僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

神谷昇 という名前がねぇ

2017年11月24日 | 日常のいろいろなこと

今日の朝日新聞の朝刊を開くと、1面に大きな見出しが躍っていた。
「自民議員側、14市議へ現金」という記事。その内容は

自民党の神谷昇(かみたにのぼる)という大阪の衆院議員が、9月末、衆院の解散が決まった直後に、自分の選挙区内にある和泉市と岸和田市の市議会議員計14名に現金およそ200万円を配っていたという記事でした。新聞では「選挙前の買収行為ではないか」として公職選挙法違反の恐れありと書き、1面だけでなく社会面にも「現金封筒 議会で市議に手渡し」などの見出しでデカデカと報じられていたのです。

また夕刊でも引き続き1面で大きく、この神谷昇衆院議員の「事件」が取り上げられていましたし、テレビの全国ニュースでも報道されていました。


 
 朝刊にも


 

 夕刊にも


この神谷昇と言う人は、かつては大阪府泉大津市の市長でした。僕はこの人のことをその当時からよく知っていました。といっても知り合いだとか会ったことがあるということではないのですが、とにかくよ~く知っていたのです。

2004年から2012年まで泉大津市長をつとめ、その後衆院選に出て、一度は落選したものの2014年に自民党の比例復活で初当選し、先月行われた選挙でも比例復活で2度目の当選をしました。

同じ大阪府でも僕の住んでいるところとはかなり離れていますが、なぜこの人をよく知っていたかというと、神谷昇というその名前です。2004年に泉大津市の市長として当選してこの人の名前が新聞に出た時、僕はびっくりしたのです。

神谷 昇

この名前は、実は少年時代の僕と同姓同名なのです。漢字も一緒です。

うちの母は僕が幼稚園かその前ぐらいの時に離婚したので、僕は実の父親の記憶がほとんどありません。実の父親の苗字は神谷だったので、当然僕も「神谷昇」でした。

それまでは京都市内の母の実家に住んでいましたが、その後、母に連れられて大阪に出て、僕はよその家に預けられ、そこから小学校に入学して通っていました。それからしばらくして母が迎えに来て、新しく父となった人と3人で暮らし、小学校も転校したわけですが、母の苗字は変わったものの、なぜか僕だけはそれまで同様「神谷昇」として小学校6年生まで過ごしました。

そんないきさつで、僕が今の苗字になったのは中学に入った時からでした。

だからこの「神谷昇」という名前を、2004年に初めて新聞で見た時にびっくりしたわけです。その後、この人が市長を辞めて衆院議員になったことも新聞で知っていましたが、だんだん印象は薄くなりつつありました。それが今日、まさかこんな不祥事でクローズアップされるとはねぇ。

それと、今回知ったことですが、この人の年齢は68歳とのこと。これまた僕とまったく同じ年です。いやぁ、これは知らなかったなぁ~

つい先ほどのNHKの「ニュースウオッチ9」でもこのことが報じられ、神谷昇さん本人がインタビューに出ていましたが、「何もやましいところはない」と堂々と言ってました。その態度は印象が悪かったですが、新聞やテレビで昔の自分と同じ姓名が何度も何度も出てくると、なんだか妙な気分ですよね~

 

 

 

 

 

 

 

コメント
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