Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

交友~我が文化論

2006-11-29 00:22:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!

今年2006=平成18年の11月も後僅かとなりました。明けて12月はご存知「師走」。いよいよ年の瀬へと突入する訳ですね。

期せずして準特集日記「我が文化論」と相成った今月記事。終盤に当って、何をテーマにしようかと暫し考えました。自身の精神面に大きな影響を及ぼした「読書」「映画」「TV番組」我が最大の趣味「写真」更に苦手な分野「服飾」等々・・・。
そして行き着いたのが、他の各位も良く触れていらっしゃる人間関係の大きな一部「交友」であります。ここでは当Ocn-Cafeにおける交友につき、記して参ろうかと思います。

私も当Cafeにお世話になって早や3年半余。
その間に色んな出会い、そして別れがありました。それぞれに形こそ違え、私にとって忘れえぬ良き記憶であり、又得がたい経験でもありました。当Cafeの会員数も私の知る限りでは、もう約8万人に達しているのではないでしょうか。優に地方都市が1つできる程の人数であります。

その様な中にあって残念ではありますが、真に有意義な出会いや交流はそう多くはないのではないでしょうか。
かなり以前の事ですが、あるラジオ番組にて作家 永 六輔さんが歌手 長谷川きよしさんとの対談の席上「友人を選ぶのは、決して不正義ではない」と言う意味のお言葉を残したのを良く覚えています。
「朱に交われば赤くなる」との言葉が示す様に、人のあり様は交流する相手によって左右される所があり、その影響は極めて大きなものがあると思います。良くも悪くも、人間関係がその後に繋がっている事を考えれば、同氏のお言葉は真実を突いていると思います。

私は現在、複数のCafeサークルに加入していますが、その中においても親しくなれる方とそうでない方がありますね。
「誰とでも仲良くなれ」れば良いのですが、中々に思うに任せないのが現実でしょう。初めの内は気になったものですが慣れた今では、自らの努力にてどうしようもないものは仕方がない、と理解する様にしています。

自らのプロフ・ページでも同じ事。足跡欄は原則的には公開していますが、友人登録については、ある期間交流して末永くお付き合いできる方々をメインに登録願いに上がり、又先方の申請をお受けする事としています。従いまして、私の申請が受け入れられなかった事もあれば、先方の申請に対し私の方が応諾を見送った事もありますね。
この辺りの詳細につきましては当足跡欄「足跡」「友人」に関する当見解をご一読下されたいと思います。
又、先方よりの批判コメントに対しましては必要な発言を致しますが、それが中傷誹謗とならない様、注意は致す所存です。

加入してから間もなく4年。当Cafeでの言動は結構難しく、気軽にとは行かない面もありますね。まあ私が問題を難しくしてしまっている所もあるのかも知れませんが・・・苦笑。
ですが趣味の写真を初め、少なからぬ方々と良き交流を持つ事ができたのも事実。
こうした事共を大切に、可能なら少しでも多くの方々と、当Cafeでの交流を続けて参れたら、と今は思っております。不足も多い私ですが、普段よりご理解下さる各位に対し、改めてお礼を申し上げる次第であります。
(今月の当日記は以上です)*(コンピュータ)*

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治安~我が文化論

2006-11-26 15:40:00 | インポート
年の瀬に近づいたせいかこの所当地愛知では、不穏な事件の報道が目立ちます。

名古屋南郊の岡崎市にて先日より路上生活者、所謂ホームレスの人々が若い不審者のグループに襲撃される事件が頻発、1名が犠牲となり、重軽傷者も複数生じています。
犯行目的は金銭の様ですが、警察による薬物取締りを装ったり、又複数の犯人が交代で襲撃に及んでいる節があるなど、今までにない巧妙悪質な側面が窺えます。
又名古屋北郊の一宮市にては、住居の窓ガラス等の損壊事件が今月に入って数十件も発生、こちらも若い不審者のグループが犯行に及んでいる様です。

当地はもとより、全国的にも治安の悪化は深刻です。被害に遭った、ある高齢の路上生活者の1人は「年寄りに手を上げるとは、信じられない事」とのコメントを残しています。
路上生活のやむなきとなった各位への、主に「ただの怠け者」と言う偏見。又、どんな立場の高齢者に対しても敬意を表わすと言う価値観の衰退。更に、他人の持ち物がどんなに立派でも恨みを抱かず、破損したり汚したりしないとの、倫理観念の欠如・・・等々。
当地の問題1つ取ってみても、正に倫理欠如=モラル・ハザードの時代であると申さざるを得ません。

これらの事件の背景には、やはり不健全な功利主義の横行があると強く思います。
「最も強いものは暴力」「金は手段でなく目標であり、その入手の為には手段を選ばない」「気に入らない他人の人格は平然と傷つけ、又その持ち物は損壊して良い」・・・そんな出鱈目が罷り通り始めているのでは、と大いなる危惧を抱かずにはいられない昨今であります。
所詮は狩猟民族の価値基準であった功利主義を、ろくな吟味も検討もせずに鵜呑みにし、一方的に子弟達の教育を図った・・。
その結果として、現代社会の諸々の悲劇が繰り広げられている気が致します。

安倍政権の目指す「教育基本法改正」への動きは、こうした問題を少しでも解消すべく、より社会の安寧に資す事のできる倫理観を取り戻し、それと共に我国の基本構成要素たる地域社会を建て直す事にあったのではと思います。その為には、安倍内閣総理大臣を初めとする関係各位の高い誇りと矜持、そして不退転の強い信念が不可欠ではないでしょうか。
この動きに関しても、芳しくない報道があるのはご存知の通りです。
政府、そして政権党主催の一般国民に向けたタウン・ミーティングの席にて発言者に対し、法改正支持発言への依頼が恣意的に複数回行なわれていた由。
本当に「余計な事をしやがって!」と言うのが素直な気持ちであります。

国民に対し、法改正の趣旨や基本姿勢を解り易く説明して疑問点に明快に答え、必要な議論を行なう。そんな常識的にして議会民主制に不可欠な作業を労をいとわず続けて行けば、教育基本法改正への国民的理解は必ず得られ、改正法施行への道は自ずと開けるはずであります。
まずは国家の根幹の職務に関わる方々が、責任ある姿勢を態度で示して頂きたい。
そうすれば我々国民は理解も協力も惜しまないでしょう。そうする事が、損なわれた治安を取り戻す鍵の大きな1つであると、強く思います。*(日本)*

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紅葉雑感

2006-11-26 14:40:39 | インポート

今年2006=平成18年も後1ヶ月余を残すのみとなった。相変わらず内外にての事件事故報道が後を絶たないが、その事へのコメは別紙に譲るとして、今回は今の時期の観光の話題、紅葉の事に少し触れさせて下されたい。

先月の北日本に始まった今年の紅葉、本州では今が盛りだが、どうも例年より南下が遅れている様だ。地方によっては12月初旬まで何とか見られそうな由。俺は今月、本業の多忙もあって中々見物に参れないでいるのだが、そんな中で去る11/22(水)&23(木・祝)の両日、兵庫県下へ悪友達と共に出かける機会を得た。こちらの紅葉もまだこれからの様で、結局本来の目的からは外れ、日本海岸のJR山陰線の有名な鉄道橋「餘部鉄橋」での写真撮影が主になってしまったが、同橋も築後既に1世紀。寿命と強風への弱さから、近い将来新橋へと切り替わる由で、これはこれで良い記録になったかなと思う。

おまけの影像はその折、城崎温泉のすぐ西方にて捉えた現地の紅葉の模様。見頃には後数日・・・と言った所か。餘部鉄橋の影像も又近日、お目にかけたく思います。

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水利~我が文化論

2006-11-23 23:49:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!

前回に続き今夜は我々の暮らしに不可欠な、水の話でもさせて頂こうかと思います。

昨日と今日、久し振りに悪友達と遠出の機会を得て、写真も少し撮る事が叶いました。天候は昨日の午後と今日が曇天にて今1つ。降雨は免れたものの、悪友達には余り好評ではありませんでした。尤も我々が日々行動する時は、常に雨天を意識しなければならないのも事実。強風を伴う様な余程の荒天でもない限り、余り嫌う訳にも参らないのではと思います。降雨がなければ、飲料水や生活用水にも事欠いて、大変な事態に陥りかねない訳ですから。

今から12年前の1994=平成6年夏、当地にて前述の事態が現実になりかかった事がありました。長期に亘る極端な少雨から来る大渇水です。
この年、6月中旬より9月中旬までのほぼ3ヶ月間、目立った降雨がないと言う前代未聞の気象に見舞われました。明くる日も、又明くる日も猛暑の晴天続き。この天候が1ヶ月を過ぎる7月後半には、名古屋周辺の市町にて主に夜間、給水制限を行なう止む無きに陥り、8月に入ると昼間の一部の時間帯にも拡大されます。名古屋市内も後一歩で制限措置を行なう寸前まで追い込まれました。
又この頃、休日に出かけた名古屋西郊のかなり大きな川が完全に干上がり、中東諸国などではニュースにて時折見かけるものの、まさか我国にて現実になろうとは夢想だにせず、驚愕の思いに駆られたのを今でも良く覚えております。

給水制限地域は勿論、制限外地域でも節水が声高く叫ばれ、我々なりに水の使用を減らす工夫をしたものであります。
この時の渇水以前より、風呂の水をもう1度使う事は私なりに心がけておりました。
1回の風呂焚きに使う推量は約200L、ドラム缶ほぼ1本分だと言われています。私も属する単身者の所帯で数日毎、入浴者の多い既婚所帯では2~3日に1度は水を交換する必要があるでしょう。
もう広く知られている所ではあるでしょうが、その風呂の残り湯を捨てる事なく洗濯や掃除、水洗トイレの流し水や洗車に再利用すると言う事ですね。

使用する水量を抑えると共に、再利用できるものはすると言う心構えがもっと強く主張されても良いのではと思います。
当地では、この時の大渇水に懲りた事もあって、周辺に用水を確保する大規模施設を建設しています。1995=平成7年に完成した長良川河口堰と、2010=同22年頃の完成が予定される岐阜西濃の徳山ダムがその双璧でしょう。

規模の大きい川の水を留保して、飲料その他の用水に充てようとする思考は一定の根拠があるのは事実ですが、この2つの施設は環境負荷も大きいとされ、土木建設業界向けの大型公共事業の側面も大きい事をも考えると、どうもこれからの我国の生活のあり様を見て参る上で、最善の方法とは申せない気も致します。
既に隣接する長野県では今後、ダムなどの巨大施設の建設は極力避ける方針が打ち出されているやに聞いております。

これからは、巨大施設の建設にて供給不安を解消する方向よりも、個々の生活を今1度見直してその無理無駄を検討し直し、使用を節減できる所は勇気を持って減らして行く姿勢を国民的に共有する姿勢も大切である様に思います。
そうした姿勢が国土の開発や利用のあり方を問い直し、環境保全との整合を考えた、より望ましい方向へと振って行く鍵となるのではと、最近は思う様になっています。*(雨)*
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乗物~我が文化論(後編)

2006-11-19 23:14:00 | インポート
コナサン、ミンバンワ!

2006=平成18年の11月も早後半。私の文化論を綴った当日記、昨夜に引続き、乗物に関わる記事の後編とさせて頂こうと思います。

今日11/19は乗物愛好者でもある私にとり、特別な日でありますね。
地元愛知の大動脈、JR東海道線が戦後、現在の様な電気運転を果した、所謂電化開業の記念日であります。1956=昭和31年の事ですから今年で丁度半世紀、50周年と言う事になります。今の所大きな記念行事などの情報が聞えて来ないのが、ちと残念ではありますが・・・。

思えば当地愛知に初めて鉄道が現れたのは遠く1886=明治19年であったやに聞いております。
この年の春、名古屋市内の熱田より、知多半島の武豊までの30km余が初開通、従って名古屋市内の路線は当時は武豊線であった事になります。この路線も今年、開通120周年と言う凄い歴史を積み重ねた事になります。
1888=明治21年までには浜松から米原までが開通し、この区間も東海道線へと昇格、武豊線は現在と同じ、名古屋南郊の大府始発となります。翌1889=同22年夏には東海道線の東京新橋~神戸間が全通し、以後我国の大動脈として飛翔する事となります。

この路線の事で今秋、小学生の我が甥が面白い質問をして参りました。それは「東海道線が岡崎の中心部より離れて通ったのはどうしてか?」との内容でありました。
以下は私の回答であります。「当時の岡崎の住民は、実は鉄道が嫌いだった。かつての宿場町だった事もあり、馬車や籠の業者が鉄道に利用客を奪われてしまい、商売が成り立たなくなって地元経済の衰弱に繋がると考えたからだ。それで東海道線は、岡崎の郊外を通らざるを得なくなった」と。

これは少なくとも半分は真実でありましょう。他の地域でもかつての宿場町を中心に、旧来の交通事業者達が仕事の減少を嫌って鉄道を忌避したと言う話はある様です。勿論、その事が理由の全てではありません。
後年判った事ですが、東海道線の当地開通に当り岡崎市の中心部はやや山がちの為、中心部に近い北寄りの配線にすると勾配が厳しくなる急な上り坂になってしまい、輸送力が苦しくなる。当時の鉄道動力は勿論、今は珍重されている蒸気機関車でありました。坂道は決して得意ではなく、急なアップ・ダウンは極力避けなければなりません。更に当時の鉄道は軍事施設の一面もありました。有事の際には陸海両軍の人員物資を速く輸送する使命もあり、この面よりも輸送力の確保が厳しく求められ、結局は郊外を通るルートのやむなきとなった模様です。岡崎中心部を通る鉄道は結局、後年の名古屋鉄道の開業まで待たなければならなかった様です。

こんな東海道線ですが、現在に至るまで名古屋を挟んだ豊橋~岐阜間では名古屋鉄道の良きライバルとなっています。
国鉄時代はその芳しくない経営体質から来る度々の運賃値上げにより不評を買ったものでしたが、1987=昭和62年のJR移行後は消費税分を除き運賃は据え置かれ、区間によっては名古屋鉄道より割安な運賃となって、近年はとみに競争力を増している様に見受けられます。
特に名古屋~豊橋間にあっては両社共、地元各位には有名な格安往復切符を設定して激闘を繰り広げています。所要時間もより短縮され、若干の追加料金にて新幹線も利用でき、自動車にての高速道路移動を上回る速達化を果たしています。こうなるともう、止むを得ない場合以外は列車の方が断然利便性は上でしょう。この事が、並行する東名道路や国道1号線の一層の渋滞緩和に貢献できれば良いと感じるのは、私1人ではないでしょう。*(新幹線)*
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