Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

今夏の特集日記を終わって

2005-08-31 23:55:24 | 日記・エッセイ・コラム
コナサン、ミンバンワ!

例年になく長く感じられた2005=平成17年8月もいよいよ終わり。当特集日記「国靖しとは・・・」もどうにか連載を完了し得た。途中、掲示板や日記コメント欄には何名かの知友が熱心に投稿下さった・・・は良いが、その内にて中傷誹謗とみなされる件が発生してしまったのがちと残念だった。
問題にしたA氏は完全にそうしたご判断の様だが、俺の見解も少し・・・。
この件、問題とされたB氏は、基本的には「熱意の余り、言葉が過ぎた」と言うのが実態に近い様だ。ただ、品性面で若干の問題がなきにしも非ずであり、そうした点が支障してしまったかな、との感はある。ただ問題はその後の文面削除。
この問題のB氏、この文面の削除だけで十分制裁を受けていると俺は見るのだが、問題にしたA氏はCafe事務局経由にてB氏の全投稿文削除を行った上、謝罪要求までしている模様。これはちと行き過ぎではないか。
B氏の失言は故意とは思えなかった。そうである以上、それ以上の処分要求は酷であり、いささか冷静さを欠く様にも思う。
こうした処分を求める場合には、普段以上の冷静さと慎重さが訴える方にも求められると思うのだがどうか?
今月の当雑記帳はこれまで。ラタ、マイ月・・・。DSCN1422


コメント (2)
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後記~「国靖し」とは・・・

2005-08-31 22:59:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!久し振りのバカ挨拶。
どうも終盤へ来て気が緩んでしまった様です・・・喝!
さて今年2005=平成17年8月の特集日記も最終回。もう1度「国靖し」なる言葉に想いを致したく思います。
今年の終戦の日、私は兵庫県但馬の日本海岸にいました。日頃のストレスと夏バテが重なり、ちょっと涼しい日本海が見てみたくなったのです。この辺りにはJR山陰線の有名な大鉄橋があり、ちょっとした名所になっています。
丁度終戦の詔勅があった時刻の少し後、私は鉄橋を仰ぎ、海岸を歩きながら表題の言葉を想っておりました。
「国靖し」・・・それは難しい命題です。
内外両面での末永い国家の大安。今の我国は多過ぎる問題を抱えていると言えます。
内に向かっては未成年をも含む多発する凶悪事件、それの温床と言われる家庭や地域社会、学校教育の荒廃。見通しを誤った事による国家財政の窮迫、間近に迫った少子高齢化などが挙げられ、外に対しては未だ解決の目途の立たない北朝鮮による日本人拉致、中国などとの領土、資源を巡る争いなど。又同国や韓国との歴史の見方に対する相違も挙げられるかと思います。勿論、結果的に先の大戦の加害国となってしまった負の面も、踏まえた上で周辺諸国に対して行く姿勢も大切なポイントでしょう。
戦後ずっと続く問題としては、旧ソ連邦、現ロシア共和国による北方領土の不法占拠と妥当性を欠くと言われる極東国際軍事裁判の再検証などが課題でしょう。
極めて難しい事共ですが、全国民が自覚して、日本人の叡智と矜持を以て事に当れば相当部分の解決が可能では、とも思います。そうした希望をいつも持ち続け、多大な犠牲を払った父祖に常に感謝の意を払い続ける。それが「国靖し」の礎かな、とも思ったものでした。
終戦の日の翌朝、鳥取に投宿した私はもう1度この海岸を訪ねました。丁度夜を徹して東京より出雲へ向かう、寝台特急列車がこの地点を通る時刻です。列車名と行先は「神の国」を意味します。
雲の間より朝陽が射した瞬間、神社の鳥居を思わせる、朱塗りの機関車に先導された群青の編成が眼前に迫って来ました。盆休みとあって、普段の倍近い長大な編成。
列車の全貌が視界に入ったその時、私は幻想に捕われました。この列車にはあるいは戦没、そして戦災犠牲被害の各位がお乗りになっているのではないか、と。
かなりの速度で眼前を通過し、最後の車輌が視界より消える瞬間、私は思わず一礼していました。後には波穏やかな日本海が広がっているだけでした。
この特集日記の最後は、私の最も好きな日本の唄。昨日もご紹介した日米沖縄戦の悲劇を歌ったこの曲にて締めくくりたく思います。熱意を持ってご投稿下さった各位には心より感謝致します。又来月を目途に、当特集日記に因む写真帖を制作する予定です。
皆様、今夏は本当に有難うございました。

「島 唄」

デイゴの花が咲き 風を呼び 嵐が来た
デイゴが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
繰り返す哀しみは 島渡る波の様
ウージの森で 貴方と出会い
ウージの下で 千代にさよなら
島唄よ風に乗り 鳥と共に 海を渡れ
島唄よ風に乗り 届けておくれ 私の涙。

デイゴの花も散り さざ波が揺れるだけ
ささやかな幸せは うたかたの波の花
ウージの森で 歌った友よ
ウージの下で 八千代の別れ
島唄よ風に乗り 鳥と共に 海を渡れ
島唄よ風に乗り 届けておくれ 私の愛を。

海よ宇宙よ 神よ生命よ
このまま永遠に夕凪を・・・。

(訳詩)
春、災いの花デイゴが咲き、戦と言う名の嵐が来た。
災いの花が咲き乱れ、戦と言う名の嵐が来た。
寄せては返す荒波の様に、苛烈な敵軍の攻撃が続く。
砂糖キビ畑にて貴方と出会い、砂糖キビの下の壕にて爆撃に遭い、永遠の別れ。
島唄よ、風に乗り亡き御霊と共に海を渡れ。
島唄よ、日本本土に私の哀しみと沖縄の惨禍を伝え届けて欲しい。

夏、デイゴが散って戦も去り、静かな海だけが残った。
ささやかな幸せは、まるで泡沫の様に波間に消えた。
砂糖キビ畑にて歌いあった友よ、砂糖キビの下の壕にて爆撃に遭い、未来永劫の別れ。
島唄よ、風に乗り亡き御霊と友に海を渡れ。
島唄よ、天国=ニライカナイにおわすあの方に、私の愛を届けて欲しい。

海よ宇宙よ 神よ生命よ、このまま永遠の平和を・・・。

Performed by The Boom*(日本)*

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夜空~「国靖し」とは・・・

2005-08-30 23:22:00 | インポート
ミーSAN今晩は。お騒がせした今夏の当特集日記も今夜を含め、後2回のみとなりました。今年もご声援下さり有難うございます。
お陰で今夏は、1度ならず花火を鑑賞する機会に恵まれました。慣れぬ影像も少し撮りましたので、又近日お目にかけたいと思います。
さて過日、貴女がサイトにて希望曲、所謂リクエストを募っていらした時(その節も色々ご面倒をかけました!)、私が沖縄の歌謡曲の様な「島唄」を所望したのはご記憶かと思います。実はその後、ある知友のサイトにあったこの曲の歌詞の意味を知って仰天したものでした。
実はこれ、大東亜戦争こと太平洋戦争に於いて、我国内唯一の戦場となった日米沖縄戦の惨禍を歌った悲歌だったのです!
何たる不覚!これは気がつきませんでした。何気に口ずさんでいた歌に、これ程までに重大な意味があったとは!
少し歌詞に言及させて頂きましょう。
まず「デイゴ」の花。春に咲く沖縄特産の花ですが、遺憾ながら花柄が良いと、良からぬ事の前兆だと言われています。
「嵐」とはそのものズバリ。多くの被害を出した日米戦の事。「繰り返す哀しみ」は合衆国軍による苛烈な波状攻撃の事。
「ウージ」は砂糖キビの現地呼称。「鳥」は亡き方々の御霊。そして「届けておくれ」とは「沖縄の惨禍と私の哀しみを本土に届けて欲しい」との想いですね。
特に終盤の「海よ 宇宙よ 神よ 生命よ」の下りは私も感涙を禁じ得ませんでした。
当時、沖縄に於ける戦闘は想像を絶する過酷なものだったと言われ、諸般の余裕のなさから来る日本軍関係者による狂った行動から、住民の多くも巻き込まれ犠牲となった模様。人的被害は合衆国軍側を含めると20万人をゆうに超える犠牲者が出たと言われます。
今年は花火と共に、亡き戦没、そして戦災犠牲及び被害の方々の事が一際鮮明に想起されました。締めくくりの大花火が打ち上がると、私は一礼していました。
今年も又「夜空」がテーマになりましたね・・・苦笑。これは晩夏の風物詩になりそうです。当特集日記も後1回。どうか又ご一読下されば幸いです。*(日本)*
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展望~「国靖し」とは・・・

2005-08-29 23:37:00 | インポート
スカSAN今晩は。今夏の特集日記も先が見えて参りました。
今夜は一旦これまでの戦史より離れ、昨今の我国の抱える諸問題にほんの少し触れて参ろうと思います。本当は数回位できると良かったのですが、これまでで予想外に手間取ってしまい、今夜1回しか時間が取れませんでした。
今、我国は内外に色んな問題を抱えているのはご存知だと思います。国内では未成年者による凶悪事件が多発、遂に現職警察官までが標的にされました。郵政民営化を巡る衆議院解散で政局も混迷、政権党たる自由民主党も分裂し、来月第2週に予定される総選挙に向け、どの様な勢力分布になるか、少し見え難いものがありますね。
対外的には近隣の中国や韓国と非常に難しい関係にあります。歴史の問題につき、双方で見解の相違があり、中々歩み寄れない事も大きいですね。それと朝鮮民主主義人民共和国による日本人拉致の問題も未解決のまま。多くの日本人が平和に暮らす一方で、家族が拉致の被害に遭った方々は今も生き別れの日々を強いられているのです。
この問題、決して幕にしてはならないと思います。
最初に申した未成年の凶悪事件、ある知友は「戦後の教育が悪い」と指弾なさっていました。確かに個人を尊重する事は必要なものの、周囲や社会と上手に折り合いをつける事も大事であり、ひいてはその事が地域の平和に繋がります。
こう考えると歴史と言うものはすべて、我々の生活や生き方に大いに関係しているのだな、との大いなる感がありますね。
つまり「全ては繋がっている」と言う事でしょう。
来月は衆議院総選挙が控えます。
ますます難しくなる内外の情勢。私も常にこうした状況を注視し、少しでも正しく処して参りたいと思います。*(日本)*
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危惧~「国靖し」とは・・・

2005-08-28 23:40:00 | インポート
みつばさん今晩は。多くのコメントを有難うございます。戦史を語る時には貴方の、負の部分にも十分に目を向けるべきとのご指摘は私なりに理解しなければと思いますね。
さてかなり以前、合衆国の映画「地獄の黙示録」を拝見した事があります。
確かベトナムかインドシナの紛争を題材に、「戦争には抗し難い麻薬の様な魅力ある一面があり、もしそれが存在せずに初めから悲惨さが解っておれば、人類は戦争を繰り返すはずがない」とのメッセージを込めた内容だったと思います。戦によってもたらされる権益が、人を狂わせて行く様を描いていたと記憶しています。
もう1つ、私が大いに敬愛する紀行作家で一昨年ご逝去の宮脇俊三さんが著した唯一のスリラー「殺意の風景」からも似た感触を得た事がありますね。
この作品は何点かの短編小説をまとめた本で、いずれも日常生活に潜む殺意を鋭く抉り出しているのが魅力でありました。
作り話だと解っていても「殺意とは日常の、ごくさり気ない中に実は潜んでいるのではないか」との想いを抱かせるに十分な現実味と緊迫感ある文体でした。
あるいは戦争の火種も、平和に見える日々の中に潜伏しているのかも知れません。
先の大戦も、あるいはそうした連鎖と蓄積が引き起こしたと言えなくもないと私は見ているのですが・・・。*(日本)*
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