意識とは根本的には「気付いている」ことを意味する。
五感もあるいは六感も・・気づいていることのバリエイションである。
さて、
見ることも「見る者」がいなければ、見ると言う機能は存在しない。
聞くことも「聞く者」がいなければ、聞くと言う機能は意味がない。
同じく、味覚も臭覚も、触覚も、それを感じている者がいるからこそ存在する。
パソコンがパソコンでただそこに在っても意味がない。
機械が機械だけで、ただそこにあっても全く意味はない。
人間を肉体機能で説明する唯物論や機械還元論も、それはただ「機能」の話であり、たとえ頭脳で思考や感情の働きを電子・機械的に説明しようとも、それはあくまでも「機能」の話である。
誰が・・それに気づいているのか?・・そう、わたし・・である。
誰が・・と言っても、あの人この人の「誰」ではないが、あなたの根本的な自己自身への「気付き」・・それを・・わたし・・と言おう。
あなたは自己自身に気付いている・・だろう?
その自分自身が・・在る・・・と言う存在感覚・・それが私という存在、ひいては世界の「根幹」なのである。
誰でも当たり前のように、自分は今生きている・・と知っているが、
その「生きている」とは、肉体生命が維持できていると考えているけれども、
肉体生命は・・たとえ複雑であろうが、それは「機能」に過ぎず、それを見て、聞いて、感じている「わたし」こそが・・
人間という存在の「根幹」「根源」なのである。
そしてその わたし・・・私の根源・根幹にある、気づいている意識こそが・・魂の発露点である。
魂はどこにある?・・体のどこに?あるいは時空のどこにある?
すでに・・そこに在るのだ。
わたしという気付き・・意識によって、魂はこの次元に出現しているのである。
魂とは、あらゆるすべての根源(創造主)からの個性的な表出である。
あるいは創造主から派遣された、創造主を代弁する存在とでも言おうか。
これを宗教的にいわゆる「神の子」と表現することもある。
人間の幼児が、間違いなく確実に大人に成長するように、
神の子は・・神へと至る・・神性をすべて有するものだ。
あなたは理解しているだろう?
しかしながら、
すぐに忘れてそれが常識だとされる、この次元世界の様々な事象にハマってしまい、神の子どころの話ではない。
神の子の話は・・単なる概念であって、それが何かどでかい効果を現わさない限り、
「それは美しい概念だね・・」で終わってしまうからである。
頭だけの記憶で終わっていて・・その概念・想念が
・・現在・・今・・に浸透していないのである。
再度説明すると、
あなたが見ているもの、物、事象はのすべては・・
あなたが見るからこそ・・物質の形として出現しているのである。
それまでは波動・存在確率波、波として存在している。
その波は・・物質ではない・・。
物質化する、粒子化する・・元の波動・・である。
不定形の存在確率としての「波動」は、観察によって粒子(物質)化している。
わたしたちの意識・観察・・によって初めて波が粒子化するのだ。
見る事・聞くこと、感じる事すべては、意識によって引き起こされているということだ。
わたしたちのそれぞれの世界は、わたしたちの意識、気づくことによって・・(3次元的に)物質化しているのだ。
これを創造と言わずして何であろうか?
それを(知らず)行っている者を神の子と言わずして何であろうか?
・・・
わたしたちが、たとえ共同意識、共通意識で集まってみんなで認識しているからと言っても、
この世界ひいてはこの宇宙が、わたしたちとは独立別個に厳然と先行して存在しているわけではない。
意識ある存在・・わたしたちが・・それぞれで共同創造しているということだ。
この地球という世界も、そういう主体たる魂・意識体・意識存在たちが・・物質化・具象化した世界なのである。
物質が先にある?・・・わけではなく、意識が先にあるからこその世界である。
したがって、この観察する主体としての・・わたし・・たちの、
その意識の持ち方、気付き方・・あるいはマインドのあり方によって、無際限に展開されてくることが予測できるはずだ。
そう、
いままでは、主体的なマインド、意識の有り方ではなく、
外からの強圧的、あるいは保護的な押し付けられたマインドによって縛られていたともいえよう。
長い間のマインドの幽閉・束縛を解くのは簡単には行くはずもないが、
まず気づいて、理解して、そして「リセット」したあとに立ち上がってくることになる。
・・・
人間は社会的動物だの、本能的肉体動物だの・・、
偶然生まれ、死んだら終わりの肉体生物だの・・・といった、
今まで、この世界でさんざんな嘘や誤魔化しにまみれ、
右に行き、左に振れ、他者に依存し、裏切られ・・、
必死になって刹那の生にしがみつき、人との調和より物銭金を集め、
騙され、騙し、虐待し、復讐し・・カルマを蓄積してきた人類も、
もうすでに、ここまで到達しているのである!
無理に信じることは不要であり、
単なる事実であることに気付くことである。
それが真の「理解」なのだ。
それが起きれば、魂・意識は、この次元世界を越えた世界(いわゆる高次元)を展開可能になる。
それが実際のアセンションである。
・・・
このことは有名な物理学実験、「ホイーラーの選択遅延実験」でも実証されている。
サイト記事参照:(IN-DEEP 2015.6.6)
・・
本日も拙い記事をご覧いただきまして、誠に有難うございました。