くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「たましくる」堀川アサコ

2010-03-04 05:19:52 | ミステリ・サスペンス・ホラー
魂来る。双子の姉・雪子が無理心中をはかったために、残された姪の安子を連れて、幸代は青森に向かいます。安子を父と祖母の暮らす旧家に、引き取ってもらうことになったからでした。
汽車の中で出会った若い巫女(いたこ)の千歳は、安子の父・新志の末妹で、幸代に青森で暮らすつもりはないのかと問い掛けます。
幸代の頭の中にあるのは、姉の死のこと。そのせいか、至る所で雪子が血で書き残したといわれる文字のことが頭をかすめるのです。「知ってしまえば それまでよ 知らないうちが 花なのよ」ラジオから流れる歌を聞くうち、幸代にはそれが姉からのメッセージのように思えてならない気持ちになるのでした。
やがて千歳や安子と暮らす決意をした幸代は、東京から単身青森にやってきます。昭和六年。この時代のしかも地方都市を舞台にした連作というのは、珍しいのではないでしょうか(個人的には三浦哲郎「白夜を旅する人々」と共通する舞台なのでうれしいですね)。方言がまたいい味出しています。
これが、第四話の「紅蓮」となると、「たまし」とは幽霊のことであると説明があります。だから、幽霊が現れる、という話なんですね。でも、実際には千歳は呪術を使うわけではなく、論理的な思考をもとに謎を解明していくのです。
堀川アサコ「たましくる」(新潮社)。副題に「イタコ千歳のあやかし事件帳」とありますが、彼女は迷信に惑わされないしっかりした女性で、まだ十九だというのに夫を亡くし、その声が聞きたい一心で巫女になったというのです。
わたしたちがイメージする「いたこ」は、盲目で梓弓などを掻き鳴らしながら死者の口寄せをする女性ですよね。
千歳は巫女の道具はしまいこんでしまい、相談に来た客があっけに取られるほど閑散とした家に住んでいます。その家で千歳の手伝いをしながら、幸代は安子の面倒をみることになります。
その町に暮らし始めて、幸代は冨樫蝶子という名前を知ります。新志の恋人だった蝶子は、十年前に失踪しているのです。彼女の面影を見て、新志は雪子を選んだのではないか。
幸代はたびたび蝶子と間違われるようになり、彼女の事件に巻き込まれていくのです。
構成もエピソードもとてもおもしろかった。でも、「紅蓮」にちょっと視点のもつれがあって、それが残念です。千歳視点と幸代視点が混同するというか。
宮原が会いにきたことを千歳に話させるなら、その前の場面で地の文に入れない方がいいのにな。
誰に対しても執着せず、流されるようにして生きてきた幸代。千歳との出会いは、彼女の生き方すら変えていきます。
様々な事件に苦しむ女たち。巫女としての千歳にすがりつくように現れる魂。三話までが千歳の理路整然とした推理で構築されているにも関わらず、ラストで巫女としての力を開いてみせたのは、この世ならぬものたちの思いを受け止めるためなのでしょうか。
表紙カバーがライトノベルっぽいので、なんとなく話に合わないような気もするのですが。