柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

要らぬ世話

2006-08-31 08:40:33 | Weblog
2016年オリンピックの国内候補地に東京が決まって、何だか大騒ぎです。何年か前に大阪が立候補して大負けしたのは記憶に新しいですが、あの時はこんなに候補地がどうこうなかったですよね、なんか大阪だけが勝手にやっている感じ、日本中(東京は、国は、マスコミは)知らん顔で。今回は何故?福岡の参戦、石原慎太郎の知名度?北京の次の次です、開催国としてアジアが続くことは考えにくいという論が妥当なところですか、では何故招致するのか?10年先は当の都知事、生きているかどうかの問題です、さてさてその目的やいかに。中国新聞は社説で、東京ばかりに集中するな、なんて情けない遠吠え載せています。朝日の天声人語はよくわからない文章です、昭和39年(どうしてこう書かないのでしょうかねマスコミの言葉狩りにはまことに呆れます)の東京五輪は「敗戦から再生して世界の舞台に復帰する証しのようだった」が「東京は激変した」、「前の五輪の功罪を見つめることが肝要だ」だから「あの時代の「改造パニック」そのものを省みる必要がある」と言いながら、福岡は独自の魅力的な都市の肖像を備えていると持ち上げます。福岡が改造されるのは良いというのでしょう。東京の二の舞、長野の二の舞じゃありませんか。大金掛けて、競技場やら道路やら宿泊施設やらをどんどん創って、祭りの後には大借金。朝日が言うような上っ面で考えても、今の東京ほどの交通機関の利便や競技場などのインフラを揃えようと思えば、どれだけの破壊を(山を崩し、川を埋め、田園を道路が突っ切る)伴なうのでしょう。判官贔屓は判官贔屓でいいですけれど、理屈が無茶です。無駄なくやるにはやはり東京です。長野の祭りの後の四苦八苦をご覧なさいな。もっとも、五輪を招致する意義が本当にあるのかどうかは別次元の判断です、大無駄遣いには違いないでしょう。公共事業による景気回復という、大昔からの行政手法には違いないのでしょうから。
 徳山工専の事件。この事件に限らない事ですが、校長の談話(今回は学校での事件ですから、一応順当な手続きですが)は毎回大仰です。被害者の志を酌むとやら、何やらを背負うとやら、大仰です。本点をわざと外して誤魔化しているのでしょう、いやご本人にはそういう意図がありやなしや、どうせ教育委員会辺りからお達しが出ていましょう、こうこうこう言いなさい、要らん事は言わないこと、とか。つまりマスコミ向け、自分の保身のための言辞でしょう。生徒には響かないです、こんな言葉では。生徒は生徒でちゃんと理解もしているし、相応に考え対応していましょう。特に女生徒は大人ですから、周りがああのこうの言うだけずれていきます。動揺しなさんな、あなた方にはあなた方の日常が続いているのだ、と言ってやればいいことです。そして、要らん世話の最たるものは「心のケア」です。何をしようというんでしょうねぇ。臨床心理士なんてこれまた仰々しい連中が乗り出してくるんですが、どうせマニュアルに沿ってああのこうの聞いたり話したりするだけでしょう。人の心なんて、周りからどうこうできはしないのです。皆、自分の経験から十分わかっているのに、専門家(何とか士達)なら何とかできるだろう、そういう手当をしておけばこれはこれで解決、なんて安易な流れに違いないのです。心の専門家なんていません。自分より経験のない、常識のない、端的に劣った専門家なんて世の中にざらにいますよ。そんな専門家様に何を聞きたいですか?しかも相手は子供です、専門家様の言葉を信じてしまうでしょう、教科書に書いてある通りしか喋れない奴に当たった日には、これ宗教の勧誘と大差のないことになります。あなたはこういうふうに傷ついているに違いない!なんてね。馬鹿馬鹿しい。高校生くらいの歳の子には事実をありのままに隠さず教えて、あとは放って置けばいいんです。自分で考えさせ自分で解決させればいいんです。心のケアが必要な人はもっと他にゴロゴロいますがねぇ、専門家の方々。

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不介入

2006-08-30 08:40:41 | Weblog
徳山工専事件、同級生の男が犯人でしたか。何ともなぁ、です。「恋情のもつれ」でしょうね、週刊誌風に言うと。どうしてふられたとしても我慢できんかなぁ。この娘にとればいい迷惑だったんでしょうねぇ、言い寄られて。尤も、今私達に与えられている情報は、被害者のいわば「いい面」ばかりです、太陽のような娘だった、クラスメートからも慕われていた、熊本大学に編入入学が決まっていた等々。どんないきさつがあったのかはわからないですが、しかしどんな状況であれ「恋情のもつれ」であるなら思いの届かぬはよくあること、そういう事態に辛抱しきれない、我慢しきれない、時間の過ぎるのを待つしかないのに待てない、そういう未熟さ、いや年若いことに拠る未熟ではなく元々の脳のつくりとしての未熟さに溜息がでます。皆、我慢して、時の過ぎるを待って忘れてきたんです。そうですよね。こんな男に(女に)横恋慕されるが身の不運です。場合としては恋情関連でない事、例えば劣情関連(暴行強姦目的)、もの盗り関連などがありましょうし、上記に決まったことではありませんが、後者であればまことに安全な場所というのがなくなったという、また別の溜息が出ますね。自分の通う学校でそんなこと起こると思いませんよ普通は。
 稚内の母親殺し。これまた30万円で殺人依頼するなんてゴルゴ13の世界。でも、高一生にどうして30万円なんて用意できたのかしら。ま、話だけだったんでしょうけれど(先払いだったりして)。よほどに憎たらしかったんでしょうか。呆れるばかりですが、事情が家庭環境が露わになって世論形成までなされるほどになっても、この種の親子の事件は他人の介入を拒みますね。といううか、親子の憎愛は他人には窺い知れぬのです。便宜上の法律で裁く為に前後左右の事実関係を調べて客観的に、なんてはできないことなんです。平たく言えば、警察が民事不介入なんて言いながら夫婦げんかや親子ゲンカに口を出さないのと同じように(もっとも最近はDVがありますからね、ストーカーがうじゃうじゃいますからね、刑事事件になるのを待っているわけにもいかなくなっていますが)、「あんたが産んだ子だ、殺そうが虐待しようが好きにしなさいよ」「あんたが産んで育てた子に殺されるのはしかたないぞ」です。乱暴ですかね。小さい子供が、自分の親に虐待されて、それでもそれでもその親に擦り寄っていくしかない、そんな悲劇を聞けばもちろん義憤に心は溢れます、なんとかその子を助けてやりたいと思います、そのとんでもない親をぶん殴ってやりたいと思います、その子を思うと涙が溢れます、傷めつけられても痛めつけられても親はその二人だけなんです、抱っこしてくれと擦り寄っていくんです、こんな悲しさがありましょうか。でも、でも、私達はそう思うだけで終わるんです。児童相談所も五十歩百歩です。引き離しても引き離しても、親が連れに来たら返さざるを得ない現実なんです。そこを拒絶する強い力が未だないのです。人ごとなんです。よそ様の家庭のことなんです、原則不介入なんです、暗黙の了解ごとです。その方が私達は、社会は楽なんです。そして果たして「被害者」は増えるばかりです。ううむ、きれい事じゃぁだめだなんて凡百の評論家になっちゃだめです、どうしますか諸兄。どう思われますか、諸姉。
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予定調和

2006-08-29 08:39:26 | Weblog
徳山工専の女子学生殺人事件、北海道の高一生が仲間をつれての母親殺し。親殺しや子殺しには驚かなくなりましたし、若い女性が毒牙にかかるは古来からの常、しかし学校やら、マンションやら、人目のあるはずの場所での犯罪の多いことです。安全な場所がないという嘆きに繋がるのでしょう。ううむ、恋情の破綻が因の凶行なら(これが多いのでしょうが)なんと我慢辛抱ができなくなっていることです。失恋の一度や二度誰でも経験のあること、みんな眠れぬ夜を過ごし、枕を濡らし、切なさやるせなさに七転八倒して、時の過ぎるを(忘れゆくを)待つしかない、みんなそうしてくぐってきたのです。そこを辛抱できないんですね。つきまとう、嫌がらせする、挙げ句に暴行凶行。思い切れぬとつきまとうとは違います。そこの区別がついてないんでしょう。殺したいほど愛しい、なんて本当に殺しちゃいけないんです。そこに歯止めの利かぬ奴らがいるわけです。それこそゴロゴロいるんでしょう、あなたのそばにも。親殺し、子殺しはこれは特殊なケースです。まず相当の親子関係ありき、です。他人の介入できることではありません。むかし尊属殺人なんて罪があって、他人を殺すより親を殺す方が刑が重かったんですが、今となっては私が勝手に断じているように、自分の子を殺すは他人から介入しにくいこと、親を殺すはそんな子を生み育てた本人(親子)の自業自得というもので、他人を理不尽に殺めるとはおのずと罪の軽重、社会に及ぼす影響の軽重がありましょう、むろん他人を害する方が重罪です。学校で殺されて、何とも気の毒なことです。相手が教員やら同級生であればこれまた辛いことですが、どうでしょうか。
 昨日の朝日新聞の「煽り」に乗ったのでもないのでしょうが、小泉さん、加藤議員実家放火事件に対してやっとコメントを出しました。ありきたりの内容です。みんなそれを待っていたのでしょうに、なんだか白々しい反応だこと。結局大将に振り回されただけですか。ノーコメントがコメントだったわけですからね。当の朝日もベタ記事扱いです。何じゃそら?小沢さんの談話もまたありきたり。反対するばかり、噛み付くばかり。この人、民主党党首に無投票再選されるらしいですね、相手は小泉にあらず、安倍と決めたり、ですか。言論弾圧なんて漢字に換えてしまうともうそれで問題が解決したような気分になるんでしょうね。言論弾圧は許されない!断固戦う!なんて書いてしまえばそれで終わってしまうんです。ありがちなことです。敵さんもそれがわかっている。予定調和の世界。いいんですかねぇ、いいんでしょうねぇ。
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お先棒

2006-08-28 08:38:40 | Weblog
バスケットボールはお嫌いですか。私は下手の横好きで今も真似事やらせてもらっていますが、今世界選手権が日本で開催されています。この業界もサッカーと同じで、NBA見た後に日本の実業団のゲームを見るとあれれこれだけ違うかとびっくりします。見慣れていない人でも気がつくと思います、スピードの違い、パワーの違い、個人技の違い、そして何と言っても体格の違い。サッカーのワールドカップで言われた批評がそのままこっちにも当てはまります。18点差をひっくり返されて負けた試合もそうでした。バスケットで18点はまずセイフティリードです。野球ほどサッカーほどには市民権のないスポーツですから、ああそんなもんなんだ、で済まされていますが、この種目も世界との差は果てしないものです。田臥はどうなったんでしょうね。
 朝日新聞で論説主幹が加藤紘一の実家放火事件をとりあげて、「テロとの戦い」はどうした、との見出しを打っています。小泉首相やら安倍官房長官やらからの談話のないことが気に入らないという論旨です。あれは歴然たるテロ行為なのだからちゃんと対応しろ、でないと「こうして靖国参拝について、異議を唱えにくい空気ができていく」「足元の「右翼のテロ」とは戦わなくてもよいのだろうか」と続きます。昔尼崎でしたか朝日新聞の支社が暴漢に襲われ事件が起きました、この事件は自社の絡みだからでしょう、長く長くキャンペーンも張り報道続けています。でも、その他のものは、どのマスコミもそうですが、すぐに飽きてしまうでしょう?秋田の娘投げ落とし事件はどうなったんでしょう、数多く紙面やワイドショーを賑わせた猟奇事件やら殺人事件やらはどうです?ワー!と集って大騒ぎして、そしてすぐに手を引く。そしてみんな忘れていく。忘れるように持っていくのがマスコミじゃありませんか。この事件でもそうです、新聞やらTVやらが続けて報道しましたか?放火がありました、加藤議員の実家でした、おそらく政治的な思惑があるのでしょう、で終わり。靖国の問題(問題でも何でもありませんが)も、8/15を過ぎると終わり。小泉さんのあの行為が解決させたのでしょうが、いいえ、毎年8/15までのイベントなんです。お先棒担いでいる、というか煽っている張本人がマスコミじゃありませんか。自分たちの煽りが、粘りが足りぬだけであるのに、またまた人の所為にする。加藤議員も、その必要があるならもっともっとマスコミに露出して世論に訴えればいいことでしょう?
 要は、政府からの正式声明のなかったこと、その後梨の礫であることが気に入らぬのです。それが彼らの返答なんでしょう?問題意識が足らぬと言うなら、あなた方がもっともっとキャンペーンを張って世論形成すればいいことでしょうに。そう思います。人の所為にしちゃいけません。
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黒幕

2006-08-27 10:32:17 | Weblog
シュレッダー事件でいろんな意見を見聞きしますが、私のように自己責任を(子供に触らせる方が悪い)言う見方と、業者の責任を問う見方に分かれます当然ながら。後者にこういう言い方がありました、業者は業務用の機器であれば2歳の幼児への注意は想定外であったと言うが、あれだけ売上を伸ばしてきているということは(個人情報保護法施行により)家庭にも十分に普及しているということであり、つまりは子供の触る虞のあることは十分にメーカーの想定内にあるべきことだと。ううむ、弁護士が言いそうな、ディベート式の謂で、そう言われれば・・と思ってしまいますが、業務用機器と言う特殊性がどこかへ行ってます。家庭用であればやはりメーカーの非は強く問われましょうが、業務用ですからね。いかがお考えですか?
 8/25から新学期になる学校が多かったそうです。土日が休みになって時間が足りなくなったから、とTVは当然のように言います。なーにを言うとるか?です。これも、順序が逆のマッチポンプの一型です。土日休みにしたのは一体誰なのか。保護者が言い出したことではありませんよ。ましてや子供たちが要求したわけでもありません。自分たちの(教諭連中)休みを増やすために、「ゆとり教育」なんて大嘘を子供にかこつけてぶち上げてやっつけてしまう。教諭一人一人が悪いのではなく、むろんその業界の決定機関、決定機構の恣意によるわけですが、教諭の業界は反靖国、反日勢力の筆頭団体です。ずるずるずるずると60年かけて潰されてきた日本人気質を取り戻すには、こういうマッチポンプ手法で最後は自分たちの怠惰怠慢を正当化して社会秩序を崩しながら社会の施政者の所為になすりつけるだけの勢力を駆逐せねばならないのです。例えば運動会が9月の第一土曜日、灼熱の中行なわれる。その昔、何度か校長にクレームつけましたが、その後のカリキュラムから逆算すると準備にかける時間を省ける新学期早々となるのだ、との答えばかり。もっと秋風が吹く季節の日曜日にゆっくり地域の住民達も呼んで見に来てもらってやればいいものを、つまり昔はそうだったというわけですが、土曜日が休みの保護者と日曜が休みの保護者とどちらが多いと認識しているのか、あちらの場面では子供の教育には親の関与が重要だ、学校委せにしてもらっては困る、なんて言うその口で、土曜日に来られない保護者は我慢してくださいなんて平気で言う。地区内の中学校小学校の運動会と平気で期日をぶつける。兄弟(姉妹、あえて書きましょう)が重なる家庭が多いのは容易に想像されるのに平気です、これも文句を言ったことがありますが、ぶつけてくる向こうが悪いなんて言い方でした校長。話し合って期日をずらそうなんて気持ちは全然ないんです。そんなことなんです。上が(団体トップ)腐れば、前線(学校)トップも傲慢です。60年は長く深いわけです。学校に多くを望んではなりませぬが、しかし、子を安心して委すことのできる教諭を育てあてがうことはできるはずです。役人を変え動かすには法律を変えるのが手っ取り早いのです。だから教育基本法なのです。ううむ、改悪を繰り返すばかりの教育現場(小学校の英語教育など、愚の骨頂でしょう?)ですが、それを指示している奴がいるわけです。そして唯々諾々と高級官僚が従い、地方にそのまま降りてくる、市役所町村役場がそのまま施行する。その頭を潰さないとならぬわけです。誰ですか?わかりますか?
 
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すいきんちかもく?

2006-08-26 08:40:58 | Weblog
冥王星騒ぎ、いかがですか。あんなに興味のあることですかねぇ、私にないだけのことでしょうが。TVでアメリカの惑星覚えの語呂合わせを教えていて(日本でのすいきんちかもく・・です)「ママがピザを作ってくれる」といった文章なんだそうです。その最後の pizza が Pluto(冥王星)の p で、「次はママ、何を作ってくれるんでしょう?」なんて、レポーターはおしゃれにまとめていましたが、そんなことくらいのことですよねぇ。でも、朝日新聞笑いますよ「地球は君を忘れない」と社説で大見出しです。何だかこういうセンスにはついていけませんねぇ、ある時は正義漢ぶって大声を出す、ある時は黙まりを決め込む、そしてこんな赤ちゃん言葉でふにゃふにゃ言う。「地球のきょうだいとしての冥王星は、私たちの文化に深く根を下ろしている」「子供に聞かれて困る親も多いだろう」と続きます。なーにを言うとるか!?子供聞かれたらそのまま説明すればいいことです、世の中の基準はその時々で変わっていくものだ。もう一歩進めれば、世の中の決まり事なんぞは真実が元になるんじゃない、人の恣意によるのだと、教えてやればいいんです。何も困ることはありません。そして、きょうだいとやら仲間とやらの、べたべたした関係を無条件に礼賛する姿勢。いやですねぇ。もう一つ噛み付くと、「きょうだい」というひらがな表記です。日本語では古来「きょうだい」という言葉には兄弟と漢字を当ててきました。でも、この勢力にかかるときょうだいは男ばかりではない、姉妹もその混合もあるということを言いたいのでしょうが、何たる底浅い言葉狩りだこと。いちいち腹が立ちますか?姉妹の方々、きょうだいと言われることに、しまいと呼ばれぬ事に。男女平等の見地から、なんて小理屈言うんでしょうがこれまた馬鹿馬鹿しい。あなた達の上っ面ばかりの言葉狩りがどれだけ害毒をまき散らしているか。というか、それを是正できない方の責任も同じくらい大きいのですが。
 冥王星の話でした。今TVで、あほなインタービュアーが子供に「寂しい」とやら「なくならないでほしい」とやらの言葉を期待してマイクを向けたところ「なくなったら何か僕たちに悪いことが起こるんですか?」と応えた子がいました。すばらしい。いかにマスコミが大衆に媚び、大衆を愚弄し、大衆に迎合しているかです。些末なことは些末なことなんです。馬鹿馬鹿しいことです。どってんかいめいがどってんかいになるだけのこと、何にも変わりはしません。とほほ、ですね。
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被害者の非

2006-08-25 08:40:18 | Weblog
シュレッダー事件について中国新聞の社説です。家庭の「凶器」対策急げ、との見出し。各地で同様の事件が多発していたのにメーカーも行政も対応がおざなりで遅い、何でも今年の3月に指九本の切断事件が起きて、メーカーは投入部分の幅を狭めた改良品を造ったが、その後5ヶ月も改良品に交換することなく従来品を売っていたそうで、社長の会見を受けて「消費者の安全を守る意識が欠如していたと言わざるを得ない」と断じています。メーカーと監督官庁を咎めるばかりの論調、最後に申し訳程度に家庭でも気を詰めなさいよと言うばかり。ふむふむ。先の瞬間湯沸かし器の事件もそうでしたが、遡って狙いを定めて捜せば出るわ出るわです、当然です。で、みんな目をつり上げて、何たること!!です。買い手の責任はないんでしょうかね。消費者は絶対に完璧に守られなければならないと言う前提です。被害者、弱者が最強者であるという論理です。おかしいです。買い手は吟味して自らの意志で購入するんです、売れ筋の商品はそれだけ買い手のニーズに沿っているわけです。もちろんとんでもない奴もあるでしょう、でも、相当のメーカーの造るものならそれこそ相当にこちらも了解せねばならぬでしょう?いやいや例外はあります、三菱自動車の事件のような、一般人の期待を、ブランドに対する期待を見事に裏切ってくれる例もありますが、普通はそんなえげつない商品は生き残れないはずです。事実この商品も、極悪品なんかじゃないでしょう?それをまるで最悪の商品扱いです。怪我した本人にはお気の毒に思いますが、この社説を読んでもやはり使用する側の注意不足は、メーカーや監督官庁の不作為を凌駕するものと思いました。
 宮崎県の高校生刺殺事件、また偏屈おやじの噛み付きで恐縮ですが、午前零時40分頃という時間に、この年格好の男女5人(しかも女4人)がどういうことです?親がこんなことを許していたわけですね。おかしな奴、危ない奴は残念ながらどこにでもいます、そこから身を守るも社会生活上大事な意識です。いつも同じ結論になってしまいますが、もちろん犯罪者が一番悪いです、でも脇の大甘だった本人達と世の中を知っていてそういうこと教えてやらねばならない親たちも同じくらいこの悲劇の因に関与しています。私はそう思います。20歳の男が犯人であったとしても、どうせ精神鑑定でああだこうだとなって、暫くしたらまたそばに帰ってきますよ。こういう輩を社会から除けない仕組みです、被害者弱者を最強者に仕立てる理屈の振り回しによって。一般人が一番迷惑を被り、我慢忍耐を強いられる社会です。法律がそうなっているから、裁判官がそういう輩で占められているから。つまりそういう法律を作る奴らが多いから、それに楯突く連中が少ないから、既成事実に沿うばかりの裁きであるから、です。自分のことは自分で守らねばならぬということです。裁判所は、警察は守ってくれませんよ。
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幼稚

2006-08-24 08:32:54 | Weblog
昨日書きました高圧酸素療法、朝日新聞に商品化されていることが載っています。高圧酸素セラピーと言うらしく、カプセル内の気圧は1.2気圧ですって。昨日は2気圧3気圧なんて書きましたが、そんなに高くしたら人間が潰れてしまいそうです。訂正します。この療法は、医療に使われています(もちろん)、例えば脳梗塞の急性期とか一酸化炭素中毒の治療とかにです。カプセルに入っている間は症状軽快しているけれど、外に出るとまた悪化して、と出るに出られないケースもあるそうですし、あのカプセルが爆発した事件もありました。ううむ。高濃度酸素は体には毒だというのが常識ですし、安易に向かうは勧められませぬ、諸兄!
 シュレッダー事件です。世の流れは(報道の流れは)例によって「どうしてこんな事件を放って置いたのか」「子供を傷つける機械を販売するとは何事?」さらには、子供向けの製品はもちろん子供の手にふれ易い製品に対する安全意識が高まっていることを指して「こういう気運がもっと早かったなら、こんな悲劇は起こらなかったでしょう」とNHKはアナウンサーに喋らせます。一つ問題が起こると総掛かりの袋叩き、といういつもの現象と、これまたげんなりする相も変わらぬ幼稚な発想。水は低いところに流れゆく、人は安易に流れゆくのですが、どうしてこんなに何でもかんでも人の所為にするんでしょうか。そして遡って、他の事例を引っ張り出して、十把一絡げで非難する。相手が企業であれば被害者意識満載で責める。そして「被害者」は言う、被害者は私達だけで沢山です、以後起こらないようにして下さい。ああ、あなた方の責任はないのですか?福田和也ではありませんが、どうしてこんなに日本人は幼稚になったんでしょうか。アイリスの社長があきれ顔で会見していました「業務用のシュレッダーである。2歳の幼児が使用することは想定していない」まことその通り。業務用であれば機能優先です、早く大量に正確にです。大人が普通に使う分に安全であればそれでいいわけで、だから安価化できるし、だから業務用なんでしょう。大体2歳の子にそんな機械で遊ばせている親がまず第一に咎められるべきなんです。何でも5本も7本も指を切断したそうで、その子の行く末を思うに気の毒ではありますが、でも機械の所為ですか?違いますよね。でも被害者ですよ。今後このようなことのないように気をつけてくださいなんて、製造元にしれっと言うわけです、私はもう文句は言いませんからと言外に強調しながら。悪いのは機械じゃなく、もちろん企業でもなく、あなただ!お母さん。包丁で指を落としたら包丁メーカーの所為ですか?カッターナイフで指削いだら訴えますか?言いがかりです、因縁つけてるにかわりません。通常人による本来の使用においてその安全性に問題があれば製品、製造元の責任でしょうが、このケースは違います。おまけに、こういう事故は自己申告制(任意申告制)であったので事例が十分に報告されていなかった、今後は報告を義務づけて事例の把握に務めるなんて、問題論点をすっかりすり替えて事足れりです。馬鹿馬鹿しい。そしてどいつもこいつも人の所為にして終わり。幼稚としか言いようがないところ。私はあの製造元の会見に賛同します、通常考えられない環境状況下の出来事です。
 よく言われることです、日本人は干渉しすぎる、つまり規制しすぎる。道路のガードレールがそう、追い越し禁止の黄色線がそう、遊泳禁止の立て看板がそう、崖の山の線路の・・、どこ彼処にいけません、いけません、です。自己責任なんて言うと、またどいつもこいつも言い出して、まるで公がなくなったかの如く言い募る。幼稚。この表現が一番正しいのでしょう。もう、人の所為にするのはいい加減にしましょうよ。そう思います。
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優しい気持ち

2006-08-23 08:39:46 | Weblog
早実ピッチャー、延長15回投げた後、かかりつけの鍼灸士に鍼を打ってもらい、そのあと高圧酸素療法を受けたのだそうです(毎日)。1時間から1時間半入っていたのだそうです。へぇ~と思い、少しく鼻白みました。高圧酸素療法というのはこうです、普通は大気圧は一気圧ですよね、その中に21%酸素が含まれるのですが、炭酸飲料の原理で高圧下には気体は多く液体に溶けるでしょう、コーラやビールを振った後に栓を開けるとプシューと吹き出しますよね、気圧が急に下がるから溶けていた気体が気化するわけです、あの理屈で2気圧とか3気圧とかいう高圧環境に体を置くと、より多くの酸素が血液に溶ける(ヘモグロビンに結合する)、するとより多くの酸素が体中を巡り疲労回復を促進するというわけです。じゃぁ、そのカプセルから出たら「プシュー」は起こらないのか?急に出たらまずいでしょう、血管内でプシューが起きるとその空気が血管を閉塞して大変なことになりますから。これが深く海に潜った後ゆっくり浮上しろという、あの潜函病の理屈でもあります。で、彼はそういう治療を受けて翌日に臨んだのだそうです。記事はスポーツも科学の時代だ!というくくりなのですが、何だか違和感ですね。昔がいいとばかり言うのではありません、三沢ー松山商戦やら板東ー村椿戦やらをむやみに礼賛するのでもありません。でも、違和感です。設備のあるなし、つまりは資金のあるなしが重要な要素になるんです。優秀な選手の争奪戦、加えての設備投資。うむ、進むべくして進む道ですが、昨日書きました、単純な「優しい気持ち」に冷や水を掛けられた思いでした。ああ、そこまで「かまわれて(大事にされて)」いたんだ・・。
 亀田の長男、世界チャンプ、同じ相手と再戦するそうです。その意気や、よし。でもダメでしょうね、相手の方が力は格段上です。こういう下馬評を覆して、ちゃんとKO勝ちすれば凄いことですがね、さて真価が問われるところ。でも、協栄ジムの金平会長、昔から思っていたことですが怖い顔ですねぇ、ますます磨きがかかってきました。具志堅用高華やかかりし頃の、あの毒オレンジ事件はまだ記憶に鮮明です。ボクシングは興業なのだ、スポーツではない、なんて言い放つ評論家もいるくらい、この世界はそういう色なんでしょうが、亀田兄弟やらその親父やらなんかよりもっともっと怖いのはこの会長なんでしょうね。ううん、ますます楽しみになってきました。ナイス マッチメイキング!会長が会見したのも大正解!
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昔話

2006-08-22 08:40:50 | Weblog
昨日のNHKビートルズ特集ご覧になりましたか。やはりあの東京公演画像は日本テレビのものなんですね、まだ特許が切れないのでしょう。昔の映画が500円DVDで見られる時代ですよ、もう40年も前のこと、いい加減に「みんなのもの」にすればいいのにとも思います。かまやつひろしの話が面白かったです。前座の扱いが悪かったという話。そういう話をしている人達がもう65歳です。昔話なんですよ本当に、でも今なおビートルズは売れるんです、全然古くないんです。映像にさかんに出てきた当時の写真は最近出版された写真集からのものです。40年前の写真が今なお売れるという事実です。ビートルズはまさにこの世の中のエポックだったのです。TVの内容自体はいまいちでしたが、そういう感慨は湧き起こりました。
 早実のピッチャーさすがに泣いてましたね。高校野球の醍醐は見ている者が優しい気分になれることでしょうね。ああ、よくやったぞ、と心底から思って遣れること。アナウンサーや解説者の予定された泣かせの言葉もこの時ばかりは許されるわけです。で、インタビューです。キャプテンとピッチャーが聞かれていましたが、彼らも色々大変ですが、キャプテン用意が足りなかったなぁ、語彙不足。ピッチャー、期待しましたが、あらら・・でした。いや、私の期待が大きすぎたと言うことです。監督の受け答えがうまかったですね。あれだけ大きな声ではきはきと喋るは好印象です、勉強になりました。インタビューでうまいのは朝青龍です、言葉は流暢とは言えないまでも、笑顔をたたえて大きな声で決めの言葉をはっきり言う、大きく手を振る、観客に応える時間を作る、大阪場所では「おおきに!」と言う。あれを初めて聞いたときには、ああ貴乃花負けたなと思ったものです。人の感想というのは勝手なものですね。
 新聞記事で、早実のピッチャー三振奪取が史上二位だそうです。一位はなんとあの板東英二です。板東ー村椿の投手戦というコピーで有名な延長18回(準決勝)やったあのタレントです。彼はあの後中日に入って王長嶋に相対したわけです。昭和33年第40回大会のことです。ちなみに(これが多くてすみませんが)、その大会の優勝校は我が柳井高校でした。翌日の決勝戦、板東疲れて打たれたというわけです。板東英二が話題に上がる度に、柳井高校の栄光を思い出すという同窓生だけの「陰(いん)にこもる」楽しみです。全くローカルな話ですみませんでした。
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