電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

佐伯泰英『白鶴ノ紅~居眠り磐音江戸双紙(48)』を読む

2015年02月05日 06時03分21秒 | -佐伯泰英
双葉文庫の新刊で、佐伯泰英著『白鶴ノ紅~居眠り磐音江戸双紙(48)』を読みました。前巻では、出羽山形の前田屋奈緒母子の救出のために弥助と霧子の師弟が向かっておりましたが、本巻では途中経過がごそっと省略され、その二年後、奈緒母子は江戸で無事に暮らしております。



第1章:「輝信の迷い」。利次郎と辰平は、それぞれ霧子・お杏と祝言を挙げ、豊後関前藩及び筑後福岡藩黒田家の家臣となっております。尚武館坂崎道場に残された田丸輝信は、自身の将来に悩み、焦ります。ところが、輝信の兄の一人次助は、金もうけがしたいと家を出てすでに武士ではなく、その地歩をしっかりと固めていますが、弟に十年の修業を無にしてはならないと諌めます。心優しく都合に合わせるのが得意な作者は、なんと早苗さんを相手方に配しました(^o^)/

第2章:「八朔の雪」。奈緒母子の江戸暮らしは、まずは順調のようです。奈緒さんは、職人として一流であるだけでなくビジネスの才能もあるようで、「最上紅前田屋」を開店します。商うのは紅染めだけでなく、口紅も製造販売するのだとか。ふーむ、紅花から色素カルタミン(*1)を抽出精製するのですか。そのためには大量の紅餅を必要とし、入手にはかなりの元手が必要なはず。バックについたのは、某今津屋か、あるいは出羽山形藩でしょうか(^o^)/

第3章:「秋世の奉公」。商売上手な奈緒さんの最上紅前田屋は繁盛し、武村武左衛門の末娘・秋世が本格的に手伝うことになります。現代風に言えば、アルバイト君が正社員に昇格したようなものか。「また一人、娘が旅立つのか」と呟く武左衛門の感傷は理解できなくもないですが、日ごろの行状を思えば「よく言うよ」の部類でしょうか(^o^)/
それよりも、久々に新たな登場人物です。豊後関前藩の新顔で、物産所に勤務することになった米内作左衛門さんは、なかなか頑張り屋のようです。剣の才能はそれほどでもないようですが、経理総務畑に強いという想定で、もしかして中居半蔵が亡くなるとか、その準備のための布石? 幕府のほうも、将軍家治が危篤状態にあり、今後どういう展開になるのかちょいと先が読めません。

第4章:「老中罷免」。老中・田沼意次は、田沼意知の城中刃傷事件による死去を受けて、急速にその力を失います。さらに、領地は減封、上屋敷は没収、本人は謹慎の沙汰を受けてのことでした。豊後関前藩では、権力中枢の動きとは関係なく、藩主実高と磐音が、旧姓小林奈緒の江戸での暮らしぶりを話題にしながら歓談します。しかし、だいぶ酔っているにもかかわらず、刺客の襲撃を軽く退けるなど、磐音クンは相変わらずスーパーマンです。むしろ看過できないのは、田丸輝信と早苗サンの進展もさることながら、次の権力者となる松平定信の腹の内でしょう。

第5章:「お代の還俗」。鎌倉の尼寺・東慶寺を訪ねた中居半蔵と磐音の目的は、藩主実高の正妻であるお代の還俗を迎えに行くことでした。奈緒の運命と殿からのプレゼントである紅板がお代の決意を促し、六郷の渡しで養子の俊次との対面となります。もとはといえば、嫡子のないことが原因となった夫婦の溝は、人柄の良い福坂俊次の存在により、解消されていくことが期待できます。

さて、残るはあと二巻。

(*1):紅花の赤い色素カルタミンを得るには…… 紅花の花弁を押し潰してもみ洗いし、水溶性の黄色い色素を溶かし出し、残りの花弁を練り固めて紅餅にします。この中に、水に不溶の赤い色素カルタミンが含まれています。草木灰等に含まれる炭酸カリウムを用いてアルカリ性の水溶液を作り、これに紅餅をほぐして溶かし、カルタミンのアルカリ塩にして溶かし出します。紅餅のかすを取り除き、きれいにしたカルタミンのアルカリ塩水溶液に酢またはクエン酸を加えて中和し、水に不溶のカルタミン色素だけを沈殿させるという原理で、得られるようです。

(*2):カルタミンの分子構造の推定は、丹下ウメさんとともに我が国初の女性帝国大学学士となった黒田チカさんの業績(1929)でした。後に、実はC原子を介した二量体の構造であることが判明(学位論文:PDF)しましたが、NMRなど機器分析の装置もない時代に、ほぼ正しい構造を推定できていたことに驚かされます。


【追記】
『居眠り磐音』シリーズで、奈緒さんがらみで、出羽国山形だとか紅花だとか、地元ゆかりの単語が出てくると、とたんにいろいろと調べ始めます。今回はカルタミンの抽出法と、構造決定の化学史でした。自分でも物好きだなあとは思いますが、こういうのがけっこう楽しいものです(^o^)/
まあ、山形在住の『居眠り磐音』ファンで化学専攻のブロガーの記事ということで、もしかしたら他にはない特徴かもしれません(^o^)/

コメント