかもしれないし、どうしょうもないとき助けてくれるかもしれない。何とかしたいことが起きたとき、このお金を使えばいい。まあ、お守りだと思って持っときな」と私に押しつけ、「冬休みのことなんだけどさ」と別の話を始めてしまった。
冬休みに大家さんの家の片づけを手伝い、年が明けてすぐに、老人ホームに向かう大家さんを私は見送った。
「第1章の 15,16 」
略
「第1章の 17 」に続く