日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

梅雨が始まりそうな、お天気です。

2019-05-13 08:43:13 | 日本語学校

曇り。

どんよりと重そうな雲が空を覆っています。数日前、駅に行く途中、「ショウブ(菖蒲)」と「アザミ(薊)」の花を見かけました。そろそろ雨の季節が始まるかなと思いながら自転車を走らせていると、あるお宅で「アジサイ(紫陽花)」の花が満開になっていました。

これは、ちと早すぎるにしても、街では、「アジサイ」も、すでに緑の葉を大きくし、蕾が膨らみ始めているのが普通。「梅雨」の始まりを感じさせるような花々の様子です。

「梅雨」一つにしても、どんどん季節が早まっているような、そんな気がするのですが、これも、迷いかな。

若い頃、「時間の経つのが速い」と言うと、年長者から「年をとればゆっくりになる。今だけだよと言われたものでしたが、いまだに時間はあっという間に過ぎています。忙しない毎日が続くのに、そろそろ疲れ、ゆっくりとした生活を望みはじめるのも、ある意味、当然のことなのかもしれません。

さて、学校です。

午前の授業が終わってから、すぐに残した学生にあれやこれやと指導を付け加えなければと思うのですが、なかなか時間がとれません。あのクラスでも、このクラスでもと、気ばかり焦り、それが常態化できないのです。一クラスだけであれば、それなりに計画を立てやることもできるのですが、あちらも残さねばならぬけれども、こちらが先だから…などと考えていると、鉄は熱いうちに打たねばならぬはずが、その時機を失い、ダラダラが身について、気がついた時には、既に変えられなくなっています。

それが重なると、こちらはイライラが募るだけです。体によくない…。

学校という名を返上して、事務だけで終わってしまえば、それはそうで、「書かせたよ。採点したよ。注意したよ。でも、やれないんだから、どうしょうもないね」で、定時に来て、定時に帰れば済むこと。責任は大人である向こうにある、で終わりなのでしょうけれども。

もちろん、「(目的が違うので)変わるつもりはない」と言わなくとも、そういうつもりの人もいます。 「国にいた時にはこれで十分だった。なぜ文句を言われなければならない」と思っている人もいるでしょう。「話せればいいのだから、漢字なんて面倒なことは覚えるつもりはない。『N3』くらいなら簡単だ」と言う人もいます(実際、そういう国の人もいます)。

「書く文化圏」でない国から来た者は、「N3」どころか「N2」でも取れるのです、漢字を大して覚えていなくとも。小回りが利くのです。日本人はそういう人を聡明とは言いませんけれども、彼等の国では「賢い」で通ってきているのです。確かにある意味、「さとい」のでしょうね。中には、学校で、『みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ』レベルの言葉と文法を習い、後は適当にアルバイトをしていれば、ヒアリング力はあっという間に、「N1」レベルに達してしまう者も出てきます。

けれども、文章が読めないのです。書くという習慣がないので、書くのを本当に嫌がります。直に「カタカナ」は言うに及ばず、「ひらがな」すら、適当になってしまうのですが。

これだったら、「半年くらい日本語を勉強して、あとは4,5年働いてから国に帰ればいいね」なのですが、卒業後、専門学校へ行き、日本の会社で社員として、働いているうちに、文法や漢字がわからぬが故の待遇の差など(書類が読めなければ、指示されるだけです)に気づき、少々慌てるのでしょう。また、学校で勉強したいなどと言うのですが、戻ってもやらないでしょうね、「三つ子の魂、百まで」です。コツコツやるができないのです。これも文化かな。

漢字が判らなければ、当然のことながら、上の級で習う単語の意味も判りません。簡単な既習の言葉に置き換えて、「この新出語のBは既出のAと同じ」でやり過ごすしかないのです。実際、「もう一度やり直す」か、「ゆっくりやる」クラスでは、そうせざるを得ず、そうなりますと、「同じ意味なら、覚えなくてもいいや。Aでやっとこう」と言うことになってしまいます。ただ、会社で働くとなりますと、だれも「A」なんて簡単な単語は遣いませんし、単語のみならず、普通の(日本人が使う)文法を用いますから、結局のところ、意味があまりよくわからないまま、適当にお茶を濁すだけの仕事ということになってしまいます。

この文法、一応社会に出るまでに「N1」文法くらいはやっておかないと、後が大変だと思うのですが、アルバイト先で「N3」文法も遣っていなければ、その必要性がわからないのです。

好奇心や向学心に富んでいれば、何も言わなくとも、新しいことを学んでいけるでしょう。が、いわゆる勉強しなくても、いい点数が採れていた人達は、手を抜くことが上手で、それでも試験には合格しますから、きちんと言語を身につけるという気持ちにはなれないのでしょう。

難しいですね。向学心はあるけれども、母国での成績はそれほどよくはなかった人と、向学心はないけれども、母国での成績はかなりよかった人と。どちらをとるかと聞かれると、少々辛い。

いろいろなことが勉強したいと言い、実際そうだろうなと思える人の中には、なかなか点がとれない場合があります。頑張っているけれども、文法の暗記文一つ覚えるのも、人の5倍くらい時間がかかる人もいる。もちろん、神は努力する人を見捨てたりはしませんから、時間が解決してくれることでしょう。が、日本語学校で学べる時間は限られています。

頑張らないけれども、暗記はすぐ出来る。ヒアリングがいいので、応用もすぐにできる。混ぜっ返すこともできる。とはいえ、継続が利きませんから、場当たり的。とはいえ、試験には合格出来ます。不思議なのですが。見たことがあるで、どうにかなるのでしょうかしら。この学校の学生は、ほとんどが95%以上の出席率で、学校に来て、勉強しているだけで、うちで努力しなくとも、そこまで行けるのかなあと不思議な気もしてきます。

その一方、努力がなかなか報われない人もいる。

足して二で割るとちょうどいい…とは言いますが、片方に何も残っていないと、これもまた大変ですね。

日々是好日

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