♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■「38年の苦しみ」/ 関根弘興

2019年04月12日 | Weblog
2019/3/8放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 イエス・キリストがユダヤ人の祭りの時期に、エルサレムに行かれた時のことでした。エルサレムの中にあるベテスダという池に行かれたのです。この池の回りにはたくさんの病む人が集まっていました。町中が祭を祝って喜びに満ちているときにも、この病人たちは祭に出席することも祝うこともできず、病み疲れて横たわっていたんです。なぜなら、この池の底からは地下水が間欠泉のように湧き出ていたようで、時々水が動いたんですね。人々はそれを主の使いが水を掻きまわしているからだと考え、いつしか、水が動いた時最初に入った者は癒される、という言い伝えが生まれていたんです。ですから多くの病人がこの池のそばに集まって、水が動くのをじっと待っていた訳です。

 そこに38年もの間、病気にかかっている人がいました。このベテスダの池にイエス様は来られ、この38年も伏せっている人にこう質問されたんです。「よくなりたいか?」 しかしこの病人は即座に「はい、良くなりたいです。」と答えませんでした。彼はこう言ったんです。「池の中に私を入れてくれる人がいません。いつも他の人が先に入ってしまうんです。」と。つまり、今まで何をやっても無駄で、いつも期待しては裏切られることの連続だったんでしょうねえ、最後のよりどころであったこのベテスダの池にやって来ても、彼には一番最初に池に飛び込む力も助けてくれる人もいませんでした。ですから病が癒されることなどありえない、無理だ、と投げやりになっていたのだと思います。彼の思いは、良くなりたいと願っても無駄ですよ、自分ではどうすることもできないし、助けてくれる人もいない。もう諦めるしかないんです、と言わんばかりの態度でした。でもこの人の置かれた状況を考えたら何だか分るような気がしますよね。絶望の中で生きることすら諦めかけているかのようなこの人に、イエス・キリストは「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」と言われたんです。彼はイエス様のことばに驚きました。でもイエス様のことばにすべてをかけて自らの足に力を入れたんです。すると何と、彼は立ち上がることができるようになったんですねえ。

 実はこのことは、私たちがイエス様のことをただ聞くだけではなく、そのことばに従い、一歩踏み出すという信仰の姿を教えてくれるものになったんですねえ。

     (PBA制作「世の光」2019.3.8放送でのお話しより)

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