朝は5時半目覚ましで30分早く家を出るのを続けているが、電車の大幅本数削減がないときはスムーズに会社まで行けるので、今日は始業時間の50分前に着く。仕事も早く取り掛かるが、今日は第5グループが午後6時20分~午後10時の予定で停電なので、終業時に即、退社。
晩飯は南行徳メトロセンターの松屋で豚バラバーベキュー定食。食べているうちに午後6時の5分ぐらい前になったら、オーダーストップとなり、閉店準備が始まった。メトロセンターはチェーン系の店中心に午後6時閉店の貼り紙をしていたところが目立った。チェーン系以外だと、とんきはすでにシャッターが降りていた。天善かつ壱番屋と洋風食堂壱番亭は特に貼り紙もなく営業継続中。おそらく、電気が消えるまでがんばってやっていたのだろうと思う。
メトロセンターの一番行徳寄りまで来ると、スーパーナカムラヤも午後6時閉店でシャッターを下ろしつつあった。
予定時刻が過ぎても停電がなかなか始まらないと思っていたが、午後7時10分ごろに電気が消えた。懐中電灯の明かりでパソコンを写すとこんな感じに写った。動作中に停電したらハードディスクがやばいかもしれないから、別に立ち上げていたわけではない。
携帯ラジオを少し聞いていたが、懐中電灯の明かりでは何もできないし、暖房はないから、布団を敷いて電気が付くまで寝ることにする。活動できないから眠るというのは、一種の冬眠だ。目覚ましは午後10時にセットする。そうしておかないと、朝まで寝てしまいそうだ。
最初はなかなか眠れなかったが、やがていい気持ちで眠る。そうしたら、電気が回復して部屋の蛍光灯が付いた。午後8時50分ちょっと前ぐらい。電力消費量が減ってきたので、早めに終わったのだろう。第5グループの全地域一斉だったかどうかまではわからないが。
携帯ラジオと自転車用ヘッドライトと懐中電灯。
日が落ちてからの停電で、テレビが見られないときにラジオから人の声が聞こえるというのは実際、心強いことだ。
懐中電灯は大学に進学して親元を離れたときに、一緒に持ってきたものだが、30年目にして初めて役に立った。つまり、この30年間、自分が住んだ地域で、夜の停電などなかったわけだ。明るい時間の停電は、旧江戸川でクレーン船が高圧線を引っ掛けて起こったことがあった。去年かおととしぐらいかと思って、日記の過去分を検索したら、2006年の8月で、5年近く前だった。
自転車用のヘッドライトがあったのを思い出し、懐中電灯代わりになりそうなので、出してきて用意しておいた。LEDライトのもの。単3乾電池を4本使う。懐中電灯で使われる単1がどこも売り切れなので、懐中電灯の電池が切れたら代わりに使える。もっとも、今日の2時間半あまりの停電ぐらいでは、ずっと付けていたとしても電池切れになったりはしない。
去年の9月以来、折りたたみ自転車で出かけていないが、ヘッドライトを出したら、明日からの3連休に久しぶりに街のポタリングでもしようかと考えていたことを思い出した。地震以来、そんなことを考えていたこと自体、忘れていた。とりあえず、3連休に行くことはないが、行くとしたら、もっと世の中が落ち着いてからだろう。