Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

志村けんさんの残像と向き合う

2020-03-30 20:34:06 | 芸能ネタ

本当に「寝耳に水」という想いだった。今朝、突如報じられた我国喜劇の重鎮、志村けんさん突然の訃報。先週 折しも流行の中国大陸発、新型コロナ・ウィルス肺炎に不運にも感染、一時重篤なるも 快方に向かっていると思っていた。しかし直近になって容体が急変したのだろう。昨夜遅く、不帰の出発に至った様だ。我国芸能界にとり 多大な損失であり、又一人惜しい方を亡くしてしまった。謹んでの弔意を、ここに申す次第。

賛否はあろうが、志村けんさんの「お笑い」との向き合いは、拙的には終始好感だった。これも故人の荒井 注さんの後を襲って 1974=昭和49年に人気喜劇集団「ザ・ドリフターズ」のレギュラー陣入り。以後、他のメンバーと共に 我国「お笑い」の屋台骨を担い、同氏がリーダー格の「バカ殿様」他の諸番組でも 些か品性に欠けるも濃い内容の諸作を世に送り続けたのも事実。又 映画出演複数や、これも同氏主宰の舞台「志村魂(しむらこん)」でも人気、実力共高いものを誇った様だ。「志村魂」は拙者も数年前 地元の旧中日劇場で拝見したが、面白さもさる事ながら、一流の舞台人としての力量に唸らされた記憶がある。

つまり、志村けんさんの拙イメージは「バカバカしい一流の重さ」という事だ。前述の通り、賛否あるのは分かっている。余程の中傷誹謗でもない限り 志村芸への批判は自由だろうが、拙者は前向きに受け止める次第。その上で、芸そのものへの真摯な向き合いも 併せて感じ取る事ができたという事だ。想えばご自身の故郷、東京近郊を慈しむ様に歌った「東村山音頭」も好ましければ、先年の「バカ殿様」番組中、柄本 明さんとの それぞれが女装しての軽妙なやり取りは最早「お笑い」を超えて、歌舞伎などにも劣らない芸術の域さえ感じさせる見事なものだった。二回程拝見。後一回位は・・とも思っていただけに、残念な事である。

その志村けんさん、最期の所で 我々観衆に厳しい一言を残されたのではないかと拙者などは思うものだ。病に倒れ、結局は逝かれた最期の生き様を象徴する言葉は、図らずも先日 川渕三郎・元日本サッカー協会 JFL会長が見事に代弁して下さった様に思うのだ。つまり「自分だけは大丈夫と思うな。自身を守りながらも、他や周囲に感染さすなど 脅威にならぬ様にせよ」という事だろう。志村さんの訃報に関する報道を振り返ると、自覚症状の発出から最期まで僅か 2W足らず。感染確認からはほんの数日だった。医療関係各位は「一気に症状悪化の恐れ有。極めて危険」と注意を促されている。それに加え、症状悪化は最早高齢各位だけでなく、年齢性別無関係らしい事も徐々に分かって来ている様だ。

既に、志村けんさんの死を悼む各界の各位からも表されている事だが、同氏を斃した新型コロナ・ウィルスの大いなる脅威の自覚と、同様の事態は自分自身も見舞われるリスクがあるという現実と真摯に向き合うべき・・との心得を新たにしなければとも思う所。同氏の訃報は、これまで防疫意識や流行の折の危機感が希薄とされた若い世代への 重い警告となって欲しいと願うのは拙者だけではないと思う。

我国にても囁かれる医療危機を少しでも抑える為にも、同氏の訃報を重く受け止め 更なる感染拡大の抑止に真摯に取り組むのが、残された我々に課せられた使命という事だろう。今回画像は、拙者も拝見に訪れた「志村魂」の舞台にもなった、昨年使命を終えた中日劇場も入った 旧中日ビルの様子を。この直下が名古屋市営地下鉄・栄駅です。末尾に関連記事をリンク致します。志村けんさん、有難う。ご機嫌よろしゅう、さようなら。天にまします いかりや長介、荒井 注の各位にもどうかよろしくお伝え下さいませ。  https://news.goo.ne.jp/topstories/entertainment/goo/1c20c85a7bd25684a35f7d5b0b56b47f.html?fr=RSS&isp=00002

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呆れた TBS大茶番

2018-12-30 21:48:06 | 芸能ネタ

2018=平成30年も、いよいよ押し詰まって来た。今日は日曜なるも、近隣の各位も 大掃除や年越しに備えての買い物などの諸事でご多忙だった様だ。遺憾な事だが、犠牲を伴う交通事故も各地で生じている様だ。改めて健康安全に留意の上、穏やかな正月へと繋ぎたいものであります。 

本題です。年末年始の TV番組といえば、前回触れた「紅白」みたいな歌番組や お笑いの絡む様な芸能バラエティー番組などが目立つ風情たが、先日その事で大きな不祥事があったのは広く知られる所だろう。当該 TV局は、かねて偏向報道や放送事故などが指摘される、あの東京放送 TBSである。

ざっと見た 事の流れはこうだ。去る 12/26水曜放送の某バラエティー番組中、恋愛系企画に出演した或るお笑い系男性タレントが、共演女性に向け不適切な言動をしたとされる件の罰ゲームとして 東京都内の遊園地に特設された檻に収監、翌日夜まで無料にて一般公開するとの趣旨だったらしい。

この様子は番組中でも宣伝され、その煽りもあって 檻の設けられた遊園地には夜間にも関わらず 10000人超ともいわれる視聴者が殺到。周辺地域の道路交通が一時麻痺したり 住民とのトラブルも生じるなど大きな影響を招き、結局この企画は翌 12/27木曜未明に中止となった様だ。

欧米なら、この収監自体がもう人権問題にされる所だろう。又 放送を真に受けて夜間という時間帯を弁える事なく見物に殺到した視聴者も視聴者だが、やはりこの騒動最大の元凶は 無責任極まる企画情報を垂れ流した TV局TBSの不良姿勢にあるだろう。

放屁の様な通り一遍の謝罪はしたも、後がいけない。「予想を超える多くの方々が集まり 混乱を招いたため、イベントを急きょ中止」しただと。あのなあ、一体何十年 TV放送やってんだ?こうなる事位、これまでの経験を重く受け止める謙虚さがあれば予測できそうなモンだが・・。そうでないって事は、これまで生じた色んな問題と真摯に向き合ってないと思われても仕方がないのだが。

遊園地側の対応も甘かった。警備面などは TBS任せだったとか。やはり地域とのトラブルなどを防ぎきれず、結果として混乱に拍車をかける形になってしまった。大きな反省点だろうが、その内には TBSという云わば「札付き」の局とは、特に入念な打ち合わせが必要だったという事だろう。是非これからの糧にして頂きたい。

とまあ ざっとこの騒動を見て参ったが、他番組でも複数の不良な問題を起こしている TBSのこの悪さは、やはり構造に根ざしているのでは?と見られても仕方がないだろう。もう「心あるなら」との言い方も相応しくないかも知れない。スポンサー降板を願いたいのも分かりはするが、その前に やはり我々視聴者が観ない様心がけるのが最善かも知れない。今回画像は、拙居所からも遠くない JR東海道線・清洲付近にて見かけた四季桜の様子。以下に関連記事をリンク致します。本年の拙ブログはここまで。今年も お世話様でした。各位どうか良いお年を。https://news.goo.ne.jp/article/tokyosports/entertainment/tokyosports-entame-entertainment-1233385.html

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実は アンチ紅白

2018-12-27 20:59:47 | 芸能ネタ

2018=平成30年も後数日となった。「暖冬気味」といわれた今冬だが、明日から暫くは、第一級寒気の南下で低温傾向となるらしい。日本海側の多くと 太平洋側でも山沿いは、相当な降雪が見込まれるとか。積雪が、帰省の足を引っ張る可能性も高そうだ。どうか この時期に移動をご予定の各位は、普段以上に注意を新たにする様お願いしたい。それにより、皆が穏やかな年末年始を迎えられる事を願って止まない。

さて、年末といえば NHKで放映放送される 紅白歌合戦が国民的行事といわれるが、特に今世紀に入ってからは 価値観の多様化もあって、必ずしも全国民レベルの話題ではなくなった気もする。昔日なら、トリと呼ばれる番組終盤には 男女共大物演歌々手の各位が顔を揃え、若手に多いポップス歌謡の勢力は、本当に実力のある、言ってしまえば矢沢永吉とか松任谷由実の各位などの 限られた方々だけの、真に「栄光の舞台」だったのではないかと心得る。

しかしながら、昨今続く 本当は余り力量があるとは言えない若手アイドル集団などが絡んで、混沌とした出場構成を見ると どうも正視できるレベルではなくなってしまい、一昨年辺りからは他chに流れたり、TVそのものから離れて FMラジオ放送を聴いたりして過ごす事が増えた様に思う。勿論、親族などが訪れた折は、紅白裏番組の筆頭、ダウンタウンによる「絶対に笑ってはいけない」シリーズも、低レベルとは思いながら観る事がある。

又 ここ数年、大韓民国からの 所謂「韓流」歌手やミュージシャンが顔を見せる事もあり、それ自体は全否定するものではない。しかしながら今秋問題視された ある若手韓流グループが、以前の事だったにせよ 広島・長崎原爆投下を肯定する様な表現、及び反ユダヤ勢力を表すの衣装を着用したりした事実については、我々日本人も 必要な場面で声を上げるべきと心得るものだ。例え最近、最も厳しい評価をされる全米のヒット・チャートで No,1に昇り詰めたとしてもだ。大韓民国の政府与党筋は、我々のこうした反応を「狭小な了見」などと揶揄している様だが、そんな事で動じてはならないのが国民的信念というものだろう。

話を戻すが、とに角 最近の「紅白」は、拙的にはつまらなくなった。後 4日で本放送となる訳だが、やはり今回も観る事はないだろう。年末年始の TV特番も まず大した事はなく、受像機を ONにしても 流し目で観る程度となるだろうが。まあ真剣に観るのは 新春の箱根駅伝の方かな・・などと思う所。夜景が似合う時季ですね。今回画像は JR名古屋駅の現高層駅舎を、近隣の「ミッドランド・スクエア」の構想展望スペースから捉えたもの。以下に、ある支持者の方から承った紅白の関連記事をリンク致します。ご提供には一礼です。韓流出場組も、それなりの問題がある様で・・。 https://twitter.com/Shirohata_G

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弔意の夏~後編

2018-08-12 13:09:33 | 芸能ネタ

我国政府から全国民に宛て 渡航自粛要請中の北鮮こと朝鮮民主主義人民共和国入りしていたとされる男性邦人が、同国当局に拘束された様だ。外国旅行会社のツアーで現地入りした様だが、同国軍事関連施設の写真撮影を図った容疑があるといわれる。前述の自粛要請は 全海外旅行者に周知されていたはずであり、事実なら 先般 シリア国で武装組織に拘束されたとされる 男性報道関係者以上に「自己責任」が厳しく問われるべきだろう。

それは一方で、北鮮当局が、我国に対する外交戦略で「カード」として利用する可能性が大きくあるからだ。未だ解決をみない 戦後昭和期の 日本人複数の拉致事件の解決にも影を落とす事になりかねない。又一つ 難題が増える事となってしまったのも事実だが、拉致事件解決に前向きな安部政権は、これまで以上の慎重万全を期した上での解決処理をお願いしたい所である。当該人物は、以前にも北鮮入国の履歴があるとかで、解放され帰国の折には 警察当局は(人道面を一定踏まえた上で)是非経緯を取り調べられる様願いたい。

本題です。前回の 翁長(おなが)沖縄県知事に続き、前後して逝かれた 俳優であり 政治コメンテーターでもあった 津川雅彦さんの軌跡を 少し辿りたく思う。1940=昭和15年1月、京都府ご出身。拙者も 映画や TVドラマなどで、夫人だった 今春逝去の朝丘雪路さん共々 大いにお世話になった記憶もあり、その事への謝意も込めた「振り返り」でありたく思う。広く知られる様に、銀幕に TVに大いなる貢献をされた。拙者が一番世話になったのが、同じく故人の 伊丹十三(いたみ・じゅうぞう)さんが制作された 一連の映画出演。この内「お葬式」「タンポポ」「ミンボーの女」「大病人」の四作は 拙者も拝見している。

TV番組への貢献も大きいが、恐れながら詳細は割愛させて頂く。同氏のお名前を知ったのは 実は夫人の朝丘雪路さんより後で、これは夫人が 拙幼少の頃に嵌っていた、大橋巨泉・前田武彦の各位が司会を担われた TV番組「ゲバゲバ90分」のシリーズにレギュラー出演されていた事による。思い返せば、ボケ役も見事だった 朝丘雪路さんの芸域も、随分広かった事を今、思い知らされている所だ。

もう一つ 前述の 日本人拉致事件解決へ向けた真摯な取り組みでも知られるし、拙方も支持している所だ。ここには、津川さんが新婚間もない 1974=昭和49年、誕生直後の長女 真由子さんが誘拐事件に遭遇、二日後に辛くも救出され生還という緊迫のご経験による所が大きくあるといわれる。2013=平成25年、我国政府作成の拉致問題啓発掲示物「拉致 必ず取り戻す!」に現れる、津川さんの正義感溢れる表情は 深い共感を覚えるし、その折の記者会見では 以下のお言葉を表されている。「拉致問題を 我事の様に思える人間だと思って参加した。日本人皆が 拉致問題を一日も早く解決するという思いを、被害者の親御さんらと同じ様に持って欲しい」

ポスターに書かれた 津川さんの「親の愛は、世界を動かす。拉致問題は、私達すべての問題です」とのお言葉は、同氏を見送ったこれからも、これまでと変わらず 我々が心に刻むべきものだろう。拙者は「拉致問題」という呼称が嫌いで「拉致事件」の文言を使わせて頂いている所だが、とまれ この事件が全面解決するまでは。

「北」の日本人拉致事件は、津川さんの生前には 遂にその日を迎えられなかったが、速やかに「その日」を確実に引き寄せる事が、残された我々の大きな一つの「務め」と心得るものだ。それまで、夫人の朝丘雪路さんと共に、彼岸の地から 静かに見守って頂ければとも思う所。今回画像は、その事件発生の一地点でもあった 新潟県柏崎市内の JR信越線を行く 今は運行を終えた金沢~新潟間特急「北越(ほくえつ)」の様子。今は 北陸新幹線の金沢開業に伴い、新潟・上越市内の「上越妙高駅」で乗り換える格好となっている次第。改めて、津川さんご夫妻に 謹んでの弔意を表すものであります。

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音楽家 松岡直也さんを偲ぶ

2014-05-18 23:42:53 | 芸能ネタ

コナサン、ミンバンワ!この所の、中国大陸の強引な海洋政策の影響で、同国南隣のベトナム国にては、強い国民的反発を招いている様だ。南シナ海のベトナム国領海内で、中国大陸側が、石油試掘を強行したのが原因の様で、ベトナム国内にては、抗議デモが暴動化、大陸のみならず、本来は無関係の台湾や我国の関係企業もとばっちり被害に遭った様であるのは遺憾。さすがに、ベトナム国当局もデモ規制に乗り出した様だが、尖閣領有や東シナ海の海洋権益の問題を抱える我国も、無関係ではないはずで、何とかベトナム、フィリピンの両国を初め、中国大陸と領土や権益で摩擦を抱える諸国と、できる連携や協力を模索したい所だ。それが、中国大陸の強硬姿勢への健全な牽制ともなるだろうし、対等な立場での、関係正常化にも道を開く事だろう。まあ、完全な正常化とは参らないかも知れないが。

さて国内。「失楽園」などの恋愛作品で知られる作家 渡辺淳一さんの訃報が良く話題になるのは知っているが、俺としては、前後して逝去された音楽家 松岡直也さんの思い出を記させて頂きたい。

ピアノ奏者として半世紀を超える軌跡を残され、又、作・編曲家として我が歌謡界にも大きな貢献をされた同氏は、1937=昭和12年5月、横浜のご出身。幼少より独学にてピアノ演奏を会得、ジャズ系の方だったが、中南米系の所謂ラテン音楽の影響が強く、1975=昭和50年頃から後は、ラテン系ジャズ、もしくはフュージョン系の大家として広く知られる様になる。

俺が同氏を知ったのは、1983=昭和58年頃、「午後の水平線」と言う作品(勿論当時はLPのAD)を入手したのがきっかけだったと心得る。初めの内、その余りに強烈なラテン色について行けず、一度は売却を考えたものだが、数回繰り返して聴く内に、何かしら良さが理解できる様になって、結局今日まで手元に残っている次第。後の作品「夏の旅」や「日曜島へ」も保有しており、これからの夏場には、ギターの高中正義、サキソフォンのMALTAの各位と並び、俺にとっては欠くべからざるアイテムともなっている。と申して、最近は雑事が忙しい事もあり、中々に音楽自体と向き合う機会が持てないでいるのも事実だが。

平成に入ってすぐの1990年頃の夏だったろうか。偶然に、当地都心の栄にて、松岡さんのバンド「松岡直也グループ」の無料ライブを拝聴する機会に恵まれ、代表作「ワン・ラスト・フェアウェル」など数曲を楽しめたのは、今も良き思い出だ。又この頃、公共放送N曲の音楽教育番組に、講師として出演されたのも拝見していて、松岡さんの熱の入った取組みに、改めて感銘を受けたものである。

今世紀に入ってからは、ご健康の問題もあって、音楽活動も一時程ではなかった様に思われるが、今春に入り体調を崩された様で、残念ながら旅立たれてしまった由。丁度、命日が拙誕生日と言う事実も、決して軽くない。謹んでの弔意と、これまでのご貢献に、心よりの感謝の意を表したい所。松岡先生、半世紀を超える音造り、どうも有難うございました。 P,S 以下に、松岡直也さんの代表曲の一「ミ・アモーレ」原曲のURLをリンク致しました。中森明菜さんの歌唱でも知られますね。クリックにてお聴き下さる様。

https://www.youtube.com/watch?v=xYETe06jPyU

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