柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

年末にあたり

2006-12-31 11:01:15 | Weblog
日刊紙におけるコラム(朝日の天声人語、産経の産経抄など)は毎日続くもので、それこそ各紙の威信に係わるものなんでしょうね、限られた字数の中でどれだけの事を言うか。天声人語は大学受験の国語によく引用されるなんてことを朝日が宣伝文句に使ったりしてますよね。大晦日やら元旦やらは中でもコラム子の気合いの入るハレの日でしょうね、話の枕振りにも各紙工夫が見えます。面白いことに二紙に落語の「芝浜」が枕でした。落語は好きなんですがマニアではありません、円生、志ん生、円朝なんて今は亡き名人のCDなんかを買い込むのではありませんが、芝浜は落語家業界においてはあるレベルの一里塚なんでしょうね、これをやれるかどうかがステイタスになるような。ギター弾きにとってのベンチャーズのキャラバン、ジミヘンドリックスのヴードゥーチャイル、ツェッペリンの天国への階段の如く。私はこの演題、談志のもので知っています。素人が聴いても、この長い話、夫婦の演じ分け、中でも女房のドキドキ感やら嘘を言い続ける後ろめたさやらダメ亭主を思い遣る気持ちをどう演じるかがポイントなんだろうなと思うわけですが、やはり最後の坂をグーッともっと行ってどう下げるか、あそこが上手下手の分かれ目なんでしょう、談志ものしか知りませんから残念ながら比較ができませんが、談志ものは十分に聞き入りました。いや、コラムの話でした。グータラ亭主が、年の瀬にたまたま拾った大金を「夢見てたんだよ」と女房に諭され、心入れ替えて働き(ここの描写が肝心なんですが)、何年か先に、暮らし向きも落ち着いた年の瀬、あれは私の嘘であんた本当に拾ってきたんだほらこのとおり、と女房がうち明ける、そこで亭主怒るに怒れず(ここの演じ分けもきっとポイントです)女房に感謝する。で、女房が勧める酒を断って言うわけです「また夢になっちゃぁいけねぇ」。芝浜を枕に持ってくるんです、何を言いたいかは推して知るべしです(コラム読まれるのが一番早いですが)。こういう女房が側にいることに気づいていますか?女房でなくても、あなたのことを考えてくれる人がいることに気づいていますか?そして、そういう忠告に素直になれていますか?芝浜の話にグッと心を掴まれるのは、誰の人の心にもこういうスイッチが備わっているからでしょうね。誰に押してもらうか、いつ気づくか。上手の演ずる古典落語はいいですよ。あ、コラムの話でしたが・・。
 昨夜レコード大賞が決まりました。何年ぶりでしょうか、見てました。いつから大晦日じゃなくなったんでしょうか。昔は大晦日午後7時にTV放送が始まり、9時前に大賞が決まる。そこに出ていた者達が大急ぎで次の紅白歌合戦の会場に向かう。午後9時に始まる紅白の開始に間に合わない。そんな光景でしたよね(それこそ何年前のこと言うとるんじゃ?と突っ込まれそうですが)。今の歌手は氷川きよしとか倖田なんとかくらいしか知りませんし、興味もありませんが、昔の映像を流していたのであれこれ思い出したことでした。私は中学高校時代は歌謡曲大好きのTV少年でしたので、あの頃の歌謡曲事情にはよく通じています。またあの頃が、スターが輩出してこの業界も華やかだった頃でしたからね。何時?昭和40年代です。ブルーコメッツ。グループサウンズ全盛時に、タイガースでもテンプターズでもスパイダースでもなく、このおじさんバンドが選ばれたことが時代を表しています。もう一つ時代を物語るのは、このブルーコメッツにして紅白歌合戦に出られませんでしたからね。「相応しくなかった」のです。今から思えば嘘のような話です。尾崎紀世彦。この人「また逢う日まで」一曲で生きている人ですが、いや次の唄も悪くなかったんです。でもタイミング悪いことにすぐやってきた大きな波に飲み込まれてしまったんです。天地真理、小柳ルミ子、南沙織。脇ににしきのあきら、野村真樹。そして郷ひろみ、西条秀樹、野口五郎。平凡やら明星やらが懐かしいですね。当地の中学高校では校則で私服外出を禁じられていましたから、本屋に行くにも買い物に行くにももちろん映画見に行くにも制服で行かねばなりませんでした。そんな空気です、この手の雑誌買うのも大変でした。そういう記憶もあります。ジュリー。森進一、五木ひろし、布施明、ジュリー。この時代の四天王。あ、ジュリーというのは沢田研二。グループサウンズブームの先頭を突っ走ったタイガースで一世を風靡したボーカル。もうすっかり思い出のメロディーです。言うところのナツメロ。ジュリーは長く一番前にいましたよ。タイガース解散して、ピッグというごちゃ混ぜバンドで失敗して(ショーケンやら井上尭之やらのごった煮。このバンドの岸辺おさみ(後の俳優岸辺十徳、この人タイガースのリーダー)と井上尭之、大野克夫(スパイダース)がこの後バンド続けて、あの有名な太陽に吠えろのテーマ曲を作ったんです、井上尭之バンドのクレジットで。皆さんよくご存知のあの曲)、「君を乗せて」でソロデビュー、この曲宮川泰の作曲で非常にメロディアス、歌唱力が付いていかなかったですが、このあと大野克夫の手になる「許されない愛」などの一連で再びスターダムにのし上がりました(詳しいでしょう?)。女友達に強烈なファンがいて、「勝手にしやがれ」で最高の状態にいる頃、広島郵便貯金ホールに見に行ったこと覚えています。高校生だったか、卒業してすぐだったか。でも、なんとか賞の権威が守られていたのは(ブルーコメッツが受賞したことからして崩れの兆しだったのかも知れませんが)この辺りまででしたか、ジュリーの布施明のと続いた頃。この後はあの怪物ピンクレディーが登場します。で、大賞かっさらいます。ピンクレディーがレコード大賞?怪訝な思いでいたのを覚えていますが、あの頃がこういう興味から私自身が離れていく時期でもあったのでしょう。その後は全く興味が失せました。そして現在に至るです。20年以上の空白です。もちろん途中、ヒカルゲンジ(どう表記するのかも知りません、あのローラースケート集団です)やら浜崎なんとかが大賞とったのは知ってはいますが、それだけです。そして昨日、氷川きよし。私が歳をとったのですね。面白くないです。おそらく紅白もそうでしょう。当然ですわね、出てくる顔を知らないんですから。今日の新聞の四コマ漫画にありました、若い者向けの紅白と年寄り向けの紅白を作れと。ナイスアイディア。こうすればきっと視聴率上がりますよ。後者がうんと上がります。といっても、こうやって世代交代が為されていくわけです。押しやる方にいたはずが、何時の間にやら押しやられる側にいるんです。ああ、時は滔々と音を立てて流れていきますよ、諸姉諸兄。
 おかげさまで一年を恙無く閉じることができました。読んでいたただいている方々に、心より感謝申し上げます。マージーボックスの私というクレジットなのですが、ここにあれこれ書いている私も紛れもなく私であります。よく使われる謂に「私は母である前に女でありたい、女である前に一人の人間でありたい」というものがありますね、何だかご大層な印象にうちに丸め込まれていく感じで、だから私は悪くないんだ、悪いのは社会だ世の中だというイデオロギッシュな免罪を言い立てる勝手な言い方ですが、私はこんな小器用には生きられません。父親で、医者で院長で、バンドやってて、偏屈おやじで、その全てが私です。どこに行っても、どこにいてもこの全てが私です。TPOで着替えるなんてそんなことはできません。ナンバーワンよりオンリーワンと同じ謂で、狡いですよね、出来る奴を揶揄非難する態度です。こんな屁理屈に今後も闘いたいと思います。偏屈おやじで居続けたいと思います。よろしければ今後ともよろしくお付き合い下さいませ。皆様、よいお年をお迎え下さい。有り難うございました。
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マジョリティー

2006-12-30 08:28:26 | Weblog
大学に出ている子供たちが帰ってくると一気に正月気分です。今日も当地は寒いです。やはり冬は寒くないとね、なんて寒がりの私が言います。風邪には十分にご注意下さい。
 BSよほどに9月の嬬恋コンサート(拓郎、かぐや姫)に味をしめているんでしょう、何度特集すれば気が済むのか、といったところ。小出しにしても数多くやればネタは尽きます。しかも先日早々にDVDが出てます(3枚組です、高いですよ、でもCD屋のおやじの言うことには、娘や息子がクリスマスプレゼントにこのDVDを父親に贈るケースが多かったんですって。ちょっと良い話でしょう?)。なのに年末にまた特集です。ま、好きなればこそ何度でも見るんですがね、別に噛みつく事じゃないんですが。しかし面白いこと、29日から一斉にどのTV局も新聞も祝日モードに変わるんです、官公庁と歩を一にして、いつもの番組がなくなります。それが面白ければいいんですが、「今年一年」というお定まりで同じ色、オリンピックのワールドカップのの話ばかり、要らん!ちゅうの!。いつものニュース番組やってくれ、NHKさん朝ドラやってくれ。頭の悪いタレントが叫ぶばかりのバカ番組なんぞ見せんでくれ!でしょう?
 嬬恋の話が出ると私もしつこいので、もう一回箇条書きで言わせて下さい。(1)かぐや姫あたりではとても拓郎には敵わない。ものすごい差。時代への関わり方が違う。私が拓郎ファンであるということがこの感想に大きくバイアスをかけてはいるのでしょうが。(2)中島みゆきが出てくる場面、あれが一番の出色。鳥肌が立ちます。またこの女、何も喋らないのがいい。(3)そろそろ出るなぁと期待しているところにグサッと来る「外は白い雪の夜」、皆が口開けて待ってるところに降りかかる「落陽」、定番は定番らしく外さない。(4)あの会場にいた人も、生中継見ていた人も、後で編集もの見た人も,みんなハッと息を呑んだであろう「言葉」。私は涙が出る思いでした。拓郎のアルバムのうち人気投票したらきっと一、二のものでしょう「ローリングサーティー」にある名曲です。ああ、こんな曲演るんじゃ・・ちなみに私にとって一番のアルバムは「元気です」二番がこれです。(5)・・うむ、きりがなくなりますので止めます。BSのしつこさもむべなるかなです。拓郎聴いて大人になった者が majority なのですから。
 
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潔さ

2006-12-29 08:41:44 | Weblog
寒いですね、温暖の当地でも初雪です。今朝は昨日の雨が厚い氷に姿を変えていました。こんなに厚い氷が張るのは当地では珍しいことです。寒いはずです。風邪などひかれませぬように。
 早々に辞任した金まみれ大臣の後釜が渡辺喜美、かの毒舌放言ミッチィー(なんて言ってもえらい昔のこと、もう忘れていますね)渡辺美智雄氏の息子です。いわゆる二世議員ですが、この人やら河野太郎はうるさ型ですよね、TVに出ても喋る喋る。金の扱いにも、まぁいえばおやじの側で汚いところも危ないところも見てきている人達ですから、捕まった成り上がり知事やら俄か大臣とは育ちが違いましょう。金に恬然としていられれば立派なことですがね。いや、それよりも力量です、結構この人事よかったのではないですか。新聞では林芳正が取り沙汰されてましたが、この人も二世で山口下関の人、安倍さんと選挙区重なっちゃってやむなく参院で、頭がいい人だともっぱらの評判ですから地元優先もいいかもななんて思ってましたが、パンチ力ではこっちでしょうか。安倍さんも「突破力」という表現して持ち上げてました。猪顔の短躯短頸のずんぐりむっくりですからね、確かに突破力のイメージ。さてこちらの期待通りに反対勢力をなぎ倒してくれましょうか。でも、確かに時代は変わっていきますね。役者が入れ替わっていきます。小泉さんのやったことは凄いことだったんですね、後になって分かるわけです。しかもあの人、すっかり退いて。院政とやら黒幕とやらキングメーカーとやら、昔の政治家の当然の如くやってきたことやりませんねぇ。自分が作ったチルドレン達に「政治家は使い捨てだ」なんて言い放つ所、しびれますわ。子分ですよ、自分の言いなりになるであろう子分達を切るんですよ。親分にならないんですね、この人は。もちろんその人の気質がありますから、小泉さんはそういう人ではないというだけのことなんですが、でのこの業界に長く住んでいながら、数こそがの力学に背を向けているのがすごいじゃないですか。どいつもこいつも田中角栄になりたいんですが、誰もなれない。野中某とか亀井某なんかが典型ですよ。しがらみのない分、思い切ったことができたなんて総括になるんでしょうが、いやいやそういう「結果」じゃなくて、しがらみなく総理になったところがこの人のエゲツナイところ、真骨頂なんでしょうね。信長が好きで、戦国武将に自らをなぞらえる。言うだけでなく実際にやってしまうところがこの人の怖いところ、言うこと聞かぬ連中をぶった斬る、選挙を戦場にしちゃった。日本中喝采した。面白いですもの、何と言っても。次から次からやってくれるわ!です。で、あの最高権力からすっと降りる。公言してその通りに辞める。ああ、すごいこと。いなくなってわかるってわけです。安倍さん、もっとやったらいいですよ。次は河野太郎でも入閣させて、ガンガンやったらいいですよ。そうですよね。
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例外

2006-12-28 08:41:00 | Weblog
安倍さん、けつまづいて可哀想ですね。自分と関係のないところでばかり。(これも業界用語でしょうが)任命責任なんてもっともらしい口実です。一人目の本間なんとかという学者は、何年か前からワイドショー露出の多いタレント学者です。愛人を住まわせる(多分に誇張がありましょうが)なんてことやりそうですよ、俺は偉いんだ!なんて勘違いしそうな輩ですから。もう一人大臣。これはどうにもなりませんわ。「功名が辻」ばりの論功行賞だったようですが、金は湧いては来ませんからね、金のなる木なんかはないし、どっかから調達するばかりのこと、どうやって余らせてこっちに(政治資金に)回すかという段取り。金がなければ大将の役には立てませんや。ばれた以上は潔く、でしょうね。あの業界はすなわち金(賄賂)なのです。それにたかって人は生きているのですよ、自分だけ清廉潔白のような思いでいる人、いませんか?
 高校バスケットの全国大会の記事、ここにも留学生という名の助っ人黒人です。日本人プレーヤーのレベルアップに役立つのならいいとするのでしょうが、どうなんですかねぇ。大学駅伝、高校駅伝でのあのどうしようもない程の能力差を例に出すまでもなく、特にバスケットは背の高さと体の大きさです。運動能力差に加えての体格差。不戦敗の様相です。どう鍛えるかよりも、どこから引っ張ってくるかの問題にすり替わりませんかね。でも、世の中はうまくいかないもので(うまくできたもので、と言うべきでしょうか)、そういう留学生がいても勝てないことも多いので、人は溜飲を下げるというか、許容の範囲内に取り込んでしまうのですが。こういう考え方が閉鎖的、島国根性と誹られるものなのでしょうか。大相撲模様や大リーグへの選手流出など見るに、今のトレンドに反することは確かなようですが。
 White Color Exemption 直訳すれば、ホワイトカラーの例外、給料高い者の時間外手当をなくそう、8時間労働の縛りの例外を作ろうというものです。鳩山さん噛みついて曰く、横文字でごまかすな、残業代不払い法案と言え、と。うむ、その通りなんですが、給料高い者は役職者でしょうし、そういう者は残業して当然なのですよ、仕事に対して責任があるんですから。当然でしょう?ま、国家がそういうことに介入する気持ちの悪さは私も肯きますが、でも高給取りはそのくらいのことは当然でしょう。残業代で結果高給取りになっている人もいるのでしょうが、それはその企業の給料体系の問題です。もっとやり方があるはずです。一概に反対ではありません。いかがお考えですか?
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保身

2006-12-27 08:39:23 | Weblog
松中(ホークス)5億円ですって。こんなに出してどうだっていうんでしょうかね、まったく浮世離れしてます。大リーグが比較対象であることは明らかですが、いつまで人まね続けるんでしょうかこの国は。大体そんな価値のある選手なんですかね。松中ファンの方々いかがです?少なくとも去年一昨年のプレーオフ、大ブレーキだったのはこの男ですがね。ま、貰えぬ者のやっかみではありますが。
 都知事選に石原慎太郎が出馬表明して、対する民主党どうするか。対抗するなら菅元代表だろうとしたそうですが当の本人が固辞してちょんらしいです。相変わらず小狡い奴というか、偉そうにあれこれ言いながら党よりも保身(国会議員は辞めたくないですから)ですわ。負けると分かっている戦いはしない。どうして俺なんだ?俺は天下の菅だぞ!どうせ負けるんなら、誰が立っても同じことだろう!なんて言ったんでしょうね、はっきり言葉に出さなくても。見え見え。面白いこと。小沢さんでもいいんでしょうが、もともと菅さんは東京が選挙区ですから、白羽の矢がたったのですね。ネームバリューもそこそこだし。口を開けば屁理屈は止めどなく出てくるし。でも、負けるでしょうね。確かに相手が悪いわ。敵さんには石原軍団がついてます。綺麗どころもわんさか調達できます。素人の目を惑わせる術は一日どころか千日の長です。元祖草の根が勝てる相手じゃありません。あるいは亡くなった青島さんならわからないでもないかとは思いますが、他に誰が来てもダメでしょうね。そう思います。だから菅さんの予想は正しいのですが、党の幹部としての心意気には大きく欠けますな。乾坤一擲の大勝負、なんて気合いはこの手合いの連中には元々無いことなんでしょうね。目の前の計算ばかり。またまた民主党凹んでいきます。影薄く埋もれていきます。安倍さんが足踏みしている今こそがチャンスでしょうにねぇ。そう思いませんか?

 
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繰り返し

2006-12-26 08:40:29 | Weblog
シュボバ。ディープインパクトのおかげで専門用語を覚えました。専門用語(業界用語)の特徴は音読みすることです、お経を読むように、坊さんや宗教家の名前を音読みするように。例えば安倍清明、あべのせいめい。字を見れば意味は分かるんですが、音読みすると何の事やら。よくありますわね。医学用語もそのオンパレードです、それに片言横文字が混じりますからそれこそ何の事やら・・。ま、それは措いて。あれだけ何度も読まなければならぬ言葉ですから、しかも女子アナが連呼するものですから、さすがにタネウマとは言えず、ですな。種牡馬。訓読みすればタネウマそのままですけどね。ちなみにメス馬はヒンバです。牝馬。では雄雌と牡牝との差は?さぁご存じない方辞書を引きましょうね。こういう機会こそが字を覚えるチャンスです。私も引きました。
 JB、ジェームスブラウン死にました。この人を追いかけたわけではないのです、詳しくありません。でも、R&Bからソウル系の嚆矢というべき人です、井筒さんが「ゲロッパ」で描いた人です。最近、かのエドサリバンショーのDVDが沢山出て、プレスリーやらシュープリームスやらテンプテイションズ、フォートップス、ミラクルズとモータウン、R&B系のきら星総出演なのですが、その中でもまさにギラギラの異彩を放っているのがこの人JB。小太りの小さい体、とても美形とは言えない怖い顔したオッさんなんですが、ぴっちり体にフィットした服を着て、ズボンが細い細い、そして短い、くるぶしどころじゃありません足首が丸見えです。そんな格好で動く動く、まるでからくり人形。マイケルジャクソンばりのシャープな動き。一度見ていただきたい、若い頃のJBを。一世を風靡した人達が死んでいく。これもずっと繰り返されてきたことですが、自分の知っている大スターが死んでしまうと、やはりもの悲しいことです。合掌。
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バカなおやじ

2006-12-25 08:40:06 | Weblog
高校駅伝観ました。駅伝が昔から大好きです。駅伝に限りません、スポーツ一般観るのは好きな方なんですが、中でも相撲、マラソン(駅伝も含めて)、野球など、時間が止まる競技をぼんやり観ているのが好きです。相撲はしきりの時間の方が長いでしょう、マラソン、駅伝は同じ画面が延々続くでしょう、野球もピッチャー投げなければゲーム動かないです、ゲームの止まっている時間の方がうんと長いでしょう?あれがいいんです。特に相撲の場合、しきりの時間を楽しめるようになると一人前でしょうね。いや、高見盛やら塩を大量に放り投げたりのしきり間(あいだ)のパフォーマンスを待つのではありません、淡々と同じ動作を繰り返す、あの時間の流れを楽しむわけです。世羅高校なんて名前聞くと「おお」と思いますね、昔の強豪ですから。広島といえば野球は広商、広陵、駅伝サッカーは世羅でした、校長が自殺したりで評判になったこともありましたが。広島の世羅、宮崎の小林。でしたよね。でも、あの留学生という黒人達、人種の違いというのはこれだけ能力に差を生ずるものなんですね、一区の4人すごいこと。他の日本人高校生は追いかけようともしませんからね、別格扱い。解説の宗茂もあきれてましたよ。アフリカのカモシカのような早い「留学生」初めて見たのは箱根でしたかね、山梨学院大学でしたよね。高校でも当然の如くいるわけです。でも、一区で勝負が決まってしまうようなレースもどうかとは思いますわね。箱根のように一区間20kmを越える場合、何が起こるか分からないというワクワクがありますが(故障とか途中棄権とか)、10kmあたりでは今時の高校生なら少々のことなら突っ走ってしまいます。しかもそこにとんでもない黒豹を持ってこられた日には、相手にはなりませんわ。女房はよくこう言う光景を評するに、狩猟民族と農耕民族の差だと断じますが、彼らに共通した足の長さや体の細さを見るにつけ、私もトレーニングやらではどうにもならない天賦の才能の差、つまりは遺伝子の違いを感じざるを得ません。でも、面白い。あれこれ思いながら、ぶつぶつ言いながら、最後まで見て、アナウンサーの絶叫にまんまと乗せられて感激して泣いています。よう走ったのう・・とね。ただのバカなおやじですか?
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盛会御礼

2006-12-24 14:23:11 | Weblog
昨夜は恒例のクリスマスロックンロールパーティーでした。多くの方に来ていただきました。幸せなことでした。昨日この欄に、このパーティーの動機は「唄うのをを聞いてもらいたい」「演奏するのを聞いてもらいたい」という高校時分と何一つ変わらぬ単純且つ強い思いだと書きました。今年も同じ思いで用意し、気持ちを高め、パーンと弾けて(ここには来ていただいている方々:観客の存在が必須です)、一夜明けて今日、とても幸せな気分でおります。動機である強い要望は十分に満足を得たということです。毎年思うことですが、まこと恵まれたことであります。そして感謝する気持ちが年々歳々強くなります。この幸せな気分は、十のうち九までが来ていただく方々に負うもの、行ってやろうと思っていただける事に負うものであると気づいているからです。残りの一つはいろいろ用意する段での「せんなさ」(当地の方言です、面倒さ、気詰まりさ、不安さなどを含むニュアンスです)を越えた安堵感です。始めた当初はとにかく少々の事には挫けずに何とか続けていくぞと念ずるばかりでしたが、今から思えば間違っていませんでした。ここが勘所であったと今になって思います。上手にやる、アマチュア(素人)に逃げない。これももう一つの柱でしたが、幸い一緒にやってくれるバンドが相当のレベルでしたので(もちろんセレクトはいたしましたが)こちらは運にも恵まれました。グレードアップも今なお念じ続けていることであります。うむ、やがて唄えなくなる時が来るんでしょうが、レベルが違うとは言え、ポールマッカートニーもミックジャガーもエリッククラプトンも、私より一回り上の世代のあの姿を見るにつけ、まだ十年はやれるかなと思い遣ってはいることです。ちなみに、あのパーティーは利を求めるものではありません。赤字を出さぬようにとは工夫しておりますが、毎年そこ止まりです。儲けているんだろう、と勘違いされる向きにはどうぞご訂正下さい。だから続いているのだとも言えましょうかと、思ってもいます。来年もまたやります。どうぞお越し下さいませ。
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時の移ろい

2006-12-23 10:28:24 | Weblog
今日は私事を書きます。このホームページでご案内してきましたとおり、今夜クリスマスロックンロールパーティーです。今回で9回目(9年目)です。何故こういう会を催すに至ったのか。私の下手の横好きはキャリアが長く、中学二年生時にギター始めて、夢中になって、学校にまで持ち込んで当時同じようにギター始めた連中が多かったですから一緒に弾く、この教本がいいぞとか、今は亡き平凡やら明星やらの付録の歌本(重宝しましたね、コードが書いてありましたから。難しいコードや見慣れぬコードにはこう押さえるのだ!という図までついてました)拡げて唄いながら弾く、ハモる。初心者ですから技術の差が大きい、スムーズに唄える奴がいれば、途中で止まる奴がいる。ここはこうやった方がかっこええとか、ここのコードはおかしいとかね。あの頃のことは忘れぬもので、特に自分より上手だった奴のことは克明に覚えています。連中とは今でも友達であれこれ一緒にやっていますが、初めてフォークギター弾いたときの感激(みんな安物のガットギター、クラシックギター持ってました。ペラペラのナイロン製カバーに入れてね。ガットギターは指板幅が広く弦がナイロン製で太いのです。フォークギターは弦がナイロンじゃなくて針金ですからね、堅くて押さえるに力がいって痛いのです。指板握った感じはフォークギターの方が細いです)、初めてエレキギター持ったときの感激(今度は逆に弦が柔らかくてとっても弾きやすいのにびっくりしました。当時はこの三種類のギターの差として感じるだけでしたが、弾き易さ、押さえ易さの差は実は弦の太さの差なのだと知ってのはずっと後のことでした)そのどれも連中から教えてもらったことでしたし、アルペジオのスリーフィンガーピッキングのと上手に弾く奴を見ながらまぁ飽かず弾いたものです。中学の文化祭でやりましたよ。あの時はドラム叩いてました、親を騙してドラムセットを手に入れて、ベンチャーズが好きだったんです(今でも大好きですが)。あの時がこっち方面へのデビューです。で、時を同じくしてビートルズに頭をガッツ~ンとやられ、おおドラムよりもギター弾いて唄う方が格好いいと気づいたわけです。Fのコードを何とか濁らずに弾けるようになると、ギターコード(ギターに限りません、ピアノも何でも楽器はそうです)は平行移動だと気づく頃で、少々のコード変化についていけるようになります、ビートルズの曲も弾きながら唄えるようになります。おお!いけるぞ!高校二年時にバンド組みました、ビートルズ演るんです。4人構成です、ビートルズと一緒。私は唄いたいんです、で、当時一番うまかった奴をギターで引っ張り込む、そしてやる。抱きしめたい、レットイットビー、ヘイジュードです。後の二つは私、ピアノ弾きました。いやコード叩いているだけです。レットイットビーはC調ですから、白鍵だけで弾けるんですが、ヘイジュードはF調、Bフラットが出てきます。当時の稚拙な技術ではうまく対応できません。いつの間にか左手が鍵盤から離れ、右手だけでコード叩くばかり、これは聞いているみんなに気づかれたようでした、とほほ(今なお言われます。お前のピアノは右手だけ、お前の歌は一番の繰り返し。一番歌詞を繰り返すは今もその通り、よう聞いていらっしゃること・・)。もう一曲はキャロルのルイジアンナでした。前にも書きましたが、これはちょっと自慢。翌年は学年一唄がうまいと評判のボーカル迎えて5人でやりました。She loves you やりました。この時からずっとこの曲歌い続けています、長いこと、もうポールすら唄わないのに・・。段々ギターうまくなってきて、当然のことうぬぼれも強くなって、俺が一番うまい!と思ってました。浪人している間もギターばっかり。他に比べませんからうぬぼれるばかりです。で、大学入って、よーし!ということで片っ端からラジオ局やら音楽雑誌のオーディションに応募して一人で唄いに行きました。しかし全部、まさしく全部だめでした。唄いに行ったところでは他のバンドやらを聞くのですが、びっくり。こんな奴らが素人?尻尾巻いて逃げるように帰るばかりでした。大阪です。当時は河島英伍が出てきた頃です、一人でやるにはああいう感じが要る時代です。全然ダメです。大学でバンド組んで、ローリングストーンズやらイーグルスやりました、女子大の学祭回りが主な目的です。当時はビートルズやりませんでした、というよりやれませんでした、そんな時代じゃなかったのです。当時はフージョン全盛、ラリーカールトン、リーリトナー、日本では高中正義がブルーラグーンでブレイクした頃です。ビートルズ?ベンチャーズ??何だか口にするのも憚られる雰囲気でしたね。こっちもバンドやりたいわけですから譲歩に譲歩を重ねてやってましたね。しかしギターが皆うまいこと。レコードコピーするというのはこういうことかと、大学でのバンドで教わりました。私のコピーはCのFのとドミソで採るだけ、彼らは違います、ニュアンスやら色づけそのままに採ります、Cの6thやら add9 やら11の13のといったテンションコードそのままに。あちゃ~。もうギター弾けません。こんな連中の前で弾けません。どうしたか、ボーカルに立ちました。私は唄いたかったわけですから、仕方ありません。そんなバンドを3年続けて、卒業して(’83)。その後はさすがに暫くこんな事に時間を割けなくなりましたから、ばたばたと時間が過ぎて、広島で再びやり始めたのが90年。断固ビートルズバンドです。やるならこれです。幸いうまく集いました。こっちへ帰るまであれこれ出ました。レパートリー広かったですよ、このバンドでは私はジョンの役でした、黒のリッケンバッカーのあのギター下げてました、キーボードにピアノの女先生連れてきて、オリジナル曲も何曲か持ってました。92年に当地に開業して、さすがに5年は何もできずの状態でしたが、そろそろまた演りたい、ビートルズ唄いたいと虫がうずいてきた98年に凄いギター弾きを見つけて(今一緒にやってもらっている尾元さん)、何とか口説き落として第一回のパーティーに漕ぎ着けたといういきさつです。で、皆様の御陰で、一回一回(こう見えても)工夫をして趣向を変えてやってきて、今年で9回目というわけです。
 このパーティーは、あれこれ理由を付けることはできますが、中心にある、それこそ高校生時代から消えない「聞いてもらいたい」願望が大原動力です。聞いてもらえるからやる気も湧く、だから素人ながらもっともっと上手にならねばならぬと思うんです。上手になれば聞いてももらえましょうしね。所詮素人の手慰みなんですが、だから真剣なんです。私は歳をとってきてこういう思いがどんどん強くなります。まじめに、真剣に遊ぶ。一緒に遊んでもらう。そうですね、こうやって文字にすると、こういう表現が一番気持ちに近いように思います。私は聞いてくれる人がいてくれるだけで幸せになれる、聞いてくれる人達も手を叩いて楽しんでもらいたい。こっちの質を上げ続けることが聞いてくれる人達への礼儀であろう、だから真剣にやらねばならぬと思うわけです。すみません、小理屈を並べました。ああもう一つ、最近はこういう場をあつらえる、設定し続けることが私の仕事なのかなと思い始めています。ずっと playing manager でいたいと思っていますが、やがて producer に移っていくかとも感じています。ま、それが時の移ろいではあります。声が出るうちは唄い続けたいと思いますので、どうぞ皆様よろしくお付き合い下さいませ。
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人の金、人の所帯

2006-12-22 08:40:03 | Weblog
今日は冬至です。当地では6時半になってやっと空が白みます。昨日今日は余り寒くありません。暁、曙といった時間の、風景の移ろい表現がなんとも愛おしいというか、日本人が昔から感じてきた自然に対する畏敬を思うことです。白んでくる東の空に山の端が次第に明らかになるのを見ていると、思わず手を合わせて拝んでしまいます。山川草木、そこここに神様がおわすわけです。日本人の心根なんでしょう。学者がしたり顔で解説するところの一神教に対する多神教です。山の神、海の神、火の神、水の神・・。正月にはそれぞれの部屋に鏡餅飾りますね。部屋それぞれにも神様がいるわけです、便所にも、竈(今時ないことですが)にも。日の出、日の入りを眺めているとそういう気分になります。この感情を再認識するのは悪くないですよ。
 岩国、市長が怒って見せています、約束が違うと。市庁舎建築にかかる補助金が下りなくなったからです。防衛庁予算です。何でも、これは今回の空母艦載機移転関連問題以前に決まっていたことだそうで(基地の迷惑料には違いないのですが)、最近の問題に反対したからといってゼロ回答はないだろう、という不平です。ふむ、わからぬことではないですが、防衛庁の態度もこれまたわからぬことではありません。新聞は(中国新聞)兵糧攻めと書きます、市側は態度を硬化させていると。どうなんですかね。私は近くに住んではいますが直接には影響を知りません、でも大島を車で走っていると空からの轟音にびっくりすることが多いのです、ああいう轟音に日常的に晒されている地域のことは全くの人ごとです、ですから私の意見は勝手なものではあるのですが、今までその手の補助金であれこれ行政処理してきたのもこの地域であるわけです。市庁舎ですか。予算のない時に一番に我慢せねばならぬ部分じゃないんでしょうかねぇ。金のない中、家を建て替えるようなことしませんよね、金の出入りなんてのは額の大小があるだけで原則は一般家庭と一緒でしょうに。額の大きさに平衡感覚をなくして、お上から降ってくる補助金ばかりを目当てにしているその体質には言及しないのです。所詮は人の金、人の所帯だって感覚です。国の言うことを聞かぬ所に金を落とす筈もないこと、今までの補助金は言うことを聞いてきたからこその褒美でしょうに。市長も、大体演技力の足りぬ人ではありますが、もっと一般人に届くアピールなり言葉態度なりが要るのではないんでしょうかね。国が悪いんじゃないでしょう。そう思いますがねぇ。
コメント
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