一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

ひと夏の命

2019-08-31 07:35:31 | 自然


       8月31日、子どもたちの夏休みも終わり。
 
       ホッ!

       今夏も公私ともにいろいろあり、
       狂乱の夏だった。

       過去形で書いたけど、
       まだ夏は終わっていない。
       今朝も蝉がにぎやかに鳴いている。

       今年は梅雨明けが遅かったせいか、
       蝉の生態が、いつもと違っていた。

       例年だと、
       アブラゼミが最初に鳴き、 
       8月に入ってからミンミンゼミの最盛期。

       ところが、
       今夏はアブラゼミとミンミンゼミが一斉に
       鳴きだした。

       そして、
       いつも散策する森の一画では、
       いつ北上したのか、
       シャーシャーとクマゼミがしきりと鳴いていた。

       (7~8年前に九州の親戚の家で聞いて
        はじめてクマゼミの存在を知ったのだ)

       8月も後半、
       気がついたらクマゼミの鳴き声はもう聞こえなく
       なっている。

       そんななか、
       哀感をともなうのは蝉時雨といっていいだろう。

       夏の夕刻、
       ホッと気を抜いてくつろいでいる時など、
       遠くの山、近くの森から聞こえてくる蝉時雨。

       ことに、
       カナカナカナ……と鳴くヒグラシには特にその
       思いが強い。

       そして、
       私の待ち焦がれるのは、
       ホウシゼミ。

       お盆過ぎにようやく鳴きはじめ、
       夏休みの終わりごろ、ようやくあちこちで
       ツクツクボウシ、ツクツクボウシと
       ひかえめに鳴く。

       決して群れない。

       ミンミンやアブラゼミのように一斉にうるさく
       鳴くことは決してなく、
       ツクツクボウシはあくまでも孤独だ。

       これを聞くと、
       ああ、夏も終わり。
       残暑はきびしいけれど、
       あとひと踏ん張り、と
       自分にいい聞かせる。

       今朝のウォーキングでも
       ツクツクボウシをあちらこちらで聞き、
       逝く夏を思った。

       蝉は幼虫から数えると数年あるらしいが、
       孵化して聲のあらんかぎり泣き叫ぶのは
       ひと夏。

       秋風が吹いて雨でも降ったある日、
       ばったりと鳴かなくなる。

       その日まで、
       生命のある限り、鳴きつづけるだろう。

       ひと夏の哀感。