気付きの科学 新世界版

ここで言う 「気づく」という意味は、空(くう)の状態から、在る状態に引き出す意識的行為・・すなわち創造のことです。

(4)知覚と創造

2020-02-12 09:37:27 | 意識の科学
知覚されるすべての事象、機能、物、組織・・あらゆるものは、

気付いているから・・対象として、そこにここに”存在”する・・が、

気付いていること・・自体は・・何かの単体の”個別対象物”ではない。


肉体・頭脳組織によって、気付き・意識が二次的に ”発生している” ・・のではない。

気付き、意識が・・人体・頭脳組織を通じて・・知覚対象として現れている・・ということ
だ。

したがって、わたしとは何か?・・・というならば、

「わたしは肉体ではない!」・・は明白である。

わたしは「意識」「気づき」そのものであると言わねばならない。

意識から様々な「想い」を生じ、その「想い」によって、

自己自身を肉体であると信じ込んでいる・・のだ。

それは、意識の自己同一化と呼ばれている。

自らの投影する知覚対象の中に、自らを自己投入する・・成りきること。

まともにかの聖書を解釈すれば、

神が自分に似せて人間を創り、その創造物の中に、自分の息吹を吹き込んだのだ。

それは悠久の過去のことでもなく、

いまあなたや私たちが・・存在していること・・そのもので、
いつでも、どこでも、どんな世界でも宇宙でも実証されている。

わたしは・・在る・・! ・・意識であることだ。


あなたやわたしたちが、今・・存在しているそのまんま・・、

知覚されるすべての事象、機能、物、組織・・あらゆるものは、

気付いているから・・対象として、そこにここに”存在”する・・が、

気付いていること・・自体は・・何かの単体の”個別対象物”ではない。


肉体・頭脳組織によって、気付き・意識が二次的に ”発生している” ・・のではない。

気付き、意識が・・人体・頭脳組織を通じて・・知覚対象として現れている・・ということ
だ。




かつて、覚醒の巨人等と言われたニサルガダッタ・マハラジは、
道を求めて訪れた探求者に、

「あなたは悟りたいと願ってここにきて、
 どうも分からないんです、教えて下さいと言うが、・・
 ただよく・・観て見なさい・・」

「わたしは在る・・に深く入って生きなさい」

と言ったとされる。


たったこれだけ・・?

その探求者は一体何のことかわからなかっただろう。

なぜならば、彼・彼女たちは、深く考えに考えることや、

電撃的なインスピレーションや、つらい修業等と云う特別な何かを探しているからだ。

真実の探求は必須なプロセスながら、逆に探求者はなかなか悟れないとも言われる。


なぜならば、探求者は、思考、マインド・こころで、

悟りとは何かと、自己自身を・・よくよく・・観ていない状況で、

単に・・あれこれ想像しているからだ。

もっと豊かで安心できて、快楽的で、荘厳で、しっかりとした何か真実を・・、

マインド・思考・感情を総動員して・・探している・・からだ。

それはもちろん、必須なプロセスであるが・・

いまここで言う、ことの・・本質はさにあらず、

肝心なのは、・・・

今・・在ること自体に・・深く気付いてゆく実践行為である。


マインド・こころの創り上げる、

あの世やこの世の、高度で複雑多岐な創造物の話ではなく、

それらすべての元にある・・ただひとつの原初・根源、

自らに気付いていること、・・意識のことだ。


あなたは・・それであると真に・・気付いただろうか?

あなたは、生成・消滅して終わりの・・創造物のほうではなく、

それに自己投入している・・創造者であることに気付くべきではないか?

・・ということだ。


知覚されるすべての事象、機能、物、組織・・あらゆるもの、宇宙さえも、

意識が在るからこそ・・

その気付きの対象として”存在”することが出来るのだ。