T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

花見に!!

2010-03-27 17:16:08 | 日記・エッセイ・コラム

Sakula002

                                                                            

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 孫のバースデーカードに利用する写真を撮るために川土手の桜を見に行った。

 普通の桜は上の写真のように少し早いようで、やっと見つけることができた。

 下の写真は30本近くある桜の木の中に一本見つけたもので、早咲きの桜のようだ。これは6・7分咲きといったところだった。

                                  

 今日、わが家にも32V型の地デジテレビがやってきた。エコポイントが効いたねー。

 画面が鮮明で、妻も喜んでいるが、持ち帰ってもらったものも、まだまだ十分に見ることができたので、何か勿体ないような気がしてならない。

 次は何の出費が出てくるか、戦々恐々といったところかな。

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「武家用心集」を読み終えて-2-!!

2010-03-24 09:15:46 | 読書

うつしみ(後添えとして強く行き続ける女の心意気)

 松枝は夫の小安平次郎と二人暮らしの安穏な日々を送っていたが、ある日、夫が捕縛されてから1ヵ月になり、落ち着かない日々を送っていたが、松枝は育ててくれた祖母の墓参りに出かけた。

 祖母・津南は祖父の後妻で父の実母ではなく松枝とも血が繋がっていない。松枝は実母の事も殆ど覚えてなく、継母との間に男の子が生まれたので、津南が母親代わりになった。

 津南は夫を亡くしてからも誰とも血の繋がりのない西村家の中心に居て、一家の精神的な柱だった。

 津南は、祖父の後妻に来るまで、津南の実兄の不始末で実子二人を残して離縁され、小身の実家では暮らせず、料亭での住み込みの仲居奉公に出た。

 津南は女将のように、老いても女一人の暮らしに困らない、男にも左右されない生活を作る事に努力していた。しかし、女将は女が汚れずに生きてゆくのは難しいし、世間も草々自由にはさせてくれない、見かけの涼しさと内に籠もる暑さは違うものですと言う。

 そんな中、郡奉行の西村宣左衛門から後妻にと乞われた。津南は断ったが、何度も申し入れがあり、後妻になることになった。

 宣左衛門は確りした優しい人で、姑と松枝の父がいたが、自分の思うようにやってみるといい、津南も一生の大半を家に縛られるのだからせめて家の中では自立した女でありたい、この一途な思いが彼女を力づけ、西村家を津南が待ち望んでいた平穏な家庭にしていった。

 夫と姑が亡くなり、松枝の父が当主になったが、何も変わらず、家を守るという生き甲斐は続き、その後も松枝を嫁に出すまで西村の家を護った。

 くよくよと人ばかり頼って心を悩ませる松枝は、津南の声が聞こえ、夫の実否が定まるまで待つしかなく、そのうえで万一の時は一人で生きてゆく事も考えなければならないとの覚悟をした。

向椿山(初恋を貫けずに苦しみつつ、もう一度やり直したいと願う女心)

 江戸から岩佐庄次郎が医術の勉強を終え帰ってきたが、迎えには叔父で師匠の良順と千秋がいただけで、美紗生の姿がなかった。

 美紗生は庄次郎と一緒に良順の家で診療などの手伝いをしていて、庄次郎の遊学が決まった時に16歳の美紗生と19歳の庄次郎は二人だけで夫婦の約束をしただけで互いに信じられない歳でもないので身の契りまではしなかった。

 庄次郎は遊学すると勉学に終われて約束した手紙も年1回ほどになっていた。

 帰国後に友人や良順から聞く美紗生の噂はあまりいい話ではなく、今は家に閉じこもっていると聞いていた。

 悩む思いの庄次郎に、思いがけず美紗生の母から病人として訪ねてほしいとの連絡があり、出かけたが、美紗生は別途訪ねるとのことだった。そして、2カ月ほどして美紗生が訪ねてきた。

 美紗生は、2年を過ぎるあたりから5年という月日が途方も長く思えるようになった。そのうちに縁談も次々に来て、何かを始めずにはいられない気持と庄次郎から本草学を学びたいなら生け花をやれと言われたこともあって華道にのめり込んでいった。

 先生の華道家も今日に思う人を残してきたと知ったとき、彼女は庄次郎が現われた気がした。女の深い情に触れて華道家も揺れたのだろう。二人は男女の仲になった。美紗生は身もごり尼寺に、華道家は子のことも知らず京に帰り、子供は流産したという。

 一度崩れてしまうと1日たりとも辛抱のならない気持で、まるで堪え性のない子供でしたと、美紗生は聞いてもらって嬉しかった、これで分かれたいと言う。

 庄次郎は、このまま責任のある病人を返すわけにはいかないと、小刻みに震えてためらう美紗生の腕を掴んで引っ立てるようにして道を歩き、1日でも早く診療してやり直そうと、躓きそうな美紗生を容赦のない力で支え自分の家に連れてゆく。

磯波(初恋の男を妹に奪われる運命に耐えて、別の男と一緒になる女の気持)

 奈津のとこに妹の五月がいつものように突然訪ねてきて、奈津の縁談を持ち込んできたが、奈津はあまり興味がなかった。

 五月の夫・直之進は父の門弟であり、奈津は直之進と夫婦になるものだと思っていた。だが、五月の積極的な性格が起因して、直之進は五月と夫婦になった。

 その直後のある日、直之進も奈津のことを忘れることができず一度だけ関係を持った。それから幾年も過ぎたが、奈津の心の中には、いまだに直之進がいた。

 奈津が入替えた茶を飲みながら、五月は、直之進の心の中にはいまだにお姉さんが住んでいるので直之進との夫婦間が回復できない状態になっている事を奈津に話す。

 五月が帰った後、奈津は何か一人の食事も作るのが億劫で何か淋しい気がし、この先ずっとあの方を思い続けて、いったい何になるだろうと思った。そんな気持になるのも、幸福とはいえない五月を見たせいかもしれなかったが、五月が持ってきた縁談相手と会ってみようかと考えていた。

(文章から姉妹の心の姿が理解し難く十分に纏めきれなかった。)

梅雨のなごり(いつか嫁ぎゆく娘の心構え)

 利枝の父、武兵衛は勘定方だが、最近、ひとり、帰りが遅い。新しい藩主を迎えるに当たって何やら仕事が立て込んでいるらしいが、母・つやは父の体を心配している。母の気がかりは利枝のものにもなっていた。

 ある日、いつものように利枝の家に来て、ちびちびと飲んでいる伯父の大手小市が、酔って帰ってきた兄の恭助を叱り飛ばした。

 藩の不正や怠慢を糾弾し腐敗を一掃して、財政を立て直すため、監察組が組織され、城の一室で警護のもの付いて、再吟味しているが、その中の一人に父が選ばれているのだ。身に覚えがある重役は戦々恐々として手段を選ばず監察に手を回し罪を逃れようとするだろうと言う。

 そして、恭助に酒を誰かに馳走になっていないかと尋ねる。恭助は中老の遠縁にあたる須田千之介がいて、暴漢に襲われたところを助けてもらい二両の借金をしている事を伝えた。

 小市は大事なことなので、自分が処置してやると言って、借金を返してきた。

 監察の仕事も終わり、役替えも進んで、父の仕事も一段落し加増も受けた。

 そんなある日、利枝は、街中で須田が小市に勝負を仕掛け須田は死亡した。小市は大目付に届け出にいった。

 利枝は急ぎ帰宅して、その事をつやに知らせる。

 つやは、小市は貧しい家に嫁いだ妹の事が心配で、ぶらりと家に来ていたので、今度の事も汚れ役を買って出た挙句、人を斬ってしまった、私達の用心が足りなかったのだと言う。

 利枝は、辛い時は父のように辛抱すればどうにかなるという気持と、用心を怠れば何時どうなるか知れないという気持があって、どちらも大切だが、母のように小さな気がかりを重ねてゆくのが、女の用心だろうかとも思うのだった。

 

 

 

 

 

 

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墓参!!ー440回ー

2010-03-23 09:12:08 | 日記・エッセイ・コラム

Haka004

昨日は素晴らしい晴天でもあって、先週土曜に行く予定だった墓参に行って来た。

墓参といっても、写真のお寺の中にある納骨堂というか納骨のアパートと言ったほうがぴったりのお墓にお彼岸のお参りに行って来た。

車で横付けになり行き易いものだから、今年は正月と先日長男が出張で立寄った時とすでに三回の墓参となった。

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帰りに書店に寄ったら、ブックランキングの3位に「まんまこと」と面白い作品が目につき、中味を見ると漫画家出身で新人のようだったので、またまたつい手が出てしまった。

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「武家用心集」を読み終えて-1-!!

2010-03-22 09:26:19 | 読書

乙川優三郎の中山義秀文学賞受賞作品の八編の短編時代小説。

(解説文から)「乙川の小説は、人間の心の最も奥底に潜んでいる感情ないし情緒に形を与え、日本語の繊細な調べに乗せることが目的ではないだろうか。乙川の時代小説では作中人物に託された士道や婦道、煎じ詰めれば人間の心の姿、より良く生きる姿が突き詰められている。」

心の姿の表現にいつも心から感心させられるが、そのため今回も各短編の纏めの中に小説の文章を引用しているので思わず長文になりすぎたので、二回に分けて投稿する事にした。

田蔵田半右衛門(叶えられる望みも八分で良しとしろ)

 田蔵田半右衛門と蔑称されている倉田半右衛門は、八年前に、自分の不注意から捕り方に刀をぬき峰打ちをするはめになり、処分を受け俸禄も半分以下になり役目も植木奉行になった。

 釣りから帰ると、来宅していた兄の勇蔵から、家老の大須賀十郎が藩に大金の損失を負わせたので誅殺するよう月番家老を通じて藩主から内命を受けた。そこでお前が受命して昔の汚名を雪げと言われた。

 半右衛門は友人二人に大須賀家老の評判を聞いたが、兄から聞いた話とは全く反対だった。自分でも、大須賀が妾宅から出てくるところを物を落として大須賀家老の人物を調べてみたが、友人の話と同じだった。

 半右衛門は兄の命令に服しないことにし、妻や子供にも自分の信ずる道を歩く決意を明らかにした。

 ある夜、大須賀家老が妾宅といわれていた母の家を出てすぐに数人の武士に襲われた。そこへ半右衛門が助勢に入った。大須賀家老の腕は確かなもので襲ったものはすべて斬られた。

 不正は全く反対で筆頭家老や月番家老が不正を働いていたのだ。

 半右衛門は倍以上に加増され、郡奉行に戻れと勧められたが、自分が役職に復帰すれば、そのために今までの役職者を押し退けることになるだろうと辞退した。

 そして、改めて自分のように慌て者は望みの少し手前で暮らすほうがいいのだと思うのだった。

しずれの音(老母を介護する娘の反省、自分が難儀なものは他人も難儀)

 母・吉江は寿々を連れて二戸佐三郎の後妻に入った。佐三郎は先妻の子の錬四郎と二人暮らしだった。佐三郎は吉江と一緒になってすぐに死亡した。

 母は日傭取りまでして、錬四郎に武村家から嫁・房を貰い、寿々を内藤家に嫁がせたが、母は間もなく体調を悪くした。

 寿々は時々は1日かけて母の世話をして帰っていたが、ある時、錬四郎から房が体調を悪くして実家に帰っており、房の体調を心配して実家から離縁の話も出ているので、一ヶ月でよいから寿々の手元で母の面倒を見てくれと言われ、主人の周助の許しを得て、母を連れ帰った。

 一ヵ月半が過ぎたので、房に掛け合ったところ寿々の希望で引き取り期限などは聞いていないとの事だったので、周助が竹村家に仲裁を願ったら、離縁の話なんかしていなく、まもなく錬四郎の話を持ってきた。

 房が身ごもったので、必要な費用は届けるから一年間だけ続けて母の面倒を見てくれとのことだった。

 結局、周助達も折れて、一年が過ぎた。

 ある時、錬四郎から内藤家と義絶すると伝えてきた。周助が刀を掴んで怒りを発散しているのを母が見て、殿御が命をかける事でない、自分が二戸家に戻るので支度をしてくれと言い出した。

 雪の中を、寿々は、兄や嫂の薄情に腹を立てながら、母親を荷車に積んで二戸家に行く途中で、枝に積もった雪が落ちる音が、人でなしと言ったようで、はっとした。

 最初の一ヶ月といった軽い気持の中に、人一人の余生を預かる大変さとその覚悟が足りなかったことを改めて知らされ反省し、寿々は来た道を引き返した。

 遠くのほうから、こちらへ走ってくる夫を見つけた。側まで来た時に夫からわしが代わろうと言われた時、寿々の目に涙が溢れ出て仕方がなかった。

九月の瓜(人間は上ばかり見ないで、自分を見つめて生きろ)

 宇野太左衛門はやっと勘定奉行になったが、隠居の日も見えてきた年齢に差し掛かっている。

 姪の婿入り祝言で桜井捨蔵の息子を見て、昔の記憶が甦った。それは政変があったときのことである。

 捨蔵とは二人で酒を酌み交わす仲だったが、この政変のなかで、上司の組頭から、吟味役の聞き取りに際して、捨蔵は罷免された重役に近い人間と思うのでそのように答えろと言われ、その後の捨蔵の境涯は恵まれず早く隠居した。

 太左衛門は競争相手が減ってすんなりと組頭に昇進し、勘定奉行にまで昇り、望みどおりの充実した人生を送ってきた。太左衛門は今となって政変のときの事を捨蔵に侘びを言いたくなっていた。

 太左衛門は、その前に捨蔵の息子の役立つ事があればと上司に当たる妹の婿に会いに行ったが留守で、姪の婿の得三郎がいた。

 捨蔵も婿養子だったこともあったので、得三郎に今の心のうちの状態について尋ねた。

 得三郎は部屋住みの時は他人や社会を妬んでいたが、今の生活の幸せを思ったとき、人生が終わるまで妬む心は持ちたくないと思うと言われ、太左衛門はいい話を聞いた心をそのままもっておきたく家路についた。

 暫くしたある日、太左衛門は捨蔵を訪ねた。捨蔵は、早く隠居ができて重い病気の家内の面倒を見てやり、家内は2年ほど長生きしてよい別れができた、今は幸せだと言う。

 太左衛門が政変の時の事を詫びると、今は興味ない話だし、迷惑な話だ、しかし、会えて嬉しいと言われた。

 太左衛門は、捨蔵に貰った九月の瓜を背に、負けたなと思ったが、言葉ほど悔しくなく、むしろ心地よい気分だった。

邯鄲(灯台下暗し、初めて気づく愛していた女の存在)

 津島輔四郎は女中のあまとの二人暮らしだが、あまは14歳で奉公に来て6年がたっていて、近所の付き合いを含めて家事一切を任されているし、虫の音を真似ることが出来て、輔四郎の心の中に季節の移り変わりを告げるほどである。

 そのため、輔四郎は平穏に暮らしてきて、あまに感謝している。

 ある日、家老の用人が来て、藩主の密命なので忍びの頭・谷川次郎太夫を斬れとのことだった。理由は中老を暗殺したからだという。

 輔四郎は腕に自信がないが、逆らうわけにいかず、死を覚悟に従う事にした。

 しかし、あまのことが気になり、身の振り方を考えて十分考えてやるというと、あまは主の供をするのが奉公人の務めだと言い張り、奉公前に自分は生きるためのぎりぎりのことを経験してきたので今は運命のおまけだと言う。そして、最後はお供はしないが此処で帰りを待っているから、とにかく無事に帰ることを考えてくれと願う。

 谷川との死闘の果てに、谷川が息を引き取る前に、中老の暗殺も家老の命令だから、いずれ貴様も誰かに暗殺されるだろうと言われた。

 傷を負った身で、次は自分かと国外に逃れるため、城下の村外れまで来たとき、不意にあたりの草むらからの虫の音に呼び止められた気がした。

 はっとした。生きることを教えてくれ、疲れを癒してくれた、あまが森閑とした家でおれを案じているのだと思うと自分に腹が立ち情けなくなった。

 これほど身近に妻に相応しい人がいることに、どうして今日まで気付かなかったのか。そのじっと待っている女に帰ったと言ってやりたい。

 家老の陰謀に立ち向かうのも、谷川の配下が待つとこに行くのも無謀に違いないが、生きる力が湧いてきて、輔四郎は襷を掛け直し、踵を返して歩き出した。

 そして、何としても一人の男として、女心に気づかなかったことを詫びたいのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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花も誕生日!!

2010-03-21 10:43:45 | 日記・エッセイ・コラム

                                                                                                 

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Momo2206 

  昨日は私の誕生日だった。

 桃の花も木瓜の花も同じ日に待っていてくれたように綺麗に咲いた。

 例えが適当かどうかは別にして、私から見れば、桃の花は若い女性、木瓜の花は年配の女性のように見えるので、多くの方から祝福を受けているようだ。

 今日の桃の花は大半が満開に咲いていた。願わくば、これらの花も少しでも長生きしてくれればと思っている。

                                                   

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