安藤鶴夫(小説家・歌舞伎評論家)の『浅草六区』
にこんなのがある。
「私が初めて浅草の舞台稽古を見たんはいつごろ
の事であったか。
……
オペラ館に「葛飾情話」が上演された時、舞台
稽古の永井荷風を見たい一心から私は夜ふけて
オペラ館の一隅に席を占めた。
あとにもさきにも自作を上演される事の喜びを
舞台稽古という特殊な衆人の中で、あれほどま
でに思い切りむき出しに見せた作家を私は見た
ことがない。
その夜の偏奇館主人は世にも幸福そのものだっ
た。
…………
鶴のように美しい身を子供のようにぶらさげて
みたり、…………踊り子たちと声を立てて笑っ
たりしていたその夜の荷風散人を私は生涯、
忘れないであろう。
私はほとんど舞台稽古を見ることなしに、
一と夜、ほしいままに永井荷風を堪能した」
(私)浅草の文化に馴染むにはちょっと構えてし
まうところがあるのだが、こういった文章を読む
と折をみてまたいってみようかと思う。
(写真は浅草でみた看板)