日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『一風呂』は『ご馳走』」。「卒業生の論文の『添削』」。

2009-07-02 08:21:46 | 日本語の授業
 今朝も、雨と「ご縁」がありました。いわゆる「小糠雨」、中国語で言うところの「マオマオユウ(毛毛雨)」。自転車で来ました(自転車に乗る技術がそれほどでもないので、傘を差しながら乗るなど論外ですし、雨具を着ると前が見えなくなって怖いので、これもだめというわけで、いつも「強行突破」になってしまうのです)。

 「梅雨」ですから、雨が降り続くのが「正常」で、降らないのが「異常」であるということはわかっているのですが…。それに、降らなければ、「都市の水甕(ダム)」が干上がってしまい、水不足で、水飢饉ということにもなってしまいます。水が足りないというのは辛いものです。飲む分はどうにかなるとしても、日本人は「お風呂」に自由に入れないのが何より辛いのです。
 ほんの少し前まで、田舎では、夏、外から来たお客さんに、さっと一風呂浴びてもらって、これも「ご馳走した」と言ったほどですもの。

 それはさておき。
 昨日は、放課後、卒業生に来てもらい、彼女の論文の説明をしてもらいました。実は、月曜日に彼女がこれを持って来たのですが、その時、前とは少し変わった様子の彼女に、「あれっ」と思ったのです。ちょうど居合わせた、エクアドルの学生(半年ほど重なっています)と、相手がスペイン語で通そうとしていたのに、日本語で話し続けたのです。

 彼女は、今年の3月まで、この学校で学んでいました。その時には、エクアドルの学生とはいつもスペイン語で話していました。相手が日本語で話しかけてきても、スペイン語で答えていました。大学で専攻したスペイン語を忘れたくないという思いもあったのでしょうが、あの頃は日本語を学んでいながら、どこかしら、日本語に「重点を置いていない」ような印象を受けていたのです。適当に、それなりの成績(日本語)はあげていましたから、本人もそれでいいと思っていたのでしょう。既に一度、社会に出て、働いたことのある人でしたし、私も「必要になれば、きちんとやるだろうくらい」の気持ちで、別にそれについて意見を言うこともありませんでした。

 些細なことですが、日本語に対する態度は変わっていました。書くことはともかく、日本語がある程度のレベルで話せなければ、「院」の試験も結果を期待することはできないでしょう。ですから、私も、彼女が持って来たものを、それほど嫌な気持ちではなく、つまり、こころよく、添削していくことができたのです。

 午後の会議が終わってからでしたから、6時は過ぎていたでしょう。不明な部分を聞き質し、説明を受け、どうにか形をつけられたのは、もうすぐ8時という頃でした。後は彼女がもう一度考えてから、提出するということでしたので、まあ、少しはお役に立ったのでしょう。
 私が、彼女が「専攻したいという分野」に疎いものですから、一度見て欲しいと言われたときも、躊躇しました。しかし、この時、「単語」や「内容」に関することは、既に専門に学んでいる人に見てもらったから、「テニオハ」だけでいいと言ったのです。「それなら」ということで引き受けたのですが、読んでみると、なかなかそういうわけにはいきません。「テニオハ」を入れ替えるにしても、意味が判らなければ、入れ替えようがないのです。ということで、簡単な部分、誰が誰に何を要求したのか、あるいは、場所は内か外かなどという部分で引っかかり、スムーズに添削していけなかったのです。

 これは、何事も同じで、「判っている内容」なら、「翻訳」も「添削」も割合に捗ります。特に共に作業をしたことがあれば、次に何が来るかといった想像もつきます。ところが、そうではなく、苦手な分野や疎い分野であった場合、しかも、それに関する書物を読む時間も余裕もないという情況の下では、「添削」にしても、「翻訳」にしても、なかなか流れていきません。不必要な時間がかかるのです。

 そんなわけで、添削したものを、メールで届け、それで終わりというわけにはいかなかったのです。実際に、彼女に来てもらい、説明をしてもらわなければ、進まない部分がいくつもありました。で、「中国語混じりの日本語」と言った方がいいのか、「日本語混じりの中国語」でと言った方がいいのかわかりませんけれども、ともかく、その部分の前後の脈絡(「組織」についても、活動くらいは知っていましたが、詳しいことは知らず、おまけに、新聞等で使われていた「用語」とは異なっていましたので、まず、それにも戸惑わされてしまったのです)を説明してもらいました。

 やっとそれも一応の形がついて、さて「もう一つ」となったのですが、疲れたので、これは「今日はやめ」ということにしました。短かったのです。それで、後で添削し、それを送るということシャンシャンとなったのですが、帰る間際の、彼女の「最後の一言」が振るっていましたね。「トドメ」という感じで、ガクンと力が抜けてしまいました。

「私は帰ります。先生はどうしますか」
「片付けて、直ぐ帰ります」
「そうですか。もう遅いですから、早く帰った方がいいですよ」
全く、ギャフンです。しかし、こういうタイプで、拘りがないから、異国でもたくましく生きていけるのでしょう。

 でも、今度持ってくるときは、二、三日前というのはだめですよ。二週間くらい前にしてね。こちらも仕事を持つ身。この学校の学生であれば(毎日会うので)、お互いに空いている時間を見ながら、少しずつやることもできるのですが、一旦卒業してしまうと、なかなかうまくいかないのです。それに、今、金曜と月曜日は、半分死んでいますから、持って来て欲しくないし…。

 昨日は、午後8時前に形はできたけれど、その前の日は、9時をとっくに過ぎた時間まで、(添削が)かかったのです。家では、新聞やら、DVDやらで、直接の授業とは関わりのないことに追われるので、学校でもできることは、家に持って帰りたくないのです。
(でも、結局、月曜日は持って帰ってしましたけれどもね。間に合わないと思ったから)

 実は、一昨日(火曜日)、午後8時半頃、(まだ、あと二ページほど残っている時でしたが)思わず、「泣き言」のメールを送ってしまいました。お腹は空くし、だんだん頭が「こんがらがってくる」し…。

 すると、直ぐに電話がきました。
「先生、まだ学校ですか。そんなにまじめにしなくてもいいですよ。時間がないなら、金曜日まででもいい」

 本当に明るい声です。常に前向きで、楽観的。
 この学校にいる時には、その自信が危なっかしく思えていたものですが。つまり、上を知らないからでしょう、どこか世間を侮っている、つまり高を括っているところがあるように思えたのです。器用にこなせるだけでは、日本の専門家集団の中に入ることは難しい。それを判っているのかなとう気持ちがしていたのです。入ることも難しいし、その中で、それなりの位置を占めていくことも難しい。
 そういう、ある意味での、彼女の「世間知らず」が、少々不安に思えたのです。けれども、能力のある人ですから、自分の至らなさに気づけば、グンと伸びるであろうということは想像できましたけれど。

 彼女の屈託のない、明るい声を聞いて、しかも、金曜日という、私にとってのタブーの曜日を言われて、ほぼ条件反射で、私は、叫んでいました。全く、どっちが上なのか判りませんね。

「嫌だ。金曜日は忙しいから、嫌だ。今、やってしまう」

 それを聞いて、「困ったなあ」と思っているであろう彼女の顔が目に浮かんでくるようで、一人笑ってしまいましたけれど、子供のように駄々を捏ねたことが良かったのでしょう。憂さ晴らしが出来たのです。それで、とにかく、一応最後まで見ることが出来たのですから。

 けれども、各分野における「専門用語」というものは、「単語」だけではありません。時には「表現方法」まで含まれてきます。特に「言いまわし」が、手に余るのです。普段使わないような「言いまわし」で表現されていたり、この意味では使わないよなという意味で、ある種の「単語」が使われていたりすると、「中国人ゆえの『表現』」なのか、それとも、この分野では「常識となっている『表現』」なのかの区別が、(素人の私には)つけかねるのです。

 彼女には、「(この分野の本を)もっと、たくさん、たくさん、読んでください。そして、私が聞いたら、直ぐに答えられるようにしてください」と頼んでおきました。が、自分で選んだ道です。望んだ道です。きっと、頑張って、新しい道を切り開いていくでしょう。そのためなら、多少眠くとも、また多少お腹が空いても、おつきあいします。でも、多少…、「ちょっとだけ」ですぞ。

日々是好日
コメント
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