T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

[ 「天皇の料理番」文庫本の購入 ] 5/29・金曜(晴)

2015-05-29 13:10:12 | 日記・エッセイ・コラム

 直木賞受賞作家、杉森久英の作品。

 今、TBSテレビ60周年特別企画の日曜劇場でドラマ化されている。

 これだけでなく、TBSで1980年と1993年にもテレビ化されていた。

 そんなことから購入した。1979年発刊されたものである。

 古い本なので、どうかと思うが、とにかく読んでみることにする。

 心を打たれたらブログに投稿する予定。

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[ 「ささやく河」を読み終えてー5/5- ] 5/26・火曜(晴)

2015-05-26 11:22:04 | 読書

◇殺意

 幸右衛門は、自身番の雇人に今夜の当番を与八店の大家の重五郎に頼んできてくれと言って、その日の夕方、かかりつけの医者を訪ねた。薬を貰い外に出て二の橋の上でいつもの様に立ち留まった。

 月の光が河を照らしており、川波が月の光を浴びて戯れあうようにきらめき、岸を打つ波が人の囁きに似た物音を伝えてくるのを、幸右衛門は無表情に眺めてから橋を渡った。

 5年前、この橋の上で河の音を聞いた真っ暗な夜だったと、幸右衛門は、妻子の命を奪った男達に対する激しい殺意を抑えかねた夜のことをまだ克明に覚えていた。

 その年、幸右衛門は体の不調に苦しんでいて、身体も痩せていくので、医者に診てもらうと、腹部に腫物ができていて余命3年と言われた。その3日後の夜、薬を取りに出かけようとして居間の前を通ると、女房のおたみと息子の徳之助が、徳之助の祝言の話をしていて、おとっつあんが生きているうちと死んでしまってからじゃ、重味が違ってくるとか、おとっつあんが承知しないときは少し待てばいいじゃないかと、幸右衛門が全く知らされていない話をしていた。おたみに病の話をしていたのは失敗だったと思いながら、陽との死についてなんとも思っていない驚きに忌まわしい場所から逃げ出すように表に出た。二の橋を渡りながら囁きかけるような河音が聞こえ、虚しい物思いにとらわれた。

 おたみと新しい所帯を持ったのは、妻子をなくして1年半ほど経った頃だった。おたみのサバサバした明るい気性の女の所為もあり、過去を振り向くまいと心に誓った。それからは、せめて妻子を殺した人でなしの男たちの名前だけは知りたいものだと、時折相生町の岡っ引を訪ねたこともあったが、夫婦で商売に励み、20年経った。

 しかし、幸右衛門は、今、目の前に広がる闇のように黒い虚無の想いが胸の中にしっかりと根を下ろしたのを感じた。俺の一生は何だったのかと思った。懸命に働き店を持つ商人になった今の暮らしも、その前の憐れな親子との5年の暮らしも失敗だったのだ。俺の一生は殺された親子と一緒に息の根を止められたのだと思ったとき、幸右衛門は静かな怒りが胸に忍び込んできたのを感じた。

 そんなある日、幸右衛門はやりたいことといえば男達を死出の旅の道連れにしてやるぐらいしかないことに思い当たったのである。心が決まると精力的にすべての準備を整え、徳之助が20歳になるのを待って隠居して深川西町に移った。

 幸右衛門は隠居屋を出て、亀井町の路地を曲ってある裏店の中の一軒の家の前で戸を開けた。顔を出したのは畳職人の作次だった。作次が3人目が鳥蔵だってことは間違いないんですねと問うと、船宿の平作で彦三郎と話していることを聞いたと幸右衛門は答えた。

◇三人目の夜

 伊之助は、森下町北組の自身番に石塚から呼ばれ、石塚から、御赦免願いを細工して長六を島から呼び戻したのは和泉屋の隠居の幸右衛門で、三笠屋の胡散臭い客もその男だし、隠居は若い時分に押し込みの盗人に子供を殺されたと、動機は揃っているのになぜ引っ張らないと言われ、伊之助は、殺しの現場を三笠屋の女中は見てなく、幸右衛門が殺したところを誰も見てないので引っ張ることを渋ったと、思いを話した。

 石塚は、今夜は金蔵が隠居を見張っているなら、明日朝ここに連れて来いと言って外に出たところに、金蔵が来て、幸右衛門がいつの間にか自身番から姿を消していたと言って来た。

 伊之助も多三郎も、幸右衛門は鳥蔵が外に出たところを狙って襲ってくるだろうと言うことで見方が一致し、鳥蔵を重点的に見張ることにした。

 伊之助は、鳥蔵が路地から出てきたのを見つけて、庄助と後を追った。途中、賭場の近くの夜鷹蕎麦に数人の客が座り込んでいたので、庄助が確かめてみましょうかと言ったが、いいだろうと伊之助が言った。しかし、実際は幸右衛門と作次はそこに潜んで待ち伏せていたのだった。

 鳥蔵を追って伊之助は賭場に入って、鳥蔵を見張っていたら圭太を見つけた。その時、この後は金張りの勝負になると言って、賭場の男が圭太のような素人を外に出そうとして絡み合いになり、伊之助は圭太を助けるうちに鳥蔵を見失い、外で待っていた庄助一人が後をつけたが、作次に掴まってもみ合いになった。そこに伊之助が来て、庄助が指差す方向に鳥蔵を追った。

 しばらく走ると、人が二人斃れているのが見えた。鳥蔵が多量の血を流して死んでいた。手には匕首を握っていた。幸右衛門は微かに息があり、伊之助が作次は人を殺しているかと尋ねると首を振った。伊之助が、女房と子供の仇を討ったのだなと尋ねると、笑った顔をしてすぐ息を絶えた。

 それから3日目の夕方、石塚と伊之助は山城屋を訪ねた。伊之助が鳥蔵と言えば分るでしょう、あんたを脅しに来ていた、あの白髪の男が殺されましたと言うと、暫くして山城屋はすすり泣いた。長い間の恐怖から、今ゆっくりと解放されつつあるのが分かった。

 伊之助は山城屋に、蔵吉が刺殺されたあの晩のほんとの話をしてくれと言うと、鳥蔵のほんとの名前は与四郎といい、元奉公人でわけもなく店を辞めそのまま消息が絶えていて、与四郎が押し込み強盗の一人でいたことを蔵吉に見つけられ、今夜のことを外に漏らせば一家皆殺しにすると、その後執拗に脅かし続けられたのだと答えてくれた。

                                 (終)

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[ サラリーマン川柳から ] 5/26・火曜(晴)

2015-05-26 08:53:16 | 日記・エッセイ・コラム

 第一生命保険が25日発表した

    投票制による「第28回サラリーマン川柳コンクール」のベスト10

 4位に → 壁ドンを 妻にやったら 平手打ち

 9位に → ひどい妻 寝ている俺に ファブリーズ

 とあったが、「壁ドン」と「ファブリーズ」の言葉の意味が分からずに、

 自分の生活範囲の狭さに情けなくなった。

 急いでインターネットで調べてひと安心。

 ちなみに、10位に → 充電器 あったらいいな 人間用

 いま思いついた川柳1つ → アレアレと 時間を置いて コレコレよ

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[ 「ささやく河」を読み終えてー4/5ー ] 5/25・月曜(晴)

2015-05-24 16:03:38 | 読書

◇目撃者

 伊之助は、翌日の夕方、石塚から知らされて、彦三郎が殺された柳橋に行き、彦三郎殺しは偶発的なものでなく、やはり先に本所で起きた長六殺しとの繋がりで調べるべき事件だろうと思われた。

 伊之助は、石塚に、押し込み強盗に関わった岡っ引の嘉助が亡くなっていたこと、それと盗人を見た女の人が見つかったことを報告し、その人に会いたいが、その前に、とにかく一度、鳥蔵に会ってみますと告げた。

 伊之助は、富之助に会って、彦三郎が殺された少し前に鳥蔵が会っていることを告げ、、鳥蔵がやったと思っていないので、鳥蔵の家を俺に教えることが鳥蔵のためだし、もし断っても自身番に引っ張られて疑われるばかりだと言って、富之助に、鳥蔵の家に同行してもらう。

 鳥蔵の家は、霊厳寺の裏門前の町屋にあった。伊之助が鳥蔵に尋ねると、鳥蔵は彦三郎と一緒だったことは認めたが、殺しはやっていないと言った。その対応で伊之助が感じたのは、鳥蔵は、次は自分ではないかと怯えているようで、鳥蔵が3人組の一人であることを白状したようなものだった。

 翌朝、伊之助は目撃者の桶屋のおしまの家を訪ねた。

 おしまの話では、駿河屋のおかみさんから夕方に豆腐を買ってくるように言われ、河岸通りまで戻ってくると、2人が頬かむりした変な3人が走ってきたので、軒下に隠れていた。その後ろ姿を見ているときに、大変なことが起こって大騒ぎになった。

 橋の上で、四つぐらいになる女の子が、変な男達に邪魔だと川に投げ込まれたのです。後ろから半狂乱になった女の声が聞こえ、橋のほうに走って行きました。女の子は、町の人が川を探してその死体を見つけました。それから三月ほどして今度は母親が身を投げて死んだとのことでした。

 伊之助が、父親の名を覚えているかと尋ねると、通い勤めをしていた幸七と言ったと思う。自身番で聞いたら名前が分かるはずだが、今は何処かに引っ越したと聞いている。女房、子供をいっぺんになくしちゃ、いたたまれなかったんじゃないですかと言った。

◇ひとの行方

 伊之助は、早速、帰りに4丁目の番屋により、大家の徳助から、名前は幸七に間違いなく、近江屋という糸問屋の通い手代だったことが分かった。しかし、近江屋が潰れて奉公人の行方も分からなくなっていた。

 伊之助から報告を聞いた石塚は、仮に幸七が犯人だとして、幸七が、長六や彦三郎が押し込みの一味じゃないかという話を何処から仕入れたのか、なぜ今頃になって続けさまに人殺しを始めたのか謎だと言われた。

 多三郎たちも帰ってきて、山城屋の引っ越し先と、山城屋の奉公人で殺された手代・蔵吉の身内が分かったと言って、石塚に知らせた。蔵吉の身内は弟の作次といい、富沢町の畳屋で職人をしているとのことだった。

 伊之助は、山城屋を尋ね、今の旦那の若旦那に会っていろいろと質問した。山城屋は"臆病な貝そのままに開けた戸を隙あらば閉めようと"何かを隠そうとしていることを感じた。 盗人が入ってきたときの様子、蔵吉が刺された時のこと、小僧の栄助が怪我をした時のこと、が言うたびに違っていた。4回もなぜ店を引越ししたのか、何か恐怖を感じているためのように思えた。

 帰りに向かいの鍛冶屋の主人に訊ねると、案の定、1年1回、夜遅く尋ねる男がいて、山城屋が戸を開けるまで、いつまでも外から戸を叩いていたと、何か脅かしを受けているのでないかと話てくれた。その男は50は過ぎていて髪が真っ白だったと言った。

 伊之助は、鳥蔵だと思って一瞬、背筋に寒気が走ったのを感じた。鳥蔵は20年余り喋ればこうなるのだと耳元で恐ろしいことを囁き脅し続けていたのだろう。

 伊之助は、これでは、怪我をした栄助を探すほうが早いと思った。

◇浮かんだ顔

 庄助に聞いてきた作次がいる畳屋はすぐ判った。

 伊之助は仕事が終わった作次に、蕎麦屋で話を聞こうと言うと、妻子が帰りを待っているとのことだったので、ゆっくり歩きながら兄の蔵吉のことを尋ねた。押し込みの中に兄さんが顔を知っていた男がいたとかいうことを誰かに聞かなかったか。怪我をした小僧の栄助さんに会ったことがあるか。蔵吉さんは手代になって家に戻ってきていたかと。作次は陽気な声色で笑顔でよく知らないのだと答えてくれた。

 伊之助は、兄が殺されているのに、あまり陽気でなので、本来の性質を隠しているのではないかと思った。それで、後戻りして、居残りしていた他の職人に、そっと聞いてみたら、独身だし、下っ引をしているので、みなが一目置いているとの返事だった。

 作次を使っている岡っ引が、伊之助が知合いの清吉だということで、作次がとくに怪しいとは思わなかったが、清吉の家に回ってみた。

 庄助が居て、清吉に幸七のことを尋ねているところだった。その幸七を清吉が知っていたのだ。名前も幸右衛門といって今は隠居して深川にいるとのことだった。伊之助は衝撃を受けた。深川西町の大家をしている人なんだ。同一人だということが分かった。

 伊之助は二つの殺しに関連して、最も疑わしい男の顔が浮かび上がってきたのを感じた。

◇人間の闇

 伊之助は庄助と左官の勘助を訪ねた。長六が死んだことを知っているかと伊之助が尋ねると、知っている、殺されたことも、共に後から知らされたと言う。作兵衛店の大家さんも遠縁ということを知っていたのにと言うと、長六と喧嘩別れをしたのをしているからねと言った。引き取ってくれと言われても断ったでしょう、御赦免願いを出して島から呼び返してやったのに、我々を裏店から追い出した男ですからと言う。

 その御赦免のことを伊之助が詳しく聞くと、長六の母親は我々が引っ越す5、6年前に死んでいて、空き家になっていて安くするからと大家の幸右衛門に言われて引っ越ししてきて、御赦免のことは何も知らずに大家さんが書いた書類に爪印を押しただけだと言った。

 庄助は、幸右衛門は和泉屋という立派な糸屋になって、どうして今頃になって人殺しに気を入れ出したのだろうと不思議がっていた。伊之助は確かにもう少し幸右衛門のことを調べたいから手伝ってくれと庄助に頼んだ。

 3日後の夕方、庄助と落ち合って、庄助には他の調べを頼み、伊之助は独りで作兵衛店の元の大家の六兵衛に会った。長六のことを聞くと、子供の頃からどうにもならない悪で、島流しになったときの御赦免の話については母親から断られたとのことだった。また、独り暮らしで働けなくなっても、家賃も入れ、薬も貰ったりしていたが、私だけには内緒で長六が残していったものだと打ち明けてくれたと話してくれた。

 伊之助は話を変えて、幸右衛門に差配の仕事を変えられた事情を訊きたいと言うと、不意打ちを食らった気持で、事情は地主の上総屋さんか幸右衛門さんのほうにあったのではないか、幸右衛門さんを作兵衛店の大家にしなければならない事情があったのでしょうと言う。

 近くの蕎麦屋で庄助が調べたことを聞いた。幸右衛門が言っていた長六が喧嘩口論をしていたと言う話は、誰も見た者がいなかったと知らされた。伊之助は幸右衛門が少し怪しい陰を付きまとわせておく方が自然だと考えたのだろうと思った。

 そして、庄助から拾いものの話を聞かされた。それは、庄助が幸右衛門の息子の和泉屋の若旦那と話をしていたとき、若旦那から、作次が和泉屋によく出入りして、幸右衛門と翌ないしょ話をしているとのことだった。

 もう一つ付き合ってくれと、三笠屋に向かった。長六と彦三郎が会ったときに隣りの部屋にいた男が幸右衛門だったか、おきみに首実検をしてもらいたいのだと言う。

 後日、自身番から出入りする幸右衛門を見てもらうと、おきみが間違いないと言った。

 これで、幸右衛門が長六を殺したことに、まず間違いないと思ったが、なぜ今頃になって復讐を思い立ったかはまだわからなかった。しかし、覗いても見えない深い闇が幸右衛門という人間にあるのを伊之助は感じた。

                               (次章に続く)

 

 

 

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[ 素晴らしい95戦目の1勝 ] 5/24・日曜

2015-05-24 15:15:11 | 日記・エッセイ・コラム

東京六大学野球で、東大が95戦目に1勝した。

或る新聞には「東大 94連敗でストップ」とあった。

事実は事実だが、これでは、東大にチョット失礼だ。

95回戦ってついに勝利をもぎ取った。喜ばしいことだ。

涙を流すファンも多かっただろう。

人生においても学ぶべきことだ。 

人生は幾つになっても挑戦だ」、この言葉がぴったりと思う。

法政も懸命に戦った。今年の法政は強いと思っていたが、まさかのことはある。

人生にもこんなことは何回もあることだと言うことを学んでください。

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