T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

初詣・墓参!!

2014-01-02 12:37:57 | インポート

 

Hatumoude


 

 晴天で気温も12度と素晴らしい初詣日和。

 近所の春日神社と寺院内の両親の墓参に出かける。

 

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池井戸潤著「下町ロケット」を読み終えて!ー3/8ー

2013-11-23 16:25:10 | インポート

                故郷の紅葉(2013/11/21)

Sionoemomigi021


                                                                                                                

(第二章 迷走スターダスト計画)

(1)

 その頃、大企業の帝国重工は驚くべき事実を知った。

 帝国重工では、宇宙航空分野のテコ入れを掲げた藤間社長の肝煎りで「スターダスト計画」と名付けたロケット打ち上げ計画を推進していた。

 このプロジェクトにおいて、ロケットは帝国重工での内製化が社長からの厳命だった。ところが新型水素エンジンのキーテクノロジーであるバルブの特許が佃製作所によって取得されてしまっていた。

 宇宙航空部宇宙開発グループ主任で新型水素エンジンの開発責任者である富山敬治が、半年前にバルブなどをリサーチした時は問題ない状況だったが、その後、優先権主張出願(一度特許を受けているものに技術情報を追加補足するもので優先して取り扱われる)がなされていたのだ。もちろん異議申し立てが認められるものではない。

 富山の上司である宇宙開発グループ長の財前道生は、まず、佃製作所を調査してみることにした。

(2)

 財前に取って思いがけない試練である。社長の方針通りに進むには、改めて新しい技術の開発をする必要があり、そのためには金と時間がかかりすぎる。また、宇宙事業部長の安野健彦はプロジェクトのスケジュール変更は絶対に認められないと言う。

 財前の上席である本部長は今回の特許のことを耳にした社長から、ありったけの怒りをぶちまけられた話が伝わっていた。

 『財前は佃製作所の調査資料を見て、京浜マシナリーの受注減とナカシマ工業からの訴訟で金が欲しいはずだ、そこで特許を買い取ることを計画した。』

(3)

 航平は、この半年、資金繰りが気になり、今日の役員会でも、殿村に聞いた。ナショナル・インベストメントの転換社債で寿命は多少伸びたが予断は許さない状況だと答えた。

 ナカシマ工業の営業マンが佃の製品を買ってもアフターサービスがどうなるか判らないとか、佃は裁判で相当疲弊しているようで大丈夫かなとかの噂を流しているので売上げに酷く影響していて、営業第二部長の唐木田篤から訴訟の見通しはどうだと質問した。航平の代わりに、殿村がこっちが訴えている特許訴訟裁判のほうが勝訴する可能性があり、あと1年足らずで結審すると思うと答える。

(4)

 10月末、帝国重工の財前と富山がアポを取って佃製作所に尋ねて来た。

 航平と殿村、山崎を前に、帝国重工はスターダスト計画をスタートさせていたのだが、新型水素エンジンのキーテクノロジーに関して特許申請が却下されるという予想外の事態に直面したので、ぜひ、弊社に譲っていただき、自社技術にしてロケットを打ち上げたいと思っていると自社の意向を告げた。 航平は、特許を売買したくなく、御社だけで使用する条件で特許使用契約でお願いしたい、その方が安いのではないかと言う。しかし、財前は20億円の特許で検討してもらいたいと言う。佃製作所側は、20億円あれば、今の窮地を脱せられるが、航平と山崎は手塩にかけた子供のようなもので愛着があり、売る気はないと言う。

 航平は、その日の夕方、部課長以上の30余名の社員による緊急会議を開いた。 『唐木田は、使うあてもない特許なら売却してもいいのではないか、今は生きるか死ぬかの瀬戸際にいるんだから売るべきだと言う。津野は、相手に特許使用を認めるような契約をした方が、ウチとしてもビジネスの幅が広がるんじゃないか、売っちまったらそれで終わりだと言い、航平から指名された殿村は、助かるから20億円で売るということとは別にして、実際の価値は100億円でもおかしくない。しかし、もう一つ大事な事がある。これは当社の本質に関わる問題で、当社の特徴は自社開発した高い技術をベースにした商品開発で、その会社が世界的水準の技術を売却してしまうのは、ウチのビジネスの根幹から外れると思う。津野さんが言われるように、売ってしまったら、それ以上は何も広がらないと言う。 全員が、20億円に魅力あることは判っていたが、航平は、キーテクノロジーを我々は押さえている、その強みを利用しないでどうする。いま帝国重工の提案を飲んだら、うちの負けだと、使用契約という形で対応すると結論を出した。』

(5・6)

 航平が、財前に、売却は見送り、特許使用許諾契約という形にしてもらいたいと連絡すると、財前は息を呑んだ。財前は狼狽して、御社の現状を考えたら売却されるべきだと思いますがと言う。

 航平は、自社でキーデバイスの特許を持ちたいから売れと言うのは、大企業の思い上がりで、ウチの資金繰りの心配されるより、本当に心配しなければならないのは、御社のプロジェクトのほうではないんじゃないですか、プロジェクト遅延や頓挫で困るのは財前さんあなたでしょうと言うと、財前がそれが結論ですね、後から後悔しますよと言う。

 財前は、佃製作所が早晩、資金繰りに困り民事再生になるだろうと見ていて、そうすると債権放棄となる、それをウチが買うことになると、佃の技術も特許もただ同然で手に入れると踏んでいたのだ。

 水原本部長の特許の目鼻がついたのかの問いに、相手の価格つり上げに難航していると返答した。しかし、水原は、何をしているのかと言わんばかりに、プロジェクトの遅延は万死に値するものだと念を押した。

(7)

 財前はプロジェクトの進行が気になり、富山に新たなバルブシステムの開発の期間を聞くと2年だと言うので、佃製作所の特許に絞ることにして、ナカシマ工業にいる友人の大町から三田を紹介してもらい、三田から訴訟の経過を聞くと半年か1年で確実に息詰まるとみていると言う。

 しかし、ナカシマ工業が帝国重工に安く売却するとは限らない。財前は、佃とナカシマの裁判のモニタリングをし、ナカシマが勝訴する前までには、ぜひ特許を売らせるしかないと結論に達した。

(8・9)

 秋も深まった11月初め、航平が取引先から帰ると、殿村一人が残っていて、ナショナル・インベストメントからの追加支援は難しいかも知れないので、この半年が勝負で8か月後には資金ショートすると言う。それと、神谷弁護士から来週水曜の裁判に傍聴してくださいとの連絡があったことを告げた。水曜は佃がナカシマ工業の主力エンジン「エルマーⅡ」を特許侵害で訴えている裁判である。

 いつもそうだが、ナカシマ工業側の反論資料はどちらの裁判も段ボール数箱分にもおよび、公判のスケジュールの遅延を図る法廷戦略である。帝国重工の財前もほとんど傍聴していて今回も来ていた。

 裁判官が、今回も、提出資料は新たな反証資料とはいえず、審理の引き延ばし行為は慎んでほしいと言った。

 裁判終了後、両方の代理人に時間の都合を聞き、了解を得たうえで、別室にて裁判官のほうから56億円での和解勧告を伝えた。

 和解勧告があったことを電話で聞いて、三田は、あくまで控訴上告を主張したが、代理人の顧問弁護士たちは棄却される可能性が遥かに高いと反対した。

 裁判は継続あるのみと心に決めていた三田に取って思いがけない事態が勃発した。

 『"仁義なき企業戦略"という大きな見出しの東京経済新聞の特集記事が目に入ったのだ。ナカシマ工業の法廷戦略がやり玉に挙がっていた。

 1か月ほど前に、広報部を通じて高瀬という記者が三田に取材の申し込んできたもので、内容に間違いはなかった。しかし、大企業の論理、なりふり構わぬ収益至上主義、記事に書かれたナカシマ工業のやり方は、まるで大国が圧倒的軍事力で小国を蹂躙するかのごとくに読める。企業イメージの毀損も甚だしい。取材でむしろ得意になって話した三田の考え方、ナカシマ工業の戦略が、ここでは中小企業の誠意や真心を踏みにじる大企業の傲慢さとして引用されていた。三田は、高瀬に電話して、この記事では、まるでうちが悪いみたいで、だまし討ちと同じだと言うが、悪いと思うどうかは読者の判断次第ですと反論される。』

 三田が怒りで叩きつけた受話器が再び鳴りだした。企画部長の大泉からの呼び出しの電話だった。部長室に入ると、単刀直入に訴訟は中止しろと命じられ、役員会の中でも君のやり方について疑問の声が出ていると言われた。

(10)

 財前は、ナカシマ工業の大町から和解になりそうだとの情報を入手し、佃製作所と特許使用契約を締結したい旨の書類を書き上げた。

 ナカシマ工業は、50億円を超える損害賠償を行うとともに、同時進行していたもう一つの裁判を取り下げるという和解案を飲んだのだ。

 これで佃製作所から特許を買い取ることは実質不可能になり、財前の前に残された道は、航平が主張する特許使用契約を締結することのみとなった。藤間社長が標榜するキーテクノロジー内製化方針に反するので、まず、財前は社内をまとめ上げるために本部長の水原に報告した。そして、水原の命で、佃製作所との確約を取ることにし、藤間社長のへの話はその後にすることになった。

 

                                次に続く

 

 

 

 

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村上春樹著「…多崎つくる、…」を読み終えて-3/3-

2013-08-03 13:51:21 | インポート

(第10章)「巡礼の一年」の一歩。アオにあって昔のグループの話を聞く。

 アオと公園であった。

 君が、これから一切電話もかけてほしくない、これは4人の総意だと言われたが、覚えているか。 16年、理由を考え続けてきたが未だに見当がつかない、と多崎は言う。

 アオはひとしきり考えて、お前はシロと性的な関係を持たなかったか、シロはレイプされたと言った。しかも、詳細に、東京のお前のマンションで、もしかしたら薬を飲まされたかもとまで言っていた。 クロがシロの側に立ってお前を斬ることを求めたのでそれに従う形になったのだと言う。

 多崎は、シロは東京のうちに来たことは一度もないと首を振った。 なぜ、俺でなくてはならなかったのかと言う。

 アオはそれは判らんと力なく首を振った。

 シロは音楽大学を出て浜松でピアノの先生をしていたが、独り暮らしをしていたマンションで絞殺されていたのを母親が見つけた。 犯人はいまだに不明だ。

(第11章)アカに会ってシロの事を聞く。

 翌日、アカの会社・BEYONDを訪ねた。 アカは、一度結婚して、1年半で離婚してのバツイチだと言う。

 多崎は、最初に、今となっては意味のないことかもしれないが、僕としては、シロは何んといったか知らないが、一応僕がレイプをしたという誤解を解いておきたかったと言う。

 アカは、何度か頷いてお前は元々そんなことをする人間でないことはよく分かっていたが、シロの話はとても真に迫っていたと言う。

 それにしても、なぜ僕でなければいけなかったのかと言う多崎に対して、アカは、それは俺には分からんが、シロは密かにお前のことが好きだったのではないかと言う。

 彼女が殺される半年ほど前に食事を共にしたが、その時、感じたのは綺麗じゃなかったと言うより魅力的でなかった。彼女の死は俺の心にとても若い穴をあけて、その穴はまだ埋められていない。

 シロとは直接関係のないことだが聞いて欲しいと言われた。 おれには男女の肉体関係が向かないのだ。女性に対して欲望を持つことができないのだ、全くではないが、それより男とのほうが上手くいくと言う。多崎は、それは人間の自由だと言って別れた。(何故こんな話をしたのだろう)

(第12章)クロに会うためフィンランドに行くことを沙羅から勧められる。

 アカに会った日の夜、東京に戻ってすぐ沙羅の携帯に電話した。翌日の昼、沙羅から電話があり、翌々日の夜に会うことになった。

 沙羅は、シロはあなたに何か薬を飲まされてレイプされたと、他の皆に言ったのね。それについて、あなたと彼女との間に、何か特別な親密さが生じる瞬間があったのかと聞く。多崎は、意識してそのような事が無いようにしていたと言う。

 沙羅は、それはある意味で、あなたたちはそのサークルの完璧性の中に閉じ込められていた、そういう風に考えられないと言う。 しかし、多崎は、僕らは喜んでその中に閉じ込められていた。その事は今でも後悔していないと言う。

 シロのことはクロからもっと詳しい事情が聴けるんじゃないかな。女同士でしか話し合えないものがあるものなので、そういう話は女の子たちの世界から外には出て行かないものよと沙羅は言う。

 二人は多崎の部屋で抱き合った。多崎が沙羅を満足させられなかったことを、沙羅は、あなたの中で何かまだ納得のいかないままつかえていて、そのせいで本来の自然な流れがせき止められている、そんな感じがすると言ってフィンランドに行くことを薦める。

 シロの妄想の真相を知るために、多崎も積極的になる。

(第13~17章)クロが話すシロの生涯。

 多崎は、アカやアオのときと同じように、どうしてもアポイントメントなしでクロに会いたくて、ヘルシンキに四泊して東京に帰る予定で、沙羅に飛行機やホテルの予約、それにもしものことがあればと沙羅がわざわざヘルシンキの自分の友達にガイドしてくれとの連絡をしてくれた。

 ヘルシンキに着いたら、クロ一家は100キロ離れたハメーンリンナのサマーハウスに移動していた。

 沙羅の友達のお蔭でクロに会うことができ、話の途中から、主人が子供を連れて出て行ってくれた。

 16年前に何が起こったかを、事実の全てを君は知りたいのだねと言うクロの話に、そうなんだ、でも最初にはっきりさせておきたいのは、僕はシロに対して間違ったことは何もしていないと多崎は言う。

 君がシロをレイプなんてするはずがないことは分かりきったことで、君がそんなことはできっこないと思っていたので、シロの話は信じなかった。 しかし、シロを護らなければならなかったから、シロの言い分を信じたようにして君を切らなければならなかった。 彼女は精神的に深刻な問題を抱えていた。彼女を保護しなくてはならなかったのは私しかいなかったのだ。

 シロが自分の意思に反して誰かに性的関係を持たされたことは確かで、私は一緒に産婦人科にも行ってあげたし、流産したことを知っているのは、シロの姉と私だけだ。

 どうして、僕でなければいけなかったのだろうかと言う問いに、クロは、一つの理由として考えられるのは、私があなたを好きだったということに嫉妬していたと思う。

 しかし、シロは誰に対しても異性に対しての関心を持っていなかった。と言うのは、一貫して性的な物事に対して恐怖心ともいえる嫌悪感をとても強く持っていた。 レイプは彼女を精神的に病んでしまった。 その後、シロは病気は治ったが、子供にピアノを教えるだけで私からも遠ざかっていき、浜松に転居し、マンションの自宅で絞殺されたが、いまだに犯人は見つからないとのことだと話す。

 クロが語る説得的な話から、16年間抱えてきた心のつかえを除くことができ、友情を取り戻した。

(第18・19章)多崎は沙羅との結婚を渇望する。

 東京に戻り沙羅に電話と思って受話器を取ったが、心や記憶の整理をしてからと翌日日曜に電話を掛けると留守番モードになっていたので、伝言メッセージを入れずに受話器を置いた。

 夜の9時になって沙羅から電話があって伝言メッセージを入れるべきだと叱責された。謝罪し、フィンランドへ行った価値があったことを告げた。

 多崎が、これまで人間関係に関して何度か傷ついて来たので、これ以上そういう思いはしたくない。それで、自分の気持ちに正直になったほうが良いと思い尋ねるが、今つきあっている男の人がいるのかと沙羅に尋ねると、三日後の水曜に正直にきちんと返事をすると言う。

 多崎は沙羅への気持を三日後まで待てず、翌日の午前4時なのに電話して、心から好きだ君が欲しいと繰り返すと、沙羅も、あなたのことがとても好きだし、会うたびに少しずつ心を惹かれていくと言った。

 火曜の夜、多崎は明日、沙羅が自分を選ばなかったら、死んでしまうだろう。私を選んだらすぐにでも結婚を申し込もうと思い、彼は心を鎮め、目を閉じて眠りについた。

 

                                           終

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村上春樹著「…多崎つくる、…」を読み終えて-2/3--840回

2013-08-02 19:31:59 | インポート

(第2章)グループ友人の居留守行為。

 大学2年の夏休みを境にして、多崎自身の人生は以前とは成り立ちの異なるものになった。

 帰郷して、4人に電話をするが留守だとのことで、相手の家族の人も一刻も早く電話を切りたいという気配がそこにあるように感じた。伝言を頼んで、電話を掛け終わった後、多崎は自分が質の悪い特殊な病原菌の保持者になったような気がした。誰とも連絡は取れなかった。

 5月の連休には、東京に戻る多崎を4人がわざわざ見送りに来てくれたし、その後も、アオが代表窓口で手紙のやり取りもしたのに。

 その夜は眠れずに、方向感覚を失った人のように、一つの思いになって同じ場所を只ぐるぐる回っていた。

 翌日の昼過ぎに三度目の電話を4人にかけてみたが結果は同じだった。電話をかけ続ければそのうちに何らかの反応があるだろうと思って、伝言は残さずに複数回電話したのだ。

 予想とおり夜の8時ごろにアオから電話がかかってきた。「悪いけど、もうこれ以上誰の処にも電話をかけてもらいたくないんだ。」と、社交的言辞は「悪いけど」だけだった。

 「どうしてそういうことになったのか、その理由を知りたい。」という問いに、「自分で考えればわかるんじゃないか、自分に聞いてみろよ。」との返事だった。

(第3章)死の間際の生活から、嫉妬を知り、新たな生活ができるようになった。

 あの4人から存在を否定された時、多崎は存在の外見だけはかろうじて維持されているものの、死の間際をさすらった半年近くの間、まともな食事をとらなかったので、体重7キロ落とした。

 ある日の夜、多崎は厳しい嫉妬にさいなまれる不思議な夢を見た。実をいうと、多崎はそれまで嫉妬という感情が実感として理解できなかった。 その夢は、心と肉体が分離できる愛する女の心と肉体か、どちらかを手に入れることができるが、両方を手に入れることはできない。しかし、多崎が求めているのは彼女の全てなのだ。片方を誰か別の男に渡すことなんてできない。それは彼には耐えられないことだ。その夢で嫉妬の感情を実感した。 

 その夢を見た夜が明けた時、死の虚無と鼻先を突き合わせてきた5か月にわたる暗黒の日々を彼はすでに後にしていた。そして、多崎は徐々にまともな食事をとるようになって、おおむね、過っての健康的なリズムを取り戻した。

(第4章)シロが弾いていた「巡礼の年」の曲が脳裏に浮かぶ。

 名古屋にいる友人に去られて1年近く経った初夏に同じ大学の学生・灰田と知り合った。

 彼は物理学科の学生で物を作ることは全く苦手で、頭の中で物事を抽象的に自由に考えるのが好きで、多崎とは全く正反対だか、どちらも非社交的なところは似ていた。彼はクラシック音楽が好きだったが、学生寮では聞けなくて、多崎のマンションで聞いていた。 

 あるピアノのレコードを聴いているとき、以前に何度か耳にした曲であることに気付いた。 彼に聞くと、フランツ・リストの「巡礼の年」という曲集のスイスの巻に入っている「ル・マル・デュ・ペイ」だと言う(タイトルと呼応)。

 彼は音楽の話になるといつも饒舌だった。しかし、多崎は聞いてなく、ピヤノを弾くシロの姿が彼の脳裏に立体的に浮かび上がってきた。

 ⇒以下、省略

(第5章)友人・灰田が話す自分の父親のことなので省略

 

(第6章)4人グループとの離別原因を調べたらどうかとの沙羅の話に多崎は乗る。

 多崎はEメールで沙羅を食事に誘った。 シンガポールから2日後に日本に戻る。こちらも話したいことがあるので、帰国した翌日の夕方はどうかの返事があった。 沙羅に会えると思うと気持ちが明るくなり沙羅を求めていることを実感した。

 沙羅から初めてネクタイの贈り物を貰った。食事をしながら沙羅は、多崎に、先日話を聞いた5人組のグループに興味があるので、心が傷つけられたからといっても、そろそろ乗り越えてもいい時期に来ていて、その理由を自身の手で明らかにしてもいいのではないかという気がすると言う。

 多崎は、自分なりに痛みを克服してきて、塞がった傷痕をここでまた開きたくないと言う。

 しかし、沙羅は、痛みをもたらした血はまだ静かに流れ続けているかもしれない。 16年前に起こった出来事について、説明を受ける機会を持てるように4人の現状を調べてみたいが、どうかと多崎に尋ねる。

 そうでないと、沙羅から見れば、女性にしかわからないものなのかもしれないが、多崎との間に隔たりに似た感触があり、真剣にお付き合いするに何か正体のわからない障害を感じると言う。 そして、あなたを抱きあうことはできないと言う。

 沙羅は「自分が見たいものを見るのではなく、見なくてはならないものを見るのだと言う」と言って4人の友達の名前を教えてくれと言う。

(第7・8章)友人・灰田のことなので省略。

(第9章)沙羅が4人の近況を調べて多崎に知らせる。

 沙羅から電話があり、両者の時間を調整して、喫茶であった。沙羅から4人の友の近況と居場所を知らせてくれた。

 クロは、フィンランド人と結婚し二人の娘と4人でヘルシンキに住んでいる。

 アオは、名古屋市内のレクサスのディーラーでセールスマン部門のチーフを務めている。

 アカは、メガバンクを3年で退職し、再就職したサラ金も辞め、今は自分で自己啓発セミナーと企業研修センターを合体させたようなビジネスを立ち上げ、名古屋市内の中心地に「BEYOND」という名前の会社をつくっている。

 残りの一人のシロは6年前に30歳で死亡したそうで、お墓は名古屋郊外にあるとのことだ。

 詳細は自分で調べたほうが良いだろうと言う。

 

                                      続く

 

 

 

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終戦記念日後に始まった戦争!ー480回ー

2010-08-11 08:18:50 | インポート

 終戦後に始まった戦争。驚きの一語。

                                            

Book2

                                                   

 父が終戦の年の7月に戦死した私にとって、太平洋戦争は、それがもたらした悲哀を今も心の奥に残しており、その当時の記憶もいまだにはっきりと残っている。しかし、今の今まで、千島列島の最先端の孤島で終戦後にソ連との戦争がはじまったとは知らなかった。

 日本海軍作戦年誌によると、終戦日以降に海防艦などが触雷沈没した事が記述されているが、そのときに戦死した軍人、その家族のことを思うと、どうしてと涙も出ないほど哀しい。

 それ以上のものであるので、どこまでが事実かは別にして、とにかく早く読んでみたい。

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