イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「超訳 ニーチェの言葉」読了

2019年10月12日 | 2019読書
白取春彦 「超訳 ニーチェの言葉」読了

いい歳をしてそれも人生の第4コーナーへシフトダウンして減速しながら入ってこうというときに生きる意味を問い直しても仕方がないことなのであるけれども、今まで生きてきたことがせめて赤点(僕が通っていた高校では平均点の半分が赤点の基準であった。)を取るまでにはいっていないのではなかったかというようなことをなんとか納得したいと思うのだ。
以前に読んだ本のなかに、ボルネオ島に住む原住民の生き方がニーチェの考え方に似ていると書かれていたので僕ももう少しニーチェについて知ってみようと本を探してみた。ニーチェの著作をいきなり読むのは絶対に無理なので解説本から探してみた。かなりある解説本の中、アマゾンのランキングで上位に入っている本がこれだった。
1ページにひとつ、ニーチェの著作のなかから抜粋されたらしい一節を箴言のような雰囲気で紹介されている。
なので、日めくりカレンダーのようだ。そこからはなかなか、あの本に書かれていた「永遠回帰」「大いなる午後」というようなヒントは得られない。ほかにも本を探さないと本当のニーチェには近づけないようだ。

その1ページごとにはう~ん、確かに含蓄があるな~。という言葉が書かれている。ただ、ニーチェの生涯を調べてみると、けっして幸福な人生を送った人のようには見えない。まあ、それだから逆に、「こうしておけばよかった。」というような思いが出てくるのだろうか。
部下に配布する書類に、『もしくわ・・・』と書くような知性のない上司にペコペコしながらでも箴言は生まれるだろうか・・。などと考えながら読んでいたが、そんなことはない。やっぱりそこは天才でなければ生まれてこないものなのだろう。

せっかくなのでその中で気になった箴言を集めてみた。

・自分を尊敬すれば、悪いことなんてできなくなる。人間として軽蔑されるようなことはできなくなる。
・自分の評価など気にするな。なぜなら人間というのは間違った評価をされるのがふつうのことだからだ。
・1日の終わりに反省しない。疲れ切ったときにする反省などすべてウツヘの落とし穴でしかない。
・1日にひとつ、何か小さいことを断念する。最低でもそのくらいのことが容易にできないと、自制心があるということにはならない。
・自分に対してはいつも誠実であり、自分がいったいどういう人間なのか、どういう心の癖があり、どういう勘かえ方や反省をするのか、よく知っておくべきだ。
・1日を良いスタートで始めたいと思うなら、目覚めた時に、この1日のあいだに少なくとも一人の人に少なくとも一つの喜びを与えてあげられないだろうかと思案することだ。
・学ぶ途上にある人はそれをすることをとても嬉しがる。楽しみというものは半可通人の手にある。
・懸命に行動しているうちに、不必要なものは自然と自分から離れていく。
・いつもの自分の生活や仕事の中で、ふと振り返ったり、遠くを眺めたときに、山々や森林の連なりやはるかなる水平線や地平線といった確固たる安定した線をもっていることはとても大切なことだ。
・飽きるのは自分の成長が止まっているからである。自分自身が成長し続けない人ほど飽きやすいことになる。
・親友関係が成り立つとき、それは、相手を愛しているのは当然だが、その度合いは自分を愛するほどではない。また、抜き差しならぬ親密さの手前でとどまっている。
・様々な対立する感情や感覚はその程度の差を表しているにすぎない。多くの人の悩みは現実もこのように対立していると思い込んでしまうことである。
・他人をあれこれと判断しないこと、他人の値踏みもしないこと。人の噂話もしないこと。
・自分の人生をまともに生きていない人は他人に憎悪を抱くことが多い。
・憎悪、嫉妬、我執、不信、冷淡、暴力、そういう悪や毒こそが人に克服する機会と力を与える。
・持ち合わせの言葉が貧しければ、表現も貧しくなっている。語彙の少ない人は、考えも心の持ち方もがさつになる。
・たまには背をかがめ、あるいはできるだけ低くなるようにしゃがんで、草や花、その間を舞う蝶に間近に接した方がいい。
・すべてのよい事柄は、遠回りの道を通って、目的へと近づいていく。
・最悪の読者とは、略奪をくり返す兵士のような連中のことだ。彼らが盗んだもののみ(彼らが何とか理解できるものだけ)を、あたかもその本の中身のすべてであるというように大声で言ってはばからない。

最後の箴言はなかなか痛い。本を1冊読むたびに記録を残しておこうとこのブログにグダグダ書いているわけだが、まさしく、自分に都合のいい部分だけ切り取って書いているのである。書かれている本の内容の本質を見抜けているとはとてもじゃないけれども思えない。
こういう人はやっぱり愚民の行動をきちんと見破っているのだ。幸せな人生であったかそうではなかったかということは人生を見抜くということとは全く別のものであるのだ。
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