電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

吉村昭『光る壁画』を読む

2012年03月06日 06時01分38秒 | -吉村昭
この物語は、オリンパス光学による世界初の胃カメラ開発の過程をかなり忠実に追いながら、主人公とその妻の生活や感情については創作によって小説に仕立て上げたものだそうです。技術的な開発史をたどれば「プロジェクトX」になってしまいますが、女将の死去で旅館経営をまかされた若女将と、世界で初めての胃カメラの開発に熱中する技術者の夫との、別居生活によるすれ違いや葛藤などを織り込むことで、人間味ドラマとしての起承転結を構成しています。

主人公・曽根菊男は、戦時中はプロペラの回転に同期して射ち出せる機関銃の同調装置を開発していましたが、オリオン・カメラの技術者として働いています。そこへ、東大医学部附属病院分院の副手で外科医の宇治達郎医師から、胃の内部を撮影するカメラの開発協力を依頼されます。オリオンカメラの研究所の主任研究員であり、位相差顕微鏡の開発に当たっていた杉浦睦夫とともに、世界に例のない、胃袋の内部を撮影する光源つき小型カメラと、食道内に挿入できるフレキシブルな管と、空気を送り込んだりフィルムを巻き上げたり撮影角度を変更したりできる制御装置の開発に成功しますが、かんじんの胃の内部のどこを撮影しているのかがわからないと、診断や治療に役立てることはできません。この難問の解決は、偶然に電球が切れて暗くなった室内で、胃カメラを挿入した腹部の一部がピカッと明るくなったのを見たことがきっかけでした。このあたり、事実を丹念に取材し、ドキュメンタリーの手法で作品を構成する、吉村昭氏の得意とするところでしょう。

一方、週末になってもなかなか帰ってこない夫に、女でもできたのかと疑う妻の不安と葛藤や、欲求不満から思わず離婚を決意したような手紙を書いてしまい、驚いて夜通し歩いて戻って来た夫にすまないと思いながらも喜んでしまう妻の心情など、単身赴任経験者にはよくわかるエピソードもリアルです。

この作品は、以前、図書館から借りた単行本で読んでいます。テキストファイル備忘録から検索してみると、

$ grep "光る壁画" memo*.txt
memo-utf.txt:2002/05/14 『光る壁画』読了 吉村昭著『光る壁画』(新潮社)を読了した。東大の医学研究者とオリンパスの技術者による世界初のガストロカメラ(胃カメラ)の開発物語である。作者はドキュメンタリーを意図したものではないとし、企業名も主人公の名前も変えてあるが、開発の経緯はほぼ忠実に再現されているという。特殊な技術を持った町工場のつながりで、世界初の発明が誕生するさまは、技術というものを再認識させてくれる。

とありました。

たしかこの頃は、私も単身赴任中だったはず。そんな点からも、主人公と妻との微妙な関係に、共感できた面があったのかもしれません。
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