♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■自分の故郷では尊ばれない / 関根弘興

2019年04月05日 | Weblog
2019/3/1放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 イエス・キリストは公の働きを始められ、ガリラヤ地方で、そしてエルサレムで福音を語り始められました。しかしイエス様は、「預言者は自分の故郷では尊ばれない」(ヨハネの福音書4章44節)と言われたんですね。イエス様が言われた自分の故郷とはいくつかの意味が込められていました。

 一つはエルサレムでした。イエス様はエルサレムにある神殿を「わたしの父の家」(ヨハネの福音書2章16節 )と言われたんです。ですからエルサレムがイエス様の故郷でもあるとも言えるわけですねえ。しかしイエス様はエルサレムでは歓迎されませんでした。

 そして二つ目はガリラヤです。マタイの福音書の13章には、イエス様がご自分の育った場所であるガリラヤのナザレに帰り、会堂で教えられた時、人々は「この人は大工のせがれじゃないか。母親はあのマリヤだし、俺たちはイエスの弟たちや妹たちも良く知っている。ただの普通の人間じゃないかあ。」(参照マタイの福音書13章55節、マルコの福音書6章3節 )といってイエスにつまずいた、と書かれているんです。またイエス様の弟たちも、家を離れて世を騒がせるような活動を始めたイエス様を理解することができませんでした。そこでイエス様は、「預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、家族の間だけです。」 (マタイの福音書13章57節 新改訳第三版 )と言われたのです。
 
 そして三つ目は、ヨハネの福音書の1章の10節からこんなことばが書かれています。
この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のところに来られたのに、ご自分の民はこの方を受け入れなかった。」 
 このように書かれているんです。つまり、エルサレムでもガリラヤでも、そしてこの世に於いても、イエス様にとっては故郷なんですねえ。しかしそのどこにおいてもイエス様を受け入れるようとしない人々がたくさんいたのです。そしてどうでしょうか、今でも救い主なるイエス様が自分の故郷では尊ばれないという現実があるように思うんですねえ。

 ヨハネの黙示録の3章の20節で、
見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」 
 このように記されています。イエス様は一人ひとりの心の扉をノックし続けてくださっているんですね。

 もし私たちがイエス様お迎えするなら、イエス様はあなたの所に入ってきてくださいます。あなたはどうでしょうか、イエス様を尊び、あなたの人生の真ん中にイエス・キリストをお迎えしていますか? あなたの人生にイエス・キリストが尊ばれる、そんな人生を選んで生きていきませんか?

     (PBA制作「世の光」2019.3.1放送でのお話しより)

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