Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

バカになれ!夢を持て!後記

2010-04-30 00:32:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!2010=平成22年4月も、遂に最終日となりました。
この4月を振り返ってみますと、途中に冬の再来の様な大きく冷え込んだ日も見られ、3月下旬より開花した桜が、遅い所では今月半ば近くまで楽しめた様です。割合長く続いた見頃に感謝すると共に、落花時の悩みでもある、愛車の車体への花弁のこびり付きなどの問題も「今までさんざ楽しませてくれたのだから、まあ仕様がないか」などと思っている所であります。

さて遺憾な想い出が一つ。その桜の時季の終わり頃の先々週末ですが、東三河の悪友と会見すべく乗り込んだJR東海道線の列車が、何と当地名古屋と南郊の大府市の境界付近で人身事故に遭遇、警察・消防による合同見分と復旧処理の為、ほぼ1時間半に亘る停止を余儀なくされ、結局悪友との会見は流れてしまった次第。
事故原因は自殺と見られ、女性当事者は残念ながら落命の結末に至った様です。車内では予定を狂わされた乗客各位が携帯連絡などの対応に追われ、不快感を表にするも、概ね落ち着いた反応であったのが救いでしたが、自殺の情報に動揺する方々も複数見られました。又、当日の列車は、照明や空調などの補助電源が維持された事と、編成の都合か6両の車両中手洗室が2箇所であった(通常は1箇所の事が多い)事で、この方の混乱がなかった事も幸いしました。

多くの方々が困惑する動けぬ列車内にて、私は別の事を考えていました。11年前、不慮の最期を遂げた文学者 江藤 淳さんの事でした。
1932=昭和7年暮れ東京都のご出身、文芸分野でのご活動で知られ、又、優れた歴史小説の書き手でもあった様です。
若い頃は左傾した価値観をお持ちだった様ですが、途中姿勢転換され、祖国日本を意識したご見解を確立するに至り、私も尊敬する有識者のお一人でありました。又、文学の才能をご覧になる眼力にも優れ、思考的立場の異なる作家に対しても前向きの評価をされる、公正な視点をお持ちであった事も好感が持てました。

先にご家族を失う不幸に見舞われたり、ご自身も病苦と闘ったりの大変な状況ではあったにせよ、なぜ江藤さん程の賢人が自ら死の選択をなさらなければならなかったのか、そこには、戦後数十年を経て、芳しくない状況に陥った祖国日本の今の問題が関わっていなかったか、と愚考した次第。過日論文を拝借した外交評論家 岡本行夫さんの「何かがおかしい」とのお言葉が、本当に重く聞こえる事件ではありました。
「事故は、自殺らしい」そんな情報が伝わった時、ふっと脳裏を過ったのが、江藤さんの最期の事でした。事故当時者の方も形こそ違え、追いつめられていた面はあったかも知れない。ただ、人間には完璧ではないが叡知がある。その知恵を駆使し、何とか死の選択を避ける事をできなかったものかと今も思います。

私も、追いつめられた事は一度ならずありますが、お陰で自殺を考えるレベルにまでは至っていません。楽観的とでも言うのでしょうか、そうした性格を持つに至った事は、親兄弟や知友達には感謝している次第。
もう一つは、拙趣味たる鉄道交通への興味と敬愛でしょうか。こうした分野は、夢を叶えるにはやはり秩序が大事である事を思い知らせてくれる所がありますね。特に画像をお目にかける磐越の蒸気機関車C57180には、先年勇退した名古屋鉄道パノラマカーと共に、いつも深い感銘を覚えます。
江藤さんがこの世を去った同じ年、当時前例のなかった30年もの空白と、再起不能と言われた技術的試練を乗り越え、再会の度に全力疾走する雄姿よりは、見る者達に「生きろ!」と言う強いメッセージを送り続けている様に思えてならないのです。江藤さん程の器量のない私ではありますが、このメッセージは自分なりに、少しでもしっかりと受け止める必要がある様に思います。
夢を叶える事も、生きてこそであるのは事実ですから。

この記事の最後に、希望のある言葉を載せ、良い文言を教示下さったアントニオ猪木さんに一礼して、この稿を終わりたく思います。
「人の一生に 厄年はない。 躍進の『やく』と考えよ。」*(桜)*
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

時効制度改革に思う事

2010-04-29 09:27:09 | 国際・政治

各位お早うございます。拙方、本日心ならずも誕生日を迎えてしまった。もう半世紀もこの世にいると、誕生日の感激も希薄になりがちなのだが、拙両親も曲がりなりにも健在。親達への感謝の姿勢だけでも持ち続けられればと今は思う。

さてこの世には、不慮の事件などで肉親を奪われ、平和だった家庭を一瞬で失った方々もある。死刑や無期懲役などの、極刑相当の凶悪事件などの捜査や起訴などの年限を定める刑法及び刑事訴訟法の公訴時効の年数が見直され、特に悪質な事件については適用外となった。先日の国会にて成立、同日付で施行された。東京・八王子の女性店員複数の射殺事件など、旧法の時効期限が迫っている事件も少なくなく、関係各位の迅速な改正法成立に向けた対応を一言称えたい。

公訴時効は19世紀の明治年間、当時のフランス共和国の制度に倣って制定され、事件の証拠などが歳月の経過と共に得難くなったり、証言等の入手が難しくなって冤罪などの問題を生じるなどとして、今日まで存続して来た。但し、当初最長10年だった年数が1908=明治41年に最長15年に改定された後、2005=平成17年に最長25年に延長されるまで、何とほぼ一世紀もの間見直されて来なかったのである。この間、特に戦後の高度経済成長期以降は悪質大規模な殺人事件なども多発、時代の変化に全く対応できて来なかった。明らかに法務当局の長らくの怠慢が招いた結果であり、その意味で今回の改革は当然と言えなくもない。

日本国憲法第37条「刑事被告人の権利」に拘泥し続ける余り、犠牲被害各位の援護を等閑にし続けた日本弁護士連合会の不良姿勢も問題である。犠牲被害各位の援護に対しては、今やっと言及し始める有様。極めて稀な、冤罪などのケースに固執して、時効制度見直しに「初めに反対ありき」の態度を取り続けた事実は指弾されるべき。時効一部廃止に向けては、時効制度の中断規定の充実や、廃止前大幅延長の上、将来の課題とする方法もあったのは事実なるも、同会は世間の前に、そうした方法もある事を積極的に教示しようとしなかった。この姿勢は卑劣の誹りを免れないであろう。何よりも、こうした姿勢が同じ日本国憲法第14条「法の下の平等」に大きく背き、国民的不信を自ら招いている現実を、少しは自覚すべきではないのか。

警察当局の姿勢も糾されるべき。栃木県において、以前のDNA鑑定の不備より冤罪事件を生じ、逆転無罪の判決となったのは記憶に新しいが、この時被告とされた、菅谷利和さんも「時効制度は、今のままでは加害者とされた人にも不利益を及ぼす」とコメントしていらした。

警察の捜査技術、あるいは裁判所、検察当局、弁護士各位の更なる質向上の為にも、今回の時効改革は有意義と言える。法務関係各位はこの改革を謙虚に受け入れ、司法の改良に努めてもらいたい。

001

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バカになれ!夢を持て!その8

2010-04-27 07:52:00 | インポート
各位お早うございます。今朝の当地名古屋は、春雨の風情。明日までこの様な空模様で、これから風も出そうであります。

さて、我国の安全保障にも関わる、沖縄・普天間の米合衆国軍基地の引っ越し問題が結論を出す期限に近づき、鳩山民主党連立政権は対応を迫られています。政権内の方向性の異なる政党が寄り集まっているだけに、意思統一が難しいのは事実かも知れないが、想えば沖縄は1945=昭和20年夏の日米沖縄戦にて、戦闘に関わらない一般住民をも巻き込んで実に20万を超える犠牲を生じ、その挙句戦後合衆国との連携による我国の安保の為に、基地負担を余儀なくされて来た史実は顧みられるべき。
更に、普天間の合衆国軍基地は、学校よりも至近の市街地にあり、絶えず地元各位が危険に晒されている実態にも目を向けるべきでしょう。2004=平成16年には、航空機事故も生じており、人的被害を免れたのは不幸中の幸いでした。

「自らの祖国は、自らで守る」この自衛安保の大原則よりすれば、駐留合衆国軍や自衛隊基地の負担は、我国全土にて公平に負担するのが筋でしょう。
民主党連立政権も、鹿児島・徳之島の様な離党に固執せず、本当に沖縄の基地負担を減らしたければ、我国本土の過疎地帯のどこかに、基地に向いた土地があるか否かを地道に調査すべきなのだがそうした形跡は見当たらない。そうした努力も、我国永遠の夢たる「平和」の追求の大きな所だと思うのでありますが。

他方、基地問題につき、高校生の様な若い方々が少しずつ関心を抱き始めている事には、希望を感じます。
基地移転を推進する側、慎重な側のどちらでも良い。直接関係する方々との接触や交流を深め、「基地問題は自らの問題」との見識を深めて下されば、と今は思いますね。

コナサン、ミンバンワ!勝手ながら、夜に入って少しばかり本日拙記事に補足をさせて頂きます。
本日々中、勤務先の上司より、過日の全国紙S新聞を拝借する機会があり、その中よりJR社の重鎮であり、時事評論家でもある葛西敬之(かさい・よしゆき)さんの有意義な記事が載っていましたので、以下ご紹介して参る事とします。

「自立した安保観がない国」
鳩山政権の安全保障・外交政策は混迷の一語に尽きる。一方で日米安保は安全保障の基軸、地域の平和と安全に不可欠な公共財だと言いながら、日米両国政府で合意済みの普天間飛行場移設計画を弄び、核抑止力の均衡が国際平和の必須条件だという世界的な常識すらなしに兵器持ち込みに関する合意問題を蒸し返しにする。
そればかりか東アジア共同体構想なるものを中国に呼びかけさえしている。鳩山政権の真意は、日米を疎遠にし中国に擦り寄ることではないかと疑念を抱かれるのも当然だ。
迷走の原点は、敗戦から今日までの歴史にある。この65年間に世界は大きく変遷し、日本も形だけはそれに対応して来た。1952=昭和27年のサンフランシスコ講和条約により主権を回復、1960=同35年の日米安保条約改定で、日本の安全保障を米国の核抑止力に委ねる決定をした。

この2つの選択により、日本は安全と安定と経済的繁栄を手中にしたが、左翼マスコミと(自称)知識人が反米を煽り、政府が正面からの安全保障論議を避けた結果、世論の意識レベルは日本の国益を真剣に考えず、国際政治の現実にも目を閉ざし、占領国である米国の意向に追従するという心理状態だった。その結果、日本の安全保障に不可欠な「同盟軍」という在日米軍の本質が、多くの日本人の意識のなかでは「占領軍」のままで今日まで来てしまった。
日本にとって喜劇的だったのは、この受け身の姿勢が偶然にも奇跡の経済発展をもたらす成功体験と重なったことだ。現実から目をそむけ思考停止することこそ最良の策だという気風が日本中に定着してしまった。米ソ冷戦が終わり一時の解放感の後に世界は再び不安定化しつつある。そのさなかにおける現政権の迷走は、臨終を迎えた「戦後思考」の意識混濁としか言いようがない。

国家の根本課題は、安全保障と外交である。根本が定まって初めて経済の安定、持続的成長への道が開ける。21世紀の今日においても、安全保障の基本は依然同盟政策である。民主主義、自由主義、人権の尊重、法治主義を共有し、地勢的な国益を共通にする国が手を携えて並び立ち、潜在的脅威と向かい合う。これが同盟の原則である。
チベット、新疆ウィグルを力づくで征服し、固有の文化を抹殺するがごとき人権抑圧が日常化しているといわれる専制政治の惨状と、海・空戦力を増強・近代化し、太平洋・インド洋をうかがいながら核弾道ミサイルの照準を日本に向けて配備しているとされる大陸・(朝鮮)半島の脅威を直視すれば、日米同盟による米国の核抑止力が米ソ冷戦時代にもまして不可欠であることは自明だ。
彼らは(日米)同盟が不動の実効性を持つと感じたときにのみ、友好的で理性的な友人となるだろう。重要なのは、集団的自衛権に基づく対等な同盟関係を築き直し、実効性のある抑止力を機能させることである。
半世紀ぶりに迎える分岐点での判断を誤れば、日本は再び滅びるであろう。直ちに日本国民は思考停止から目覚めるべきである。こうした混迷の時代にこそ、日本の国益を直視できるリーダーの出現を期待する。

葛西さんのこうしたご見解を踏まえても、沖縄県一か所に在日合衆国軍の機能が集中し過ぎるのは如何なものかと思います。本土に住む我々も、もう少しそうした実態を自覚し、基地機能を可能な所で本土に移転する「痛み分け」の様な事を少しは考えても良いと思う。その上で、葛西さんが問題にされた国家の尊厳を保持する為の、安全保障のあり方と真剣に向き合わなければ、国民の「健全な夢」は育たないと強く思います。基地問題に関心を抱き始めた若い方々も、葛西さんのこうしたご指摘に留意の上、取り組んで行って下さればと思う次第であります。*(日本)*
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バカになれ!夢を持て!その7

2010-04-23 00:40:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!

先日の事ですが、今月初めより国際宇宙ステーションに赴いて活動され、米合衆国宇宙船スペース・シャトル最後の日本人乗組員となった山崎直子さんが任務を全う、無事帰還されました。今は一言「お疲れ様」と労をねぎらうと共に、お帰りを心待ちにしていたご家族との大切な時間を過ごされる事を望む次第。又、引き続いて宇宙にての活動に当たる、野口聡一さんのつつがなきも併せて祈りたい所です。

野口さんや山崎さんも携わる宇宙に関する研究は、新たなエネルギー開発や環境保全にとっても大変有意義な「夢ある活動」であり、是非これからも継続を強く願いたい所。しかしながら、我国の現政権たる民主党連立体制に、こうした科学技術への理解が果たして十分であるかは、正直疑問の残る所であります。

同政権は、行政のスリム化を図る第二次の事業仕分けに向け動いている所ですが、将来へ向けての意義ある先行投資とも言える、科学技術分野の予算まで削ろうとしているのは如何なものかとも思います。
昨年、民主党のある議員が最初の事業仕分けに際し、次世代の業務用スーパーCPの開発につき「世界で二番目ではダメなのか」とのたもうたのは有名な所ですが、想えば先進諸国は元より、中華人民共和国を初めとする新興諸国も、世界一を目指して技術を磨いているのであり、我国だけが「やらなくて良い」では国際社会に遅れを取ってしまい、やがて話にもならない事態に陥りかねないかも知れない。そうなれば我国経済は更なる泥沼にはまり込み、脱出は容易ではなくなるでしょう。国民生活にしても、今以上に窮迫し、惨めな状況に導きかねないと言う事です。

行政の無駄排除を無意味とは申さないが、同時に科学技術や宗教などの人文的分野も尊重して予算をつける、文化への配慮が欠ければ、祖国日本は夢の持てない絶望的な状況に陥ってしまう。そうならない為にも、こうした事は再考を願いたい。
高速自動車道の通行料見直しで、新規道路建設の財源を手当てしている様な「ハコ物優先」的思潮はそろそろやめにして頂きたい所です。
P.S 次回は4/25(日)以降に記載致す予定です。*(地球)*
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大阪造幣局へ行って来た

2010-04-18 23:52:40 | 旅行記

コナサン、ミンバンワ!今春も早いもので、見頃を終えた桜花を回顧する時期に入った。拙地元のそれは、現状は勿論ほぼ葉桜となったが、日陰などで開花の遅かった一部の樹では未だ花が残り、先月以来、途中に低温の日があったりした事などもあって、相当長く見頃が続いた感がある。日照不足などによる野菜高騰は痛いが、桜が長く見られた事には、改めて感謝する次第。

さて昨日、遅咲き桜で有名な、大阪造幣局へ参った。先週より今週初めにかけて催される「桜の通り抜け」の初めての見物。地元大阪では屈指の名所だけに、勿論多くの方々で大変賑わっており、又、大き目の花を咲かせる「サトザクラ」の種族が多い事も、魅力を増している様だ。

造幣局の桜は、噂には聞いていたのだが、実際に足を運ぶと「百聞は一見に如かず」で実際に見る魅力と迫力は素晴らしく、短い時間ではあったが、有意義な瞬間であったと思う。

004

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする