「偽の正宗」
ーー 正直者で欲のない腕利きの鍛冶職人が、
包丁正宗の偽物で人助けする物語 --
亀岡の農村で叔父がやっている野鍛冶屋で農具を作っていた岩蔵は、鉄を打つのが好きで、農具の鉄を打つ音が、まるで刀鍛冶が刀を鍛えるような澄んだ響きと強靭なものを感じ指す天才だった。
京郊外の馬蹄屋枡屋の先代主の半左衛門は叔父に10両渡して8年前に職人として連れ帰った。岩蔵の仕事は馬子の間でも評判だった。また、岩蔵が悪戯半分に鍛えた匕首は名人が作ったものに劣らないとの噂も囁かれていた。先代主も刀を作らして儲けようと思ったのか分からない。
岩蔵は気性は荒っぽいが正直で気のいいすっきりした若者で、人が苦労していたり困っていたりする人を見たり聞いたりすると助けたくなる若者でもあった。近くの古手屋に盗賊が入った時は鉄槌を振り回して追っ払ったり、枡屋の前の饅頭屋で饅頭を盗んでいないのに盗んだと言われて泣いていた子供・八十松を助けたこともあった。
そのあたりの事を知っていて岩蔵に近づき、ひと儲けしようとするならず者が現れた。北野遊郭を仕切る萬屋の子頭と子分の勝五郎と小六だが、八十松と病気で臥せっている父親や弟妹一家を養うため、北野遊郭に年季奉公に出ている姉のおせんを、岩蔵に作らせた包丁正宗の偽物を売って身請けさせ、一膳飯屋をやらすことを岩蔵にもちかけた。岩蔵は八十松家族を可愛そうに思い、勝五郎の幼さな友がやっていた鍛冶場で包丁正宗の偽物を作りだした。勝五郎たちは最初の一振りで50両手に入れた。岩蔵は偽正宗が確かに八十松家族を救ったことを確認し、勝五郎が全部で10振り作れと言う指示に、京大阪の刀剣屋で多くの名人が作った刀剣を随分見せてもらったので儂にとって大いに役立ったわい、本物の村正を見た時は背筋がゾクット粟立ったと、金のことは何も言わずに承諾した。
鯉屋の知合いの刀剣屋が、菊太郎に目利きしてくれと包丁正宗を持ってきた。素晴らしい出来だが、偽物だと言い、刀剣屋が騙されるのは私一人でよいので、誰が作っているのか探索して止めてさせてくれと頼まれた。
菊太郎は、良質の蹉跌が取れる京の近くの農村の鍛冶場を歩き、鉄を打つ音から刀が作られているところを確かめた。
奉行所の銕蔵に頼み、岩蔵たちを捕えた。源十郎が暮らしのどん底で喘いでいた八十松家族を助けたことを強く主張したので、また、3振りの偽正宗を作ったところで、まだ捌いていなかったこともあり、岩蔵は強いお叱り、勝五郎たちは百叩きで済まされた。
『奉行所前に出迎えた菊太郎に、岩蔵は「儂は馬の足屋に戻らせてもらえるのか、やっぱりあそこが一番性に合うているわい」と嘯いていた。もうすぐ春だった。』
「羅刹(悪魔)の女」
ーー 自分の快楽だけを求め子供を虐待する母親、
その親の子を長屋の住人が助ける物語 --
家主が店子の面倒を見ず、家賃の滞納を10日と許さないことから「強突く長屋」と言われている店子に太市、伊助や馬子の清六等の家族が住んでいた。
半月ほど前に、小間物屋の俵屋治右衛門が馬で京への帰路、財布を落としたのを気付かずにいたところ、清六が拾い上げて渡した。お礼として1両を貰った清六は太市と伊助に家賃に困ったら使ってくれと言う。
そんな長屋に、お葉・お希世母娘が住んでいた。父親は事故で早死にし、お葉は居酒屋で働くが、自分は男を家に連れ込んで金と快楽を求め、夜に男が泊るときは、お希世を厠の横の物置に寝かされるほどで、お希世の面倒は全く見ない母親だった。そのため、長屋の皆が可哀そうにとお希世の面倒をみていた。
団子屋美濃屋の手伝いをしている右衛門七が団子を焼いていると、清六が右衛門七の兄ちゃんだろうと何十年ぶりかで顔を合わせた。
その時間、偶々、菊太郎と源十郎も美濃屋に居て、男4人で飲んでいるとき、右衛門七にお葉・お希世母娘のことについて相談に乗ってくれと話を出した。
源十郎が無料で訴え主になり奉行所に申し出ることになった。
裁きの結果は、お葉は我が子の虐待から永代遠島、家主は長屋の住人に対する仕打ちや住民の難儀に見向きもしないことから闕所になり、長屋は各々の住民に分け与えられることになった。
お希世は清六が相談をかけた結果、俵屋治右衛門が小女として雇うことになった。
強突く長屋では、儂ら貧乏人も一軒持ちになったんやと戸惑いながらも、これからも正直に生きて、世の中にできるお返しを精一杯せなあかんわいと、まずは、お希世ちゃんの家を持ち回りで掃除することになった。
終