行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2011年3月19日(土)の日記

2011年03月19日 | 日記

この週末は液状化が起こった臨海部のようすを見に行って、行徳雑学館のトップページレポートにしようと思った。3連休で夕方まで晴れそうなのは今日だけみたいだから、今日決行。

午前11時ごろに自転車で出発。今井橋通りで臨海部へ向かう。塩浜橋を渡るとここ40~50年間にできた埋立地に入る。塩浜四丁目の塩浜団地やハイタウン塩浜でも液状化の修復工事が見られた。その先、塩浜三丁目から海に突き当たったところの護岸までは、液状化の跡らしきものはほとんど見られなかった。

市川塩浜駅へ。湾岸道路側の北口には液状化で砂や水が噴き出した跡が見られたが、南口のCVSベイホテル側はそういったものは見られなかった。ホテルの建物も外からは特に変わったようすは見られなかった。だが、ここも公式サイトによるとバス・トイレが使用できなくなっているために3月15日から一時営業見合わせとのこと。

やはり、塩浜一丁目の海沿いの道路が一番、多くの被害が出たようだ。地震翌々日(13日)の様子は、こちらのブログ記事が詳しくレポートしている。

アマゾンのフルフィルメントセンター。地震翌日、翌々日にはトップページのメッセージにフルフィルメントセンターがダメージを受けたことが記載されていた。今日は特にダメージがあるような様子は見られなかったが、トラック出入り口に液状化で砂が噴き出した跡が残っていた。

千鳥町のユニディに来た。駐車場のアスファルトのひび割れ、段差、砂の噴き出し跡は前に日曜日に来たときから変わっていなかった。でも、店は営業していた。

地震で倒れた部屋のスチール本棚を固定する、突っ張り棒型の器具が入荷していたら買おうと入る。地震後1週間ぐらいでは未入荷の可能性が高いだろうと思っていたら、うれしいことに入荷していた。ところが、器具のほうは家具と天井間の長さの対応可能範囲が異なる2種類のがあった(買ってから箱を見ると、商品ラインアップとしては4種類あるとのこと)。本棚と天井間の長さは測っていなかった。しょうがないから一旦、帰って測ってくることにする。

もう昼飯時だったので途中で昼飯。西友行徳店地下にある西山ラーメン餃子定食

その間に完売していたら、そのときはしょうがない。

本棚・天井間を測って再度、ユニディに行き、その長さにあったのを2個買ってくる。こういう器具は最低、2組で使うことが推奨されている。1個だと、固定した箇所を支点にして回転してしまうから。

商品名の「マグニチュード7」はいまいち。今度の地震はマグニチュード9だったのだから。でも、そんなことに文句は言っていられない。

本棚と天井間に設置。本棚を手で揺すろうとしても、がっちりと固定されて全然揺れない。

とりあえずは一安心。

このあと、写してきた写真でトップページレポートを作り、夕方にUPする。

東京電力の計画停電は今日はなし。オフィスも工場も休日で電気を使わないからだろうけど、前の土日にやらなかったのだから、この週末にやるのは変だという気がしてくる。いや、まったく同じではないだろう。前の土日は地震直後で世の中の多くのものがストップした状態だったから、1週間経って同じ状態と考えるわけにはいかない。でも、いずれにせよやらないというのは、個人の生活でも該当地域でも活動を止めざるをえない時間がないのだから助かる。

午後7時前に地震。テレビを見ると千葉県北西部は震度4、東京23区は震度3。行徳は23区と境界を接するところに位置するが、自分の部屋での体感震度は3ぐらいだと思えた。本棚は以前は軽い地震でも左右にゆさゆさと揺れていたが、がっちり固定したからこれぐらいの震度では何もなかった。

今夜は居酒屋オンドリへ行く。節電のためとお客さんも少ないからか、店の半分-テーブル・座敷がある側は消灯して残りの半分で営業している。

でも、さすがに週末。自分がいた間、他には先に来ていて帰った人たち、後から来た人たちなど3組のお客さんたちがいた。いずれも馴染みのお客さんのようで、個人経営の小さい店は苦しい時期でもこうした人たちが支えているのだろう。自分もその1人のつもりだ。

今日はアルバイトもおらず、マスターは1人でオーダー受けから伝票記入、そして調理と、自分の仕事を黙々と続ける。店は地震のとき大丈夫だったのか聞くと、グラスが多少壊れたぐらいだったとのこと。

最初は中生。お通し枝豆。

焼鳥でねぎま砂肝を2本ずつ。

〆さば。地酒で磯自慢

甘エビ。地酒はもう一杯で久保田碧寿

印元ごま和え。このあとライムハイを一杯。

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