梅雨が空けて暑中見舞いも未だだと言うのに今日は本家のお通夜である。
年寄は寒い時暑いときに死ぬことが多い。夫は大寒の最中であったが、このうだるような暑さの中、私より二歳年上の本家の主がなくなった。
子供の無い夫の兄貴が始めた卸問屋は戦後どんどん伸びて、中日新聞の標題の下に仲間の代表の会社名がいつも、載っていた。
卸価格で小売をする店が出てくると問屋も次々と廃業したように思う。
一抜けたと出てしまった私たちの後を夫の妹と結婚したこの人は、一心不乱に仕事にはげみ、親や兄貴夫婦を送り、自分の女房も去年なくして今は娘夫婦の時代で、後継も育っている。
運のいい人はどこか守られている。私が嫁いだときは東田町であったが大きい土地が入用で中小田井へ越して此処が長かった。
この辺に今の岐阜県みたいに水がついた事があって心配して電話を入れたときには、もう今の刈谷へ移っていた。
今日は夕方迎えにくる息子と娘と三人で「トヨアケテア」へ出かける。葬式は明日朝十時である。一族の高齢者は山口町の九十歳の義姉と私の二人である。
卒のないように控えめにしておろう。
俳句 就活も済ませ海の日に泳ぐ