柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

高潔

2016-04-30 08:23:31 | Weblog
巨人の笠原が(もう元の冠がつくのですが)賭博の胴元と認定されて賭場開帳図利(刑法にこう表記です、開帳です、鶴田浩二や高倉健の映画のような)罪で逮捕されてます。野球選手が野球賭博したから余計に加重されている気の毒さですが、本人が八百長(敗退行為)をしたわけじゃないのです。うむ。縄つきを身内から出すみっともなさは理解しますが、野球選手に聖人さを、鈴木大地長官はスポーツの持つ高潔さなんて言ってましたが、そんなモノを求める方が無理でしょうにね。生徒学生時代から野球漬け、それでチヤホヤされて育ってきた連中ですよ。誰もが王貞治にはなれませんから。
 若宮啓文さんの死亡記事が出てます。ええ?まだ若いんじゃないの?と見ると68歳です、ああ若いや。朝日新聞の主筆だった人です、これでもかの親中親韓記事書く人でした、こっち側から目の敵にされていた人でもありました。竹島問題であれこれホットだった頃に社説かなにかに、韓国にくれてやれと書いた人です(だったと思います、間違っていたら申し訳ないことですが)。記事読むと北京で客死のようです。声の大きい左巻き達は大概中国に渡って好待遇受けてますね、それこそがコネクションの証拠なのです。慰安婦問題の捏造記事の植村某もそうなのでしょう、この人は櫻井さん達を逆に訴えていて意気軒昂ですが。とまれ、死ねば仏様です。合掌。
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昭和

2016-04-29 09:23:14 | Weblog
日経新聞のコラムに昭和世代にはやはり今日は天皇誕生日だろうとあります。うむ、同感。みどりの日だったですかね当初は、それが昭和の日になって。じゃぁ明治の日は?大正の日は?となりますね、明治天皇の誕生日は明治節から文化の日と名を変えて残ってますが、大正天皇のそれは残ってない不思議です。戦前は天長節として第一の祝日だった日です。ちなみに大正天皇の誕生日は明治12年8月31日、妾腹の御子(明治時代まで天皇さまは一夫多妻制です、権典侍という名の側室が認められていました)です。元号を使わないのが左巻きの証拠なんてはよく言います(踏み絵のように)が、最近はそういことに関係なく一般的に西暦が主流ですね、新聞がそうであるように平成28年がカッコに入れられるのが多いです。これもどうかなと思うことですが、コラムにあるように私も今年は昭和91年という覚え方してます。単純に引き算しやすいという便宜だけの理由です、昔の出来事は昭和何年で覚えてますから。西暦じゃないですよ、誕生年や卒業年とか結婚した年とか。でしょう?それを75年とか87年とか表現されるとわかったように言うな!と思ってしまいます。しゃらくせぇ!です。西暦を平成元号に換算するのがなかなか覚えられずに、西暦に12足せばいいんですがすぐ忘れてしまう。昭和は64年1月7日までありました。その年は平成元年が重なりますから、平成の年号に63足したものが昭和換算年です。もちろん昭和時代に多く出来事を残して来ているからのことです、もうすぐ昭和よりも平成を生きた年数が上回ります、年寄りに区分けされていくわけです。ちなみに昭和と西暦の換算は容易でした、昭和20年が1945年です、阪神が優勝した昭和60年が85年、10進法の頭には覚え易い。ちなみに皇紀も2600年が昭和15年、1940年と区切りのいい合致でしたが。平成の御代はいつまで続きましょうや。
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適時

2016-04-28 08:25:30 | Weblog
「なぜまかり通ったか」三菱自動車の事件を受けての朝日の社説見出しです。内容は陳腐、企業体質を責め、国交省の甘さを咎め、官民一体の改善が云々と誰でも書けそうな文章でした。燃費競争が熾烈で成績の出ない分を誤魔化した、よくある話なのです。大上段に社会現象として組み立て直す要などないと思いますがね、しかつめらしく眉に皺をよせずとも。「インフラ復旧 道半ば」熊本地震への毎日新聞の見出しです。もう二週間も経ったのに、というニュアンスです。もう?まだまだでしょうに。誰を咎めてるんでしょうね。行政相手にしていれば決して負けないと知りつつです。弱い者いじめでしょう?これ。卑怯ですよね。
 なでしこに女監督です。そうすべきでしょうね、そういう時期が来たというわけです。適任者が適時に現れた。適時と言うのはオリンピックにも出られないということも含めてです。遡ればあれやこれやが全て繋がっていく、それが適材適所適時適当です。天の時です。期待大ですね。立て直しですから。
 広島新井2000本安打で名球会入りです。どの記事にも不器用の実直のがむしゃらのプライドがないのと、こんな奴がよくぞ、という賞讃です。阪神に移った時には、江藤川口がそうだったように潰されるんじゃろうな皆思っていて、果たしてその通りになって、でもその後に広島に戻る所がこの人らしいんでしょう。今年が最後の華というわけでしょう。拍手ではあります。
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大叩

2016-04-27 08:25:33 | Weblog
三菱自動車の燃費捏造事件、いかがですか。91年から続いていたなんて書かれてます、血液製造メーカー化研がそうであった如く。バレないならいいんですよね。一番最初に誤魔化した奴はそれなりに緊張もしたでしょうが、バレぬとわかれば楽な方を選ぶはヒトの必定、そしてそいつが辞めていなくなると罪の意識まで薄まりやがてなくなってしまって、後輩たちはこれでいいのだと疑いもしなくなる。しかしこれは協定違反だ、法律違反だと誰かが言い続けている、つまり黙っておけよと無言の圧力はかかり続けている。よくあるパターンでしょう。でも結局誰かが言う。一旦破れると容赦なく暴かれる。危機管理がどうのこうのとあっちこちから叩かれる。国の検査が性善説に立っているから、なんて専門家が溜息ついてる。しかし専門家ってのはどんな分野にもワンサカいるんですねぇ、これには驚きますね。何か事件が起こると次々に湧いて出てくる。もっともそれぞれTV局の好みはきついですし、同業者間の競争(足の引っ張り合い)もキツイことでしょうが。悪事は必ずバレる。だからやるな。戒める箴言の類は多くありましょうが、でもやってしまう。ヒトの性です。どの分野でも3年勤めればわかってきます、どこで手を抜けるか、どこに旨みがあるか。ズルやっちまえとの悪魔の囁きに負ける負けぬは、もちろん性格によります。当初はやむぬやまれぬ事情であったとしても、です。一回二回で止めておけば問題にもならなかったことをズルズル続ける、ここも性格ですけれどね。所詮は個人の資質です。こんなことを企業体質なんて言うこと事態が誤魔化しです。そう思いながら正義の味方達の大上段の大叩きを見ています。ですよね。
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上手

2016-04-26 08:23:25 | Weblog
実は私が一番の文句言いなのですが、震災関連報道にもう二つ。一つ目は学校問題。登校できない児童が11万人と叫んでます。あのねぇ、学校も被災して危険シールを張られているのに、どうしろと言うんですかね。しかもまだ十日二週間ですわ。遅れる?んな馬鹿な。子供達にマイク向ければ連中もわかってますからね(今時の子ですよ)こちらの期待通りに答えますよ、学校に行きたい、勉強したい、友達に会いたい。昨夜のNHK9時のニュース番組で男キャスターが眉ひそめて言ってましたが、今あんな事態で学業がどうこうじゃないでしょうに。親にすれば学校行ってくれればその時間自分のことができますけれどね、仕事にも行けるだろうし、それはそれですが、そう言わずに学業がどうこう。ったく左巻き達の思考回路ってのはどうなってますかね。年寄り子供病人等々弱者の影に隠れて言いたいこと言ってます、そうでしょう?二つ目、今回に限ったことではないですがちゃんとした日本語を不細工で見苦しい仮名交じり表記します、NHKです。役所がこういう時に罹災証明書を出して職場やあれこれの手続きに供するのですが、それを出せない所があると言う内容の報道です、それを「り災」と平気でテロップ出します。常用やら当用やらの縛りをこういう時だけ金科玉条にして曲げません。おばさんにインタビューしてます、その人もちゃんと「りさいしょうめいしょ」と普通に言ってるのに、つまりこの人は漢字で喋ってる、それだけ人口に膾炙した言葉であるのに、つまらぬ表記する。これこそ愚民政策だと誰かが言ってましたがその通りですね。何度見ても腹が立ちます。
 五輪エンブレム、感想はいかがですか?風神雷神が好みでしたが、一番人気薄だろうと見ていた市松模様に決まりました。でも、考えるにここが落とし所でしたね。他の三候補と雰囲気もイメージも全然違いますし、日本文化の匂いもしますし。上手。今回は上手でしたね。そう思いました。
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言葉

2016-04-25 08:27:01 | Weblog
熊本市長、益城町長がマイクの前で話してます。熊本市長の方が若く見えました、あくまで外見からの印象です。こういう時の話しぶりってのは大切と思うんです。行政の長がこういう時のトップに座るは恒例で、いかに清水国明が批判しても変わりません、作業着で鎮座ましましているわけです。が、より現場に近くなればそうもいかずでしょうし、あちこち動き回っているのでしょうが、マイクの前では少々のハッタリでもいいから大丈夫だ!と言ってほしいですね。現状を細かく詳しく報告してもらっても聞いてる方は不安を増すばかりでしょう。行政の手続きの話を聞いても、です。だからできない、なんて言い訳に繋がるのが常です。こういう時に性格が出るんじゃないんでしょうか。行政畑で生きてきた人にハッタリは無理かもしれぬこと、できぬことはできぬと言うばかりでしょう、そういう仕事ですからね役所は。でも聞きたいのは、ここは辛抱じゃ、必ず復興するぞ!という掛け声じゃないでしょうか。いえ、声だけじゃなりません、ならぬのですが幸いこちらにはどんどん手が差し伸べられてきます、日本人の気質は変わりません、ガンガン届きます。だからこそ、首長さんの一言って大きいんじゃないんでしょうかね。ヒトは自分の耳で直接聞く言葉で動くんです、これは歴史が証明してます。そうですよね。
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検証

2016-04-24 09:43:13 | Weblog
一週間、十日が経ち、マスコミは検証モードです。次の本震(おかしな言い方ですが、これが学会の定義ですから仕方ないです)を心待ちしていたわけでしたが起こらぬ様子、次は犯人探しです。車中泊だらけになっていること、あれだけ家屋が倒壊したこと、新幹線が脱線したこと、あれやこれやツッコミどころは満載です。耐震基準は正しかったのか、防災対策や訓練は十分だったのか、想定外で済ますのか(気象庁は想定外という言葉を避けて経験外のことはわからないと言ってましたが)。後出しじゃんけんは決して負けません、しかも相手は行政です、学会です、国です、何言っても仕返しは受けません。総掛りです。防災や危機管理とやらの専門家達がワンサカ出てきます、地震学者の次は彼らの出番です。聞いてるとしかし、よくもそこまでしかつめらしい顔しながら当たり前のことを、できもしない理想論を恥ずかしげもなく並べることじゃのうと呆れます。連中の話の共通するところは目的と手段の混同、原因と事態の説明の混同です。尤もこれは連中だけじゃありません、世にウジャウジャ居る専門家有識者学者の常套です、こうやって素人を誤魔化し煙に巻く手立てです。滔々と今回の地震の起こり方を振り返ってそれで終わりです。こんなことは経験がない、それで終わり。支援物資が届かないのは人手が足らぬから、道路が寸断されているから、そこを想定していなかったから、で終わりです。他人の所為(ひとえに熊本市、熊本県行政の対策不備)にして終わりです。おいおい、専門の学者としてノコノコ出て来てるんなら、どうしてそういう提言を今までしてなかったんだ?活断層の存在がわかっていて、こういうひどい地震が起こって初めて「だからそう言ってただろう?」とスルっと非難する側に混じってイケシャアシャアとしてる。わかってたんならあなた達がどうしてもっとちゃんと専門家らしく防災しなかったんだ?です。連中はどうせこう言うだけです、いえ、我々にはそんな権限はない。はいはい、です。そして二言目には過去の事例、海外での事例を並べて、こうこうだったから今回はこうするべきだった、歴史に学ぶべきだったなんて絵に描いた如き「出羽の守」を演じて能事終われりです。まことに楽な仕事ですな、呆れるくらいです。同じような事例のデータ集めてればいいんですね。こんなのは学者に限りません、学者崩れのジャーナリストも同じです。ノンフィクションのルポもので売ってる柳田邦男(国男ではなくて)がいますね、医療問題や原発問題等々に対して直言することでよく見る名です。毎日新聞に連載コラムを持っていて今回の地震について書いてます。凡百のものではない内容をそれなりに期待したわけでしたが、この人も同じ出羽の守でした、後出しじゃんけん組でした。行政の想定外対応を詰り、政府を叱ります。違憲の疑いのある安全保障関連法を作り、防衛予算を増やしているのに、なぜ現実に国民の生命財産が次々に失われているこの手の災害について、安保関連法の時のような強い姿勢をとらないのかと書きます。全然次元の違うことを混同一緒くたにして論点すり替える、左巻きの手法です。防災対策の不備は財源不足が因だろう、そうであるなら防災不備によってもたらされるリスクの現実を住民にリアルに公表して、住民が何を選択するのかを問うべきだと言います。カネ(本文にはこう表記してます)がないなら、その金の使い道を住民に選ばせろというのです、選択肢はもちろん防衛予算か防災予算かです。またく無茶な「提言」です。そして最後には多くの行数を割いて新幹線の脱線事故を採り上げて、脱線防止ガードや車両側の逸脱防止ストッパーが設置されてなかったことを原因にしてます。中越地震の時に新幹線が脱線したが転覆しなかったのはこれが設置されていたからだ、その教訓が生かされていないと非難します。いやいや、今回も転覆してないじゃないの。脱線で済んだということはそんなのは要らないということではないのかとは考えないのですね、この手の「文句言い」達は。『人の命よりカネの節減(安全投資削減)が優先されるという、この国の安全文化のレベルの低さが「定番化」されている』と斬ってます。日本中を30m高の防潮堤で包みこめという意見ですね。どんな地震天災でも崩れない壊れない道路、ライフライン、避難所を日本中に張り巡らせと。ゼロでなければ大きな危険、というヒステリックな煽りはいいかげんにしないといけません。世界への防衛と自然災害防災とを同じレベルで一緒くたにする方が、程度低いんじゃないですかね。この内容にはがっかりです。御一読を、毎日新聞4/23柳田邦男の深呼吸、です。
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光景

2016-04-23 08:17:20 | Weblog
一週間経ったからでしょうか昨日の新聞はどれも震災で亡くなった人のの写真載せて、いい人だった、もう一度会いたい、のオンパレードでした。どの新聞もそうだということは業界の恒例なのでしょうね。まだ見つからない人がいて、「関連死」者はこれからも増えましょうし、追悼紙面は埋まるわけです。TVも同じこと繰り返してます、現地にアナウンサー遣って被災者達に、選り分けて年寄り達に子供達にマイクを突き付ける。見ている方も見ている方なんです、それはわかってます、嫌なら見なければいい。でもこうやればいい、こうやればクレームは来ない、そういう構え、安直に流す、事無かれに済ませる、予定調和が鼻につくのです。誰に阿っているのですか。世の中にワンサカいる人権屋達、何でもかんでも他人の所為にして大声出して非難するだけの「正義の味方」達、被災者被害者を不可触で聖なる弱者様に仕立てあげて、少しでも蔑ろにする、差別する匂いがしたらヒステリックに怒って見せるその筋の勢力達です、それもわかってますが。本当に幼稚な世の中だと思うことです。だから、ここでも書きましたが一紙一局くらいは、それは産経新聞しかないと思うのですが、ここは辛抱だ、天災の国に住んでいる我々の宿命だ、と言ってほしいと思うのです。安倍さんが言ってもいいんですが、今の彼にはそれほどの度胸があるようには思えません。おおさか維新の虎之助爺さんが今次の地震はタイミングのいいことだったとマイクに載せて後で撤回してましたが、その類ではありますが安倍さんには男をあげる絶好の機会だったのに、です。安倍さんには都合が悪かったわけです、だからオタオタしてる。通り一遍に、しかし結局危急時にやってはならぬと言われている(私如きでも知ってる)逐次増強をやってます、次々に指示出してるように見えますがどれも後追いです。ブレーンが悪いんですけれど。ここは辛抱してくれ、必ず助けに行く。そうTVで呼びかければよかったと思うんですがねぇ。何故こうなった?早くどうにかしてくれ。こればかりです。それに追われるように政府が動く。いつか見た光景、何度も見た光景ですね。
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関連

2016-04-22 08:20:58 | Weblog
震災関連死が10人を越えたと眉を顰めてます。どうしろと言いたいんですかね。あんな不意の大災害に、相当の避難して、相応の手当てを受けての末の事態です。もともとそういう病気を抱えていた人が寿命を終わらせただけですから。エコノミー云々もそうです、そうなる傾向の強かった人に起こっているのです。何日車中泊しても起こさぬ人は起こしません(少ないに越したことはありませんよ、とすぐに言い訳するところ、そうせねばならぬ、万人同情せよという同調圧力を感じているところ、私も十分に欺瞞者ですが)皆がそういう危険があると医者は言ってますがこれもゼロ信仰です、ゼロじゃないことは危険だという「大袈裟」です、嘘ですはっきり言って。そんなに恐怖を煽ってどうするんだ?と腹立たしく思ってます。妊婦さんに起こり易いとは専門外の私も知ってます、こういう注意喚起は大事と思いますが。耐震補強の話もどうだかなぁと思うことです。熊本の公立校の耐震補強率は100%だそうです、それなのに・・という報道です。体育館を避難場所に使えないことを報道しながら暗に(ほとんど表立ってますけれど)非難してます。耐震の定義ですね、いつもこういう時に銘々が言い募る原因です。震度7に崩れなかったんだから十分な耐震だろう、そういう考え方と、その後も使えてはじめて耐震だという無茶と。ひびが入って壁が崩れて危ない。耐震できてない?バカな。田舎の村町でぺしゃんこになってる、横崩れしている古い家々との違いは歴然です。ドカンと崩れて人を押し潰さないようにする、それが耐震補強でしょうに。マスコミの(学者達も同罪ですが)次々に繰り出す非難は全て後出しじゃんけんです。寄らば斬るぞの態。当たるをかまわず斬る。全て必然です。どうしてあんな地震が起きたんだ?そんなこと言っても何も始まらぬのです。なのに連中はそう言ってるんです。違うでしょうに。
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真実

2016-04-21 08:26:36 | Weblog
幼児虐待事件とか凄惨な殺人事件とか、新聞では書かない書けないところは週刊誌が抉ってくれるのが常ですが、新潮45という月刊誌もルポルタージュという形式でよく詳細を載せます。週刊新潮と同じ新潮社の本ですもちろん。紙幅もうんと多いですから月刊誌の方が詳しいです、というか詳しすぎて胸が悪くなるというべきか。でも、新聞読んでるだけでは見当違い方向違いの批判非難に誘導されて、児童相談所の不作為の所為にするのが常ですが、そうじゃないんですよ。いつもここで書いてますが、親が一番悪いんですから。そしてそんな鬼畜のような大人に育てたその親がいるわけです。悲しくも残酷な連鎖です。3歳の成長の遅い男児をウサギ檻に詰め込んで殺した若い夫婦がいましたね、あれも(あの事件だけじゃありませんが)どうしてもっと早くに保護できなかったんだ?と行政の責任を問うばかりでしたが、その新潮45の今月号に詳細が載ってます。途中から怒りが湧いてこの子が可哀想になって読みにくくなりますが、是非読んでもらいたいと思います。どの虐待事件もこうなのです。親が悪いのです。そしてそういう大人に育てたその親がまた一層エグイ。次は別の親の元に生まれてきなさいね。そう言ってやるしかない悲しさです。他に文藝春秋も多分に週刊誌的なテイストですが、こういう抉りモノは載せませんね。月刊誌も色々です。
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