南行徳にいくつかあるホームベーカリーのうち、リヨンセレブではしばらく買っていなかった。3年ちょっとぐらい。今日は久しぶりに行って朝飯のパンを買ってくる。
左がカントリーサンド、上がパンオレザン、右が塩パン。
塩パンは思わず買ってしまった。屋山パン工房で薄く味噌味を付けた味噌パンがあるから、塩パンはどんな感じか食べてみたくなったからだ。薄く塩味を付けたパンだろうと予想したが、実際そうだった。セブンイレブンのおにぎりに、具なし・海苔なしでごはんだけを握った塩むすびがあるが、パンとごはんの違いがあるとはいえ、塩だけの味というのが似た印象。
味噌パンや塩パンがあれば、醤油パンというのもどこかにあるのではと頭に浮かんだ。ラーメンからの連想だ。検索すると、サンジェルマン タンドレス有楽町イトシア店についての食べログの記事で、たまり醤油パンの画像があった。ただし、それは2010年時点のもので、今もあるかどうかは分からない。
他には福岡のナカマル醤油醸造元という会社がパンかけ醤油というのを出しているようだ(同社の商品一覧ページ)。
今日も家の中のことを少しやって、昼過ぎにカメラを持って妙典へ。昼飯は妙典高架下の東秀でチャーハンと餃子のBランチ。
江戸川放水路堤防に植えられている早咲きの河津桜が今週はどうか見に行く。でも、前の日曜と変わらず、つぼみは固いまま。東西線鉄橋のそば、妙典小学校前の2本ぐらいが、つぼみが赤くなり、2つだけ花が開いていたが、あとはほとんどの木がつぼみが青いまま。強風で、東西線も鉄橋上はゆっくり運転だった。
夕方のニュースを見ると、今シーズン最強の寒波が襲来していると言っていた。北日本や日本海側は大荒れとのこと。太平洋側も早咲き種の桜がなかなか咲かないぐらい、今年の冬は寒さが厳しい。
河津桜が開いていたら、それをトップページレポートのネタにしようかと思っていたが、これではダメ。そこで、今年の寒さが長く続いているという話に切り替える。
イオンにちょっと寄ってから帰ろうと妙典駅に行くと、電車が止まっている。強風で運転見合わせか、飛来物が架線に引っかかったのかと思ったら、行徳駅で人身事故とのこと。
ディスプレイに運転再開予定は15時と出ていた。時刻は14時20分だったので、家まで歩いて帰ることにする。途中、西友行徳店の裏にあるイオンリカーに5分ぐらい寄って、家に着いたらちょうど15時(午後3時)ごろだった。イオンリカーによった分を差し引いて、妙典駅から徒歩で35分かかったことになる。行徳駅のところに来たら、ちょうど運転再開になったようだった。
帰ってからトップページレポートを更新してUP。
イオンリカーで買ったのはサントリーオールド。
たまたまイオンリカーに寄ったから買ったのではなく、久しぶりにウィスキーを家飲みしていと、しばらく前から思っていた。かつて、ウィスキーを自分で買って飲んだのはもう20年前ぐらいのこと。そのころはニッカオールモルトを何度か買った。だから、サントリーオールドを買ったことがあるのは、さらにその前で、買うのもホント久しぶり。
晩はそのサントリーオールドをロックグラスで飲みながら、録画した映画を見る。ある程度、飲んだあと、コンビニで買った弁当で晩飯。
見たのは1978年(昭和53年)の映画で「ブルークリスマス」。見るのは初めて。登場人物の中心である仲代達矢も勝野洋も竹下景子もみんな若い。もう鬼籍に入った俳優も大勢登場している。
CS放送では「特撮のないSF映画」という触れ込みで宣伝していた。
タイトルの下の英語表記に「BLOOD TYPE:BLUE」とあるが、UFOを目撃した人間は血液が青くなり、そうした女性が産む子供も血液が青。青い血の人間が増えるのを恐れた国連を初めとする世界中の政府機関が、彼らを抹殺していくという物語。
巨大な力に押しつぶされる人間たちという物語は、この映画の翌年ぐらいにNHK少年ドラマシリーズでも作られ、その後もリメークされた作品で、超能力を持った人間たちが抹殺されて行く「七瀬ふたたび」を連想させる。巨大な力に押しつぶされていく者たちを描く物語は、作り手の年代が強く持つ指向だろう。
自分としては、特撮を使わないSFというところに興味を持った。つまりは、青い血の人間が現れ増えていったら、世の中はどんなことになるかという机上シミュレーションのような物語を、特撮に頼らず、脚本を練り上げ、俳優の演技と演出だけで見せるというわけだ。なるほど、なかなか見ごたえがある作作品だった。
特撮を全く使わなくても、作られた時代の特殊撮影の技術とコスト、決められた予算の制約があるために、最小限の特撮で作られたが人々の気持ちを引きつけた作品はある。「スタートレック」の最初のシリーズもそういうもの。登場人物を演じる俳優たちのセリフ、演技、そして効果音などの演出で特撮に頼らないで表現した部分が多い。NHK少年ドラマシリーズのSF作品もそうしたものだ。
自分はそうした作品のクリエーターではないし、その業界とつながりがあるわけでもない、単なる愛好家の1人。でも、これから世に出て行くクリエーター達には、人の心理に訴求し、引き込んで行く物語の作り方を学ぶために、こうした先人たちの作品を見て欲しいと思う。
内容とあまり関係ないが、サントリーオールドを飲みながら見たので、作品の登場人物がウィスキーを飲む場面が気になってしまった。
サントリーオールドの瓶をラッパ飲みする岡田裕介。
仲代達矢が政府機関らしき男たちに脅される場面だが、ここにもサントリーオールドの瓶。
勝野洋と沖雅也の場面ではオールドでなく、サントリー角の瓶。
こういうのを見ると、その時代のウィスキーに対する世間の感覚が分かるように思える。
サントリーオールドは1950年(昭和25年)の誕生で、昭和20年代~40年代は国産ウィスキーでも高級品だったらしい。
サントリーオールドに関して、自分が社会人になって10年前後経った頃に読んだ新聞記事か何かだったが、それが記憶に残っている。アルコール飲料の中でのサントリーオールドの相対的な価値が低くなっていったことについてのもの。
1983年あたりに他の飲料との立場が逆転したらしく、同時にその頃に、学生がコンパで普通に飲むようになったという話が出ていた。1983年(昭和58年)は自分が大学4年になって研究室(工学部だったので文系学部のような「ゼミ」ではなく「研究室」)に入ったとき。研究室のコンパで飲んだウィスキーがサントリーオールド。1本注文して、みんなでロックや水割りで飲んだのだった。大学ではクラブやサークルには入らなかった。そういうのは縛られるから鬱陶しいとしか思わなかったからだ。学生の飲み会なども、1度も行かなかった。なので、ウィスキーのボトルをみんなで飲むというのは、研究室のコンパが初めてだったし、サントリーオールドを飲んだのもそのときが初めてだった。
だから、1983年ごろに学生がコンパでふつうにサントリーオールドを飲むようになったという記事に書かれていたことが、記憶に残っている。
今日は長いブランクを経て、サントリーオールドを飲んだが、明日からまだ仕事だし、量はセーブした。なので、今はもう午後11時を過ぎているが、この日記はちゃんと書いている。