「第二章 聖域なきリストラ」
(1) 野球部廃部と人員整理。
役員会で人員整理が決まったらしいという噂は、あっという間に社内に広まっていた。
古賀は、井坂に、どこも企業スポーツは厳しいけど、ウチも例外でないんだ。笹井専務や朝比奈部長の野球部嫌いは知っているだろう。この話は当面内緒にしておいてくれと言う。
青島製作所の野球部員は、多くが契約社員で、廃部になったとき、契約社員は会社に残れる道はない。古賀も契約社員だが、選手でないので、井坂にとにかく結果を出してくれと頼む。
(2) 融資を申し入れているメイン銀行にも野球部廃部を検討中と笹井専務が発言。
青島製作所に、白水銀行府中支店長と融資課長が訪ねて来ていて、テーブルにはリストラの計画概要書をひろげていた。新年度に必要な運転資金として50億円の融資を申し入れていたのだ。
細川に、支店長が、人員削減を断行されたようですね、融資の一部は赤字の穴埋めになると考えたほうが良いようですねとはっきりと言い、続けて、業績低迷の要因が明確になっていないのではないかと思いますと言う。支店長は支援と拒絶の間で揺れ動いていると、細川や笹井には思えた。
融資課長が野球部の存続について訊ねてきた。細川は頭になかった質問だったので虚を突かれた。そのとき、笹井が、廃部の方向で検討していいますと冷徹な声で答えた。
支店長らが帰った後、細川が、会長が何んと言うかと呟くと、横にいた笹井は、それを説得するのが社長の務めでしょうと言われ、細川は老獪な笹井の手練に巻かれるのを感じた。
(3) 製造部の解雇候補者リストの全面見直し。
製造部から解雇候補者の一次リスト150名分が三上の処に上がってきた。総務部は、最終的に部下に仕事を振って解雇か否かの振り分けをするのだが、その前に、三上は、その正確性を判断するためにリストから数名をピックアップして検討することにしていた。
アップした或る解雇候補者の資料を読むと、コミュニケーション能力に疑問ありとなっていて、その具体例として、以前、仕事のやり方を巡ってライン長と若手が取っ組み合いの喧嘩をしたことがあったが、そのレポートを作成したのが喧嘩相手のライン長で、そのコピーを添付していた。人事部の資料を見ると、その若手は作業態度は優秀で、ライン長にはいろいろと問題があると記録されていた。
「三上は人事課長を呼んで製造部の解雇リストの全面見直しを命じた。その後、製造部に投げ返すつもりでいた。」
(4・5) ジャパニクスから長期間の受注減と単価切り下げを要求される。
細川は業界団体の付合いでパーティ会場に来ているのだが、頭の中は生産調整やリストラのことで一杯だった。
「青島会長の人を切るのなら、イズムがいる。コンサルタント時代や営業部長時代は、ヒトは人件費という数字でしかなかった。今、細川が向き合っているのは血の通った人生がある生身の人である。社員1500人、派遣社員200人を預かっているのだ。だが、急激な景気悪化、取引先の生産調整、受注減、資金繰りと環境は厳しさを増す一方であり、冷徹に「聖域」に踏み込まざるをえないのか。」
突然、後ろから声をかけられた。振り返ると、ジャパニクス社長の諸田清文が立っていた。
一般的な経済情勢の会話の後、自社も生産調整が不可避で、仮に年内に景気が回復しても当分8割程度で協力をお願いしたいので、前もって細川さんの耳にお入れしておこうと思って、声をかけさせてもらいましたと言う。
早速、翌日、青島製作所の「豊岡がジャパニクスに呼び出され、購買部長の水上氏から、御社に提出済みの来上半期の月6億円の発注を1.2億円に、それと、単価の切り下げもお願いしたいと改版の発注計画書を渡された。豊岡が勘弁してくださいと困惑して頼み込むと、水上は、ミツワは呑んでくれた。御社ができないのであれば、全てミツワに回すだけだと、発注計画書を引込めようとした。」豊岡は一旦持ち帰らせてもらいたいと、来週明けまで返事を保留させてもらって辞去した。
その報告を聞いた細川は体の中でギシギシと音を立てた。それは精神が立てる悲鳴のようであり、この青島製作所の屋台骨が揺らぐ音のようでもあった。
そんな細川の胸に去来したのは、2年前、会長から社長をと言われた時のことである。笹井専務が適任と言えば、駄目だ、経理屋だと言い、君ほどの開拓精神が他の10人の先輩役員にはないと言われた。確かに細川が営業部長時代の役員会では、全てについて発言が保守的で変化を好まない傾向があった。
2年目にして、ここまで窮地に追い込まれようとは、さすがに細川も予想だにしていなかった。その日の夕方、緊急の役員会が招集された。資料は無く、議題はただ一つ、「ジャパニクスからの受注減、コスト削減で追加のリストラ案を今後詰めていくことになると思うので、各部とも全力を挙げてもらいたい」と、短時間だが重い役員会だった。
(6) 若手エース投手への監督の異常な対応。
社会人野球チームには、都市対抗野球と日本選手権の2つの頂点がある。関東地区では、このほかに通称スポニチ大会がある。昨夜、このスポニチ大会の激励会があって、青島からの「こんな時だから、明日、グランドで一つになろう」との熱弁は、出席者の心を打った。
先発は萬田で、3回1点を献上した時点で、大道は猿田にアップを命じた。5回になると萬田のボールに切れがなくなり、3対0になった時点で大道はピッチャー交代を命じた。
次章に続く