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「竹下村誌稿」を読む 386 風俗習慣 27

(城北公園から富士山)

昨日の富士山を城北公園から見た写真。富士山に雪が戻ったことがよく判る。

お昼前、掛川の孫のあっくんとえまちゃんが来る。前日の駿河古文書会の発表時、枕でインフルエンザの話をした際、予防の一つに、外孫を流行中は出入禁止にしていると話した。ジョークで話したのだが、翌日に早速来てしまった。

早速、インフルエンザの話を聞いた所、掛川では流行がほとんどしていないという。小学校では日本茶を呑むことを勧めて、担任の先生が始終、お茶を呑むことを励行させていて、流行していないのだという。お茶でうがいをすることは言われるが、今はうがいでなく呑んでしまってよいといわれる。インフルエンザウィルスは胃液で死滅するそうだ。これなら、授業中でも、何度でも飲める。先生が号令して一斉に飲むことだってできる。

ある開業医は患者を診る度に、お茶一飲みを心がけているという。こんな簡単な予防法をなぜもっと広めないのだろうか。島田、金谷は茶どころなのに、インフルエンザが大流行していると聞く。掛川のような取り組みを、島田、金谷ではやっているのだろうか。「島田市緑茶化計画」を打ち出している島田市の広報紙の一月号を見ても、緑茶がインフルエンザに効果があるなどという話は一切載っていない。このインフルエンザ大流行の時にである。「島田市緑茶化計画」の看板が泣いている。

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「竹下村誌稿」の解読を続ける。

       三 常安寺の井桁

伝え云う、本村常安寺は下嶋八左衛門の開基にして、境内に深き井あり。水清くして飲料に適し、近隣この水を汲むもの少なからず。昔は石にて築きたる丈夫な井桁さえありしと云う。

由来(もともと)下嶋氏は累世本村の庄屋役を勤めしほどなれば、頗る村内に威敬せられしが、寛政の頃、分家をなしたる弥五郎と云うものあり。平常傲岸にして酒を好み、しかも本家の威を冠り、傍若無人の挙動もありしほどの人なりしが、ある日、弥五郎、友人と共に且つ飲み且つ豪語し、人をして舌を捲(ま)かしむ。
※ 威敬(いけい)- おそれうやまうこと。
※ 傲岸(ごうがん)- おごり高ぶって、いばっていること。


時に債主来りて、旧債の弁済を促せしことありしかば、弥五郎、声を励まして嚇(おど)して曰く、世間知る如く、乃公(おれ)には壱銭の貯えなし。ただあるものは腕と脛(すね)のみなり。如何に催促せらるゝも応ずること能わざるは勿論、強いて要求するなれば、常安寺にある井桁でも持ち行くべし。この井桁は三州花岡石(みかげ)にて造りしものなれば、十二分の価値あるものなりと。聞くもの皆な笑殺せり。債主、意外なる気烟に辟易し取り付く嶋もなかりしに、弥五郎我が物顔にまた曰く、元来この井桁はわが本家下嶋の祖先が常安寺へ預け置きたるまでに過ぎざれば、その子孫たる我々が負債のために、これを売代したればとて、何の憚(はばか)ることのあるべきと。
※ 乃公(だいこう)- 一人称の人代名詞。男性が、目下の人に対して、または尊大に、自分をさしていう語。我が輩。おれ。
※ 笑殺(しょうさつ)- 大いに笑わせること。また、あざわらうこと。
※ 売代(うりしろ)- 売り払うこと。


他日終に酒手に迫りて、これを売却したるも、敢えて云為(うんい)するもの一人もなかりしとぞ。片腹痛きことどもなり。今は井桁の面影さえ見もし聞きもすること得ざるは、伝説の詐(いつわ)りなきを知るに足るべし。されば、往時に於ける率直(すなお)なる人情の一端をも想像せらる。
※ 云為(うんい)- ある事柄を取り上げ、それについて、あれこれ言うこと。うんぬん。
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