T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

1512話 「 三日坊主の常用日記  」 6/30・土曜(曇) 

2018-06-30 16:41:25 | 日記・エッセイ・コラム

                                          

 無職になって、私は書店で購入した色々の日記帳を一年間使い切ったことがない。

 それに引き換え、

家計簿と健康データ簿(気温、外出行先、外出時歩数、血圧-起床時・15時-、体重)は

数年続いている。

 それで、次のように事項別に記載するようにしたものをテレビで教えてもらった。

 ◎ 新聞一面のNEWS

 ◎ 知り得た知識

  例) 前日に明日の計画を立てる

   「教養と教育」→「今日用と今日行く」

 ◎ 常外行動・事柄

  例) 墓参 or 半日ドッグ or 今年初の熱帯夜

 ◎ 失敗したこと

  例) 就寝前の水回り整理を忘れた

 ◎ 褒められたこと(自分で褒めてよいこともOK)

 ◎ 明日から頑張ること

  例) 水回り整理に指差し呼称

 毎日記載しなくてもよいが、できるだけ即座に、または一日のことを思い出して、

 一項目でも簡単に記載する → だから続けられそうだ。

 Excel 1ブック1か月分、後日見てもすぐ判るのも良いことだ。                            

 これで三種の神器でないが、家計簿、健康データ記録帳、六項目一行生活記録簿

 三種のPC,Excel日記が揃ったことになるので、

 明日7月から実行したいと思っている

 

 

 

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1511話 [ 「闇の歯車」を読み終えて -19/19- ] 6/28・木曜(晴・曇)

2018-06-27 10:26:12 | 読書

「あらすじ」

「ちぎりた鎖」

 (動かなくなった闇の歯車。佐之助は小さい金でおくみと暮らすことに。二人に幸せが)

 ―――きえは、少し変わったな。

 暗い町を歩きながら佐之助はさっき別れてきた女(きえ)のことを考えていた。もう、小心で怯えやすい女ではなかった。伊兵衛からきえをかばってやるつもりが、かばわれたのは佐之助のほうかも知れなかった。きえは、同心に佐之助のことを訊かれて、違うと答えたが、伊兵衛の前でそういうには勇気が必要だったはずだ。伊兵衛が、いやその男はあのときの相棒だと言えば、きえは一貫して伊兵衛の言い分を否定しなければならない。それだけの腹を決めなければ、あの答弁は出来なかったはずだと佐之助は思った。

 ―――近江屋の息子とうまくいっているのだ。

 佐之助は、幾分妬ましい気分でそう思った。

 ―――さて、金はどうなる ?

 佐之助は足を早めた。そのことを、おかめの親爺に確かめてみようと思ったのである。

 おかめはがらんとして、親爺一人が所在なげに店に腰かけて、山芋の皮をむいていた。佐之助はいつもの隅の席に行った。

 酒を運んできた親爺に、佐之助は低い声で言った。

「伊兵衛が捕まったぜ」

 親爺は呆然と佐之助を見つめた。

「ほんとうだ。この眼で見てきた」

「………」

「ところで、金はどうなるんだね。あんた、あり場所を知らないか」

 親爺は首を振った。

「知りませんな。あの人が言うはずがありませんよ。そういうことわかるでしょ」

 そう言われると、親爺が言うとおりだという気がした。

「すると、ただ働きをしたというわけだ」

「でも、あんたは運がいいほうかもしれませんよ」

 佐之助が差し出した銚子を受けて盃をなめながら親爺が言った。

「浪人さんは果たし合いをして、共に死んだそうですよ。そして、仙太郎といった若い衆は付き合っていた女に殺されたそうです。それと、あの白髪の爺さんは中風になり、ぼけてしまったようです。金のことは忘れちまったかもしれませんな」

「………」

 すると、五人の男たちが、人の知らない闇の中で回し続けてきた歯車が、これでぴたりと止まったのだ。歯車は俺一人では動かない。佐之助は沈黙したが、次に不意に腹の底から笑いがつきあげてくるのを感じた。なんという運のない、情けない連中なのだと、昔の仲間の顔を一人一人思い浮かべながら、佐之助は笑った。

 店を出てから佐之助はひどく酔っているのに気がついた。夜道を飲めるように歩いた。

 あの連中と、二度と顔を合わせることはないのだと思った。すると、取り残されたような寂寥が胸を満たしてくるようだった。知っている奴がみんないなくなりやがった。連中も、きえも、おくみも、と思った。

 黒江町の裏店の土間に、佐之助はのめり込んだ。すると障子が開いて、柔らかい手が佐之助を助け起こそうとした。

「おや、おめえは誰だい ? 」

 佐之助は首をもたげた。すると暗い光の中に、女の姿が眼に入った。女は佐之助を引っ張りあげながら、くすくす笑った。

「上がってくださいな。そうすればわかりますから」

「おや、その声はおくみだな」

 と佐之助は言った。女は佐之助があんなに探しても見つからなかったおくみだった。

「おめえ、いつ帰ってきたんだ」

「今日の昼」

 佐之助は崩れるように畳に腰をおろした。

「いま、お茶出しますから」

「まあいい、坐れよ」

 佐之助は女を見た。おくみは瞬きもしないで、佐之助を見つめている。佐之助は女の手を引き寄せた。すると小柄なおくみの身体は、畳をすべって佐之助に倒れかかってきた。女の頸に顔を埋めると、いい匂いがした。

「おめえ、ほんとにおくみか」

「ええ、そうよ」

「ほんとのおくみだったら、乳に触らせろ」

 おくみは答えなかったが、黙って襟をくつろげると、佐之助の手を胸の奥にみちびいた。佐之助の手は、柔らかい隆起を掴んでいた。奥村を訪ねた朝、明け方の光の中に浮かんだ二つの乳房が眼の奥に浮かんだ。安堵感が佐之助の胸を満たした。

 ―――このあたたか味を頼りに、生きるのだ。

 と思った。日雇いでも何でもいい。世間の表に出してもらって、まともに働き、小さな金をもらって暮らすのだ。

「もう、どこにも行くな」

 佐之助が言うと、おくみは「ええ」と言い、佐之助の手を押さえて、重い乳房を押しつけてきた。

           終

 

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1510話 [ 「闇の歯車」を読み終えて -18/19- ] 6/27・水曜(晴・曇)

2018-06-26 12:24:41 | 読書

「あらすじ」

「ちぎれた鎖」

 (きえが囮になり、伊兵衛は掴まる。佐之助はきえと伊兵衛の嘘で助かる)

 十日ばかり、佐之助は一歩も外へ出ず家の中に閉じこもっていた。しかし、何事も起こらなかった。佐之助はほっとした。結局、きえは何も言わなかったのだ、と思った。

 だが、すぐに別の心配が心をしめていた。伊兵衛が、きえをそのままにしておくはずはないと思えたのである。

                           

 佐之助は町に出て、伊兵衛の動きを探った。そして、ある夕方、思った通り伊兵衛が近江屋の様子を窺っているのを突きとめたのである。伊兵衛がきえを狙っていることは明らかだった。伊兵衛がきえに手出しするようであれば、邪魔してやるしかないと佐之助は思った。

 だが、きえは佐之助に言われたとおり、用心していると見えて、外に姿を見せなかった。ただ、佐之助に言われてそうしているのではないことが、間もなくわかった。伊兵衛を跟けているうち、ひと眼で奉行所の人間とわかる男たちが、伊兵衛の回りをうろついているのに気づいたのである。佐之助も知っている芝蔵という男もいた。

 ―――きえは、話したのだ。

 と佐之助は思い直した。きえは顔を見たことを話し、奉行所はそれを前から眼を付けている伊兵衛と結びつけた。だから、ああして伊兵衛を跟けまわし、きえには外出を控えさせている。そう思った。

 しかし、それにしては裏店の家に、奉行所の人間がやってこないことが不思議だった。伊兵衛がああして勝手に動き回っているのに、捕まえようとしないことも腑に落ちなかった。 

 ―――話したことは、話したのだ。

 だが、きえは、たとえば一人は黒江町に住む佐之助だったと、はっきり言っていないのだと思った。

 きえを見殺しににすることは出来なかった。それはきえが自分のことを奉行所に喋らないでいてくれるからではなかった。一年ほど同じ家に寝起きした女だからという気持とも少し違っていた。強いて言えば、小心で怯えやすいきえが、伊兵衛のような恐ろしい男につけ狙われているのが哀れだった。

                               

 伊兵衛は、海辺大工町のほうに歩いて行く。少し肩を丸め加減に、小幅な足運びでただの商人としか見えない後ろ姿だった。

 漠然とした不安が、佐之助を包みはじめていた。その理由がわかっている。いつもなら、このあたりまでくると、どこからか手先ふうの男が現われて、それとなく伊兵衛を跟けはじめるのである。ところがその男たちの姿が見えなかった。佐之助は胸騒ぎがした。奉行所が警戒を解いたとしか思われなかった。伊兵衛は野放しにされていた。

 不意に伊兵衛が立ち止まった。佐之助も立ち止まった。そしてすぐに、伊兵衛がなぜ足を止めたが分かった。向こうからきえが歩いてくる。逆光で、きえの姿は黒く見えたが間違いなかった。

 一度立ち止まった伊兵衛が、ゆっくりきえに近づいていく。佐之助走り出した。伊兵衛ときえが擦れ違おうとしたとき、佐之助は間に飛び込んで、きえを突き飛ばした。瞬間、匕首のようなもので袖を斬られたのを感じた。振りむくゆとりがなく、佐之助は倒れたきえの上から覆いかぶさった。

 後ろから背を刺されるかと思ったが、そういうことはなく、そのかわり背後に突然に怒号と格闘の音が起こった。

 身体を起して佐之助が振りむくと、二間ほど先の地面から、捕縄をかけられた伊兵衛が引き起こされるところだった。

 そばに奉行所の同心と、芝蔵という岡っ引、それに手先らしい男たちがいる。その男たちが、どこから出てきたのか、佐之助にはわからなかった。

「ちょっと女中さん、この男を見てくれ」

 同心が気さくな口調できえを呼んだ。すると佐之助の後から、きえが前に出て行った。きえは囮だったのだ。

「この間、あんたが見たというのはこの男かね」

 きえが、「はい」と答える声がした。

「伊兵衛、年貢の納め時のようだな。動かぬ証拠がこれだ」

 同心は手に持っていた匕首で、ひろげた片方の掌をぴたぴたと叩いた。

 佐之助は、そっと人垣に紛れようとした。するとその背に、同心がおい待て、と言った。

「お前は女中を助けようとしたようだが、知り合いか」

「いえ、ただの通りがかりのものです」

 名前は問われ、佐之助は、

「佐之助と申します。黒江町の甚之助店で」と答える。

「女中さん」

 同心は、今度はきえに言った。

「お前さんが見た、若い男というのは、その男じゃあるまいな」

 きえは、ちらと顔をあげて佐之助を見た。それから、小さいがはっきりとした声で、

「違います」と言った。

 同心は縛られている伊兵衛を振りむいた。

「お前はこの男を知らないか」

 伊兵衛は無表情に佐之助を見た。石ころを見るような眼だった。佐之助はじっとり汗がにじむのを感じ、身体がこわばったが、伊兵衛はそっけなく首を振った。

「知らねえ奴でさ」

「そうか。いや、町人」

 同心は表情を崩し、白い歯を見せた。

「手間かけたな。引きとっていいぜ」

 奉行所の人間が伊兵衛を引き立てて行ってしまうと、あとに佐之助ときえが残された。

「おめえのことが心配でな。あいつを見張っていたのだ」

 佐之助が言うと、きえはすみません、と言った。俯いている髪から、油のいい匂いがした。その匂いが女と過ごした遠い日を思い出させ、佐之助を少し感傷に誘った。

「しかし驚いたぜ」

 佐之助は非難するように言った。

「囮役を引き受けるなんて、無茶だぜ。まかり間違えば刺されている」

 じっさい佐之助は、そのことでまだ驚きがさめなかった。

「でもそうしないとお金が戻りませんから」

「金なんぞ、どうでもいいじゃねえか。よその家の話だ。女中で勤めている間のことだろう ? 辞めちまえば関わりねえものを」

「違うんですよ」

 きえは、俯いたまま小さな声で言った。

近江屋の嫁に、と話しが決まっているんです。だからお金が戻って来ないと、あたしも困るんです」

       「七」に続く

 

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1509話 [ 「闇の歯車」を読み終えて -17/19- ] 6/26・火曜(晴・曇)

2018-06-25 13:47:25 | 読書

「あらすじ」

「ちぎれた鎖」

  (弥十は孫を人攫いから助けようとして刺され、中風になる)

「団子喰いに行くか、団子」

 孫のおはるの手を引いて家を出ると、屋十は言った。ぉはるは喜んで弥十の手を引っぱった。

 二人はいつものように、三十三間堂の境内に入っていった。時刻は七ツ(午後四時)過ぎで境内はひっそりしていた。

 弥十はおはるを呼び止めて茶屋に入り、団子を注文した。おはると弥十が団子を食っていると、男が一人入ってきて、やはり団子を注文した。

 五十過ぎの無精髭の濃い親爺でかなりくたびれた腹掛け、もも引きで、半天も着ていない。間違いねえや、あの親爺だ、と弥十は思った。

「おい、とっつあん」

 声をかけると、親爺がびっくりしたように振り向いた。

「俺だ。ほら、いつか蛤町のおかめ………」

 と言いかけると、親爺がみんなまで言わせずに頭をさげた。

「ああ、あのときの。あの節はすっかりごちになっちまって」

 親爺は、円い顔にいっぱいに笑みを浮かべる。

「これが、お孫さんで ? 」

 と二人は世間話を始めた。

 ………。

 ―――おや。

 さっきまで店の前にちらちらしていたおはるの姿が見えないのに気づいて、弥十は立ちあがった。男との話が長すぎたようだった。

 そっけない別れの言葉を残して、弥十はそそくさと茶屋を出た。見渡したが、ぉはるはいなかった。

 誰彼かまわずに尋ね廻った。

「その子なら、さっき男の人と一緒に、そこを出て行ったよ」

 若い男は、門を指した。そして首をかしげて言った。

「おかしいな。その子は、あんたの家の子かね」

 弥十は最後まで聞かなかった。顔色を変えて門を走り出た。人攫(さら)いだ、と思った。

 ―――おはる。

 弥十は息を切らして河岸の方に走りながら、心の中で叫んだ。

 ………。

「おい、待て。てめえら」

 後から弥十が怒鳴ると、二人の男はぎょっとしたように弥十を振りむいた。

「やろ ! 」

 おはるの泣き声に胸を刺されて髭男に向かって突進した。

 髭男がおはるを手放したすきに、弥十はおはるを胸に抱きこむと、亀の子のように地面にうずくまった。もう一人の若い男が馬乗りになり、二度ほど匕首を振り下ろした。

「人攫いだ ! 」と弥十は喚いた。だが、身体の下に抱きこんだおはるを手放さなかった。

「おい、人が来たぞ」

 髭男らしい声がそう言った。

 ………。

 弥十は命をとりとめた。おやすが駆けつけ、人々に医者に担ぎこんでもらった。傷は二か所とも深手だったが、手当の早さが弥十を救ったのである。

 ただ、意識が戻ってからも、弥十は物言いが不明瞭だった。ろれつが回らず、何を言っているのか分からない。中風になっていたのだ。

 弥十の頭は半分痺れている。その丈夫なほうの頭に、時おりふっと、伊兵衛からもらうことになっている金のことが浮かんでくることがある。そういうとき、おやすを呼び、その時が来たらもらいに行け、忘れるな、と言い付ける。

 おやすは、弥十がそう言うと、以前は見せたことのない笑顔で、優しく聴きとろうとするのだが、結局、弥十の言うことが理解できない。

 だが、弥十の苛立ちは、ほんのわずかな間だけのものだった。考えはじきに金のことから離れ、弥十の頭にはとりとめのない若い頃の思い出などが浮かんでくる。弥十は何故か陶然として、そういう物思いに身を任せるのである。

         「六」に続く

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1508話 [ 「闇の歯車」を読み終えて -16/19- ] 6/25・月曜(晴)

2018-06-24 12:47:35 | 読書

「あらすじ」

「ちぎれた鎖」

 四 (新関は、伊兵衛が顔を見られたおきえを刺そうとしていると確信し

   おきえを囮として伊兵衛を捕まえる)

「きえの鑑定は、どうだった ? 」

 向かい合うと、すぐに新関は言った。芝蔵は今日、近江屋の女中きえを連れて、昨夜、情報に殺された仙太郎の首実検に行ってきたのである。

「違うそうです」

 と芝蔵は言った。仙太郎は、きえが顔を見た若い男ではなかったのである。

「しかし、もう一人のほうの若い男かも知れんのだがな。近江屋の息子の話によると、もう一人は肥えていたというし、仙太郎と身体つきは合う」

 新関は未練そうに言ったが、むろん証拠があるわけでなく、仙太郎は死んでいて確かめようがない。

「それはそれとして、旦那」

 芝蔵が、身体を乗りだすようにして、声をひそめた。

「野郎の考えがやっとつかめましたぜ」

「伊兵衛か」

「へい」

「どういうこったい ? 今日、奴に会ったのか」

「さいで。それも旦那、驚いたことに野郎は今日、向こうから近づいて来やがったんですぜ」

「………」

 新関は険しい顔をした。そして、よし話してみろと言った。

                             

 仙太郎の死体は、昨夜のうちに兵庫屋に引きとらせたので、芝蔵は五ツ半(午前九時)ごろ、きえを連れて行った。

 棺の中に横たわっていた仙太郎という男は、少なくとも胡乱な匂いのする人間だったのだ。だが、そう思った昨夜、早速に殺されるとは夢にも思わなかったことなのだ。

 そういう思案の中で、芝蔵がひょいと後ろを振り向く気になったのは、やはり岡っ引の勘というものだったかもしれない。芝蔵は人ごみの中に、意外な男の顔を見た。それが芝蔵の注意を惹きつけたものの正体である。男は伊兵衛だったのである。

 伊兵衛は、芝蔵ときえのすぐ後ろにいた。馬道通りは混んでいたが、伊兵衛との間には、五、六人しか人がいなかったようである。芝蔵が振りむくと、ほとんど同時に、伊兵衛の顔がすっと人の陰に隠れた。そして、すぐに町角を曲がった伊兵衛の後ろ姿が見えた。

 伊兵衛の顔を見たとき、芝蔵がとっさにきえをかばう姿勢になったのも、やはり岡っ引の勘だったが、このときに芝蔵にひらめくように理解できたことがあった。

 昨夜、芝蔵は伊兵衛の後を跟けた。何度もまかれそうになったが、ついに伊兵衛の行先を突きとめた。伊兵衛が行ったのは清澄町だったのである。伊兵衛は物陰から、四半刻ほど近江屋のほうをじっと眺め、それから冬木町の家に戻った。途中一度も立ち止まらなかったから、伊兵衛の目的が、そうして物陰から近江屋を窺うことにあったことは明らかだった。

 それが何のためか、むろん芝蔵はいろいろと頭をひねった。

 伊兵衛は女中のきえに顔を見られている。そのためにきえを狙っているとも考えられた。そのことも考えて、新関はきえに日暮れから後の外出を禁じている。また、そうではなく、伊兵衛は近江屋から奪った金をそのあたりに隠していて、その場所に異常がないかどうかを探りにきたとも考えられた。あるいは、押し込みの後の近江屋の人の出入りなど、変わりようを見にきたとも考えられた。

 こういう考えを、頭の中で転がしながら家に帰ると、手先が来ていて、芝蔵は新しい事件に巻き込まれ、伊兵衛の奇妙な行動のことを忘れていたのである。

 だが、馬道通りで近づいてきた伊兵衛を見たとき、芝蔵は、伊兵衛がきえを狙っていることをはっきりと感じたのであった。むろんきえには何も言わなかったが、芝蔵はきえを近江屋にとどけるまで、何度も後ろを振り向いて伊兵衛の姿を確かめずにいられなかった。

                              

「きえを刺すつもりだった、と言うんだな ? 」

 芝蔵の話を聞き終わると、新関は念を押し、それから思案するように顎を撫ぜた。

「明るいうちでも、人ごみに紛れて、やろうとすれば、できないとも言えませんよ。そのぐらいのことはやりかねない奴です」

 芝蔵は殺気だった顔になった。

 ―――それにしても危ない橋を渡る。

 と思った。白昼で、しかも女中のそばには芝蔵がついていたのだ。芝蔵の話がほんとなら、あの悪党は珍しく焦りにとりつかれているのかもしれない。

 顔を見られたことは、伊兵衛にとって、やはり重大な手違いだったのだ。だから今も危険を冒して女に接近しようとしている。無論、女を消すためだ。そう考えると辻つまが会い、新関は芝蔵の考えは間違っていない、と思った。女の存在が、伊兵衛の弱点になっている。

芝蔵、いい考えがある。耳を貸せ」

 新関は、身を乗り出した芝蔵の耳に、何か囁いた。

「旦那、そいつは危のうがすぜ。そいつは無理だ」

「危ないことはない。こっちの手配りをきちんとやれば大丈夫だ」

 新関は励ますように言った。

「だが、きえが承知しますかね」

「そいつは口説いてみるしかねえよ」

            

     「五」に続く

 

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