2022/9/9放送
「世の光」の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
ある動物園で、「世界で最も恐ろしい生き物」と名づけられた檻があったそうです。恐る恐るその檻に近づいてみると、鉄板で囲まれた物々しい檻の正面に覗き穴があるのです。覗いてみてびっくり!その、のぞき穴の正面には鏡がおいてあり、なんと自分の姿が映し出されている・・・というわけですねえ(笑)。
あのー、教会に来られたり、聖書を読んでいると、気になることばの一つは「罪人」ということばだと思います。聖書で言う「罪」とはもともと、「的はずれ」という意味です。本来の状態からずれてしまっているという意味なんですね。ですから罪人とは、「ずれ人」です。
ちょっと身体の事を考えてみましょう。たとえば体調がおかしく病気になるということはどういうことでしょうか。それは正常な状態からずれてしまっているということですね。私たちの心はどうでしょう。あなたは今日、心に安心感がありますか? また本来、人は愛されるべき存在ですよね。愛に生きるという姿は、正常な姿です。しかし、それがずれたらどうなるでしょう。そこには憎しみが、そして分裂が始まります。そして大きな痛みを持つようになるのです。
また、生きる意味がわからなければ虚しさが出てきます。でも本来人は神様に創造された造られた者ですから、生かされているだけで存在そのものの中に意味があるし価値があるはずです。でも、ズレが生じているとどうでしょう。生きていてもしょうがない、自分なんて価値がない、と勝手に見積もってしまうこともあるのです。
聖書は、人が神様に背を向けているということが人間の根本的なずれなのだ、罪なのだと教えます。ちょうど子どもが親から離れて迷子になってしまったとき、大きな不安を抱えてしまいますよね。それと同じように、心の奥底のずれは私たちに言いしれぬ不安や虚しさ、そしてしまいには神様への反発を生み出していくのです。これはほっとけないですねえ。
罪人とは「ずれ人」のこと。身体がずれているならすぐに治療のためにそのずれを治すでしょう。聖書のことばをお聴きください。マルコの福音書 2章17節
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためです。」
イエス・キリストこそ私たちのずれを癒やすことのできるお方なのですね。
( PBA制作「世の光」 2022.9.9放送でのお話しより )
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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