おにゆりの苑

俳句と俳画とエッセー

  茗  荷

2011-07-17 17:51:03 | Weblog

 早いもので会社を定年退職してから、十三年になる。
 その二、三年前、
若く美しい女性所長が「家に持って帰っても植える所がないからもらって」と茗荷を二株持たせてくれた。
 多分おしのび旅行の後始末と思いながら黙って持ち帰り裏庭に植えて置いた。
 退職してから気がつくと根元に薄紅色の茗荷の子が生まれるようになっていた。
 肥料をやるわけでも耕すわけでもないのに、初夏になるとつんつんと芽を出す繁殖力の旺盛さには感心した。
 やがて五メートル程の場所を侵蝕し多い時には百個以上の黄色い可憐な花を咲かせて摘み採るのをうながすようなので、大層重宝し子供が来ると持たせたりしていた。
 味覚の嗜好は親に似るとか、私も父に似て芹や蕗、うど茗荷などが好きであった。茄子と油揚げを炊くにも茗荷が入っていると格別の味がしたものであった。
 ところが
今年は何故か腰丈ほどに生い茂っているのに一向に芽が出ない。
 そうなるともう私と同じで「妙齢?」をすぎたのかと気になって仕方が無いので、今迄の何年間もの六、七月の日記帳まで繰り出してみると、あったわ、あった七月二十三日人にあげたと書いてある。してみるとまだこれからなのらしい。
 いつも立派な茗荷の葉ッぱで、柏餅もどきをこしらえるのだけれど、今日は庭から山帰来の葉を取ってきて下と上に貼り付けてこしらえた。べとつかずしっかりしているのでこれはこれで良い。
 摘みたての茗荷は下から白、黄、薄紅色、緑の頭と初々しくて、スーパーで買う硬い大きなものとは違う。
 そうめんの薬味に青紫蘇と共にさわやかさを味わいたいので早く出ないかとホースで水遣りをするたびに覗くが未だ何の変化もない。
  これをくれた所長は会社を中途退職し、隣町で若い燕と十年位居酒屋を開いている。茗荷をくれたことを覚えているか聴いてみたいが、私ももう飲みに行くような年齢では無くなっている。
            俳句  華あれば盛んに舞へり夏の蝶

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする