Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

先の大戦回顧報道には「切り取り」がある

2019-08-18 20:53:03 | 社会・経済

毎夏の恒例行事、全国高等学校野球・夏季大会も熱戦の末 8強が出揃って終盤へと向かう様だ。当地愛知代表・誉(ほまれ)高校は緒戦で惜敗も、北隣岐阜代表・中京学院大中京高校が強豪作新学院との激戦を制し、準決勝へと進む由。願わくば優勝と行きたいが、それが叶わなくとも悔いなき健闘を望みたいものであります。

本題に入ります。毎年の事だが 7月辺りから「終戦の日」8/15にかけ 先の大戦回顧の新聞記事や TV・ラジオ番組が多く報じられるのはご存知だろう。ネット記事複数より どうもこうした既成メディアの記事や番組が、少なくとも一定は不適切に操作や調整をされた 所謂「切り取り」を施されている疑いがある事を最近になって知った次第。事実なら勿論 憤るべき問題だろう。

昨夜の N局深夜番組「ラジオ深夜便」中でも、そうした所が感じられた。前回も載せた「二度と戦争を繰り返すなかれ」の「事なかれ」部分だけが強調され、それならば現実視点も踏まえ 平和を長続きさせる為にどの様な施策をすべきかの視点がないままに泥沼的経過を辿った先の大戦の凄惨な所だけが抜き出され、為に祖国の独立や尊厳を守る為のやむを得ない必要な装備や術策まで否定しかねない放送の流れになっていた。進行を担った早見 優、後藤繁榮(ごとう・しげよし)の各位も(恐らくは)「左巻き」編制陣から「余計な事を語るな!」位の指令をされ、それを受けて真の平和と安全を語る 踏み込んだ言及を避けているとしか思えない風情を感じたものだ。

新聞、TV、ラジオ・・どれを取っても一部を除き似た様なもの。先の大戦・大東亜戦争こと太平洋戦争は 確かに我国側にも非の一部はあったも、全てを侵略と決めつけるのは間違いだ。その様に読者や視聴者に印象づけようとするのは、明らかに不当な操作だろう。デジタル版を含む新聞記事や TV・ラジオ放送を見聞しても そうした不良な所が散見される。報道各社は 何か問題がある度に「報道倫理は尊重すべきものと心得ます」などと反応するも、終いには言い訳にしか聞こえない始末だ。

想えば、戦後 70年超に亘ってずっとその様な所業が見過ごされ 事実上野放しにされたから我国の平和安全への取り組みは真摯さを欠くものになってしまったのではないか。「日本国憲法第 9条を守ってさえおれば、海外からの脅威はない」の様な 実は誤った風潮を垂れ流しにした結果、前回も触れた北鮮の起こした日本国民拉致事件を初め、極左過激勢力による内外の諸事件に対しても毅然とした対応が取れなかった。安倍政権がその辺りの是正を図っいる事は認めるが、大きく改善されたとはいえないだろう。来年の東京五輪及び障碍五輪を控え、海外のテロ勢力が我国を標的にしない確証はない。その懸念に向き合う為にも、現実面を含めた平和安全のあり様が問われているのではないか。

既成メディア多数はそうした問いから逃げ、徒に「戦争反対」を煽っている印象が付き纏う。こんな姿勢では、前述の様な脅威や懸念とまともに向き合えるはずがない。実態を伝えない「切り取り」報道を見抜くには、我々読者・視聴者の独海力リテラシーを磨き 向上させるしかないだろう。以前は中々に実行できなかった事に「新聞は、複数紙を読め」というのがあった。まあ強いて時間を取り、各地の図書館へ行けばできもした訳だが、今はネットでデジタル版に接する機会もある。なるべくのレベルで恐縮だが、少しでも広く諸々のソースに接し どれが妥当かの判断ができる読者・視聴者に近づく事を心がけられればとも思う所だ。

国民市民レベルで拝見すると、少なくとも今世紀に入ってからは 少しは望ましい方向へと向かっている気もする所。この流れを是非少しでも強固なものにして、次代へと引き継ぎたいものだ。今回画像は、当地愛知辺りで展望前面が人気の名古屋鉄道の特急列車「パノラマ・スーパー」の近影を。熱田神宮近所での撮影です。

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終戦の日の 拙向き合いは・・

2019-08-15 21:04:35 | 国際・政治

今日 8/15は、74回目の「終戦の日」。戦災など関連を含めれば 300万超の戦没並びに戦災犠牲被害の各位に、改めての深い弔意を表すものである。拙者も 現代の我国の繁栄は、あの頃の余りにも多かった犠牲被害の上に成り立つものである事実には異論がない。既に毎夏の事ではあるが、鎮魂と感謝の意を新たにする次第であります。

「二度と戦争を繰り返すなかれ」とはよく耳にする言葉だ。保守側も左派容共側も余り抵抗なく用いており、特に後者のそれは余りに反復が酷い故 重大重要と分かっていても つい言い返したくなってしまう気分にさせられるものだ。勿論拙者は「思っていても言わない事も大事」の意もそれなりに理解しているつもりだが。

「繰り返してはならない戦争」につき、拙者も決して高レベルとはいえぬ我知性を少しは使って考えてみたのだが(たまには使わないと、自動車のエンジン・オイルに溜まるスラッジと呼ばれる滓とかの様なのが増えてレベルが下がってしまうので。苦笑)、それは泥沼レベルの際限なき大戦争の事で、我国の独立や尊厳を守る為最低限必要な自衛力や警察力の行使とは区別されなければならないという所まで一応の理解をみた所。「後半生にもなって、そんな事も分からないのか?」と揶揄もされそうだが、特定野党や左派容共勢力の多くはそこの所を区別する事なく ただ徒に「戦争反対!」を喚く向きが少なくないのも事実である。

先の大戦、大東亜戦争こと太平洋戦争は 確かに世界史に残るレベルの多大な損害を生じ、残念ながら我国側加害の事共が幾つかあるのも事実である。それは今日行われた東京都内にての戦没者追悼式の席上 天皇陛下も触れられており、拙者もそれ自体を否定するものではない。その一方で 少し前に安倍総理大臣も触れられた様に、加害の所を含めた先の大戦の事共を未来へ向け、子孫達に過分に引きずらせるべきでないのも事実である。歴史の事実を踏まえた上で、独立国として必要な手立てを打ち 前進すべきは当然の事だろう。

泥沼レベルだった先の大戦への「必要な反省」を強く踏まえた上で、これからの平和維持にはやはり現実の視点も必要だろう。特定野党や左派容共勢力が事ある毎に振りかざす日本国憲法第 9条にしても、日米安保条約を初めとする日米同盟なる現実の政策とは 云わば一枚のカードの表と裏であり、不可分の事共だ。その現実面を正しく理解しなければ、我国の平和を長く保つ事は不可能だろう。憲法による我国是にしても、平和の要諦たる外交にしても、いずれも必要とあらば自衛や警察の術策を行使できる抑止力を伴う事が肝要なのである。それができない「武力によらない平和」など実現不可能。戦後の昭和期には それに頼り過ぎた事が一因で、北鮮による我国の独立と尊厳を著しく損なう日本国民拉致事件を許したのではなかったか。

先の大戦の事共から、正しく教訓を学ぶ姿勢も大事だろう。今 旧作を拝読中の作家・曽野綾子さんは以前、先の大戦につき「確かに凄惨な事象ではあったが、一方で私は学んだ事も多くあった。ある事象から何も学べない人は、残念だが進歩は望めないのではないか」との見解を表された。確かに「あの戦争」の凄惨さから目をそらすだけでは、それは正しい学びを得る事は叶わないだろう。あの戦争で、我国は対外加害もそれは少なくなかったが、他方で一定貢献をした史実も忘れるべきではないのではないか。亡き音楽家・黛 敏郎さんもその事を嘆かれていたのを覚えている。

もう一つ、これも故人の作家・田中澄江さんも以前 終戦の日に際し、平和や反戦の動きが政治利用されている可能性に言及され「反省にせよ 誓いにせよ、もっと心静かな祈りと想いの日とすべきでは?」と疑問を呈されていたのを思い出す。そう、終戦の日は 反米とか反権力を表にする事なく、静かな祈りと誓いの日として向き合うべきと 拙者も心得るものだ。それを踏まえた上で、戦後の我国の方向を誤らせる事ともなった進駐軍GHQの占領政策の不良など、糾すべき所を主張すべきだと拙者などは思うのだが。今回画像は、昨秋久しぶりの参拝を果たした靖国神社の博物館ともいえる「遊就館」正面を。残念ながらこの時は、拝観の時間が確保できませんでした。又次回ですね。

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猛暑~安全に携わる方々への配慮も必要・他

2019-08-12 13:20:15 | 社会・経済

猛暑の続く今夏も「終戦の日」が近づいた。300万超ともいわれる戦没並びに戦災犠牲各位への深い弔意は当然だが、詳しい拙見解は次回辺りに譲りたく思う。我国にも加害、被害の両面ある事は承知しており その事はどちらも重く受け止めるべきも一定自覚はしているが、ひとまず一昨日と昨日の両日 3回目の実現をみた北方領土の空路墓参に関連し、同行中の我国報道関係者複数が、露現地警察から違法取材の疑いをかけられ 罰金を請求される事案があった。外務省などが調査の結果 その様な事実はなく、抗議した所 露警察側が引き下がった由。こうした事からも、我国は大国から低く見られている印象を新たにしたものだ。

この事案を報じたのは、我々保守側に近い思考的立場の読売、産経両紙だった。現地警察に疑われたのは他社局の関係者複数だが、自らが 自勢力の関係者が言わば「被害」に遭った以上 当該社局が真っ先に国民市民向けに大きく報じるべきではないだろうか。直に関わっていなかった読売、産経両紙報道に先行される様では、何の為の「報道の自由」だか訳が分からないではないか。因みに露警察から嫌疑の対象となった社局は、分かっているだけで共同通信と TVAの両局である。

本題です。拙趣味の絡みで恐縮な想いもあるが、取り上げる次第。日本海側の JR羽越線にて、旅客列車運転士の方が折からの暑さで脱水症状に陥り 一時列車運転を見合わせる事態があった。昨年だったか、当地東海地区の JR線でも問題となり、徐々にだが運転に際しても 安全に支障なくば乗員各位の適度の水分補給は是とされる認識が広まっている様だ。今夏は路線バスでも同様の問題が指摘されているが、窓回りのグラス・エリアの大きい列車やバスの運転席は 冷房付といえど日中の温度上昇は想像を超える様で、そこから水分補給を必要とする声が強まったのではないか。

賛否が分かれる現状は分かっているが、事は乗客多数の命の安全に関わる。実害に準ずる事例が指摘された以上、乗客となり得る立場の我々も そうした事共への理解を深める必要がありはしないか。列車の場合は運転席背後の窓仕切りを下ろす事で 乗務の方の水分補給機会が持てるだろうし、それができない路線バスでも「夏場は乗務員の水分補給があり得る」旨を車内に明示するケースも出始めていると聞く。もう以前とは次元の異なる危険レベルの猛暑である以上、公共交通乗務各位の必要な水分補給は「安全対策」そのものと申して良い。

同じ問題は、医療機関でも生じている様だ。高齢の拙親達に付き添って病院へ赴く機会もあるが、診察室では医師、看護の方々向けの飲料水備え付けが普通の光景になって来た。病院窓口には こうした事にさえ苦情や異論を声高に唱える投稿がある様だが、もしも水分補給ができず医療関係の方々が体調を崩し それが原因の医療事故などが生じたら、一体誰が責任を取るのだろうか。浅薄な「言論の自由」の問題では済まされない。苦情も異論も、どうしてもやむを得ない必要最小限の事象に対してのみ唱えるべき事であり「寝食を抜いてでも仕事!」などという愉快犯的な暴論を呈する為の手段ではない。

先日のある TV報道では「猛暑と闘う働き手の方々にも配慮が必要」との論調を打ち出していたが、当然の事と心得る。運輸や医療に留まらず、建設や他分野の営業、末筆となったが外務の多い報道各位も同様だ。拙者は折々報道関係各位を批判するのは認めるが、必要な水分補給初め 猛暑との向き合いには同意する次第。今回画像は昨夏 小田原市内で初目撃した小田急電鉄の新型展望特急列車 GSEの様子を。後 遅れていた拙平成期最後の写真帖が一応完成しましたので、以下に入り口をリンク致します。各画像右側ⓘマークのクリック又はタップにて、拙コメントをご覧になれます。ゲスト・ブックが備わりませんので、ご意見ご感想等は拙記事コメント欄をご利用下されば幸甚です。 「平成惜別 前編」https://opa.cig2.imagegateway.net/s/cp/CCezwvDGBYG  「平成惜別 後編」 https://opa.cig2.imagegateway.net/s/cp/CarmXkwcRg2

 

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中東海保~有志連合に何らかの協力を!

2019-08-09 21:04:07 | 国際・政治

今日 8/9は、先の広島に続く長崎の原爆忌。同様に凄惨な犠牲被害の各位への弔意&お見舞いと共に「核の被害は 長崎を最後にすべき」の想いを 立場を超えて共有できればとも思うものであります。

先日来触れている 当地愛知の国際的美術展中「表現の不自由展」中止の一因になったとされる、対主催陣脅迫メッセージを送ったとされる男性容疑者が逮捕された。多くの反社勢力と違って素直に容疑を認めた様で、やはり「平和の少女像」などの展示に強い疑義を抱いていた様だ。放火目的のガソリン携行などをちらつかせた文言送付は明らかな行き過ぎやり過ぎで それは罪責を問われるべきだが、心情の一片位は汲む余地があるのではと感じたのは拙者だけではなかろう。

大村愛知県知事宛てに送られたこの脅迫メッセージは 実は展示中止へと動いた河村名古屋市長にも届いていた様だが、この事に触れた既成メディアの目立った報道はなかった様だ。こういうのを「報道しない自由」と呼ぶのだろう。同一容疑者によるかは不明だが、左派勢力に与した大村知事向けの脅迫メッセージ問題は大々的に取り上げる一方、河村市長向けの同じそれは黙殺とは「偏向報道」の非難を自ら引き寄せている様なもの。こうした不良なメディア勢力が 中止された芳しからぬ展示の再開を煽ったりせぬ様 我々日本人はこれからの推移を厳しく注視しなければならないだろう。

この問題は、後何回かは取り上げたい思いもしはするのだが、同様に問題視される他の各位の記事を拝読に伺った所 ある読者から「他にも重大事案が山積している折、それらとのバランスも取るべきでは?」との疑問コメントが寄せられていたのを拝見した。確かにそれも大事であり、前述の反日的展示問題はひとまず区切らせて頂こうと思います。以下本題ですが、今回は 少し前から不穏な出来事の続く中東ホルムズ海峡周りの海上警備、所謂シーレーン防衛の事につき 少し触れようと思う次第。

この夏前から、我国船籍の貨物船などが不当な攻撃に遭ったり 沿岸国による拿捕を受けている事はご存知だろう。これらの問題につき、米合衆国からも我国に対し 所謂「有志連合」構想、海洋安保イニシアチブへの協力要請が求められており、我国政府側としても「何もしない訳には参らない」基本姿勢であるとされ、ひとまずは危険の大きいホルムズ海峡を要するペルシア湾外での海上警備や海賊対処を軸にした活動を検討中の様だ。ひとまず新たな部隊の派遣は見送り、既にソマリア沖で海賊対処を担う海自艦や航空機を援用して対応する方向の由。

「自国船舶は、自国で守るべし」トランプ米大統領は、お得意の SNSツィッターを発出されたとか。強硬な方向性は同氏の口癖だろうが、筋は一応通っていると認めざるを得ない。一昨日来日の、エスパー米国防長官も 岩屋防衛相との会談にて、前述の商戦警護要請を発した由。基本当然の事だろう。

一方で、イラン・イスラム共和国とは曲りなりにも良好な外交関係を持つ我国。慎重な対応をすべきは分かるが、その事に留意しつつも、中東からの石油製品輸入が大量に上る我国は 現状上限レベルの協力を惜しんではならないだろう。米合衆国中央軍の声明では「ペルシア湾、ホルムズ、バブルマンデブの両海峡、オマーン湾」の四海域を示し、同盟国などに船舶警護の協力を求めた事に我国政府も注目。比較的良好なイラン国との外交にも配慮して、オマーン湾中心の活動になるだろうとしている。

形はどうあれ、相当に隻数や通行頻度も高いだろう我国商船を 一定でも自国自衛力で守る事は当然だろう。特定野党や左派市民勢力辺りの強い抵抗が予想されるが、少しでも対外姿勢を見せる事が重要なのである。自国の国民生活や産業の根幹を支える石油エネルギー経路「シーレーン」を守る事は、我々国民市民としても 素直に認知し応援して参らなければならない事共だ。

現地海域警護のあり方や費用の問題などは当然監査されるべきだが、それ自体さえ認めたくない向きは 北米大陸に一定勢力が存在する「アーミッシュ」各位の様に、石油製品と無縁の生活にでも転向すべきなのだ。それができれば「海自対外派遣反対!」を唱えても、拙者は「言論の自由」の範囲内と認めるがどうだろう。今回画像は、海に面した三重県下から山がちの長野県下へ石油燃料を送る専用貨物便の様子。道路や海上の輸送でもそうだが、便利さに慣れ切った我々は こうした命がけの取り組みをともすれば顧みない嫌いがあると思います。一つの反省点ですね。

 

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工作臭・・

2019-08-06 21:20:22 | 社会・経済

今日 8/6は広島の原爆忌。累計で 30万超となった凄絶な爆発の犠牲各位に、まずは心からの弔意を申したい。その上で、やはりあの原爆行使は強者の一方的な判断によるものだった史実をしっかりと心に刻みたいものだ。一部に「原爆投下は我国側にも非があった」様な思潮があると聞くが、それは「左の曲解」というものだろう。

今月から始まった当地愛知にての国際的美術展「あいちトリエンナーレ」の一環として当初展示された「表現の不自由展示・その後」が短期間の展示中止後も、インター・ネット上などで炎上を続けている様だ。展示中止に際し、河村名古屋市長発出の中止要請が、日本国憲法が禁じる検閲行為に当たるのではないかとの指摘もある様だが、拙者はそれは当たらないと申したい。以下、某ネット文献の根拠を挙げておく。

「検閲」とは、行政権が主体となって 思想内容等の表現物を対象とし、それらの発表前にその内容を審査した上 不適当と認めるものの発表を禁止する行為」を指す。一般的には その表現物が初めから陽の目を見ない様にする行為措置。

そこから河村市長見解は、検閲には当たらないとする見方を拙者も支持するものだ。「行政や役所など 公的セクターこそ表現の自由を守らなければならないのではないか」とする大村愛知県知事見解も、原則論ではその通りだ。しかし・・それも「Yes But~」の思考で受け止めるのが健全な見方というものだろう。諸税という公的資金により運営される催事である以上、それは「公共の福祉」なる視点が最大限に尊重されなければならない。具体的には愛知県民を初め 我国民市民と外国よりの来客等の公益福祉に資するものでなければならないという事だ。昭和天皇のご遺影着火とか物議を醸す少女像、更に日本及び日本人を冒涜するかの様な墓のオブジェなどは、到底その様な要請に応えるものとはなり得ず、よって日本国憲法保障の「表現の自由」の対象とはなり得ないとの見方が多数となって然るべきだろう。

それにしても、これまでの経緯をみて参ると 大村知事は何者かに篭絡され、良きに利用されているのではないかとの感触さえするものだ。主催側の津田大介監督には、こう申しては失礼かもだが 一県の長を抱き込み篭絡する様な力量まではないとみる。とすれば、大村知事は何か主催陣以外の大きな(多分特定野党系)政治勢力に抱き込まれ、結果として「表現の不自由展・その後」の事前審査を杜撰なものにした可能性もゼロではないのではと心得る。展示中止の一因とされる 脅迫メッセージを送付した容疑者の追及もそれは必要だろうが、その一方で こうした県民の多数意思に背く様な政治情宣プロパガンダ的展示を一時でも許したいかがわしい政治工作の可能性も、是非厳しく糾して頂きたいものだ。今回画像は これも拙練習撮影の場、名古屋副都心・金山公園傍を通る JR中央線・上下列車の邂逅を。以下に、関連記事をリンク致します。(私的憂国の書様) http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-3544.html

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