蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

永遠の〇(ゼロ)

2013年08月11日 | 本の感想
永遠の〇(ゼロ)(百田尚樹 講談社文庫)

あらゆる手段を尽くして生き残りたい、という希望を持った零戦の凄腕パイロットの真珠湾から特攻で敵艦に突入するまでを描いた作品。
今をときめく百田さんのデビュー作だそうで、文庫にはいってから何百万部も売れているそうですが、最初はメジャーとは言えない出版社から出ていたというのは意外でした。

太平洋戦争のクライマックス場面ばかりを描くので、戦史について、多少なりとも知識がある人にとっては、ちょっと退屈な展開かもしれませんが、リーダビリティが極めて高く、読み進めやすいので、戦争にあまり興味がなかった人が読むと、感動を誘うんだろうな、と思いました。

主人公はなぜそこまでして生き残りたかったのか、それにもかかわらず、逃れようと思えばそうできた特攻に臨むことになったのはなぜなのか、というのが本書のテーマだと思うのですが、(特に前者は)説明や描写が十分でなく、やや説得力に欠けるような気がしました。
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死神の浮力

2013年08月10日 | 競艇
死神の浮力(伊坂幸太郎 文芸春秋)

伊坂さんの作品の中で2番目に好きな「死神の精度」の続編が出たので、珍しくハードカバーの新刊を買った。

作家である主人公は、サイコパスらしい男に娘を殺されるが、この男は裁判で無罪になってしまう。主人公と妻は復讐計画を練り、拘留から解放された男を追う。主人公の傍には死神:千葉が現れるが、男にもまた別の死神がついていた・・・という話。

千葉と登場人物のかみ合わない会話は、相変わらず軽妙で楽しめし、死神の音楽へのこだわりもユーモラスなんだけど、「死神の精度」に比べると、(こちらは長編ということもあってか)主筋のストーリーが重たい感じだった。

サイコパスの男の狡猾さや残忍さが、読んでいても腹立たしいほど強調されるので、最後の(例によって“死神ルール”?を逆手にとったような)オチは意外性があり、かつ、カタルシスもあってよかったが、「死神の精度」を上回ってはいないなあ。まあ、期待度が高すぎたせいかもしれませんが。
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ごはんのことばかり100話とちょっと

2013年08月06日 | 本の感想
ごはんのことばかり100話とちょっと(よしもと ばなな 朝日文庫)

食事に関するエッセイ。自宅での料理の話と外食の話が半々。いや後者の方がちょっと多いかな。

よしもとさんはベストセラー作家なので、お手伝いさんを雇ってしまうほど忙しいみたいだし、外食もそれなりにお値段が張りそうなお店が多い。そういう人が書く食味エッセイなのだけれど、イヤミな感じや俗物的ないやらしさはあまりなくて、爽やか?に読めてしまうのは、テクニックなのか、もともとそういう人なのか。

よしもとさんの小説、エッセイをそんなにたくさん読んでいるわけではないけれど、読むたびに感心するのは、一見、誰の生活にも当たり前のようにある小さなエピソードをうまく掬いだして、「あーそういうことあるよね。そういう見方・描き方をすると感動につながるんだ」といった感じに提示できることだ。

例えば次のようなところ
***
その家には大きな犬がいて、テーブルの上のものを食べてしまったりはしないのだけれど、じっと、じっと見ている。なにかくれそうな人のわきにじっとすわって、手の動きをずっと見つめる。
うちにもこのあいだまで大きな犬がいたので、その圧力が懐かしかった。
赤ん坊がいて大変なときは、その大きな犬がいつでもよだれをだらだらたらしながら膝にあごを載せてきて、ぐいぐい押して食べ物をねふぁるので、「ああ、育児で疲れているのにな、もう少し落ち着いて食べたいな」と思った。いつでも服のひざのところがよだれだらけで、毎回拭くのが大変だよ、と思ったこともあった。
でも、犬が死んで、よそのうちの犬が全く同じ感じで精神的にも距離的にも圧をかけてきて、その熱い鼻息がかかる感じも同じだったとき、私と夫はとても懐かしく思い、もう一度でいいからあれをあの子にやってほしいな、と思った。(P79~80)
***
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死刑

2013年08月04日 | 本の感想
死刑(読売新聞社会部 中公文庫)

死刑をめぐる社会情勢と当事者たちの感想を描いたルポ。

これまで殆どこのトピックに関する知識がなかった。このため、再審請求をしているとほぼ死刑が執行されることはない、ということには驚いた。それなら、全員とにかく再審請求しそうなものだけれど、中には(弁護士が控訴しても)自ら取り下げる人もけっこういるそうで、これも意外だった。しかし、まあ、自由がない拘置所にいるくらいなら死んだほうがまし、という考え方もわからないではないが。

死刑になるような犯罪は、やはり相当に悪質で、治安がいいといわわるこの国でさえ、生きながら被害者にガソリンをかけて火をつけたりする類のものが多い。世の中で一番恐ろしいものは、人間だなあ、とあらためて感じた。

また、裁判所も、その時々の世間の動向に相当に左右されるものであることが、よくわかった。現時点は、死刑を積極採用する厳罰期なのだと思うが、そういうトレンド?も10年以上続いてきたので、そろそろ風向きが変わるかもしれない。
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風立ちぬ

2013年08月04日 | 映画の感想
風立ちぬ

宮崎監督の映画作品で、多少なりとも子供向けを意識していない作品は本作が初めてではないだろうか。どう見ても中学生以下が見て、面白いと思う映画ではないと思った。
「ハウルの動く城」(今のところ、宮崎監督の映画作品ではこれが最高だと、私は思うのだが)も、子供受けしそうにないが、多少なりとも配慮があった(名前忘れたけど、炎の怪物とか)けど、本作は全くそういう点はなく、ひたすら大人向けの映画であった。

それで、私のように多少なりともミリタリー方面に興味がある者にとっては、(原作がそうだったので)堀越さんの飛行機開発物語なんだろうなあ、と期待してしまうのだけれど、うーん、やっぱり、そういう部分は半分くらいで、タイトル通りの恋物語部分は、どうにも、見ている方がなんか恥ずかしい(今どき、こういう純度100%の恋物語の映像作品は見たことがないので、これはこれで良いのだとは思うけど)と思ってしまうのだった。堀越さんは(たぶん実際そうだったと思うのだが)徹底した仕事バカで、女房子供に興味はない、というキャラなんだと思うけどなあ。もっとも本作でもヒロインが堀越さんの許を去ってしまった原因の一つはあまりにもかまってもらえなかったことなのかもしれないが。

本作で出色の部分は、大震災前後の東京の運河を描いた場面ではないだろうか。帆船と機動船が行き交う風景にはうっとりしてしまった。ジブリ作品の美術は本当に(毎度のことながら)すごい。
あと、大震災の場面の描写もよかったなあ。このへんだけ何回でもみてみたいと思った。

万人受けする内容だと思えないが、いつもガラガラの近所の映画館も、平日にもかかわらず半分くらい席が埋まっていた。宮崎さん、まだまだ休めそうにもないですね。こういった作品が受けるのだから、次は是非とも「泥まみれの虎」(ドイツ、ソ連を架空の国にしてもいいから)を映画化してください。私が億万長者だったら、自分が出資して映画化してもらうんだけどなあ。

あ、あと本作には、登場人物たちがとてもうまそうに煙草を吸う場面が頻出する。これ、宮崎さんの主張なんだろうなあ。宮崎さんの作品でなければ批判が殺到しそう。ここ15年くらい煙草を吸っていない私でさえ、吸いたくなったくらいだから。
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