柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

幸せ

2008-12-31 08:55:11 | Weblog
外に出ている子供たちが帰郷して家の中が一気に雑然とする正月モードです。どちらのご家庭もそうでしょうか。うちはまだ孫がいませんから雑然さの程度もまだかわいいものでしょうが。昔話をし始めたら年取った証拠だなんて言いますが、結構、歳取ることを全く厭いません。40歳代の頃には早く50歳になりたいと思い、今は早く60歳になんて思う偏屈ですからこの辺りは皆様とはきっと違いましょうが(64歳になったら、待ってましたとばかりにビートルズの When I'm 64 を唄いたいなんて思ってます、つまり64歳までバンドやるつもりです、いやもっと正確に言えばバンドのメンバーの誰かが欠けるまで、です)。女房と子供の小さい頃の話をするのもなかなかしみじみしていいものです。それに当の本人が混じる、本人の意見感想を聞く、これもまた一興。こういう時間を持てるのも幸せの一つなんでしょうね。そうも思います。やがて子供たちがそれぞれに所帯を持って孫を連れてきて、なんて場面になるんでしょう、そういう時も女房と笑っていたい。歳を取るということは女房への感謝の気持ちが膨らむことなんでしょうか、少なくとも私の場合は明らかに正比例です。と、こういうことを照れずに言えるのも歳を取った証拠でありましょう、そしてそれを嫌と思わないわけです。悪くないですよね、歳を取るのは悪くないですよ。そう思います。
 昨日、年末押し迫ったこんな時期に、ひょんなことをきっかけにして昔広島で勤務医していた時分に組んでいたバンド(これもビートルズバンドですが)でもう一度やろうという話になって、うち一人は神戸在住、わざわざ広島までやっきてのイベント、92年に私が当地に帰ってくるのを機に離れて来初めてやるイベントを広島でやりました。16年ぶり。昔取った杵柄でもありまた曲がビートルズですから体に馴染んでいることもあり、パフォーマンス自体はそこそこだったのですが、いえ、言いたいのは、メンバー4人なのですが、それぞれ女房連れて、子供を連れて来ていたんです。それが何だか嬉しかったということなんです。他のメンバーは私より若いので子もまだ小さいのですが、中学生小学生なんてのを連れてくる、子供におやじの遊びを見せる。大仰に抽象論振り回すつもりはありません、単に家族の前で遊んでいるというこの光景がいいなと思ったのでした。私は当地で遊び初めて11年ですが、子供の小さいうちは手伝わせましたし、何より諸事一般差し繰り仕切るのはずっと女房でした。私にとっては女房子供の前でというのは通常のことなのですが、他のメンバーも皆家族連れてくるというのが何ともいい風景に思えたのでした。かといって、旦那衆のお稽古事の発表会になったんじゃぁなりませぬ、きちっとしたものを聞いてもらわねばなりませぬ、聞きに来て貰っている人は関係者ばかりじゃありませんから。そっちは汗かいて一杯いっぱいだったのですが、16年の年月は白髪を増やしただけではないことよのうなんて神妙な気分になったりしてました。だから、歳を取るの悪くないんですよね。
 今年も多くの方々にお付き合いいただき有難うございました。駄文拙文ながら読んでいただけているという思いがあればこそ長く続けていくことができています。間違い、思い違い、偏り、思い上がり、独り善がり等々、書翰子の足らず欠ける点枚挙に遑のないことではございますが、こういう偏屈もいるのだのうと世の中の多様性雑多さのご認識の一助になりますれば幸甚に存じます。明年もよろしくご交誼賜りますようお願いいたします。どうぞよいお年をお迎え下さい。
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程度

2008-12-30 07:57:46 | Weblog
東北上越長野と北国の新幹線、トラブル続きです。東海道山陽新幹線で積み上げた実績経験を元にして、高架じゃなくて地べた走らせたりするは経費の問題もあったのでしょうが工夫の一つですよね。新幹線に踏切はいくつある?なんてなぞなぞがあったほどです、私達が知っている新幹線は高い所を轟音響かせながら走り去る、それを遠くから見遣るだけのものです。雪に押し下げられた木の枝が電線に垂れ下がって電車が止まる、なんてのは物理的に起こり得ない事態でしょうので聞くとびっくりします。雪は十分に想定された設計でしょうにね。コンピューターのトラブルもあったそうで、こちらは雪の所為じゃないですよね、低温の所為ですかそれとも。皮肉を込めて括れば、新幹線なんて超精密機械は温度湿気気圧なんていう一番ラフな環境変化に弱いんだという再認識ですか。非難すれば、今更雪のためになんて言い訳が通るのかい?既存の新幹線と違う点のイの一番じゃないですか?と、温暖の地で雪の凍るのという被害を知らずに過ごしている者の呑気な床屋談議です。
 日曜日に各党政治家集めての討論番組を飛ばし読みならぬ「飛ばし見」していました。民主党の悪顔国対委員長、自民党石原ジュニア、社民党辻本と顔が揃ってました。総選挙の大義は政権の正統性だそうです。あんな討論の場で、それまでは関西イントネーションのほとんどタメ口で喋っていたのが急に大振りな漢字言葉を使うのには笑いました。つまりそれに替わる言葉を知らぬ訳です。葵の御紋なのです。振り回すだけ。これだけじゃぁ人の心は動きませんね。もう一つ、素人を混ぜての討論会があって、お題は「どちらを重視?自由と平等」。息を呑むほどのそのまんま。どっちも大切だ、それぞれに尊重しなければならない、そういう社会にしていかなければならないなんて結論が見えてます。小学校の学級会です。長く観ていませんでしたが、総論のぶつけ合いの態。こんなお題じゃぁ仕方のないこととは言え、もちっと工夫がないかい?と思ったことでした。結論を出さねばならぬ場と言いっ放しでいい場があります確かに。そこを区別して進めるのが司会の役目ですが、もともとねじれの位置にある概念を同じ場で言い合うなんて事自体が無茶ですね。ああ、こんなレベルがまだ許されるんだと思ったことでした。同じ討論番組、トーク番組でも、程度の差は歴然です。これも色々見て比較できること。窓の広さ、アンテナの高さを心がけることでした。
 
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殿様

2008-12-29 07:58:14 | Weblog
国会議員さん達もお休みです。そうでした、この人達も(この人達こそが)公務員でした。寒空の下に放り出されている人達が沢山いる、そんな「百年に一度」の火急時に、回りの悪いことに年末年始の休みがいつもより多い(今年の組合せが最長なんでしょうね、土日がうまく嵌って)、行政の窓口が閉まってしまうことの重大さを何度も政治関連番組や古館が筆頭ですがニュース番組で聞きましたが、皆さん平気と見えます。地味で鳴っている河村官房長官、お国入りして(山口県選出です)自民党県連の主催のお祝いの席に出席して云々のTV報道です。編集されたそれこそ何秒間かのコメントを聞きましたが、さすがにこっちに帰れば殿様なんでしょう、知事はじめ同業さん達の褒めそやしにご満悦の態、国会やらよく見る内閣スポークスマンとしてのプレスを前にした態度とは全然違って、会場を睨め回す風情、なかなかに頭の中身が見えていい映像でした。山口県も(柳井市も)他の自治体に倣って県営(市営)住宅を緊急避難的に開放しました(金は取ります、当然ながら)、ハローワーク等は年末も開いているんでしょう、それで能事終われりですか。打つべき手は打ってあると、そういう認識でしょう。凍死者が出たり、自殺者が何人か増えれば、人権擁護派がまた騒ぎ出すのでしょうが、セーフティーネットなんてのはどこまでいっても絵空事です、所詮は後追いしかできないのです。何か起こればそれを繕う。用意が足らないなんて非難するは簡単です、どんなことが起こるかわかっていれば用意もできましょうが、という反論に反論できないでしょう。そこを何とかするのが行政だろう、国だろう、国民を守るということだろう?!なんて感情論に変えるしかありません。とにかくこうしましょう、こっちはああしましょうなんてパッチワークです。それ以上できませんものね、そうは思います。でも、この時節下に天下の内閣官房長官が酒飲みながら阿諛追従の海の中でご満悦の態というのもいかがなものかという気はします。いかな地元とはいえ、いかな高位就任祝賀会とはいえ、です。ああ、あなた達も休みなのね。何だか呆れることでした。官僚が悪いとか政治家がしっかりせねばとか言うのなら、実務を官僚達に丸投げせずに、せめてこんな時期だけでも、ポーズだけにしても、官邸に詰めていますとかなんとか意気込みを示したらどうですかね。正月は正月ですって平気に休む。日本人は外人と違います、そんな割り切り方を良しとしません。どうですかね。気が回らぬか、回す気もないのか。どうも後者のようですね、危機感のなさは筋金入りですか。
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used to

2008-12-28 09:20:42 | Weblog
TV、最近はすっかり面白くなくなってニュース番組かスポーツ実況しか見ないのですが、夜のニュース番組枠にまで特番が入り込んできて。年末です。思えば私も若い頃これでもかとTV見ていて、田舎のことゆえ、平凡や明星に話題になっている番組が映らない(当時民放は三局映ったのですが同系列会社という間抜けさ、チャンネル回しても同じ番組ってことです、ついこの前までTV朝日が映りませんでしたし、今現在もフジ系が映りません、そういう片田舎です)、ブツブツ言いながらチャンネル(こういう言い方も古いんですが)離さなかったのをつまらんもの見やがってと苦々しくおやじ達は見ていたに違いないのです。特にあの頃のTV番組やら歌謡曲事情に未だにとても詳しいという事実は如何にTVばかりを見、そう言う雑誌ばかりを読んでいたかという証拠でもあります。それだけ当時の「面白くない、馬鹿馬鹿しい」番組をばかり見ていたということです、人生は繰り返されるのみ、私がおやじになったというだけのことです。それに気づいて笑ってしまいました。どうせいやなモノは見ないわけです、好きな番組だけ見ていればいいわけです。TV文化の先端、時代の先端には次々にその適年齢の者達が入れ替わっていきます、かつては私達もその席に座っていたわけです。「昔は違った」と言う側に回っただけです。役割が替わっただけです。自分では何の変わりもないと思っているけれど、自然に順送りされていくのです。この感覚は、高齢者が年寄り扱いされるのに戸惑う感覚そのものなんだろうと妙に合点がいく思いです。70歳の人は多分50代60代時分の自分と何の変化もないのです。が、社会が否応なく烙印を押し排除していくのです、それが定年であり、年金支給であり、健康保険制度の変更なのです。あなたは年寄りだから退いて下さいとの無言の強要。有難うございましたごくろうさまでした、と表向きは言うでしょうが、後は死ぬだけですよという烙印ですね。むろん退く必要もないことです、ガンガンやられればいいのですが、やはり世の中は回す世代のために回っています。年寄りが若い者の言うことを聞かんで無茶をするという謂は、あなたも親にそう言うでしょう?、あくまで若い者側からの視点に過ぎぬのです。当の年寄り達は自分を年寄りと思っていないのですから。息子に文句言われたにしましょうか、はいそうですかと聞く父親もいないでしょう、何を?横着言うな!となる方が普通でしょう。はっきり喧嘩するか、返事せずに言うこと聞かぬか、そういう態度の方が正常ですわね。核家族化を嘆き非難する向きが多いのですが、子を為して子が世帯主になればもう社会構成員としての役目はひとまず終わったわけで、その後も一緒に住んだ方がいいなんてのは偽善です。世帯主が複数いる不自然は大きいです、紛争の第一のタネです。仮に年寄りが一構成員に降りたとしましょう、すれば今度はお荷物化です、火を見るより明らか。男は、おそらく女も、日常生活から降りれば何もしなくなる一方です。だから核家族でいいじゃないかと私はいつも思ってます。大家族ってのがそんなにいいですかね。いいと思う人はやればいいけれど、押しつけるものじゃないですな。うっとうしい。私は端的にうっとうしい。女房と(彼女がそう思ってくれていればという、大なる不安定要素を抱えた前提ですが)一緒にいればそれでいいと思います。丁度子が世帯を持つ年代にさしかかり、先がそろそろ見えてきた頃に、あれこれ気づくこと気づかされること、です。仕事柄、歳は取りたくないですなぁなんて会話でやり過ごすことが多いうちに、そういうセリフの通用しない人達がいることに若いときから気づいていました、でもそれは単に個人差性格差と思っていました、が、そうじゃない、人達は自分を年寄りと思っていない、歳の所為なんか思いもよらぬのだとだいぶ経ってからわかりました。というか自分の親を見ていてそう気づきました。人を年寄りにするのは若い奴らなのだ、年重ねた人達は自分を年寄り(傷んだ、ロートルの、引退せねばならぬ者)なんて思っていないんです。周りから言われて、気づかされて、渋々従っていくのです。むろん自分の意思でどんどん退いていく人も多いですが。が、これにも気づいています、誰かを頼るからそう扱われる、年寄りというレッテル張られて隅に置かれるんです。やかましい!年寄り扱いするな!と言い放つにはそれなりの矜持、生活態度が要ります、当然です。都合悪いときだけ年寄り面したんでは狡いことです。その為にはどうするか。逆算です。もう人生を逆算する年代になりました。どう生きるか。ゴールに向かってどう過ごすか。TVの特番見比べながら(昨日はドリフターズの全員集合を流してました、リアルタイムの世代ですが、画像も内容もやはり古い。嗚呼長い時間が過ぎたんだのうと妙に感じ入りました)、自分の好みも嗜好も若いときと比べて何も変わっていないと思っているけれど、所詮は相対的な変化、文化が移ろえば自分が押し遣られるが必定、used to 世代にいる自分を再認識しました。そして同じように思いました、流れを自分の前に引き寄せるために何を為せばいいのか。そう生きるべきですよね。いかがですか。
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世論

2008-12-27 08:03:47 | Weblog
北日本は大荒れの天候のようです。当地も昨日今日と寒いこと。風も吹きますが、空気が冷たい。外に出してる手がかじかみます。じんじん冷たくなってくる感覚です。ぼんやり温いよりきりっと寒い(これを凛と表現しますが)方がいいですね。寒いのは嫌いなんですが、そう思います。もっとも、雪やら風やらの被害のない所に住んでる者の呑気な感想です。正月はこうでなくちゃぁ、なんてもう一つ能天気で。
 昨日予想したとおり、朝日新聞今朝の社説で学力テスト公表問題採り上げてます。「原義」たる労働争議とこの教育争議がこの勢力の二大看板ですから、黙ってはいられません。昨日の毎日社説を受けてどう出るか。なんて構えているとよくあることですがばったり肩すかし、今回もそうでした。学校間の競争、序列化云々の反論をわざと避けて、この制度自体が問題ありと言います。つまり学力調査しようという趣旨の否定です。これまたこの人達がよくやる手ですが、おいおい。文科省やら教育委員会の方針に逆らって公表しようとする知事を非難するのではなく、文科省を叱る論調です。お得意のすり替え戦法です。あんな事言わせるあなた達も悪いよ、って仲介するかの如き態度で大元揺らします。そもそも学力調査しようとなったいきさつはひとえに子供たちの学力低下の実態調査、ひいては原因究明だったんじゃないんですかね。学力低下は連中の主導したゆとり教育という名の弛緩主義がもたらしたものです。これは確かなことです、価値観やら個性とやらの強調が心の節制を育てませんでした。その実態や如何に、という調査だったのでしょう。そんなことくらい素人でも想像つきます、そしてきっとそうだったんでしょう。それを文科省やら文相やらがうまく抑えられなかったもんだから、また世論を窺うに分が悪いとでも踏んだのでしょう、正面切っての反論せずに(平等公平至上主義振り回さずに)この調査自体を非難します。50億円の予算と多大な手間暇をかけるほどのことだったのかなんて。締めの文章がふるってます、この費用があればどれだけ教員や学校施設の充実に回せるだろうかって。教員に金回せ?教員を腑抜け腰抜けにしたのは誰なんだ?学校施設に?耐震化などを想定しての一般論でしょうが、次元の違うことを一緒くたにしてお金は有効に使いましょうよなんて正論言うばかり。いつもの思考回路くぐった、自販機論議でした。知事が少々逆らった所でこの60年に築き上げた体制は揺るがないわという自負でしょうか。世論はそうでもないと思うんですがね。
 
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思想

2008-12-26 13:59:14 | Weblog
朝トラブルで、昼に書いてます。久しぶりです。
 年が暮れます。と言っても、いつもと同じように日は昇り日は沈みます、日常些事は当たり前に昨日と同じように流れていきます。やるべき事をこなすだけ。やるべき事を残さぬだけ。そして日が暮れ、朝を待つ。人の暮らしは繰り返しです。止まるまでの繰り返しです。倦まず飽かず。何故?生きねばならぬから。結果から眺めればそれも正しい。逆から見れば。いかにリセットできるか、この装置は大きいのです。即ち睡眠。人は眠るから繰り返せる。何回も何回も繰り返せる。まるで毎回違う出来事のように対応できる。十分な睡眠(もちろんその人にとって、です。何時間という話ではありません)と早寝早起き。せめていい状態を保つことくらいしか自らを処せないのですから、多くを望まず、地道に確実に繰り返すのです。時間の移ろいを愛でましょう。そして任せるしかない流れに棹さすのです。年が暮れます。心新たに。年に一度の大リセットですから。
 大阪橋下知事が文科省はバカだなんてやってます。それに同調する地域が出てきました、秋田県知事も先に行われた全国一斉(でしょう?)学力調査の市町村結果を公開すると言ってます。この知事が文科省や文相をバカ呼ばわりしたかどうかは知りません。が、教育委員会だけが結果を握るんじゃなくて広く公開せよ、そうして学力向上に資せよというのが橋下知事の言い分で、全くの正論なんですが、反対勢力(教育委員会、今の文相もそうです)はステレオタイプに同じセリフです、過度の競争を誘発する、学校間の序列化を助長する、これはいけないことだと。何がいけないんでしょうね。あなた方が過熱した受験戦争を是正するが為に(それはあくまで大義名分でしたが)ゆとり教育などと言うぬるま湯に子供たちを放り込んで以来、現状がもたらされているのです。そういう反省もなく、問題意識もなく、単純な横並び礼賛、胸の悪くなるような「結果の公平」強制が現代の教育崩壊をもたらしているのです。ソ連が潰れたことで証明された社会主義共産主義の人間社会運営体制、思想としての不適切さと同じように、この平等公平至上イデオロギーは文化文明の発展には寄与しないばかりか社会を破壊することがこの何十年の実験で判明しているのです。どこの学校が優れていると知らせることがどうしていけないことなのでしょう。人には才能の差はつきものなのです。集団全体のレベルを上げようとするとき、あなたならどうしますか。十年前、高校のPTAやっていたときに教務主任とやり合ったことがあります、彼はこう言いました(こういう対策を講じました)赤点の基準を引き上げますと。平均点の40%を50%にしますとかなんとか言ってました。びっくりするでしょう?しません?下をひっぱり上げようと言うわけです。私は言いました、気持ちはわからぬではないが、下を持ち上げても上が変わらなければ全体の話にはならない。全体を上げるには、トップクラスの連中の尻をもっと叩いて、褒めてそやして煽ってもっともっと勉強させる。すればその下にいる連中達にも火がつく。潜在的に能力のある連中にその気を起こさせねば全体は上がっていかない。その為には下の者達じゃなく(全体の平均点を引き下げているところをなんとかしようという考えなんでしょうが)、上をもっと押し上げることだと。格差社会じゃないですが、全体のレベルを上げるというのはピンとキリとの間が大きく開いていくことです、そして多数群が段々好成績方向に寄っていくこと。ピンとキリとの構成比はどの集団でも大概一緒です。だからその間の群をどう引っ張り上げるかなのです。成績公表する、自分に位置を確認する、さらに上をめざす。そう言う動機なくしてやる気が生まれますか?より厳しい場所を選んで行くも良しです。その為の学力考査でしょう。レベルアップを図るためのものでしょうに。毎日新聞は社説で言います(不思議に朝日も日経も今朝は知らん顔でした、明日辺り書いてくるんでしょうが)数字や順位がかつてのように独り歩きし、現場に再び混乱や萎縮、偏見を生む恐れを懸念せざるを得ないと。現場に混乱があったんですか?萎縮や偏見があったんです?成績公表して偏見を生んだ?なにくそ!と思ったものでしたがねぇ。あいつに負けられるかと思って勉強したものですがね。それが萎縮や偏見を生む?この人達にかかると、自分が一番に一般人を差別しているくせに、あくまで弱者の味方を気取ってます。どちらが正しいですか?橋下知事でしょう?秋田県知事でしょう?
 
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2008-12-25 08:03:10 | Weblog
ソフトバンク小久保3億、中日岩瀬4億3千万・・、この時節文字通り浮世離れした高給取りです。小久保なんてのは今季ソフトバンクが沈んだ元凶なのにこの額。岩瀬も五輪での落胆が記憶に新しいから余計にええ?ですな。落合さんはウッズや川上より岩瀬を必要にしているという単純なオチですが、それにしても高額。夢、ですか。子供たちの夢。野球小僧達の夢。なるほど。
 読売は、派遣なぜ使い捨て・・と見出し、毎日は切られた者の言葉を憾みがましく載せます、一生懸命やってきたのに、個人個人の能力を見て欲しかったと。インタビューでの答え方も定型化してきました、会社は俺達を人として見ていない、モノとして扱っているとの非難。全て会社が悪いんですな。会社の冷たい態度を責めるばかりです。不思議に派遣法を悪く言いません。いや、誰か言ってるのかもしれませんが聞こえません、どのニュース番組も感情論ばかりです、この寒空に放り出されて可哀想に・・一色。会社も人情かけてやれよ、調。自分たちの都合悪いことになってきたらすぐに法律やら左翼闘士達を頼って労使対決構図を組み上げるのに、今回は会社(使用者)が法律に沿って処分しているだけなのに感情論ぶん回しです。理でダメなら情です。わからぬことではありません。が、勝手に過ぎませんかね。派遣社員とはそういう立場なんです。元々この法律ができたいきさつは雇用確保が目的であったのでしょう、順次適用業種が拡大してきた歴史はそれを物語ります。企業側(大圧力団体の経団連など)はどういう態度をとってきたのでしょう、詳細を知りませんが、実は使いやすい仕組みと踏んでいたんじゃないんでしょうか。使い捨てできる仕組みですからね。正社員じゃないという立場は労使どちらに有利だったのか?間違いなく「使」側ですね。そういう仕組みなんです。今更そこに文句言っても始まらないです。だからこの制度には言及しない、企業の冷酷さを責めている?そりゃぁ筋が違いましょう。百年に一度の大恐慌でしょう?むろんトップの肚の違いは大きいでしょう、この時期にちゃんと雇用を保って辛抱できるか否かは心意気の領域です。報道の、情に大きく傾いた方向を思うに天の邪鬼はこう考えています。いかがでしょうか。
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2008-12-24 08:04:50 | Weblog
読売新聞のコラムがいいですねぇ。私もしつこいですが、この人の筆致、リズムに私の頭が共鳴するんでしょう非常に心地よい文章と思います。内容もいいんです、我が意を得たり。内田百間が自分のことを忙しいなんて言う奴はバカだと喝破したという話です。自分の時間をうまく配分できぬはバカだというわけです。そうは言うけれども中には分刻みのスケジュールで動いている人もいましょうし、いつもいつも複数の仕事に追われる人もいましょう、物理的に余裕のない人はいるに違いないのですが、でも考えてみればそれもこれも自分が招いた状態あるいは自分が望んだ状態である筈、なればグダグダ言わずにやりなさいよという返し。そうですわね。別にグダグダ言うてはいない、あんたに迷惑かけてはいない、ただ忙しいから忙しいと言っているだけだという反論もありましょうが、そう考えること自体がバカだと百間さんはいうわけです。これだけやることがあって羨ましいだろう?とくらい思って、次々にこなしていけばいいんだと。仕事が残っていくことを忙しさの所為にすること、これを大バカという。いいですねぇ。賛成です。コラム子の文章が読ませます。
 東大阪の府立の救命救急センターで輸血間違いです。O型の人にA型を輸血した事件。そこの所長の会見が放映されました、医療事故としてはレベルの高い事例ではないのでどうしようかと考えたが公表しようと判断したとの前振りでした。輸血間違いがレベル高くない事故?暫く彼の言う意味が分かりかねました。こんな低次元の事故を起こしてしまって恥ずかしいという意味だろうと初めは思って聞いていたのですが、そうじゃなくて輸血間違いなんてのは大したことじゃないんだけれどもという意味でこの所長は言っていたのでした。その理由は、もう警察の検死が終わっていて(解剖でもしたんでしょう)死因は輸血間違いじゃないとの判断がでていたからでしょう。とんだ所長ですね。重症の外傷例だったんでしょう、急ぎの輸血を何リットルもしているくらいですから。でも直接の死因がどうのこうのと、輸血間違いとは別次元のことでしょうにね。結局この男、保身しか考えてないというわけです。黙っていても(公表しなくても)よかったんだけれど、あとから誰かにチクられると面倒だからというくらいの判断です。黙っていたらきっと誰かに言われますよ、大勢の目に触れた出来事ですから。人の口に戸は立てられませぬ。でも、だから言います、大したことじゃないんですがという態度はいかがなものでしょうね。不信感を増幅しこそすれ、のことです。輸血間違いをこの男がどう評価していようと(医療事故のどのあたりのレベルにおいていようと)それは構わぬのですが、所長の発言としては極めてお粗末。間違うはずのないことという前提にあるべき輸血操作です。一番レベルの低い間違いです。でも、こう言ってもこの所長には通じないんでしょうね、高い低いの感覚が違うみたいですから。レベル低いから恥ずかしいんですが普通は、この男にはレベル高い間違い方が自慢なんでしょう。わからぬ感覚です。この病院、怖いですね。
 
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シンボル

2008-12-23 08:28:32 | Weblog
トヨタの減益が話題です。世界一の自動車会社になったのがついこの前でしたから、このコントラストは確かに記事用の好餌ではあります。マスコミの常で、うまく行かなくなったら叩きます。拡張路線の誤りだとか思い上がりだとか。何~にを言うか、です。右肩あがりにガンガン行っているときには拍手の嵐、これでもかと褒めそやして、事実日本はトヨタはじめ自動車の輸出拡大で十分に潤っていたわけです、確かに予想もしない急ブレーキでしたが、落ちれば落ちたで誰の責任だ?って話になってます。アメリカ発の金融危機が実体経済に大きな影響を及ぼしている。しばらくどのTVでもこの話題に入る前に枕として振っていた文句です。つまり金融と(実体)経済とは別物なんですね、金融危機というものは普通は直接には実体経済には、つまり一般社会の景気やらには波及しないというのが業界の常識なんでしょうか。サブプライムローンの破綻した頃には、どの経済評論家達も日本は大丈夫って言ってました。基盤がしっかりしている、外貨はしっかり持っている、貯蓄額は半端じゃない等々、待てばいいんだ、どっしり構えていればいいなんてね。つまり景気が悪くなったりはしないだろう、一時的には落ち込むこともあるだろうが今までの日本の経験を生かせば(証券会社がいくつも倒れたり、保険会社や銀行が危なくなった際に公的資金の注ぎ込みしてきた経験です)対応できるはずだって。あくまで金融危機のレベルの話なんですね。それがあれよあれよという間に百年に一度の大恐慌って話になってます。派遣切りで象徴される解雇の嵐。正社員まで整理される事態です。大不況。実体経済が直撃されてます。経営建て直しには首切りが一番という、太古からの大原則は現代にもその第一条であると証明されています。資本主義が勃興して経営者の横暴が罷り通る、労働者はまさに使い捨てられていく、それに対する思想であったはずの(これは単に私の理解です、違っていたらすみません)マルクス主義であり、労働組合ですが、給料くれる会社がありゃこその組合です、ここの順番の歯がゆさはこれも古来の関係で、余程の大企業相手でなければ「抵抗」のしようがないところでしょう。派遣切りと正社員切りとはこれレベルが違いますね。もともと派遣社員というのはそういうことができる(都合が悪くなれば解雇できる)条件の立場です。役人が答えていたように違法じゃないんです、理由薄く解雇しても。正社員なら話は違います、労働者は法律でがっちり守られていますから。一緒くたにはできません。麻生さんが首切られた派遣社員に向かってしっかりやれなんて話してる報道がありました、しっかりやれじゃなくてこういう立場の人の今日の生活を守ってやれなんて非難が続いてました。確かにそういう人達を掬い上げる防護網、いわゆるところのセーフティーネットが文明国家福祉国家を名乗る以上は備えられねばなりませぬ。が、麻生さんが意図したかどうかはわかりませんが、労使関係というのは所詮そういうものでしょう、労働者がいなければ仕事は回りませぬが経営する側の段取りあればこその話です。経営者の事情に左右されるものです。セーフティーネットに乗っかる人が多すぎるような社会がおかしい、そういう制度自体がおかしいということにもなっていきますが、現況への具体的な対応と制度変更は必ず迅速に同時進行すべきことではあります。早く速くと麻生さん言っていたのになかなか前に進みません。だから落ちます支持率。景気浮揚策なんて簡単なものがあれば苦労しません、それはその通り。でも国民みんなが財布の紐締めました。金が世の中に回りません。こういうときに各自にばらまくが得策なのか、同額を市町村に回して医療介護含めたセーフティーネットの強化に回すが優先なのか。そういえば日曜朝の討論番組で民主党の藤井さんと公明党のバーコード坂口さんが言い合ってました、金のない人に一万何千円配っても人は使わない、財布にしまい込むのだそれが常識だと藤井さん、坂口さんは金がない人こそ使ってくれると譲りません。どちらでしょうね。どちらも間違いですよね、一万いくらもらっても何にもなりませぬ、日々の生活費ですわね。デパート行きましょうか、車買い換えましょうかなんて話じゃないです。二兆円です。分母大きく割るより、単価大きくすべきでしょうね。でも、それもこれもパパッとやってしまわないからあれこれ掣肘されるんです。配ってしまえばそれなりに結果が出たことなんです。やらない限り評価もできません。安物の会議に成り下がってます、正論に負けてます。急場の英断は平時の正論に優先する筈ですが、考える時間を与えると正論が必ず勝ちます。今がまさにその状態。何もできていません。と言ってる間にどんどん景気が悪くなる。誰もモノを買わなくなる。忘年会の中止はこんな片田舎でも普通の出来事です。トヨタをシンボルにして拡張路線を咎めたり、遡っての非難するのも「反省」という意味で認めもしましょうが、政府を叩いて先行きを嘆いて読み手の心を挫くような書き方ばかりでは景気は発揚しませぬ。大本営発表しなさいなんては言いませんが、もっと読み手がその気になるような言い方ないですかね。与謝野さんの、辛抱して我慢するのだというこれ以上暗くできないコメントで十分ですわ。そう思うことです。
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評価

2008-12-22 08:08:47 | Weblog
昨日が冬至だったそうです。一陽来復でありまする。日の短さは昼の陽射しの柔らかさというか、二時三時から夕暮れの佇まい、茜色トーンのもの悲しさで感じることができますが、少し早起きされると如実です。今朝は雨模様ですから余計にそうだったのですが6時半で外はまだ真っ暗です。晴れた日でも、6時半ごろからやっと山の端に明るさがさしてくるのです。闇に色塗っていくような綺麗なグラデーションはいつも見とれます。モーニングムーンが残っていたりするとこれまた乙なものです。大体夏至や冬至の前後一ヶ月くらいは毎日同じような明け暮れですが、一旦日が長く(短く)なり始めるとそれこそ文字通り日一日と変化していきます。悠久の昔から静かに毎年繰り返されるこのリズムに同調して私達の命も跳ね沈むに違いないのです。早起き(早寝しないと続きませんから、つまりは早寝早起きです)は三文の得。もちろん即物的な意味ばかりではないこと皆分かっていますが、事実として体で感じるのもいいものですよ。お勧めします。
 佐藤首相が1965年にアメリカに対して、中国と戦争になったときには核を使用してくれ、その際には日本に核を持ち込んでくれて構わないと密約していたとの公式文書が公開されて、NHKは非難調で報道しています。つまり表向きは非核三原則を主張し続けて、その功績でノーベル平和賞まで受賞したのに、裏ではこんな交渉していたんだ!なんて奴だ?!という調子の報道です。この3カ月前に中国が核実験に成功して核保有国になり、東西の冷戦がピークになっている時期です、首相の対応は至極真っ当なことです、非難されることではありません。世界唯一の被爆国としての態度(現在に至るまで大きな足枷になっていますが)が必要である一方で、世界情勢には適格に対応しなければなりません。表の顔(世界に、国民に向けるメッセージ)と外交交渉とは別物です。当然です。核は作らない、持たない。ここまでは首相強く守ったわけです、アメリカは核保有を勧めたにもかかわらず。が、持ち込ませないについては政治的判断がなされたということでした、陸上(国土)と海上とを区別して判断したわけです。非難されることではないですね。どころか、岸、佐藤の時代にはまだまだ国防という意識が本当に強かったという証でしょう、国民が任せていても大丈夫な為政者がいたということ。おらが国さの兄弟宰相の評価はまちまちなんでしょうが、国家天下を第一に考える肚の持ち主であったことは確かなことです。こういう文書が出てくれば来るほど評価が高まるべきなんです。非難する理由がどこにありましょうか。中国は常に脅威の的なのであります。仮想敵国までは言いませぬが。
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