Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

先見性を問う

2006-03-31 07:50:00 | インポート
お早うございます。今年3月も最後の1日となりました。寒気が入り、冷え込んだ今朝ですが、陽射しは確かに力強さを増して来ています。これが希望の来月以降に繋がると良いですね。
さて3月と言えば「出会いと別れの時期」と良く言われますが、私の趣味でもある交通分野の事で、又しても残念な報道がありました。
地元名古屋の北、小牧市の住宅地、桃花台ニュータウンの住民の足として整備された新交通システム、桃花台線が利用不振により今年9月末での廃線がほぼ決定致しました。
同線は1991=平成3年の開業。当時造成の進んでいた桃花台ニュータウンと名古屋鉄道小牧駅とを結んで名古屋都心への利便を図り、将来は春日井のJR高蔵寺駅へも乗り入れて桃花台、高蔵寺の両ニュータウンの公共交通の中心的立場となるはずでした。
ただ、昭和末期のバブル経済破綻の影響もあって住宅地の人口が予想外に伸びず、又桃花台の地所そのものも地盤が弱く、立てた家屋に損傷被害が及ぶなどの大きな問題を生じてこちらも販売不振。結局は15年間で数十億円を超える累積債務を生じ、今後の存続は不可能との決断が、愛知県の行政当局より下されました。
思えばこうした公共事業は、景況低迷などで厳しい事態に直面した場合を余り想定していないのではと思ってしまいます。
今回の件にしても、用地取得などの問題はあるにせよ、既にほぼ造成を終わっていた高蔵寺側を先に開通させておれば、存続への道も開けていたかも知れません。
「公共交通不毛の地」と言われ、大都市圏の割りに自家用車依存の度合いが高い当地にあっては、こうした計画は事前調査を周到に行って、実態に沿う事業の執行が厳に望まれます。
設備撤去にも、又存続して利用するにも巨額の費用を要する様です。この様な失敗を繰り返さない為にも、今後は関係各位に姿勢を正して頂きたいもの。
最後に、同線廃止は我国の新交通システムにおいて、初の不名誉なケースとなる事を申し添え、今月日記の結びとさせて頂きます。ラタ、マイ月・・・。*(日本)*
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「紆余曲折」が面白い

2006-03-26 22:49:25 | 日記・エッセイ・コラム

コナサン、ミンバンワ!

先日の野球世界一決定戦、WBCに続き、国技である大相撲春場所が今日千秋楽を迎え、横綱朝青龍関が通算16回目の幕内最高優勝を決めた。まずは同関の栄光を称えたい。

WBCもそうだったが、今場所も同様に、終盤まで勝者が予測し難い展開だった。

日本人久々の横綱候補とされる栃東関は前半こそ3敗を喫したものの後半良く立て直し、今日の千秋楽では見事横綱より勝利を挙げている。又横綱の後輩に当る同じモンゴル出身の白鵬関が終盤まで優勝争いに残り、優勝決定戦にて惜敗したものの、今後に大いなる期待を抱かせてくれた。又、大関の地位が危ぶまれた魁皇関も間一髪踏みとどまり、来場所に捲土重来を期す事となった。

今場所は前出の栃東、魁皇の両大関が優勝候補より勝利を攫い、最後の最後まで場所を盛り上げてくれたと思う。それ以外にも幕内上位の雅山、安美錦の各位が上位力士に対し、強い所を見せてくれていた。上位より勝利を取るこうした所業は必ず誰かがやらねばならない事であり、憎まれ役のやむなきとなる反面、本当の使命を良く理解しているとの見方もできるのではないか。

とまれ名脇役達のこうした奮闘にも支えられ、春場所は昨今稀な程盛り上がり、全15日中実に9日が満員御礼と言う盛況であったと言う。やはり観客達は「先の見えない紆余曲折のある展開」に憧れ、酔いしれたかったのだろう。

プロ野球もパ・リーグを皮切りに今季のペナント・レースが始まった。又、世界的な自動車レース「F-1世界選手権」も快走を始めている。やはりスポーツ競技を見る楽しさの一つは「先の読めない紆余曲折」の存在が大きいと思う。各種目共これからも、こうした大きな山場を多く作ってより面白みを増して欲しい所である。

さて来月の当雑記帳は「4月バカ」月間の特集を組んでみたい。これまで記せなかった低レベルなネタをできるだけ多くお目にかけたく思いますので、その点はどうかご理解を。

今月の当雑記帳は少し早いがこの辺で。ラタ、マイ月。Dscn1499

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PSE=電気用品安全法顛末記

2006-03-25 22:32:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!

家庭電気製品の安全確保を目指す「電気用品安全法」の本格適用を前に、顕在化していた中古家電品の販売が条件付ながら事実上認められる運びとなり、まずは一安心の各位も多いのではないでしょうか。

同法は2001=平成13年4月施行され、これ以降に製造された電気製品には全て「○」や「菱形」の枠に囲まれた「PSE」のサインが認められるはずです。製品の背面や底部をご覧になると判るでしょう。

問題は同法施行以前に製造された中古製品。同法の趣旨や意図は良いのですが、どうも所轄の経済産業省はその施行や適用について、製品へのPSEサイン義務付けにつき、各方面への周知徹底努力を結局は怠った形です。

なかんずく、中古製品の流通にも配慮した施策を熟慮していなかったものと思われます。そのため今年初以降、こうした製品の流通への影響が問題化し、電器店やリサイクル店の中には手持ちの商品を処分し閉店に追い込まれた業者もある様です。
又電気及び電子楽器も含まれる為に、楽器の将来に亘る使用が困難になるとして音楽界よりも異論が続出し、対応を迫られた経済産業省はまず、こうした楽器の適用除外を決めた後、他の中古製品についても、事後に検査してPSEサインを記す事を条件に、形式上売主より買主への商品レンタルの形を取る事により、事実上の販売を認める事で一応の決着を見る結果となりました。

地元紙の社説にても取上げられていましたが、電気用品安全法は、その制度設計に精緻さ、周到さに大きく欠ける面があり、本格適用は制度内容が安定したものに改善されるまで、更に延期すべきとの見解でした。
確かに周知徹底には欠けており、私がこの適用時期を知ったのもつい先月の事でした。
経済産業省の準備不足もさる事ながら、不備を抱えたままの法案の通過に助力した国会にも責任の一端があると思います。
更にこれだけ国民生活に直結した法律問題につき、直前まで問題にしなかった報道各社の姿勢にも大きな疑問を感じます。

安全及び防災の問題が重要であるのは当然ですが、同時に「使える中古家電品」のリサイクルも環境保全の見地より、強力に推し進める必要があるでしょう。
電気用品の検査所や、業者向けに無料貸与される検査機器の整備はこれから早急に進められる由ですが、制度の改善と安定を図る為にも、もう少し適用延期を考えても良いのではと思いますね。*(注意)*

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特報~日本野球、遂にWBC制覇!

2006-03-21 15:21:00 | インポート
コナサン、ミンニチワ!

先月より世界各地、そして米合衆国にて繰広げられていた、野球世界王者決定戦「第1回World Baseball Classic」にて、我らが日本代表が対戦国キューバ代表を10X6で下し、初代王座に就きました。
暗い報道の多い昨今、本当に久し振りの朗報。まずは王チーム監督と選手各位、そして野球愛好者の皆様、誠におめでとうございます。
思えば本当に曲折の多い、長く険しい道程でした。
アジア予選を含め2回に亘り同じ地元強者、大韓民国代表に敗北を喫し、又対米戦では同国球審の疑問の余地の残る判定に遭遇、やはり惜敗しています。
開催国である本家、合衆国代表の予想外の不振にも救われ、苦節を経ながらも日本代表は這い上がって行きました。終盤には苦手韓国代表よりも勝利を挙げ、ノンプロながら世界屈指の強国キューバ代表をも下しての快勝でした。
今日の一方の主役、松坂投手も本シリーズの最優秀選手=MVPに輝き、打のヒーロー、イチロー外野手も期待に違わぬ活躍を見せてくれました。
そしてもう一つ大事な所「世界選手権に楽勝はない」と言う厳しい一面をも、見る者達に身に染みて味わわせてくれたのではと思います。
我国への野球伝来は遠く1872=明治5年と言われていますが、キューバへ伝えられたのは、それより10年は早かった様です。
加えて国を挙げての選手養成の態勢を整え、熱の入れようは日本以上でしょう。
その屈指の実力は、決して楽勝を許さなかった試合経過にも表れていると思いました。
しかしながら同じ地元の韓国代表と共に、同シリーズ4強の内の2つを占める結果を得て、アジア野球の強さ、レベルの高さを世界に示し得たのが今回の闘いの最大の収穫ではないかと思います。
これからは我国でもセ・パ両リーグに分かれてのペナント戦が繰広げられます。
更に今季よりはセ・リーグにてもプレーオフ制が導入される由。
WBC制覇の栄誉をまずは奉祝し、続くシーズンを期待を込めて見守りたいものであります。*(野球)*

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惨禍に学ぶ事

2006-03-19 23:46:56 | インポート

「あそこが事故現場ですね」「そうです。右側の仮設の建物のある辺りですね」。

これは昨日、山形県下のJR羽越線を走る列車内にて交わされた、乗客の若者と俺との会話である。

昨年末、同線にて5名もの犠牲者を出す特急列車の脱線転覆事故の発生はご記憶の各位もあるだろう。

一昨日より今日まで、俺がこの地を目指した理由の一つは、その事故現場を一目見ておきたかったからだ。

ここは山形県の主要都市、鶴岡市と酒田市のほぼ中間で、東北の有力河川、最上川の下流に開けた庄内平野のほぼ中央に当る。

秋田方面より新潟方面へ向う列車は最上川を鉄橋にて渡るとすぐ緩い下り坂にさしかかる。同川は、200kmを超える全長の割りに、川幅はそんなに広くない。酒田市内に入っても約600m程で、ほぼ同じ全長の新潟の阿賀野川の3分の2程度に過ぎないと見た。その分流れは速い様で「日本三大急流」に数えられている程だと言う。事実俺が見た時も、雪融け水で相当に増水していた。

所で当時、事故に関わった上り特急が最初に脱線したのがこの川の直上だったらしい。

やはり強い川風と横風の影響は無関係とは言えないのではないか。風速計は速度規制値以下だったものの、こうした地形が場所によっては風速や風力を増大させていたと言えなくはないのではないか。

又当時、大幅な速度規制は実施されず、列車が高速のまま進入した事が不運だったのは想像に難くない。要するに、結果的に無理をしてしまったと言う事だろう。

その後、こうした場合の速度規制は強化された様で、現場付近では各列車共意図的に徐行している様だ。又速度規制がない場合でも、運転士が危険と判断した場合には機動的な減速措置も取られている模様。やはり事故から学習し、再発を防ぐ心がけが、犠牲各位に対する最大の供養と言う事だろう。列車が突入した資材倉庫は立替えの為解体された様だが、その跡には今も、犠牲者を悼む献花台が設けられていた。

運転台よりの影像を収めてすぐ、俺と若者は現場に向かい、心より一礼を捧げたのであった。Dscn1680

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