電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『春秋山伏記』を読む

2011年03月02日 06時03分46秒 | -藤沢周平
藤沢周平著『春秋山伏記』を読みました。会話に庄内地方の方言を生かした中編で、羽黒山伏の慣習を素材にとった野趣あふれる作品で、新潮文庫による再読です。

第1話:「験試し」。亭主に死なれ、若後家となって貧しい生家に戻ってきたおとしは、畑の帰りに近道をしようとしたばっかりに、三歳の子供が崖から滑り、川の淀みに落ちそうになります。手を差し伸べて支えたものの、ぶら下がる子供の身体が重い。もう駄目かと思ったところを、白装束の大男に助けられます。男は羽黒山の行者で大鷲坊と名乗り、同じ村でおとしの二つ上だった鷲蔵でした。大鷲坊は、村に住み着いていた偽山伏の月山坊を追い出そうとしますが、村の長人は験試しをします。それは、歩けなくなった娘を直せ、というものでした。
第2話:「狐の足あと」。乱暴者の広太の嫁は、内に好色の本性を隠していたのか、またしても間男事件が持ち上がります。ところがそこへ、娘を身売りした金で酒を飲んですっからかんになってしまった男が、困った挙句に間男の脅迫を思いつき、実行したものですから大変です。関係者の口を噤ませ、なんとか隠し通したと思ったら、人の口に戸はたてられず、ついに広太が暴れだす破目に。事を収めた大鷲坊のやり方がユーモラスなもので、読む方も思わず微苦笑です。
第3話:「火の家」。ありもしない噂で火をかけられ潰された家の息子と、偶然に大きな赤犬に咆えられたところを助けられた娘との、ほのかな心の通い合いは、山火事を背景にした命がけの救出劇となり、過去の因縁を捨てる結果をもたらします。映画にすればさぞや劇的であろうと想像される、見事なクライマックスです。
第4話:「安蔵の嫁」。力持ちで働き者だが、男らしくないということで嫁の来手がない安蔵は、刀を持ち気が狂った男が立てこもった納屋をゆさゆさとゆさぶります。あわてて出てきた男を、大鷲坊が金剛杖で捕えます。でも、安蔵の嫁にという娘は出てきません。狐憑きで困っていた娘が、庭で切り倒した栗の木の下敷きになってしまいます。安蔵が自慢の大力で梢を浮かすと、古孤は娘から逃げだし、怪我の治った娘と安蔵は・・というハッピーエンド。多少の怪奇性が加味された、ユーモラスな佳編です。
第5話:「人攫い」。おとしの娘で、以前に赤川の岸で助けてやったおたみが、祭りの夜になぜか姿を消します。母親のおとしは必死になって探しますが、見つかりません。人攫い事件です。大鷲坊は、箕つくりの夫婦が攫って行ったらしいと見当を付け、数人の村の若い衆と、どうしても行くといってきかない母親と一緒に、探索に出ます。山深くにある大鳥を通り、さらに山の奥にあるという箕つくりの村へ、案内人は因縁のあった月山坊でした。途中の波乱は省略しますが、子持ちの後家と羽黒の山伏のハッピーエンドが次のように示唆されて、物語が閉じられます。

「亭主と嫁か」
大鷲坊がぼんやりと呟いた。おとしの肌のぬくみに助けられた昨夜のことを思いだし、この女はもう他人でなくなったのだと思っていた。山伏は巫女を娶るという厄介な定めがあるが、それは何とか考えるしかない。
おとしも昨夜のことを思い出したかもしれなかった。
「誰が見てもそう思いますよ」
にじり寄ってきて、うるんだ眼でそう言うと、大鷲坊の手を取って静かに頬を重ねた。熱い頬だった。



作者が、庄内弁に徹底してこだわった物語のようです。藤沢周平記念館の「春秋山伏記」企画展では、単行本化したり文庫化されたりする都度、少しずつ丹念に庄内弁を手直ししているとのことでした。例えば、「人攫い」では、「家の光」での連載において「たみえ、見なかった?」となっているところを、単行本では「たみえどご、見ねけが?」としています。図録にも、このあたりの事情が、一部ですが収録されています。30年前には鶴岡市民だった私にとっても、地元の会話、たとえば「こげだ家では、嫁もこねさげのう」と笑うおとしの弟の描写など、思わず懐かしくなります。作者の格別の愛着と思い入れを感じるところです。



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2 コメント

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読んでいたんだ! (こに)
2012-04-30 10:07:40
大変失礼をしました。
トラックバックありがとうございました。
「山伏」が元々どういう存在だったのか、勉強になった1冊でした。
村の嫌われ者の処置なんか、現代に比べたら随分と大らかで余裕があったんですね。
庄内弁に馴染みがあれば、もっと面白く読めたのでしょうけど、仕方がないので想像力でカバーです。
お薦め頂いた何冊か、ボチボチですが読んでいきたいと思います。
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こに さん、 (narkejp)
2012-04-30 19:54:21
コメントありがとうございます。『春秋山伏記』は、作者が思い切り庄内弁を生かして書いた作品になっていますね。こういう傾向のものは他にないようで、地元の読者や、故郷を同じくする人たちへのサービスを意識していたのかもしれません。でも、会話の方言以外はしっかりと普遍性をもった作品になっているところが、さすが藤沢周平ですね。
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