柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

漢字

2010-11-30 08:21:06 | Weblog
常用漢字が増えたと、新聞もNHKもえらく大々的に報道します。どんな漢字使おうとその人の趣味と感覚センスや衒学趣味やスノビズム(全部私に当てはまることですが)に任せればいいじゃないかと常々思っている者で、もっと大きく言えば、漢字の使いわけこそが日本人の頭脳を形作っている、日本人の文化を支えていると思っている者で、これはきっと大方の人達にも受け入れられる考えたかだろうと勝手に考えていましたが、今朝の毎日新聞のコラム「余禄」読んで驚きました。あらら、こういう大事な文章(多くの人の目に触れる、世論形成の一端を担うものです)を書く責任ある地位にある人が、漢字反対論者とは・・。福沢諭吉が漢字廃止論者だったということから起こして、鬱やら怨、呪、萎などをわざと並べて「心浮き立つ文字が数えるほどしかないのが情けない」と書きます。元々こんな決定に何の意味も認めないけれど、あんたの気持を忖度しての決定じゃないのよ、コラム子さん。入試に出題解禁になることをさして「あまり意地悪な漢字試験で生徒らを漢字嫌いにしては」いけないと言います。もともと明治初期の漢字廃止論者の根拠は漢字をその難しさゆえに教育普及の妨げと見做すことにあったそうです。そして敗戦のドサクサに進歩的文化人達が漢字熟語の多くを本来のもの(つまり画数の多い、読みにくい、意味の分かりにくい、しかし由緒出処正しい難しい漢字です)から当て字の平易な組み合わせに変えたり、何より仮名づかいをばっさり変えてしまいました。妙な懐古趣味で言うのではなく、いまさら本字や旧仮名使いに!などと言うつもりもありませんが、教育普及を律速したのは漢字の難しさや表記の仕方じゃなかったんじゃないんでしょうか。明治時代の新聞には全ての漢字にルビが振ってあります、あれこそが教育でしょうに。ああやって人は漢字を読めるようになっていったんじゃないんですか。漢字を頭の中に入れることによってほかの人種にない思考回路が出来上がる。そうやって日本人は立ってきたんでしょうに。今この時代にも文語調の文章読むと身が気が引き締まる思いがするのは、ああいうリズムに日本人として体が共鳴するからでしょう。そういう努力を放棄して、平易安易に流れ流れて今日です。天下の大新聞の顔とも言うべき毎日新聞のコラム担当がこんな考えとはびっくりしました。日本の文化をどう考える?と思いますが、いかがですか。
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年齢

2010-11-29 08:15:23 | Weblog
冠婚葬祭(なんて話を抽象化しないでいいことですか、昨日の結婚式で感じたことです)というのは経験して初めてわかること、経験する歳格好になってやっとわかることなんです、その意味やら意義やら。ただ参列するだけではどうにも気付かぬことを、心しみじみと感じることができます。父が亡くなった時にそうでしたし、今回娘が嫁いで、あの時に自分の親がどう思っていたかが初めてわかるわけです。親が亡くなる時の悲しみは、もちろん孫が祖父母を送る気持ちとは違います。娘が嫁ぐ時のこの気持ちは、友人として参列する者にはもちろん、親族にもわからぬことなのでしょう。その意味では孫の結婚を祝う祖父母にはとても敵わぬ(こういう表現は適当ではないかもしれませんが、人は所詮は経験値の高低なのだという真理に気付きましたから)ものでもあり、如何に私が両親に対して横着をかましてきたかと思い知らされたわけでした。「人は順番だ」なんてわかったように嘯いてきた身には恥じ入るというか慙愧の念というべきか、自分が押し出される順番に回った時に初めてその当時の我が親が感じたであろう気持ちに思いを致せるという為体です。平気で押し出してきたのでした。これを人は淋しさというのでしょうか、人生のはかなさというのでしょうか。こういう思いを叩き知らされるのでした、自分が親にやってきたことをそのまま被らねばならぬのです。もとより覚悟の上でした、でしたが、ああ、あの時こういう気持だったのかと気付くと(気づかされると)やはり後悔の念が湧きたちます。老いた母を見るとそう思います。もう遅いことではあるのですが、人に偉そうに事を説いてきた自らの来し方を愧じる気持ちと親に対する思いの足りなさを刺されることでした。
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思壺

2010-11-28 23:18:14 | Weblog
長女の結婚式でした、京都から夜遅くに戻りました。花嫁の父の役でした。おそらくダメだろうと十分に予想はでき、そうなることは想定内のことでしたが、二人が式場に入場する、そこでもうダメでした。悲しいわけではないのです、娘をとられるなんて思いは少しもないのですが、この雰囲気に負けてしまうのでした。いえ、強がりではなく。でも、今時の結婚式、先日久しぶりに結婚式に出て、他人様のことで涙したことはここでも書いたのでしたが、今時はビデオなのです、これがいけません。子供の頃の写真を編集して字幕が入るわ、ナレーションが入るわで、いけません。そこに若い頃の私も居り、女房もいる、これがいけません。見ているだけでこみあげます。もちろん向こう(新郎新婦)はその目的でやってくるのですから、その手に乗るか、と構えればいいのでしょうが、ダメです。まんまとはめられます。思う壺です。あっけらかんとこのセレモニーを楽しんでいる娘にすっかりしてやられました。言葉や音楽の力は大きいのですが、加えて視覚に訴えられるとヘナヘナです。結婚式場もあの手この手なのでしょうが、この辺りがすでにスタンダードになっている業界事情でした。来年には役を替えて息子の結婚式です、こちらはまた感じが違うのだろうとおもうことでした。主役の両親も舞台装置、演出道具の一つなんですね、そう思い知ったことでありました。
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大鉈

2010-11-27 08:22:22 | Weblog
市川海老蔵、年末恒例の南座の顔見世興行出ないんだそうです。頬骨折れてると暫く腫れますからね。が、昨日も書きましたが、商売道具(顔)を粗末にするようなことじゃぁ、とてもとても一人前じゃないですね。産経抄が叩いてます。当然ですな。
 名古屋河村さん、次の手は市長辞任、再立候補、来年の知事選とダブル選挙にしようというものでした。なんでも自民党の衆院議員に知事立候補依頼していて、ごっそり変えてやろうという魂胆のようです。河村派で固めようという魂胆のようです。それはつまり、市長選は俺で大丈夫という強い自負自信の表れでしょう。この人の言い分もわかります、議員を家業にいている連中が多い、そんな奴に改革などできない、既得権益の中でぬくぬく高給を食むばかりだと。これは国会議員の世襲問題だけでなく地方議会にもはびこっている悪しき慣習でしょう。市民税の恒久的減税と議員報酬の大減額。外野に伝わるのはこの二つですが、それこそ既得権益化した「聖域」に大ナタを振るおうといういわば蛮行。大反対が起こるはそれこそ想定内のこととはいえ、です。リコール請求の署名内容にケチ付けたのも反対運動の一端でしょう。正確を期した、なんてのは言い訳でしょう。あれだけ集まったらふつうはGOでしょうに。それを知ってるから、河村さんこの却下判断については文句言わないです、次の手です。それともこういう不当署名の多さを承知していたか。いずれにせよ、選管に噛みつくは悪手と知っているわけです。この策に今度は岡田さん(民主党幹事長)が噛みついてます。知事選を有利に運ぼうとする暴論である、選挙費用の無駄遣いだと。民主党から離れているんでしたかね河村さん、それなら痛くも痒くもないコメントでしょう。面白いじゃないですか、こういう行動力のある人は。こういう人に飢えてるでしょう、私達は。違いますか。
 
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覇権

2010-11-26 08:20:51 | Weblog
市川海老蔵の不祥事、オヤジの団十郎がTVカメラの前で謝ってます。本人出てこいよ、ですね。大の大人が、顔殴られたくらいでどうした?商売道具を粗末にするような奴に同情なんぞは集まりません。オヤジが出てくるかなぁ。もっとも梨園の恥ではありますからね、一門としてのけじめではあるのでしょうが、ここにも大人コドモがいました。
 仙台地裁で裁判員裁判で少年に死刑判決です。裁判員がインタビューに答えて呻吟してます。この記者会見風の報道もどうかなと思いますねぇ。素人の自分がこんなことしていいのかとか決定を下すまでに苦しんだとか、一生背負わなければならぬことだろうとか、重い言葉しか出てこないでしょうし。今回の裁判長は控訴を勧めたりの馬鹿はしなかったんですね。少年の犯罪は法で非常に強く守られているのです、ひとえに若いこと、更生の可能性という点を強調してです。女弁護士のコメントが載ってます、少年であるが故の更生可能性を特別に配慮すべきだと嘆いています。こういう空事が罷り通るばかりに、何人の者が再犯の刃に倒れてきたんでしょうか。担当弁護士はマニュアル式にそう叫ぶばかりです。事件が終わればそれで終わりですから。更生?虞犯少年なんて言葉もありますが、三つ子の魂百までなのです。性根は変えられません。少年と大人とでそんなところは何の違いもありません。こういうのを野に放つとまたやります。また人が殺されます。こういう事実からどうして目をそらすんでしょうね。
 日本の弱腰がアジアを裏切った。中国の覇権主義に悩まされているアジア諸国の信頼を裏切った。金美齢が言ったそうです。この人は櫻井よし子と双璧をなす女保守言論人です。中国の喧嘩腰は日本にだけ向いているのではないのです、台湾はもちろんのこと、フィリピン、インドネシア、ベトナム、タイ・・東南アジアの覇権を明らかに狙っています。孫文が日本に向けて飛ばした檄、西洋覇権の犬となるか、東洋王道の干城となるか、を思い出します。アジアが欧米の植民地から抜け出るために日本が果たした役目は大きかったのです。昔は西洋だった敵が、いまや中国だというわけです。その通り。ですよね。
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皮算

2010-11-25 08:21:16 | Weblog
リトル松井(昔、彼らがいい調子の時はゴジラ松井(秀喜)と区別するためにこう呼ばれてましたね)が楽天入りです。岩村と一緒にです。この人達の推移をみるに、元の球団は全く動かないんですね(ヤクルト、西武)もう今更要らないという意思表示です。これは球団側の意地もありましょうし、若手の育成という大義もありましょうし。その点楽天は・・でありましょうことですが、いや、楽天とてやっとレギュラー獲った選手がいるわけですね、その人達が弾かれるわけです。この二人とも内野手(二塁手)です、この二人で二遊間組むんでしょか、それとも一塁と三塁?パリーグですからDHがあります、岩村をそっちに使うとか。いずれにせよ頭がグッと重くなったチームになりました、若手を待つよりまずは勝ちに行く。星野が阪神で金本獲ってきた時の理屈です。楽天のあの社長の好みそうな方向ではあります。幸い(かどうかは知りませんが)岩隈が残留しそうですから、マー君と二枚看板は掛けたまま、打つ方の充実(補強)して、という目論見。星野で客を呼べますから、確かに来年の楽天は面白そうですが、さてこの二人が金本並みに働いてくれるかどうか、ではあります。ハンカチ王子がマー君と投げ合ってくれれば・・なんて皮算用しますわね誰もが。
 名古屋市長の目論見が外れそうです。市議会リコール請求の住民投票を問う住民署名数が足りなかったという、いわばおそまつな顛末です。46万集まって、無効署名が11万あって、必要数36万5千に約1万足りない35万3千だったそうです署名数が。この「僅差」には十分に恣意が匂いますね。厳密にやりましたと選管は言うばかりでしょう。無効の要件は色々あるようです(新聞に詳しいです)、不当な署名なんて項もあって。自署でないやつとかでしょうね。でも街頭署名なんてのはそんなもんでねぇ。この個人情報がどうのこうのとうるさい時代に、本人確認するなんてのも凄い話ではあります。河村さんの負けですか。次の手があるんでしょうか。こっちも俄然面白くなってはきました。
 
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緩急

2010-11-24 08:19:01 | Weblog
北朝鮮やりますね。いえこう書くとまるで肯定しているようですが、そうではもちろんなくて。民間人を傷つけたとなるとこりゃ世論が沸騰しましょう。それを狙ったのかどうなのか将軍様。本当にやる気なのか。新聞に、21世紀なのに・・なんて声が載ってましたが、ついこの前まで東ヨーロッパは戦火にありましたし、イランイラク中近東、アフリカ諸国、ミャンマーと、小沢さんではないけれど常在戦場にある地域はいくらでもあるんですね。21世紀だから、という発言の心は、話し合いで解決できないの?という学級会論理ですね。そうじゃない人達の方が多いと知らねばなりますまい。たまたま日本に65年間戦争が起こらなかっただけの話です。その最大の理由(恩恵)だったアメリカの傘が小さく畳まれている現在、中国やロシアが態度でかく出てきているのは周知の通り。韓国は応撃します、大統領は闘う姿勢を見せています。あれは国民を安心させるでしょうね。来るなら来い!黙っちゃいないぞ!そう口にすることが一番国民を安心させるんじゃないでしょうかね。今朝NHKのニュース番組に、情報番組によく出ている森本某評論家(大学教授)が言ってました、今後世界はどう対応すべきかという質問に、北朝鮮に近い中国をどう説得するかだと即座に言ってました。そのココロは、国連で北朝鮮に向けての懲罰決議が出せなかったのは中国の拒否権によるものだったから、です。この人も国連を国際問題解決手段の一番上に置いての論でした、小沢さんと一緒ですか。中国、中国。何だか嫌なことですね。菅さんや仙石さんに強い言葉を発することなど期待できませんしね。一旦緩急あれば、の枕が本当になりそうです。さてさて。
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度胸

2010-11-23 08:29:28 | Weblog
法相更迭(自分では辞任と言ってますが)です。こういう結果になるなら、遅い!という評価は避けられません。任命責任云々の話ですが、まさかこんな馬鹿とは思わなかったと正直に呆れるのも一手だったんじゃないかと思うことです。もっともこの小心首相にそれほどの肚も度胸もないことはわかってますが。この辺りの内部事情を、まるでその場にいたかのように各紙詳細に推測しています。今回は朝日新聞が面白いです。要は補正予算案をめぐる駆け引きです(外交領土問題の方が大事だと思うのですが、完全によそに措かれてます)、衆院の2/3を確保できてない以上は参院での否決を避けたいというのが民主党。そこを「人質」にして色々バーター条件を出して手足をもいで行こうという野党。その駆け引きなんですが、当の参院のドン輿石さんは、法相クビにしても予算案が参院で通る確証はない、言いなりになれば次は馬淵、仙石と続いていく、だからこのままにして国会引きのばせばいい、という意見だったそうです。やがて公明党がこちら(民主党)になびいてくるという読みもあるそうです。が、首相が躊躇った。党幹部達の説得に応じなかったとか反対論を振り切ったとか朝日は評価してますが、単に怖かったんでしょうね。逡巡の末、危険を避けた。菅さんも岡田さんも(当然ながら)擁護論を述べてきたわけですが、この人達の理屈は自民党時代との比較が第一です、自民党の歴代の法相に劣っているとは思わないなんて平気で言う。確かにもっとへたれがいましたね、南野とかいう見た目ヨイヨイの婆さんもいました、菅さんの言うところも十分に頷くところですが、所詮は権力闘争での論功行賞によるポスト配分であり、適材がどうしたこうしたの理屈じゃないわけです。もっとも、これが権力争いということだと開き直られるとそれまでです、天下国家などはそっちのけです、国家火急時に呑気に総裁選(自民党)やら代表選(民主党)やり始める連中ですから。もっとちゃんとやろうぜ。選挙で勝ってなんぼの人達です、支援者という脅迫者達に何重にも縛られての現在の地位です。だからといって田舎の地方議員然と口利きや利益誘導ばかりにかまけていいはずもないことです。でも、こんなことはきっと明治の時代から批判されてきていることでしょう、誰が議員になっても同じことであるわけです。言うても詮無き空念仏です。さて、野党はどうしますか。ここで公明党も社民党も外れることなく、向こうが言いなりになることがわかったですから、一気に小沢召喚と馬淵、仙石罷免とついでに鳩山脱税問題をバーター条件に挙げればいいですね。民主党はそういうことやってきたんですからね。仕返しです。そういうレベルの応酬しかできないんですから、ここに集まってる連中は。尖閣獲られても北方四島獲られたままでも竹島獲られても拉致されたままでもそんなことどっちでもいいんですから。ったく。
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馘首

2010-11-22 08:27:13 | Weblog
法相しかたなく辞めるんだそうです。今日の朝刊には辞めないと威勢がいいように載ってますが、TVで速報のテロップが流れてます。ついでに馬淵も仙石もと行けばいいんでしょうが(そんなことになればそれこそ内閣崩壊でしょうが)ま、そうはいきませんか。でも思うに、いつも同じこと言ってますが、こんなへたれ大臣の首取ったところで何にもならぬこと、獲るなら大将か参謀でしょうに。放置はできぬことでしょう確かに、あれは失言云々ではなく暴言の類、おつむと育ちが知れる噴飯モノ、辞任などではなく大将が首すげ替えるべきところでした。この大臣の首と補正予算とをバーターするんだそうです、このなぁなぁの腐った手続きが気に入らぬのですが、もともと菅の鳩山の岡田のの連中はこの手の自民党的慣例政治を糾弾してきたんでしょうにね。立場が変われば全く同じこと言いながら同じことやってる。恬として恥じずにシレっとした顔でやってる。こんなことなんですね。一度替えて見ないとわからなかったこととはいえ、これほど腰抜けとは思わなかったでしょう?民主党支持の皆さま。改革なんてのは平時には絵に描いた餅なのであります。
 プロレスに興味のない方には全く知らぬ人でしょうが、レフリーで有名だったジョー樋口さんの死亡記事が週刊誌に載ってました。フットワークよくリング上を跳ねまわる、レスラーとよくぶつかって吹っ飛ばされる、そんな感じのレフリーでした。カウント2.9なんて呼び名があったそうです、これは初めて知りましたが、そうですねこの人が3カウントの直前で止めるパフォーマンスやり始めたんじゃないんでしょうか。プロレスのレフリーと言えば、古い所でユセフトルコ、沖シキナ、そして山本小鉄です。そしてもう一人、ジョー樋口さんでしたね。プロレスを面白く見ていた頃を思い出しました。合掌。
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番組

2010-11-21 10:22:55 | Weblog
NHKの朝の討論番組、結局これが一番見易いかなと思うことです、一番シンプルで飾りのない単純な討論形式です、司会者は自分の意見を言わない、交通整理するだけという形。その対極が、もう降ろされてしまいましたが田原総一郎のサンプロ(朝日放送)でした。田原の思い通りに政治家が喋らされるといった趣向でした、彼らもさぞやフラストレーション溜まったことでしょうが、しかしあれだけの視聴率です、つまり顔を売る絶好の機会です呼ばれれば出ます。田原に詰問されて麻生太郎が笑いながら皮肉ったセリフ、この番組で何人の政治家が生命を断たれてきたことか。見ている方はそれが面白かったのですが、さすがに飽きました、田原の独善と「左さ」が鼻についた頃の降板劇でした。小宮悦子に代わってからは彼女も当初は鋭く刺してましたが、番組製作上の慣習なのでしょう、なんだかバラエティー化してきて安っぽく且つ面白くなくなりました、最近はとんと見ません。毒がなくなったというより安易に流れすぎ、です。フジの同様の番組も、ちと司会者が喋りすぎですか。いや連中(政治家)に勝手に喋らせると無茶苦茶になります、だから議題の設定と交通整理が必要なのですが、その匙加減が今一つですか。でも今はこのフジの番組が一番面白いです。TBSの関口宏の番組は、出てくるコメンテイターがみんな専門家然として具体例を抽象化しての御高説垂れに終わる傾向が最近強いように思います。河野自民党元総裁が最近よく出てますが、いいこと言うかと期待すれば昔話ばかり、国会の手続き論ばかりです。何~んだ。写真家のアサイ(漢字忘れました)慎平とサッカーの中西某が政治時事を評価するは素人過ぎて聴いてる方が赤面します。毎日新聞の論説委員(岸井某)の切り口がこちらの聞きたいことに一番沿ってますか。専門家達(評論家と自称する人達)の自説披露の場になってます。そう思って聞けばそれなりなんでしょうが、そういう人達を集めている以上はそういう方向への誘導になってしまうわけで、ホンマかいな?と思いながら聞く姿勢が大事と思うことです。と、考えてくると、NHKのあのシンプルな、討論番組の原型のような形が一番視聴者に訴えるところが大きいのかなと思うわけです。喋らせればその人の頭の中が見えます。この原則は政治家達にももちろん当てはまりますが、喋ることを仕事にしている連中ですからその辺りプロの構えがある筈で簡単には馬脚なるモノ見せはしないだろうと思うのですが、いやいや今時の政治家はそのままです(言を左右できるのは小沢さんくらいでしょう)、だからただ喋らせればいいのです。菅、鳩山、仙石筆頭に各閣僚たちがそう、岡田さんもそう。対する野党、石原幹事長なんてのはその典型、すぐ声ひっくり返して絶叫調になってしまう。重々しく喋ってはいるけれど何も内容のない空論だとか、原理原則から一歩も出ようとしない体質とか、よくわかっていいです。日曜の朝。朝寝坊もいいのでしょうが、TV面白い番組が続きます。ご覧になっていますか。
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