♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■一粒の麦が / 板倉邦雄

2019年04月02日 | Weblog
2019/2/26放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
今日は「一粒の麦が」という題でお話ししましょう。
 初めにヨハネの福音書12章24節を朗読します。

 「まことに、まことに、あなたがたに言います。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです。しかし、死ぬなら、豊かな実を結びます。

 今日は、地に落ちて眠り、やがて豊かな実を結ぶようになるステパノの最後のお話です。

 さてステパノの説教を聞いた議場の人々は心の底から激しく怒り、はらわたが煮えくり返るほどになりました。心とはどこにあるのでしょうか。聖書によれば、腹にあると言われます。現代では激しい怒りや憤りのことを「腹が立つ」と言います。しかしステパノは議場の激しい怒りと歯ぎしりの中で聖霊に満たされて天を見つめていました。すると神の栄光が現れ、イエス様が神の右に立っておられるのが見えたのです。ステパノは手を挙げて叫びました。「ああ、天が開けて、人の子であるイエス様が神の右に立っておいでになるのが見える。」 

 神様のお心や神のことばが語られたり証言されますと、そこに聖霊なる神が働いてくださるのですね。そして私たちの心は聖霊で一杯になるのです。すると私たちの心はこの地上のことや人の顔色ではなく、 天の神に注がれるのです。「人を恐れると罠にかかる。しかし主 -神- に信頼する者は守られる」(箴言29章25節参照 )と、みことばにあります。

 議場の人々は大声で叫びながら、ステパノを冒涜罪として死刑を宣告し、直ちに石打ちの刑にすることを決議しました。そしてその石打ちの刑の最高責任者を若きパリサイ派のサウロという人物に委ねたのです(※少なくとも、石を投げる証人たちは自分たちの着物をサウロに預けた)。そして死刑執行人たちは石を投げつけ、最後に大きな石でステパノを打ったのです。ステパノは石打ちの嵐の中で、ひざまずいて祈り続けました。「主イエス様。私の霊をお受けください。」 そして大声で叫びました。「主イエスよ、どうぞこの罪を彼らに負わせないでください。」 こう言ってステパノは眠りについたのです。

 若きサウロ青年はこのステパノの祈りの叫びを聞きました。この祈りがサウロ青年の心にとどまり続けることになるのです。

  (PBA制作「世の光」2019.2.26放送でのお話より )

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