めぐろのめばる

目黒川近辺で日本の四季を楽しみ、未来の日本を憂う。
かつての美しい日本と日本人がいかに素晴らしかったかを思う。

散りゆく桜を憂えず

2016-04-05 13:44:37 | お花見

ここ数日の雨で、桜の様子も、すっかりと変わってしまいました。
満開になるまでは、ややピンクがかって、花の力も強かったのですが、
樹木全体を見れば美しいのですが、すでに、花弁の一部は抜け落ちていて
目黒川には、白い帯が至るとこで見られます。
川岸に続く白い帯は、桜の終わりを告げる色でもあり、折からの曇り空に
淡く変色してきた花弁が重なり、まるで春霞の様に空に溶け込んでいます。

黒い枝の小さな蕾が、次第に色を成し、日一日と膨らみゆく姿は、

新しい生命が生まれる様で、私達の心を次第に期待感で一杯にさせました。
一輪一輪と花弁の数が増えるに連れ、湧き上る幸せな感情は、私達日本人が
太古の昔から抱いてきた春の息吹でした。
桜の色が増すと共に、多くの人々が連日遊歩道を歩く様になり、毎年の事ながら
賑やかな日々が続いて行きました。

人の数は、桜への期待感と相まって、桜に負けない程の明るい笑顔が行き交います。

人々は、常に幸せを求めて行くものですが、桜の花は、訪れる人には誰にでも
幸せの笑顔を与えてくれます。
そんな楽しい日々も、あっという間に過ぎて、今では、まるで、祭りの後の様に
冷たく雨に打たれている花弁から、幾つもの滴が、まるで涙の様に流れています。

しかしながら、終りは始まりであり、また、新たなる季節がやって来ます。

桜の花が散った遊歩道には、次の出番を待つスターがすでにスタンバイしています。
丸く選定された緑の樹形は、ツツジの仲間たちです。
中を覗いてみると、すでに、幾つもの蕾が膨らみ始めています。

次第に太陽の光が強くなるにつれ、空の色も青みを帯びてきます。

そんな初夏の空にぴったりの花が、赤やピンクの原色が美しい、大きなツツジの花です。
桜が、寒い季節から春の陽気の暖かく包まれる様なのどかさを感じさせるのに対し
ツツジは、強い光と紫外線を感じさせる力強さを感じます。

日本の四季は、それぞれの特性を持って、私達日本人に様々な感情を育ててきました。

自然は、何も言わなくとも、私達がどの様に生きて行けば良いかをを教えてくれるのです。
無機質で人工的な都会に住んでいると、季節を肌で感じる事に疎くなりがちです。
毎日の生活や仕事に追われ、そのストレスに心も身体も疲れ切ってしまうと、
いったい自分はどうしたら良いのか、どの様に生きて行けばいいのかに悩んでしまいます。

そんな時、季節の移り変わりに、生き物としての生と死を感じ、自らの身体の中に

同じ生き物としての生きる道を教えてくれるのも大自然なのです。
私達は、ただそこにいて、命を全うする植物を見るだけでも、人生の流れを感じ、
何千年もの間、動くことなくその場で生き続けてきた老木に人生の意味を感じます。

人は、時に、御互いに生き物であることを忘れ、機械的な毎日に身を託し、合理的

機能的な日々を送ろうとします。
しかし、私達の身体は、機械でもコンピューターでもありません。
大自然のサイクルから片時も離れて生きて行く事は出来ないのです。
その大切な生物としての命の息吹を教えてくれる日本の自然が、
日本人の命の糧として、未来永劫失われない様に、守っていく事が
私達の心と身体を育てる大切な義務と思われます。