Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

首相官邸も寺社も、保安の強化を!

2015-04-26 11:42:57 | 日記・エッセイ・コラム
ネパール国が、大きな震災に見舞われた。分っているだけで千人超の犠牲を生じ、負傷の方々や建物設備の倒壊も広範囲に及んでいる模様。亡くなられた方々への弔意と、被災に対するお見舞いの意と共に、救援に動いている我国を含む各国の早い対応を望みたいものであります。

さて、警備保安の面では万全が求められて当然の、我国内閣総理大臣官邸(以後官邸と略す)の屋上に、無人飛行機ドローンが墜落しているのが発見された。盗撮機材と共に、微量ながら放射性物質が搭載されている事も確認され、こうした場所だけに遺憾極まる事態である。墜落は少なくとも数日以上前に遡る様で、この件については福井県出身の男性容疑者が逮捕され、概ね容疑事実を認めている様だ。犯行当初は、官邸中庭への着陸を画策するも、気象などの条件が悪く、操縦不具合によって屋上墜落となった模様だ。放射性物質は福島県下で採取できた様で、原子力発電所再稼働に強く反対し、実施中の統一地方選挙の混乱を図ろうとしていた由。あの大事故を考えれば心情は一定理解できるが、何しろ方法が悪い。無人機の官邸内墜落となれば、業務妨害の罪責が避けられないのは当然だ。司法の場に入っては全てを誠実に語り、決まった罰には従うべきだろう。まず無期刑はあり得ないはずだから。

その一方、今回の事態は、官邸を警察、消防など初めとする我国の公的機関の保安態勢にも見直しを迫る事になったと言って良い。非常時専用とは言え、ヘリコプターの発着も可能な官邸は、屋上と言えども最低日に一回の巡視は必要だ。今後は監視カメラなども常設するなど態勢を強化して警戒を新たにすべきではないか。今回の事態は、どう譲っても保安に隙がある事を世界に向けて露呈してしまった訳だし、このまま放置では、国際社会の信頼も低下しかねない。政府与党には、危険区域と同様に、政府機関などの集まる地域のドローンなどの無人機飛行向けの適正な飛行規制と罰則の明確化など、断固とした対応を行って頂きたい。

もう一つ、気になるのが全国の寺社にて、境内の建物設備や国宝重文級の立像などが破損や汚損に遭う事件が多発している事。当初は今春先より、奈良県下を中心に、油状の液体で建物などの木部が汚損されるケースが目立った。これだけでもかなり悪質だが、今月に入ってはほぼ全国に拡大、甚だしいケースでは、複数の石像が同時に破壊される事件も生じている様だ。寺社は、参拝各位の信仰の場と言う事もあって、防犯カメラ設置や夜間の巡回強化などが行い難い所もある様だが、これまでにないこうした事件が多発する様になった以上、再発続発を食い止める為にも、早めの対策が検討されるべきだろう。実際、防犯カメラのある一部の寺社にては、夜間挙動不審な人物の姿が捕捉された例もあると言う。残念な事であるのは分っているが、これから拝観者の増える大型連休を控え、防犯の為、各所が連携して対応する事が早急に必要だと強く思う。
勿論、こうした犯行を助長する背景には、宗教や信仰を蔑ろにし続けた唯物史観による戦後教育の不良が大きくあるのも事実だが。

今回画像は、今月初めに訪れる機会のあった、奈良 春日大社境内の一コマ。今回は約20年ぶりで本殿が公開されるなど、良い話題もあったのだが、他の寺社同様の汚損被害に遭ったのが遺憾な所です。
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輸入自転車破損事故から身を守れ

2015-04-19 20:47:38 | 日記・エッセイ・コラム
愛川欽也さんが亡くなられた。名優にして名司会者、既に故人の菅原文太さんと共に好演された映画「トラック野郎」シリーズを初め、アニメ「いなかっぺ大将」「ハクション大魔王」などでの声のご活躍、夜の名物だった「11pm」「パック・イン・ミュージック」など多くのTVやラジオの番組司会でも大変お世話になった。最近になって健康面が優れなかった様で、詳細は割愛するが、これまでの大きなメディアにての功績に、心よりの一礼を申し、ご冥福をお祈りする事としたい。

話は変わって、前回は我国の誇る高速鉄道 新幹線の安全面に翳りがある事への懸念に触れたが、より身近な乗り物 自転車に、差し迫った危険が及んで来ている様だ。
今朝の某TV報道によると、インター・ネット経由で取得された一部の輸入自転車に、走行中 骨格とも言えるフレームが突然破断するなど深刻な破損事故が発生、ユーザーが深手を負われたケースが複数あると指摘していた。この手の車種は、普通は販売店を経て入手される国産自転車などに対し価格が安く、見た目上、ワンランク以上の高性能車を手に入れ易いのは良いのだが、国産車レベルなら余裕で耐えられる衝撃や段差に弱く、前述のストレスでも簡単にフレームが破断してしまうケースがある様だ。
こうなった場合、乗っているライダーは転倒して頭部などを強打する恐れがあり、悪くすると致命傷に繋がりかねない危険をも孕んでいると言う。又、通行量の多い所で事故が生じれば、周りの歩行者や自転車を巻き込んでしまう恐れも相当にあると言う事だ。

店頭よりユーザーに供される国産及び輸入自転車の多くは、販売前に業者による十分な点検が行われ、強度などに不足があれば、行き渡る恐れは殆どない。対して、インター・ネット販売のそれは、特に輸入車の場合そうした検査態勢が不十分な場合もままあり、そのまま走らせると、記事の様な破損事故に繋がる恐れも少なくない様だ。
勿論、強度面、安全面が不足のままの製品を出回らせた外国メーカーや取扱い業者にも、その責任は大きくあるだろう。事故に遭い、深手を負ったあるユーザーの方は、業者を相手に賠償訴訟に踏み切り、勝訴はされたが、相手方は既に組織消滅していて、金銭面の支払いを受けられないでいると言う。
欧米諸国にては、自転車の安全面の法的規制が既に確立していて、強度面で問題あれば、販売を禁止できる強制力や業者向けの罰則もある様だ。我国にても当然実施されるべきだが、輸入規制を嫌う抵抗勢力のせいで法整備が遅れているとか。放置すれば、更に深刻な事故に繋がりかねない上、真に必要な健全な規制さえ否定され、為に不法行為を繰り返す悪徳業者が高笑いする悪しき事態を招きかねないであろう。そしてそれは「モノ造り」を身の上とする、我国の製造業の印象を深く傷つけ、国際的な信頼を大きく貶める事にもなり得るのである。

この様な事態を阻止する為にも、自転車の安全基準に関する法整備を早急に進め、施行する努力が強く求められよう。多くの事共に積極的に取り組む安倍政権なら、反対勢力の言い分を退け、それができると俺は信じる。
その一方、やはり自転車ユーザーの安全への姿勢も問い直されるべき。ネット経由で入手した車であっても、当然防犯登録をしなければならない。この折に、持ち込んだ自転車店に一言伝えれば、僅かな費用で一渡りの点検はして頂けるはずであり、その段階で強度不足などを指摘できる事も多いはずだ。つまり、自転車をネット購入する向きは、当然の義務である防犯登録をも行っておらず、その為破損による負傷事故があっても、不利な立場に追い込まれ易いと言えるのではないか。
自転車もインター・ネットも、それは身近で便利なツールではあろうが、同様に相当なリスクもある事を、改めて思い知るべきだろう。同時に「安全はタダでは手にできない」事ももっと自覚すべきだと心得るがどうか。

今回の画像は、拙故郷 東三河の豊川市内で親しまれる、市役所そばの桜並木。遠くに自転車で散策中の方々が見えるが、春毎にこうしたノンビリ風景が見られる事を願うのは、俺だけではないと思います。
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新幹線の安全は大丈夫か

2015-04-12 18:57:56 | 日記・エッセイ・コラム
当地平地の桜はほぼ見頃を終えたが、少し山間はまだ見られる様だ。その花曇りの今日、東京のJR山手線と京浜東北線にて、架線と呼ばれる電車への送電線を支持する電柱が倒壊、この為首都の大動脈とも言える両線は、今朝から夕方近くまで麻痺し、多くの利用者に影響が出た様だ。今日は日曜日。平日とは異なる混雑の時間帯もあろう。老朽インフラの問題は、上下水道やガス管でも生じているが、鉄道施設のそれは、間違えれば多くの人命にも関わる可能性があるだけに、担当各社は再発のない様、緊張感を持って真摯に対応を願いたいものだ。

今回事故を生じた山手・京浜東北の両線はJR在来線だが、実は新幹線でも看過できない問題があった様だ。今日の地元紙 C新聞の記事を見ながら考えて参る事にしたい。

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『新幹線 パンタグラフ取り付けミス~安全を守る矜持を失うな』(by C新聞社会部)

そこに隙はなかったか。昨年5月、東海道新幹線「のぞみ」で最新車N700系の集電装置パンタグラフの部品を誤って逆に取り付けていた。事故には至らなかったが、架線に接触する集電子「舟体(ふなたい)」が傾いたまま、12日間にわたって営業運転を続けていた。今年1月にそのことを報道したが、「問題ない」という当初のJR東海(以下J海と略す)の反応に、私は釈然としない思いを抱えていた。
「担当部署から直接、話を聞かせてほしい」と依頼。報道から2カ月以上たった3月半ば、取材に応じた車両保守の担当幹部に同じ問い掛けをした。今回のミスをどう受け止めるのか、と。
「他の人も起こし得るミス。担当者だけの問題とは考えていない」「人為ミス ヒューマン・エラー対策にはソフトとハードの両方があって効果が上がる。接合部の構造を、どう改良できるか勉強している」
返ってきたのは、広報を通じて出てきた当初のコメントとは真逆だった。3カ月前の取材に、J海は次のように答えていた。

『当初は甘い認識』

「事故に至らず安全上問題はなかった」「作業者個人の理解不足が問題。誰にでも起こり得るミスではない」「新たなミス防止策は考えていない」
想像もしていなかったその回答に私は戸惑い、同社の安全思想に対する疑念が膨らんだのだ。
昨年は、東海道新幹線の開業50周年、連載や特集紙面のため、数カ月にわたって取材に駆け回った。
「今の新幹線があるのは、改良に改良を重ねて大切に育てたからだ」開業直後、相次ぐトラブルの対応に奔走したある国鉄OBは、こう振り返った。
新幹線を支えてきた他の鉄道マンからも、安全を守る矜持をひしひしと感じた。それだけに、「個人の問題」「ミス防止策は考えていない」という回答への心証は、怒りや憤りよりも「裏切られた」という失望感に近かった。
舟体の交換は2人1組で、手順をチェックシートで確認する。2日おきに車両点検もしていた。二重三重の安全対策をしていたJ海にとっては「まさか」のトラブルだろう。だからといって、作業者だけの問題として終わらせて良いのだろうか。わだかまりは、その疑問からだった。
事故が起きれば、引き合いに出される「ハインリッヒの法則」。一つの重大事故の背景には29件の小さな事故があり、さらに300件の「ヒヤリ」とした体験がある。
開業以来、列車事故による乗客の死傷者はゼロ。「ヒヤリ」体験を教訓に事故の芽を摘んできたのは、他ならぬ新幹線だったはずだ。

集電装置パンタグラフは、走行風にさらされながら、架線から高圧電気を車両に送る装置。J海も「形が微妙に変わるだけで性能に影響するシビアな装置」と認めている。N700系で舟体の向きが決まっているのも、架線を押す力を適正に保つために風を受ける側と反対側で構造を変えているからだ。逆に取り付けた場合「舟体が傾き、ボルトとが緩む可能性がある」と"舟体脱落"の危険性を作業マニュアルで指摘している。

『危険排除 徹底を』

2年前、新幹線の発車直前、車掌が運転台のレバーの隙間に10円硬貨を落とした。このときは大事をとって乗客を一旦降ろし、1編成まるごと交換した。徹底的にリスクを排除する。そんな安全への謙虚さが、今回の取り付けミスを取材した際の反応には感じられなかった。それは、構造的な問題点への対応の鈍さにも表れていた。
舟体の接合部は、凸凹の形状で、万が一、左右逆に取り付けようとしてもかみ合わない構造のはずだった。だが、実際には逆になっても作業者はミスに気付かなかった。構造上の改善点をすぐに検討してしかるべきではなかったか。
4年前の東日本大震災の折の津波で小学生だった次女を亡くした石巻市の中学教諭は、防災についてこう話していた。「想定外を想定することが大切なんです」
どんなに技術が進化しようとも、想定外の落とし穴は潜む。事故に至らなかったミスでも放置しないことが、想定外を想定することではないだろうか。
J海は5年前にも新幹線の舟体交換時、作業者がボルトを締め忘れるミスで停電事故を起こしている。今回の取り付けミスを「事故に至らなかった」と過小評価していなかったか。
担当幹部による"前言撤回"は、遅まきながらもミスに向き合い、想定外の芽を摘もうとする決意と受け止めたい。安全への矜持をまだ失っていない、と信じている。

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この記事を、各位はどうお感じになりますか?確かに、東海道新幹線が無事故裏に開業50周年を迎えられたのは喜ばしいし、それは素直に讃えたい所だ。
ただ、その事の重さと責任が、どうも少し軽くなっていやしないか?と拝読した俺も思うのだ。昨年は、東海道新幹線開業への軌跡を描いたTVドラマも放映され、関係各位の血の出る様な、命懸けの取り組みが紹介され感銘を受けたものだ。以来、地上設備も車両も、そしてサービスなどのソフト面も、絶えず研鑽しながらこれまで走り抜けて来たのではなかっただろうか。戦争史を語る上でも指摘される事だが、現在の運行・運営関係各位の努力を認めた上で、もしかすると最も大事な安全面への強い姿勢が風化し始めているのかも知れない。J海社には、こうした所をもう一度根底から見直して、安全管理への強い取組みを再構築して頂きたい。似た様な姿勢を取り続け、結局は多くの乗客に犠牲を生じたり、深刻な運転障害を多発したJR西日本や同北海道の各社の様な事態を招いてはならない。折しも、先月の時刻改正の折には、2027=平成39年目標のリニア中央新幹線開業前最後の速度向上とも言われる、285km/Hへの上方改定が一部列車で実施され、東京~新大阪間は、最大3分の短縮を果たした。東海道・山陽新幹線の数多いユーザーの中には、一見このどうでも良さそうな3分の時間短縮を重く見、高い価値を感じる方々も多いのである。又、16両編成の列車は一度に1300人を超える乗客が乗り込め、それだけに有事ともなれば、ただでは済まないのは当然だ。勿論「問題発生頻度が低いから少し位は」などと言った了見は通らないし、通してはならないだろう。
全ての事共に当てはまる「安全はすべてに優先する」標語の重さが再認識されるべきである。

折々に、東海道新幹線の画像を撮りに参りますが、中々桜との共演は上手く捉えられないでいます。写真派には、有名な試験列車「ドクター・イエロー」が憧れの的でしょうが、今回は最新車N700(厳密な最新車はN700A)の走行シーンを載せます。
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4月バカに寄せて

2015-04-05 15:05:02 | 日記・エッセイ・コラム
「春に三日の晴れなし」の言葉通り、今日の当地は朝から雨模様である。「菜種梅雨」とも言われる由で、早めに開いた桜にも「花散らしの雨」となって「続きは来年のお楽しみ」となるのだろう。尤も、これから開花の所もあるのだから、当地だけでいつまでも見頃を独占していてはならないのも事実である。

さて、少し前で恐縮だが、今月、特に去る4/1はAipril Foolこと「4月バカ」。欧米が出所だろうが、この日だけは、バカらしい嘘や冗談が許される日であると聞く。俺などは、今月の一か月間はそんな月であると良いな、などと愚考するのだが、まあそう都合良くは参らないか。苦笑

新年度初めと言う事もあり、企業や学校など、新入生の話題で大いに賑わう頃だが、それに絡んで、新入児童を預かる幼稚園や保育所の新設が、子供の喚声を嫌う周辺住民との調整も絡んで難しく、苦労されているとの話を聞いた。まあ確かに、我々の幼少時にも覚えのある事だが、子供達の校内、或いは園内での甲高い喚声は相当に音量が高く、状況にもよるが、住民によっては受忍限度を超える事はあるかも知れない。ただ、一括りにただの「騒音」として片づけてしまうのには無理があるのではないか。

考えてもみたい。子供達の喚声は、それこそ人類の誕生時からあった音だ。昔から、それも我々の餓鬼時分の頃までは、子供達の喚声は、地域の生活に当然のつきものとして理解されていた様に思う。学校や幼稚園、保育所などでもそうだが、各家庭にあっても、近所の子達が家の前の道路で遊んでいるのは日常の光景だったし、深刻なものでなければ、多少の問題は、見守る大人達も「又やってる」で済んで行く事共も多かったと思う。勿論、今様のいじめや校内暴力、草野球のプレイ中に商店の窓硝子を飛球で破損、などの事態がない訳ではなかったが、そこはかつての大人のコミュニティたる地域社会が、適正な介入を行って健全に解決する術があったと心得るのだ。

「子供達の喚声=騒音」みたく解する短絡が横行し始めたのは、戦後随分経った高度成長以降だろう。なりふり構わぬ経済成長策が打ち出されて、昼夜を問わぬ一種暴走的な企業活動が正義の様にもてはやされ、経済社会の24時間化に伴って、大人達の中には昼を休み、夜働く向きも少なくなくなった。こうした人種には、子供達の喚声は確かに「騒音」の域を出ないかも知れない。ただ、同情には限界があろう。混雑する列車内などで、何も訳の分らない乳児が泣き出しただけで、すぐに怒鳴りたがる不埒者(それも好い齢をして)にはくれぐれもなりたくないものだ。うるさいからと言って、古くからある音と、新しく生じた音の違いも理解しない様では、地域の問題も国家の問題も国際社会の問題も解決しない。一部の新設校、新設園などでは、教室を防音仕様にして子供達の声が外に出難くする処置を講じた所もある様だが、高い費用の割には、問題の根本的解決にはなっていない様に思うのだ。

外国出身者を含め、色んな人が混在して住んでいる以上、難しい問題であるのは分るが、学校などの子供達の喚声を封じ込める様な思考や所業は決して好ましいものではない。かつて、道路上の遊びが交通の危険を招くとして一方的に禁止されて行った過程と何となく似ていないか。これなどは、隆盛した自動車交通の便宜の為にこの様になったのであり、便利さと言う「大人の都合」の為に、損なわれれば将来に禍根を残すだろう「子供の文化」が摘み取られてしまった印象を受ける。その一方で、事故防止に不可欠な、交通安全教育は後回しと言うよりも蔑ろにされ、結局「交通戦争」と呼ばれる深刻な事故多発を招いたのではなかったか。又「子供達は道路で遊ぶもの」との理解も一定までは必要だったはずだ。自己都合だけの快適さの為に、「子供達の喚声は皆騒音」などと勝手な解釈や主張を続けていては、交通安全問題同様、育児や教育への情熱は失われ、出生減、そして人口減を招くだろう。その事が結局、巡り巡って高齢に達した時の、この身勝手な連中の医療予算や年金財源を深刻に蝕んで行くのだろう。尤も、これが現実になれば明らかな自業自得なのだが、どこまでも得手勝手なこうした向きは、安易に行政や社会のせいにする事だろう。何せ「自己責任」なる観念がないのでね。嘆
とまれ、学校や幼稚園などが、様変わりしてしまった周囲とどうすれば共存できるか、教育側と住民側がもう少し歩み寄って知恵を出し合う姿勢がもっと見られても良いと思うのだが。

以上、4月バカからはややそれてしまったが、最近の幼児教育への視点はちょっとおかしいと思い、記事にしてみた次第。内輪の事に少し触れるが、今は高校に入った拙甥の幼少時、俺は会うとTVのお笑い番組などのネタで、甥の笑いを取った事が間々あった。勿論、甥も全部影響された訳ではなかろうが、学業などては相当苦労しているらしい。これを見た妹が「伯父貴のせいだ!」と冗談半分、本気半分で非難する事もある。まあ「笑う門には福来る」で俺は間違ってないと信じるのだが、結果が出るのはもう少し年月がかかる事だろう。

今回画像は、一昨日拝観した世界遺産にして国宝でもある、我国屈指の名城 姫路城の近影。数年に亘る大改修を終え、先日より公開されたばかりだが、雨の平日にも関わらず、内外の拝観者が多かった。改修前の、灰色がかった貫禄のある城壁も好感できたが、新築直後の同城は「白鷺城」の別名通り、ほぼ純白の城壁だった由で、今回改修ではそれができる限り再現されたそうだ。違和感が残るのは事実だが、当時の面影が忍べる貴重な光景でもありますね。これから2~3年は、この姿が拝めそうです。
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