蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

最後の紙面

2020年11月14日 | 本の感想
最後の紙面(トム・ラックマン 日経文芸文庫)

アメリカ人富豪のオット家がローマに設立した新聞社は、国際紙を発刊してそれなりの地位を築いてきた。しかし創業者の息子、孫とオーナーが移るにつれてしだいに新聞社経営の熱意は薄れていく。記者、訃報欄の担当者、校正係、報道部長、編集主幹などを主人公にして、傾いていく新聞社の行方を描く短編集。

それぞれの短編にオチがついていて、主人公にとって暖かくやさしい結末となるものもいくつかあるのだが、大半が苦い結末になっていて、時には残酷すぎるというか、「それはないだろう」といいたくなるようなラストのものが多い。

私にとって特に厳しく思えたのは報道部長メンジーズが主人公のもの。若く才能豊かな妻が浮気する話なのだが、最後の1行で見事に甘い結末を期待していた読者をたたきのめしてくれる。

新聞社の最後のオーナー:オリバー・オットを描いた最後の短編も救いがない結末だった。

まあ、メンジーズの話もオリバーの話も予想通りといえばその通りの筋。しかし、読者の機嫌をとるような?甘いエンディングに慣れてしまった私のような読み手にはなんともビターな物語だった。
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昆虫こわい

2020年11月14日 | 本の感想
昆虫こわい(丸山宗利 幻冬舎新書)

昆虫学者の著者が、研究のためにアフリカや東南アジアの国々を訪れた際の経験を記した旅行記。採集・撮影した昆虫の紹介も多数。

ベストセラー級に売れた「昆虫はすごい」はかなり真面目路線だったが、扉の著者近影のヘンテコな表情から想像できるように、本書はハメを外して思いのままに綴られており、面白く読める。
文末が「楽しい」「嬉しい」で終わっていることが多い。海外で新種や未見の昆虫を見つけるたびそういう感想が述べられている。多分、研究費を使って渡航していると思うので、ここまで本音で書いちゃって大丈夫なのだろうか?と、思えるほど。
ポケモンのようなゲームでさえ、見知らぬモンスターを発見すると嬉しくなるのだから、現実世界で似たような体験をするとゲーム内とは比べものにならないくらい感動するだろう、と想像はできるが、それにしても無邪気なまでに「楽しい」「嬉しい」を連発されると、読んでいる方もなんとなく嬉しくなってくるから不思議だ。
職業を道楽化することが人生最大の幸福だ、と喝破した人がいたが、著者こそこの言葉にぴったり当てはまっているのでは?と思えた。
本書で紹介されているツノゼミの形態は素人目にもバラエティに富んでいて興味深かった。次は(著者が同じ)ツノゼミの本を見てみようと思う。
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ウエハースの椅子

2020年11月01日 | 本の感想
ウエハースの椅子(江國香織 新潮文庫)

主人公は38歳の画家。妻子ある古物商の男が恋人で、時々彼女の部屋へ訪ねてくる。
男を愛して幸福感に包まれるのとうらはらに、男に絡めとられるような閉塞感と絶望に直面し・・・という話。

日経新聞の読書欄で絶賛されていたので読んでみた。

うーん、仕事も私生活も順調すぎるほど順調なのに、いつも絶望にとらわれるといってもなあ・・・と、どうにも主人公の感情を理解することができなかった。

でも、本書の冒頭は素晴らしい。以下、引用

「かつて、私は子供で、子供というものがおそらくみんあそうであるように、絶望していた。絶望は永遠の状態として、ただそこにあった。そもそものはじめから。
だから、いまでも私たちは親しい。
やあ。
それはときどきそう言って、旧友を訪ねるみたいに私に会いに来る。やあ、ただいま。」
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博奕のアンソロジー

2020年11月01日 | 本の感想
博奕のアンソロジー(宮内悠介など 光文社)

ギャンブルをテーマにして、宮内さんが「この人に書いてもらいたい」という作家に執筆を(多分出版社を通じて)依頼するという企画物の短編集。

このような依頼があった場合、私だったら、既存のギャンブル(競馬とか麻雀とか)を題材にするか、個人間の賭け事あるいは賭けに似たような意思決定を迫られる場面を題材にするか迷うと思う。
既存のギャンブルだともともと知識がないと取材・調査が大変そうだし、世の中にはこうるさいマニアがいっぱいいそうでいろいろケチつけられそう、なんて思って後者の方をテーマにしちゃいそうだ。
同じように考えたのかどうかわからないが、ほとんどの作家が後者の方を選んでいる。

しかし、唯一前者を選んで競馬をテーマにした法月綸太郎さんの「負けた馬がみな貰う」が一番面白かった。
競馬という種目に深く立ち入らず、題名通り、ひたすら外し続けることを目指すという発想が面白い。実体験からも、買い忘れたレースの方が、結果を見る時、普通に勝った時よりドキドキする(買うつもりの目が出ていませんように、と)ような気がする。

桜庭一樹さんの「人生ってガチャみたいっすね」もよかった。賭け事とはほとんど関係ない内容ではあったが。
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アウシュヴィッツのコーヒー

2020年11月01日 | 本の感想
アウシュヴィッツのコーヒー(臼井隆一郎 石風社)

「コーヒーが廻り世界史が廻る」が面白かったので、同じ著者、同じテーマの本書を読んでみた。両方ともタイトルの付け方がうまいなあと思った。

内容は、「コーヒーが廻り世界史が廻る」と大差なかった。

ナチのユダヤ人収容所では、ガス室送りになることに感づいた収容者が絶望してイチかバチかの暴動を起こさないよう、ガス室に案内(もちろんシャワーを浴びさせる等の虚偽の理由で案内する)する前に、「シャワーの後はコーヒーが待ってるぞ」なんて言って実際外にはコーヒーを給するワゴンなんかを待機させていたそうだ。それくらい、ドイツ社会においてコーヒーの存在感は大きいということらしい。
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